ゲーム・ア・ライブ   作:ダンイ

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七話

夕焼けに染まった高台の公園。

ゲームセンターで一通り遊び終えた俺達はその場所にいた。

空間震の跡に作られた天宮市は一言で言ってしまえばクレーターの中に作られた都市と言っていいだろう。この場所はその内縁の高く盛り上がった場所にあり、街を一望する事ができるようになっている。

俺のお気に入りの場所で……十香に紹介してからは彼女のお気に入りの場所にもなっている。

 

「シドー……街がきれいだな」

 

「ああ……」

 

柵から身を乗り出して街を見つめる十香を見つめつつ俺は昔を思い出す。

昔は……俺達が異世界に居た時は毎日のようにとまでは行かないものの、好きな時に好きな場所で遊ぶことが出来た。そして十香は何時も幸せそうに笑っていた。

でも今は違う……

 

十香は普段は隣界と呼ばれる別の世界にいる。そして何かしらの原因でこちらの世界に現れるのだが……ずっとこっちに居られるわけじゃない。他の精霊も同じかどうかまでは分からないが十香は一日から二日ぐらいが限界だ。それ以上居ようとすれば彼女の身体に相当な負担がかかってしまうらしい。

 

でも異世界に居た頃は話が違った。こちらと神次元との時間の流れが違う所為か、数十年くらいは問題なくこちらに居ることが出来た。しかし今は次元同士が繋がってしまったせいか、あっちに行ってもこちらと同じくらいしか現界することが出来ない。

 

俺はどうにかして十香を助けたかった……だから藁にも縋る思いでラタトスクを頼ってみたのだが……まだ琴里からの連絡はない。

まだ好感度を上げ続けなきゃいけないのか?そんな事を思った時だった……

 

『士道、聞こえてる』

 

「琴里!?お前今までなにを……」

 

『何をって……入ったものの何も出来ずに逃げ出すヘタレや、ゲームに一勝も出来ない負け犬を監視してたに決まってるじゃない』

 

「う……」

 

見られてたのかよ……

っていうかラブホテルの件はしょうがないだろう。まだ俺と十香はそんな仲じゃないし、十香はすごく純粋だから下手に教えるとそれを信じ込んでしまう。

俺が仲の良い男女が行うものだなんて言ってやったら、その後が大変だ……

ただでさえ俺は、ネプテューヌなどが教えた間違った知識の犠牲になっているのに……

 

『まあ、士道がチェリーボーイなのは今さらだからどうでも良いわ。それよりも、知りたいんでしょ……精霊の霊力を封印する方法を』

 

「そんなのがあるのか!?」

 

『ええ、勿論よ。と言うか、その方法が見つかったからラタトスクと言う組織は作られてるんだけどね。いい、その方法は簡単よ……あなたが精霊にキスをすればいいのよ』

 

「は……?」

 

思わず変な声を出してしまった……

いやキスってあれだよな、自分と相手の唇を合わせる。

いやいや、なんでそんなことで霊力を封印できるんだよ!どう考えてもおかしいだろ!!

確かに姫様を目覚めさせたりするのは王子様のキスってのが相場だけどさ、あくまでそれは物語とかでの話だろ。

現実でなんて……

 

『なにぼけっとしてるのよ。もしかしてキスの意味が分からないの?英語にすればkiss、日本語では接吻って言って、相手と自分の……』

 

「ちょっと待てよ。流石の俺でもキスの意味は分かるからな。問題はなんでそんな方法で封印できるかって話だろ」

 

『私も分からないわよ。まあ、減るものもないんだし別にいいでしょ。騙されたと思ってやってみなさい。それじゃあ』

 

「おい、琴里!?少しま……」

 

俺の言葉虚しく、琴里は通信を一方的に切ったみたいで返事は一切ない。

本当にそんな方法で精霊の霊力を封印することが出来るのか?本当にそれで封印できるなら喜ばしい事なんだが……

琴里は減るものがないって言ってたけど、色々と減るものがあるだろ。ファーストが付くものとかさ。

色々と愚痴りたいけど、今はこれしかないんだ……もう、覚悟を決めよう。

 

「シドー?いきなり独り言を始めて……どうかしたのか?もし体調が悪いなら、早く家に帰った方が良いのではないか?」

 

「いや……大丈夫だ。心配をかけて悪いな。それよりもキスって言葉を知ってるか?仲の良い人たちがやる事なんだが」

 

「キス?なんだそれは、聞いたこともないぞ」

 

すまない十香……

真実を言ってしまうと、とてもやり難いのでこの場に限って嘘をつくことを許してほしい。

無事に終わったら、ちゃんと真実を話すから……事実を知った十香が怒っても、彼女の望む罰を受けるから……

 

「シドーは知っているのだろう?どういったものなのだ?」

 

「そ、その、キスってのは、自分と相手の唇を合わせることで……」

 

「こうか?」

 

「―――――――ッ!?」

 

十香のなんの遠慮も躊躇もない行動に、俺は反応をすることも出来ず彼女にキスをされてしまった。

まさか言ってすぐにされるとは思わなかった……っていうかこの状況はまずい。十香の顔が近くにあるし、唇から触感と熱が伝わってきてるし、髪からはいい匂いがするし……理性が保てそうにない。

しかし、幸いにも十香はキスをしてすぐに唇を離した。

 

「そんなに驚いてどうしたのだ?仲の良い人がするのだろう?……まさか私と士道は……」

 

「そんな事はないって!ちょっと驚いただけだ!!」

 

いきなりされたから本当に心の準備が出来なかった……

でもこれで琴里に言われた霊力を封印する方法を実行したわけなんだが……今のところは特に変化は……?

なんだ?十香の身体から光の粒が現れ、それは空へと飛んでいく。よく見ると十香の着ている服から現れてるみたいなんだが……

あれ?ちょっと待てよ。確か十香の服は霊力で作ってるんだったよな……つまり霊力を封印した今は……

まずい!!そう思った俺は目をつむって顔を十香から背けると、上着を脱いで十香にそれを渡そうとする。

 

「十香、これ!早くこれを来てくれ!!」

 

「シドー、何を言っているのだ?服はちゃんと…………な!?シドーこっちを見るな!!」

 

「見てない!見てないから、これを早く!!」

 

明らかに動揺した十香は素早く俺から上着を奪い取ったみたいで、指摘してすぐに手から服の感触が消えた。

そして数秒ほどで、目を開けても大丈夫だと十香に言われたので目を開けたのだが……

まずい……今の十香の姿には少し前に殿町が熱く語っていた裸Yシャツに通じるものがある。しかもそれだけでなく顔が真っ赤になっていて瞳には涙を浮かべている……本当に色々とまずい……

 

「シドー……その、私の事をじっと見つめないでくれないか……この姿でも恥ずかしいのだ」

 

「あ……わ、悪い!!」

 

十香に言われて俺は慌てて彼女から顔を背ける……確かにじろじろと見るものではないからな。

ともかく、これで十香の霊力の封印に成功したはずだ……恐らくだが霊力がなければ空間震を起こすことは出来ないはずだ。そうなれば問題はASTだけになるが……

ASTをどうすればいいのか……俺がそう考え始めた矢先の事だった。

 

ドンッ!!

 

突如大きな破壊音が耳に響いてきた。

十香の封印が終わった……その事実に気を抜いていた俺は、その音に驚きながらも音の発信源を見つめる。

そこには……

 

「ネプテューヌ?」

 

変身したネプテューヌが空に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時を戻して、士道と十香が高台の公園に入る少し前。

そこから離れた位置にある別の高台……そこには奇妙な機械を身に着けた集団……ASTが待機していた。

 

「……で、結果はどうなのよ」

 

『先ほどから何度もやってますが、存在一致率九八・五パーセント……彼女から出ている霊力も以前観測したものとほとんど同じですし……間違いなく精霊だと思われます』

 

部下からの報告を聞いたASTの現場指揮官……日下部燎子は思わず溜息を吐いた。なんでこうも厄介ごとが重なるのかと。

 

ASTの当初の目的は昨日行方不明となった鳶一折紙の捜索だった……しかし捜索に出ていた隊員の一人から精霊に似た少女を発見したと連絡が入ってきたのだ。

最初は信じられなかったが一応観測器を回してみたところ、あり得ない程の高さの存在一致率と人間が持っているはずのない霊力が探知されたため、急遽任務が精霊の監視に変わったのだ。

 

今までは空間震抜きの現界なんてなかった……いや、もしかしたら有ったのにこちら側では探知できなかっただけかもしれないが、空間震のない精霊の出現という前代未聞の事態に上層部は大慌てで対策会議を始めているらしい。

なにせ空間震がなかったため警報が鳴っておらず、誰一人として民間人が避難していない状態だ。もしこの場で精霊が暴れだしたら……日下部はその光景を想像してゾッとしてしまう。

 

「攻撃許可は出ないのですか?」

 

「まだ、現場待機よ……正直このまま消失してくれると嬉しいんだけど……」

 

「ASTがそれでいいんですか?上の人に聞かれたら大変ですよ」

 

部下のジト目にさらされながらも、日下部はしょうがないじゃないかと思う。

 

ASTが今監視している精霊、プリンセスはここ最近はあまり破壊活動をしない精霊だ。現界してもすぐに建物に隠れてしまうし、こちらへの攻撃も手加減しているのかあの精霊の攻撃で重症を負った者は誰一人としていない。

でもそれはあくまで圧倒的な強者としての行動だ。今の精霊は霊装を纏っていない。こちらの攻撃が十分に届く可能性があるが、もし中途半端な攻撃をして命が危機にさらされた事を知ったら精霊はどんな行動に出るだろうか。

間違いなく死に物狂いでこちらを攻撃してくるだろう。そうなればこちらにも死者が……それだけで済めばいいかもしれない。民間人が避難していない今、精霊が暴れでもしたら最小でも数百人の死者が出るだろう。

正直そんなリスクを犯したくはなかった。

 

「今のは聞かなかった事にしておきますが……それにしても、あの精霊随分と楽しそうにしてますね。はたから見るとデートですよ、あれ」

 

「精霊と人間がデート?」

 

何を馬鹿なと言いたくなったが、そう見えなくもなかった。

精霊の隣に居る男性……観測器で確認した結果間違いなくただの人間だが、その男性と精霊が仲睦まじそうにしている様子は何度もこの目で見ている。

たった一日でそれほどの関係を築けるのか……少し気になったが、すぐに考えを放棄した。自分たちはAST、精霊を排除するための組織……あの男性と精霊の仲など知ったところで関係ないのだ。

むしろ、あの男性と精霊には感動的なラブストーリーがありました……なんて事になったら仕事がしづらくなる。

 

でも……高校生と言う青春の真っただ中で恋愛出来るのは望ましい。もしあの時自分も恋愛をしていれば同級生たちに「あれ?燎子ってまだ彼氏もいないの?」や「そろそろ、真面目に考えないと婚期を逃すわよ」とか言われる事なんて……

 

「あ、あの?隊長?私怨がこもった視線を精霊に向け……」

 

「あなたは精霊を監視していればいいのよ。分かった?」

 

「い、イエッサー」

 

日下部の威圧に、隊員は素直に従う……ああなった日下部隊長には誰も触れるな。ASTの隊員達の暗黙の了解であった。

過去にふざけて触れた隊員は一週間程、笑う事しか出来なくなった。

 

彼女はライフルのスコープに目を当てる……精霊が居た場所を再び見るとそこには光の粒を出しながら服が徐々に薄くなっている精霊の姿があった。

まさかこちらの監視がバレたのか?霊装を纏って攻撃するつもりなのか?そう思って警戒した隊員だったが、精霊が全裸になってしまったのを見て緊張がぶっ飛んでしまった。

一体なにをしたいのだ?精霊も男性も顔を赤く染めているのを見ると両者とも予想外の事態のようだし、自分がスコープから目を離していたすきになにが……

予想外の事態に頭がこんがらがりそうになる隊員だったが……

 

「っ!?攻撃の許可が出たわ。今すぐ精霊を攻撃しなさい」

 

日下部の命令が聞こえた瞬間、隊員は思考を軍人としてのものに切り替える。今、軍人として優先するべきは敵への攻撃だ。

未だに動揺している精霊にスコープを通して狙いを定めると、その引き金を引こうとして……

 

ドンッ!!

 

そんな破壊音と共に隊員の身体は吹き飛ばされた。

宙を舞い、何度も地面に叩きつけられた隊員は、何とか途中で体勢を立て直して地面に着地すると、先ほどまで自分の居た場所にはライフルの残骸と深く切り込まれた地面があった。

 

「……大丈夫!?」

 

「は、はい。」

 

日下部の声に慌てて返事を返す隊員、土で汚れていることを見るに彼女も吹き飛ばされたのだろう。

日下部と隊員の二人は上空を見つめる、そこには自分たちに攻撃してきたであろう人物が飛んでいた。CR-ユニットに似た衣服に身を包み、長く伸びた紫色の髪は三つ編みにして纏められている。そしてその他には刀を持っていた。

何者かは分からないが、少なくとも自分たちの味方ではない事は理解できた。

 

「あなた達には特に恨みはないのだけれど……悪いけど此処で眠ってもらうわ」

 

謎の人物がそう宣言すると、刀を構えASTに襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ってことで、どうやらASTにつけられていたみたいで、攻撃されそうになったらすぐに対処出来るようにネプテューヌに監視させていたのよ』

 

「だったら、分かった時に教えてくれよ」

 

『仕方ないでしょ。ASTの尾行に気づいたのは士道との通信を終えた後なのよ。連絡する余裕もなかったし、それにまさか住民の避難もさせないままに攻撃するとは思わなかったのよ』

 

それなら仕方ないのかもしれないが……なんて間の悪い時に攻撃しようとするんだよ。

十香の霊力を封印してすぐだなんて……あ、敵として精霊を討つと考えると最適なタイミングじゃないか……たぶん、たまたまだとは思うけどな。

 

俺は十香と共に身を隠している物陰から顔を出して、ネプテューヌとASTの戦闘を眺める。

情勢はネプテューヌの圧倒的な優勢だった。ASTはネプテューヌの攻撃によって次々と倒れていくのに対して、ASTはネプテューヌに傷一つつけることが出来ていない。

まあ、当たり前の話なのかもしれない。精霊(俺は十香しか知らないので彼女との比較になるが)ほどの力は持っていないにしても、普通の人間とは比べものにならない程の絶対的な力を持っているのが女神と呼ばれる存在だ。

 

「す、すまぬシドー。私もネプ子の加勢に行きたいのだが、先ほどから何回やっても、天使も霊装も顕現させることが出来ないのだ……」

 

「それについては後で説明するから、十香が気に病む必要はないぞ……それで、琴里。フラクシナスに回収できないのか?」

 

『ちょっと待ってなさい。直ぐに回収するわ』

 

それは良かった。

ASTはネプテューヌが直ぐに倒してくれるだろうが、霊力が封印されて無防備になった十香をいつまでもおける場所ではないからな。

そんな事を思った矢先に

 

『指令!!ASTが二人に近づいています!このままだと前回と同じ事に……』

 

『なんですって……仕方ないわ。士道、いったんその場から逃げて……』

 

「いや、このまま十香だけでも回収してくれ……時間は俺が稼ぐ」

 

『はぁ?あんた一体何を言ってるのよ!!普通の人間が魔術師に勝てるとでも……』

 

琴里には申し訳なかったが、耳に入れていたインカムを取るとそれを制服のポケットの中に入れた。

ASTはもう眼前にまで迫っている……十香と一緒に無傷で逃げるのは厳しいはずだ。十香の確実な安全を保障するにはこうするしかない。

十香はいきなりフラクシナスの中に飛ばされたら混乱するかもしれないが……そこらへんプルルートに任せるしかないだろう。

 

十香に「ここ待っていてくれ」と一言だけ伝えると俺は物陰から出る。そうすると目の前には比較的軽装のASTが二人立っていた。良かった……ミサイルとか持ち出されたら、こちらも色々と覚悟しないといけないからな。

 

「あ……あなたは、精霊と一緒に居た……」

 

「きっと逃げ遅れたのよ。ちょっと待ってね、今すぐ安全な場所に……っ!?」

 

あくまでも俺を一般人だと思っているのだろう……二人は慌てた様子で俺の方に駆け寄って来る。

その姿は、完全に油断しているように見て取れた……だから俺は……

 

その内の一人の顎を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

隊員は今目の前に広がる光景が信じられなかった。

女性が男性に蹴り飛ばされる……この言葉だけなら別に信じられない光景ではないかもしれない。でも蹴り飛ばされた女性は普通の人間ではない。CR-ユニットを纏った超人……人の力では蹴り飛ばすどころか触れることすらかなわない存在なのだ。

確かに自分達はたかが一般人と高を括っていた……でも最低限の随意領域は展開していた。

つまり目の前に居る男性は弱かったとはいえ随意領域を破ったのだ。

 

(精霊の仲間!?)

 

隊員は目の前の男子にそういった判断を下すと、近接戦闘用の対精霊レイザー・ブレイド〈ノーペイン〉を抜いて、敵に構える。

今回の任務は監視が主体だったため重火器を持ち込んでいない……今手元にある遠距離武器はハンドガンだけだ。目の前にいる随意領域をたやすく破壊した敵にその程度の攻撃なんて通用するとは思わないし、狙いをつける時間すらくれないだろう。

 

隊員は相手を睨みつけるように見つめるが、相手からの動きは一切ない。ただ落ち着いてこちらを観察しているだけで、こちらから動こうと言う意志は感じ取れなかった。

しばしの間、膠着状態に陥る二人……それを破ったのはASTの方だった。

 

「はぁぁぁああ!!」

 

隊員は構えたレイザー・ブレイドを胸元に持ってくると、目の前の敵に素早く突きを放った。随意領域で強化された身体で放つ突きは常人……いや、その道のプロでも目視不可能なものとなっていた。

しかし、それは身体を横にずらされる事で容易くかわされた。そして体の右を通過していく隊員の腕を右手でつかむと半回転しながら胸元を左手で掴む。

まずい……隊員がそう思った時にはすでに遅かった。

 

「がぁっ!?」

 

そのまま、背負い投げの要領で隊員は地面へと突き落とされた。

背中から襲ってくる痛みに思わず意識を手放しそうになる隊員……

しかし、こんなところで倒れていられないと気合で持ち直して随意領域を全力で展開させる。

しかし……

 

「あ……」

 

彼女が最後に見たのは自らの全力の随意領域を蹴破って近づく敵の足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、すこし鈍ってたか……」

 

俺はよけ損ねて切り裂かれた制服を見つめながらそう呟いた。

 

やっぱり戦いから半年近くも離れると多少は経験が鈍ってしまう。

でも日常生活を送る上で関係なかったのと、いざとなればあれがあるので、それでも良いかと考えていたのだが……やっぱりこれはまずい。他の精霊で荒事に巻き込まれたら死ぬ可能性もある。

休日に神次元や超次元の方に行って感覚を取り戻しておこう。それなりのモンスターを狩ればイストワールの手助けにもなるし一石二鳥だろう。

 

「そっちも終わったようね」

 

「ネプテューヌ……ここに来たってことはそっちも終わったのか?」

 

「ええ、たわいない相手だったわ」

 

ネプテューヌが戦っていたと思われる場所を見つめれば、そこにはASTと思われる何人もの人影が倒れているのが確認できた。

身動き一つしてないんだが……死んでないよな?

流石にそこまでの事はしないと思うが……戦っていた場所がネプテューヌの斬撃による幾重もの崖のような跡があるのを見るに、十香に手を出そうとした事に内心お怒りだったようだ。

本気で生きてるかどうか気になり始めた辺りで、ネプテューヌが光に包まれたかと思うと、そこには何時ものネプテューヌの姿があった。

 

「いや、これで何とか一件落着って感じかな。これで十香が攻撃される理由を失ったんだしね」

 

「ああ……そうなんだが……」

 

それで果たして上手くいくのだろうか……

確かに霊力を封じられた十香はもう空間震なんて起こすことは出来なくなるだろう。でもそれで、ASTがすんなりと攻撃をやめるとは到底思えない。

 

でも事態が好転したのは事実だ。今の霊力を失った状態では隣界に戻る必要があっても、もう十香は空間震を起こせないだろう。そのための力がないのだ……そして、それならばASTは十香の存在を感知することは出来なくなる。

霊力を失ったことで隣界に戻る必要がなくなるのなら、神次元にかくまえば十香の安全は保障される。神次元の方は女神達と十香の仲は良好だからきっと受け入れてくれるだろう。

 

「まあ、十香の事は無事に解決したって事にして……士道はこの人達をどうするつもりなの?顔を見られたんでしょ。流石にこのまま放置……ってのは不味いよね。なにか方法とか考えてなかったの?」

 

「あ……」

 

まずい……そこまで考えてなかった。

あの時は十香の身の安全を確保するのが最優先だったと言えばいいのか……その後の事までは全く考えてなかった。

よくよく考えてみると、普通の人間がCR-ユニットを纏った人間を倒すなんてあり得ない事だ。下手をすると指名手配……とまでは行かなくても事情聴取をされるのは避けられないはずだ。

俺が頭を抱えて悩んでいると、ネプテューヌは「しょうがないな」と言いながら木刀を取り出した……なぜだろう。嫌な予感しかしない。

 

「しょうがないな。こうなったら、わたしが古今東西から伝わる頭の中から記憶を消す方法で、この人達の記憶を消してあげるよ」

 

「おいまさか……その方法って……」

 

「勿論、記憶が消えるまで頭を叩き続ける方法に決まってるじゃん。もう、士道ったら、そんなこともしらないの?」

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

俺は大声を上げながら、今にも木刀を頭めがけて振り下ろそうとしているネプテューヌを止めに掛かる。

一体ネプテューヌは何を考えてるんだよ!人の頭がどれだけ繊細に出来てるのか分かってるのか!?そんな事をして都合よく消えるのなんてアニメや漫画の中の話だけだからな!!

現実でやったら、すべての記憶が消し飛ぶか、そもそも二度と目を覚まさなくなる可能性もある危険な行為だってことが分かってるのか!?

 

「ね、ねぷ!?し、士道、放してよ!そんなに心配しなくても大丈夫だよ。なんたってわたしは主人公なんだからね。一発で綺麗に決まるはずだってば」

 

「相手の命が一発で綺麗に決まるわ!!ふざけてないで真面目に考えろよ!」

 

そんな方法を実行されてたまるかと、未だに木刀を振り下ろそうとするネプテューヌと取っ組み合いを繰り広げていると……急な無重力感に襲われた。

そして次の瞬間には公園の中ではなく、フラクシナスの艦橋の中に俺達はいた。辺りを見るとプルルートの隣に立っている十香の姿も見て取れた。

取り敢えず、俺達が争う理由はなくなったので取っ組み合いをやめた。

 

「士道君、お疲れさま~。十香ちゃんにはぁ、あたしがちゃんと説明しておいたよぁ~」

 

「こういった組織に協力していたのなら、素直に言えば良いのだ……別に私はこの程度の事で怒ったりはしないぞ」

 

どうやら、最近俺が変だった理由を知った十香は少し機嫌が悪いようだ……

十香に怒られるっていうよりは、俺がまだ組織を信用できなかったのもあるし、なにより目的が好感度を上げるだなんて真実を話したらよりお互いに気にしてしまってそれどころじゃなくなってしまう。

と言っても、俺が十香に真実を隠していたのに変わりはない。素直に謝るべきだろう。

俺が十香に近づこうとしたところで……

 

「がっ!!…………こ、琴里!?」

 

鳩尾の辺りから強い衝撃が襲ってきた。

慌てて下の方を向けば拳を構えた琴里がいた……その瞳には涙を浮かべている。

 

「なに無茶をやってるのよ!今回はたまたま倒せたから良かったものの、下手したら死んでたかもしれないのよ!!」

 

「いや……異世界でモンスターと戦ってたから、ASTにも勝てるんじゃないかなって思って……」

 

「そのモンスターよりASTが強い可能性も十分にあるでしょ!!…………心配したんだから……」

 

「悪かった……」

 

俺は琴里に素直に謝った……

帰ってきたら怒らせるとは思っていたが、まさか泣くまでは予想外……いや、少しくらいは思っていたのだが、黒いリボンを付けた琴里は気が強いので泣くまでとは思っていなかった。

妹を泣かせるまで悲しませるなんて……お兄ちゃんとして失格だよな。

 

「ふん、分かればいいのよ」

 

琴里はそう言い放つと、自分の席に戻っていた。

そこには何時もの、司令官としての強気な琴里がいた。

一応許してもらえたのかな?……今度からはあまり無茶をしないように心がけよう。どこまで自制出来るかは自信がないけどな……

 

って、そういえば結局あの隊員達の記憶ってどうなるんだ。

 

「なあ、琴里……ASTに俺の姿が見られてしまったんだが……」

 

「たっく、しょうがないわね。神無月、たしかその辺にハンマーをしまっていたはずだから、下に降りて頭をそれで……」

 

「お前も同じかよ!!」


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