Happiness depends upon ourselves.
―アリストテレス―
『幸せかどうかは、自分次第である』
ジリリリリ――。夜中は三時、丑三つ時を過ぎてもなお不気味な雰囲気の漂う時間。俺は億劫ながらも、鳴り止まぬ騒音を止めるため、寝ぼけ眼でスマホを手に取った。
『あ、先輩やっと出てくれた』
『……』
『なんで黙ってるんですか』
『……いや、なんかお前のスマホに男の声みたいな雑音が……』
え、嘘?! と耳をつんざくような声で、一色が叫ぶ。おかげで一気に眠気が吹き飛んだ。しかし、仕方ない。こんな夜中に起こされたんだから、仕返しくらいしたくなる。
『嘘』
『はっ? マジ殺しますよ』
『直球だな……』
覚めてしまった目を擦りながら、起き上がる。寝起きでうまく力が入らず、残る眠気のままにまた寝転んだ。
『で、なに? なんの用』
『いやそれがですね、ちょっと怖いことが今あって』
『あながち外れてなかったかもな、さっきのやつ』
『いえ、そういうのじゃなくて』
『じゃあ、なに。人間的な怖さ? 確かにそれなら俺に相談するのがベストだよな』
いろはす、あったまいいー! なんて思ってたのもつかの間。俺は一色の次の言葉に凍りつくことになった。
『はるさん先輩が来ました』
ん……? 何さん? サンタさん? それゃ大事だわあ。いろはすマジパネェ。
『まお……、雪ノ下陽乃さんが来ました』
『そっか。おやすみ』
すぐに通話を切った。いや、関係ないから。魔王に知り合いとかいないから。
もう一眠りにつこうとスマホを横に置いて目を閉じると、次はどたばたと廊下を走る音が聞こえた。
これこそホラーだな、と思いつつも小町だと確信があった。たとえ足音だろうと愛さえあれば分かる。
大方、怖い夢でも見たのだろう。しっかり愛でてやろう。
そんな軽い気持ちで、勢いよく戸を開けた小町を待ち受けた。
はあはあ、と息を切らす小町の目には涙が浮かんでいた。
「助けてお兄ちゃん!」
「おう、どうした小町」
やはり予想に違わない。
俺は小町に先を促した。
「きょ、恐怖の電話が……!」
「ああ、よくあるよな。怖い動画でも見てから寝たのか?」
「ち、違うよ!」
「いやまさか」
そこで不意に一色との通話を思い出した。再度確認したが、通話を切ってからも催促は来ない。
「履歴にも残ってるもん! ほら見て!」
がくがくと肩を震わす小町に促されたからには見ないわけにもいかない。
すると、五分前に不可解な履歴があった。
『雪ノ下陽乃』
「……小町」
「なに……?」
「お前が見たのは、夢だ」
「なにを言ってるの……お兄ちゃん」
「お前は、魔王とお友達になれると思うか?」
「ううん」
「つまりはそういうことだ」
俺が詭弁を弄すると小町は納得したように頷いた。相当恐ろしかったんだな。そう思えるほど、いつもの強引さがなりを潜めていた。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみお兄ちゃん」
互いに挨拶してベッドに戻る。当然、小町は自分の部屋に戻った。
そして鳴り響くチャイム。
……ちょっと? 常識考えて? 陽乃さんのことだし、親が不在なことを知ってるかもしれないけど、ご近所迷惑だから。
これ以上は苦情が来そうだ。
きっとそんなことも見越して、押し続けてるだろう陽乃さんに乗るのは不愉快だが、致し方ない。
兄がひきこもりで晩にインターホンが鳴り続ける家なんて、瞬く間に心霊スポットになってしまう。
兄ひきこもりじゃないけど。
「マジやめてください陽乃さん」
急ぎ足で玄関に向かい、半身を乗り出して扉を開けた。すると突然、ぐいっと腕を引っ張られた。
咄嗟に顔を確認すると、月に照らされながら、陽乃さんが妖艶な笑みを浮かべていた。陽乃さんは「こんばんは」なんて呑気に挨拶をする。
「じゃあ、行こっか」
「……は?」
どこへ、と聞くまでもなく俺はワンボックスカーに押し込まれた。抵抗することは出来そうだったが、陽乃さんがわざと触ってはいけないところばかり強調してくるせいで突き放せなかった。当然、押し込まれてから後悔だけが残った。
車内は静寂に包まれていた。
しかし、確かに人は乗っていた。
最後列が由比ヶ浜、雪ノ下。中央列が一色、そして押し込まれた俺。運転席には陽乃さんが座った。
車内の時計を確認すると『AM 3:20』と表示されていた。
もう連れていかれることは諦めるとして、俺は陽乃さんに尋ねる。
「どこ行くつもりっすか」
「肝試し」
「は?」
「だーかーらぁ、肝試し!」
はあ、と俺はこれみよがしにため息をついた。最近、こういう事が多い。と言っても奉仕部や生徒会ではなく、陽乃さんがこう、俺を連れ出すことが増えた。ちなみに全て強制。
「じゃはっしーん!」
「はっしーん……」
陽乃さんとは対照的に言わされた感が半端ない。一色なんてずっと俯いている。はるのんに何されたのん?
それから間もなく車は発進した。何故やら慣れたハンドル捌きだった。
「なんか慣れてますね」
「あはは……ホントだね」
由比ヶ浜が苦笑いをこぼす。何気なく言ったつもりだったが、お通夜みたいな雰囲気は解消できそうだ。何なら肝試しは既に始まっていたとさえ言える。
「うん、まあねえ。ほら、私って何でもできるしさ」
「否定出来ないところに腹が立つのよね……」
やっと雪ノ下が口を開いた。怯えでもしていたのかと振り返ったが、万の一にもそんなことはありえなかった。こちらの視線に気づいてか、雪ノ下は凛とした視線をこちらに向けた。しかし、すぐに閉口してしまった。
「しかし陽乃さんにしては安そうな車ですね、五百万いってないんじゃないですか?」
失礼を承知ながらも皮肉を込める。
「うん、まあね。親のお金だし、悪いかなって。ほら、私結婚したら献身的に尽くすタイプだからアピールしとこうと思って」
「誰に」
「比企谷くんに決まってんじゃん」
「あー、はいはい」
そんな戯言に付き合ってられない、という意思表示のつもりで適当に返した。窓の外の移り変わる街並みを見ていてもなお、さっきまで俯いてた一色の視線が痛い。
「なんだよ」
「べつに」
ぷいっとそっぽを向く。なんだそれ、可愛いな。
しばらく静寂の車内で揺られ、時間感覚が狂い始めた頃、目的地に着いたようだった。
「着いたよーう」なんて陽気な声に目を冴えさせられ、ゆっくり車を降りた。時間的に仕方ないが震えるような寒さが身を刺して、パーカーくらい持ってくれば良かったと後悔した。まあ、そんなことできる余裕なかったけど。
すると後ろから覆いかぶさるように何かに包まれた。手に取ると、オレンジ色のパーカーだった。にやにやこちらを伺う陽乃さんに尋ねる。
「なんすかこれ」
「私のパーカー」
「は?」
「寒そうだから使っていいよ」
「いやいや」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
「何をアホなことをやっているのかしら」
パーカーを押し付けあっていると、雪ノ下に制された。いつもの遠まわしな毒ではなく、突き刺してすぐ殺すような、直接的な言葉だった。
「じゃあ借ります……」
「そうそうそれでいいの」
諦めて借りる。陽乃さんは全員が降りたことを確認すると車の鍵を掛けて先頭を切って歩き出した。
な、なんて安心感なんだ。
特に会話もなくしばらく歩く。道中生い茂った草木や妙に綺麗に反射する水たまりに過剰に反応して陽乃さんに笑われたこと以外は特に問題はなかった。由比ヶ浜と一色は自分のことに夢中で、俺には一瞥もくれなかった。
「はい到着ー!」
声を聞いて先を見上げると、明らかな廃墟が建っていた。時間は四時を回ったが、月の明かりは相変わらず煌々としていて、その不思議な雰囲気に気圧された。
「じゃあクジで二対二対一に分けようか」
「いやおかしいから」
「そうですよ、おかしすぎます」
身の危険を感じたのか、先まで黙っていた一色も抗議の声をあげた。雪ノ下と由比ヶ浜もそれに続いた。 ともすれば、一人で行きそうな雪ノ下さえも怯む。それくらいには不思議な圧倒感があった。
ちらっと陽乃さんを見れば満足そうな笑みを浮かべていた。対象的に一色は俺に張りついて離れない。
「じゃあ、2対3に分けようか」
言うが早いか、陽乃さんはてきぱきくじを引かせる。俺と陽乃さんが一緒になる確率は……、と類推してみる。しかし、途中で重大なこと気がついた。俺、数学できないんだった……。
やがて間もなく、俺の番が回ってきた。陽乃さんだけはやめて! と念には念を入れて祈る。割り箸の端に赤で書かれた数字を見やると、『1』と書かれていた。ペアは『1』と『2』、『3』と『4』と『5』なので俺は『2』の人と組むことになる。最後に陽乃さんがクジをひくのが見えた。再度祈っておこう。
……陽乃さんだけはやめて!
こんにちは。
陽乃編が止まっているのになぜ他のが更新されるのか? それはこれを陽乃編より先に考えていたからです(笑)
実はあれ見切り発車みたいに始めたんです(笑)先はだいたい考えてありますけど、評価が低いとモチベーションが上がらない、、(笑)自分勝手ですみません、書いてて楽しい方に流れちゃいます(笑)
いつも評価・感想等ありがとうございます!ゆっくりでも続けます(*^^*)