ゲーム・ア・ライブ 作:ダンイ
「はぁぁぁぁぁ……」
折紙によるプリン媚薬混入事件から一夜明けた今日。
俺は教室の自分の机に突っ伏して、疲れ果てた老人のような声を出していた。
あの後、俺は捕食者となった四人から何とか隠れて、逃げていたのだが、夜が明けて直ぐのあたりで見つかってしまい後一歩と言うところまで追い詰められてしまった。しかし、運よく薬の効果が切れたためか、四人ともその場で気を失い難を逃れることが出来た。
本当は直ぐに寝たかったのだが、気を失った四人を放っておくことも出来ず。四人を運んでベッドの上に寝かせてから、散らかった部屋の後片付けやら、イストワールへの連絡やら、ラタトスクへの状況説明やら、琴里と折紙が学校へ来れない事の連絡をしていたら、結局眠ることは出来なかった。
徹夜は経験したことがないって訳ではないんだが、此処まで疲れ果てたのは初めてだ。
俺の人生の中で二番目(一番は完全にブチ切れたプルルート)に入る恐怖を感じた一日だったよ。
「シドー?疲れているのか?」
「ちょっと、昨日は大変だったんでな……正直学校を休もうかと思ったよ」
「そんなに疲れているのなら、休んだ方が良かったのではないか?それにしても私が居ない間に何が……はぁ!!まさか折紙がシドーに迷惑を掛けたのではないだろうな!?」
ごめん折紙……
何も間違ってないからフォローすることが出来ない……
そもそもの元凶は折紙がプリンに媚薬なんかを入れたせいだから……さらに騒ぎを拡大させていたし。
ん?ちょっと待てよ……あの時ネプテューヌがプリンを交換すると言い出さなければ俺が食べることになっていたんだよな。そうなれば正気を失った俺は折紙に……
か、体が震えて来た……もうこの事は考えない事にしよう。
「皆さん、ホームルームを始めるので席についてくださーい」
やばい……疲れていたから何時チャイムが鳴ったか分からなかった……
年老いた老人って毎日がこんな感じなのかな?
ともかく、今日はあまり無茶をしないようにしよう。したら絶対に倒れるだろし……
本当にやばい……意識が徐々に朦朧としてきている。
やっぱり今日は休むべきだったかな……授業の内容とかほとんど頭の中に入らなかったし。今日は体育の時間がなかったのが幸いだったよ。あったら今頃は確実に保健室送りになっていたからな。
フラクシナスに連絡して転移装置を使って家に帰れば良かったかな……でも、こんなしょうもないお願いで連絡したくないし……
まあ、あともう少しで家に着く。たぶんそれくらいまでなら体力が持つだろう……と信じたい。
それにしてもいきなり雨が降ってきたな。天気予報だと今日は雨が降らないはずだったんだが……まあ、天気予報なんてそんなものだろう。
本当は服を濡らしたくないから早く家に帰りたいんだが……走る体力すら残ってないからびしょ濡れだ。こういうのをなんて言うんだっけな、鬼に金棒……いや、泣き面に蜂だったな。
疲れが頭の方に来てるようだな……早く帰って寝よう。
そう思った俺は家への道を進み、神社の前の角を曲がろうとして……足を止めてしまった。
別に体力が限界だったわけではない……女の子がいたのだ。
海のような綺麗な青色をした髪に、ウサギの耳のような飾りが付けられたフード、そして左手にはウサギの人形を付けている。
その不思議な恰好に一瞬、精霊と言う言葉が頭の中に浮かんできたが、直ぐに首を振り払ってその考えを捨てる……そんな、直ぐに出会うような存在ではないだろうと。
「おい?濡れてるけど大丈夫なのか?」
「っ!?」
少女は俺と同じようにびしょ濡れだったので、心配して声を掛けたのだが……
俺の声に驚いたようで目の前の少女はビクッと身体を震わせた後、走って俺から逃げ去っていく。
余計なお世話だったかな……
そんな事を思いながら徐々に遠くなっていく少女の姿をおさめていると……
ズシャァァァァアアッ!!
こけた。
それはもう盛大に頭の方から地面に突っ込んでいった。走っていて相当な勢いがついていたためか、地面に接触した少女の身体は大量の水しぶきを上げながら長い距離を滑っていた。
それは歩き始めた子供でもしない、滅多に見ないほどの転びっぷり……って、そんな悠長なことを考えてる場合じゃないだろ!
「おい!?大丈夫か?」
「あっ…………」
俺は急いで転んだ少女に近づくと、少女の身体を抱きかかえるようにして仰向けにして怪我がないか確認をする。
良かった……転んだ場所が良かったのか全く怪我をしていない……と言うか服にすら傷一つない。少々不思議に思ったけど怪我をしていないなら問題はないだろう。
ほっと一安心したのも束の間、少女の様子がおかしいことに気が付いた……俺の方を一切向いていないのだ。
こんな状況ならば俺に何かしらの反応を示してもおかしくないのに、少女には反応が一切ない。まるで他に気になることがあるかのように……
「いや……いやだよ。よしのん……」
「それって……」
少女の視線をたどって、その原因が分かった。
彼女の左腕に着けた人形が汚れていたのだ。泥水を浴びたせいで所々が変色しているし、地面と擦れたせいか顔面の布は破れ、右耳は取れかけている。見るも無残な状態だ。
その人形がどういったものか分からないが、少女にとっては大事なものだったのだろう。水色の瞳には涙を浮かべ、今にも泣きだしそうだった。
「それ……大事な物なのか?」
「えぇ……?ひゃ!?……い、いやだ……」
俺の声でようやく俺の存在に気づいたのか、大声を出して驚いて俺から逃れるように飛び跳ねた。
うん、ちょっと俺もいきなり身体に触れたりしたけどさ……その反応はすごく傷ついた。
って今は俺の事なんてどうでもいいな。俺から距離を取った少女は人形を見つめて悲しそうに顔を歪める。俺はそんな少女を警戒させないように優しく声を掛ける。
「家に来ないか?そこにある裁縫道具を使えば直せると思うけど」
「っ!?ほ……本当……直して、貰える……ですか?」
なんか子供の誘拐犯が言いそうな事だな……と自分の言い方の悪さに内心苦笑しつつ、少女の様子をうかがう。
当然の提案に少女は戸惑っているようだ……無理もない、俺の言い方もあれだったし。見たところ彼女は極度の人見知りみたいだしな。
断られたら断られたでしょうがないだろう……場合によっては俺の心に傷を残しそうだが……
俺まで少女の答えにドギマギしていると、少女は意を決したのか俺の元に近寄ってくる。
「お、お願い、します……私は……どうなっても、構わない……のでよしのんは……彼女だけは……」
「そこまでしないから、落ち着けって」
若干取り乱して俺に懇願する少女にゆっくり語り掛けて落ちつかせようとする。
人見知りと思われる彼女が見知らぬ人である俺に必死に懇願するなんて、それほどこの人形が大事なのだろう。責任重大だな……
人形は傷ついているが、そこまでひどくないし……いざとなればプルルートに手伝ってもらえばどうにかなるだろう。
「家は近くにあるから、そこまでついてきてくれるか?」
「は、はい……」
「これ、好きに飲んでいいから」
「あ……ありがとう、ございます……」
あの後、自分の家に無事にたどり着いた俺は、少女をリビングに入れた。時間が掛かるってのに玄関で待たせるなんて出来ないからな。
雨の中にいたから冷えてるんじゃないかと思って温めたココアを出したんだけど……ちょっと不信そうに見つめてるな。毒とかなんて入れてないのに……
そんな彼女の様子を見ながら俺は作業にかかる。幸いにも汚れのほうは泥水が原因だったためすぐに取ることが出来た。後は取れかけている耳をつなぎ合わせて、擦り切れた布を取り替えるだけだ。
本当はプルルートに任せたかったのだが……彼女はまだ他の三人と一緒に眠っている。
残ったプリンをラタトスクの方で調査したところ、使われた媚薬は使用すれば一瞬で身体を興奮させるものの、その後にどっと疲労感が来るらしい。
その威力は、表に知られたら直ぐに法律で規制されるほどのものらしいが……折紙はこんな代物を一体どこで手に入れたのやら。
ともかく、プルルートが駄目なら俺がやるしかない……彼女ほどうまくできる自信はないが、これくらいなら問題はないはずだ。
まずは取れかけた耳に針を入れて糸でつなぎ合わせる。
そういえば……
「なあ、名前はなんて言うんだ?聞いてなかったよな」
「わ、私の……名前、は……四糸乃、です」
「俺は五河士道だ。よろしくな」
「は、はい……よろしく、おねがい……します」
まだ俺に若干怯えているが、最初にあった時よりは各段にましになっている。
それにちょっと嬉しくなりながら、作業を進めていく。
これで耳はもう大丈夫だろうから、あとは擦り切れた箇所だな。人形を裏返して擦り切れた箇所をハサミを使って乗り除く、そのあとは同じ色の布を当てて、針で縫うだけだ。
「普段はどこに住んでいるんだ?」
「えっ……その、わたしは………あの……」
「言いたく無いなら無理しなくていいぞ。変なことを聞いて悪かったな」
「……す、すいません……」
俺が悪いんだから謝らなくても良いのに……
と、そんな事をしているうちに縫い終わったな。後は余分な布をハサミを使って取り除いて、泥水で汚れたワタを新しい物に取りかえれば……
「よし!!これで終わりだ。直ったぞ四糸乃」
「っ!?」
一通り修理の終わった人形を机の上に置くと、四糸乃は慌ててその人形を手に取ると左腕にそれをはめた。
そこまで急がなくても、人形がなくなったりはしないのにな……
ともかく、人形を左手にはめ終えた四糸乃はその手を急に俺の目の前に持ってきた。
一体なにをする気なんだ?俺が身構えていると……
『いやー、ありがとうね、士道君!助けられちゃったよ』
「は……いや……」
『んもぉ、どうしちゃったの?そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔しちゃってさぁ。もしかして、よしのんがいきなり話し出したものだから、びっくりしちゃったのかな?ごめんねぇ、よしのんは四糸乃と違ってガンガン話していくタイプなんだよ』
「あ、ああ……」
まだ頭こんがらがって整理することが出来ない……
今、目の前に居るウサギの人形が口をパクパクと動かしてしゃべっているのだが……たぶんこれは腹話術だと思う。人形の方からじゃなくて、四糸乃の方から声が聞こえてきてるからな。
でも、人見知りと思われる四糸乃がこんなにもしゃべる事が出来るなんて……腹話術だと本音を話せるのか?それとも……
まあ、どっちでも良いだろう。あっちだともっと濃いキャラがいたからな。
「悪いな、そっちの人形の方がよしのんでいいんだよな?」
『そうだよ!!いやー、よしのんも人と話すのは久しぶりだから、緊張しちゃうなぁ。そうだ!士道君にはよしのんを助けてくれたお礼として、何でも一つだけ教えてあげるよ。例えば、四糸乃のスリーサイズとか……』
「よしのん、それはダメ……!!」
顔を真っ赤にして、慌ててよしのんの口を塞ぐ四糸乃……
やっぱり、単純な腹話術とかじゃなくて、二重人格とかそこら辺の物なのかな。流石にこれを一人でやってるなんて思えないし。
そういえば気弱な性格で思い出したけど、あの人は今も元気でやってるかな……聞いた話によると女神の庇護の元で規制を作る団体を立ち上げたみたいだけど……
俺がそんな事を思っていると、四糸乃は立ち上がって玄関の方へ行ったので、俺も慌ててそれを追う。
「もう帰るのか?」
「こ、これ以上、迷惑……掛けられない、ので……よしのんを、直して……くれて……ありがとう、ございます」
『ごめんねぇ。よしのん達は人気者だから、一人の元に留まれないんだよ。お礼は別の機会にちゃんとするからゆるしてねぇ』
「別に大したことじゃないから気にしなくていいぞ。それと外に行くならこれ……」
傘立てに刺してあったビニール傘を手に取って四糸乃に渡そうとするが、彼女は戸惑っているようで中々手に取ろうとしない。
よしのんに促されてようやく手に取ったかと思えば傘の事をまじまじと見つめている……もしかして傘の使い方を知らないのか。
「そこの止め具を外して、そこを押せばいいんだよ」
「っ!?」
『おお!!士道君、見て見てぇ、いきなりおっきくなったよー!でもこれって何に使うのかなぁ?』
「雨の日はそれを上に掲げるんだよ。そうすれば雨に濡れないだろ。こうやってしまえば邪魔にならないし」
言いながら、開いた傘を閉じて見せる。
四糸乃はまだちょっと驚いてるみたいだが、よしのんの方は興味深々で傘を見つめている……と言っても人形で表情は分からないから動作からの推測だけどな。
「あ、あの……こんなもの、貰って……良いの、ですか……」
「あまり高い物じゃないから気にしなくていいよ。それよりも一人で家まで帰れるのか?無理ならついていくけど……」
「そ、それは……」
『本当にありがとうねぇ、士道君。こんなものまでもらちゃってよしのん感激だよ。でも一人じゃなくて、よしのんも居るから二人だよ!!んもぅ、士道君たらひどいなー』
「そういえばそうだったな、悪かったよ」
そう言って頭を下げると、よしのんは「しょうがないなぁ、今回だけだよ」と言って許してくれた。
四糸乃と違ってよしのんの方は人懐っこい性格をしているみたいだな。
ともかく、その後扉を開けて家の外に出た四糸乃は片手を器用に使って傘を開くといまだに雨が降っている中を進んでいく。
「その……本当に、ありがとう……ございます……」
『それじゃあ、またねー』
「ああ、また今度な」
四糸乃は途中で立ち止まったかと思うと俺に一礼してから、再び歩き出した。
そして彼女の姿が見えなくなったのを確認した俺は、家の中に入って扉を閉める。これで一段落ついたかな……
ともかく、これでようやく眠ることが出来そうだ……正直もうかなり限界に近かったからな。
目の前に四糸乃がいたから我慢してたけど立っているのもきつい……早くベッドにいって……
そういえば、ベッドはネプテューヌ達が使っていたな。しょうがないリビングにあるソファーの上で毛布でも被って眠ろう。床の上よりはましなはずだ。
そう思ってリビングに向かっていると……
「ねぷぅぅぅぅぅううう!?」
なんだ!?
今のは間違いなくネプテューヌの声だ。部屋で何かがあったのか?
俺は最後の力を振り絞ってネプテューヌを寝かせている俺の部屋へと走って向かう。
俺がドアを勢いよく開けるとそこには……時計を手に取って声をあげているネプテューヌの姿があった。取りあえず切迫した状況ではなさそうだけど……何があったんだ?
「士道?大変だよ!!わたし、昨日の内に帰るっていーすんと約束してたのに、気づいたら翌日になってるんだよ!!一体わたしは昨日なにをしていたの!?このまま、帰ったら鬼いーすんが……士道、一生のお願いだからわたしを助けてよ!!」
「つい最近、一生のお願いを聞いた気がするんだが……まあ、いいさ。イストワールの事は心配しなくていいぞ。俺の方から説明しておいたから」
「本当!ありがとうね、士道!!それにしても、昨日の夜からの記憶がないんだけど士道は何か知ってないかな?プリンを食べたところまでは記憶があるんだけど……うん~、駄目だ。これ以上は思いだせないよ」
「オレモヨクワカラナイナ」
媚薬入りのプリンを食べたからです……なんて、本当の事を言う訳にもいかず適当に誤魔化す。
それにしても、それが理由で大声を上げたのか……深刻な事になってなくて良かったと言えば良いのか、それぐらいで大声を出すなと言えば良いのか……
とにかく、此処まで走ってくるのに力を使い果たした俺は、机の上に突っ伏してしまう。
もう本当に……ガチで限界が近い。もう目の前の布団に寝てしまうかな……
って駄目だ。ネプテューヌは起きたけどプルルートがまだ寝ている。って言うか、ネプテューヌがあれだけ騒いだのによく眠ってられるよな。
「士道、もしかしてかなり疲れちゃってる?そうだ!!今回のお礼に、特別にわたしが添い寝してあげようか?」
「ごめん……突っ込む体力もないんだ……」
「うわ~、士道が突っ込みを放棄するなんて、こりゃ相当な重症だね。早く眠った方が良いんじゃないかな」
「そうさせて……がっ!?」
早く眠ろう……そう思って体を起こそうと思った辺りで鳩尾に入る強い衝撃……
それに吹き飛ばされつつ、机の方を見れば勢いよく飛び出した引き出しの姿が……そういえば鍵を掛けたままだったな……
それでこっちに来ようと思った人がすごい力でこじ開けたから、引き出しがすごい勢いで……
朦朧とする意識の中で次に見えたのは引き出しから出てきた人の姿……
ああ、これからどうなるか予想が出来てしまった……お約束ってやつだからな……
「ぐぇ!?」
引き出しから飛び出して来た人物は、倒れた俺の腹を押しつぶし、俺は短く悲鳴を上げる。
うん、こうなると思ったよ……それにしてもやばい、何時もならギリギリ耐えられると思うのだが、体力が限界だったせいで今にも意識が飛びそうだ……
「お姉ちゃん、大丈夫なの!?士道さんの所でいきなり倒れたって聞いたから心配したんだよ!!」
「えっとね……ネプギアがお姉ちゃんの事を心配してくれた事は嬉しいだけど……取りあえず、ネプギアは下を見た方が良いと思うよ……」
「え?私の下に何かあるの?…………ふぇ!?士道さん、どうしてこんな場所に!?だ、大丈夫ですか!?」
はっはっはっ……ようやく気付いてもらえたみたいだな……
本当はちゃんとした返事を返したいんだが、もう限界だ……
「次はピーシェに踏みつぶされるのかな…………ガクッ」
ノワールみたいに……
「士道さん!?しっかりしてください!!」
「うーん、この場合は、死因・ネプギアの尻ってなるのかな?」
「そんなの嫌だよ!!士道さん!お願いだからしっかりしてください!目を開けてください!!」
ネプギアが俺を必死に揺する中……俺の意識は遠のいていって……
遂には完全に意識を失ってしまった。
お気に入りがついに100となりました。
当初は100に行けば良い方かなと思いながら書いていたので、一か月ほどで達成できて少し驚いています。
これからも、がんばっていくのでよろしくお願いします。