「私は愛されない人間なんだ」
と思ってきたの
でも私の人生には
それよりもっと悪いことがあったと、
はじめて気がついたの
私自身、心から人を
愛そうとしなかったのよ
―マリリン・モンロー―
「……」
私を含めて三人は、ひたすら黙りこくっていた。
比企谷はいきなり会った気まずさからだろうか。
一色ちゃんは、簡単に察することが出来る。
恐らくだが。
私はベンチから離れると、二人に別れを告げて、買い物の続きに行こうとする。
だが、それは止められた。
「折本先輩も行きましょーよー」
一色ちゃんの一言で。
× × ×
どういうつもりなのかまったく分からなかった。
今の一色ちゃんから見れば、私は敵のはずだ。
……どういうこと?
まさか私が強すぎて、諦めたとか?
あはは……。それはないな……。
私が一人、ぐぬぬと思案していると、不意に耳元で囁かれた。
「折本先輩。少しだけチャンスあげますよ。まあ、私の勝ちですけど」
振り返ると、比企谷から離れ、打算と余裕に満ちた一色ちゃんがこちらを見て立っていた。
なるほど……。
優しさに見せかけて、敵を潰していくつもりか……。
なかなかやるな……。
しかし負けている訳にはいかない。
それで私も一色ちゃんの耳元で囁く。
「私の中学からのアドバンテージなめないでよね」
あ、やべ。
勢いで言って、気づいた。
アドバンテージどころかマイナスだった……。
だが一色ちゃんには効いたようで、さっきの私のようにぐぬぬと考え込んでいる。
そのまま考え込んでいなさい! と思ったが一色ちゃんはすぐに私の耳元に来る。
「そんなの関係ないですよ」
そこまで言ってにっこり微笑むと、今度は大きな声でまた言葉を紡いだ。
「だって、私先輩に何度も告白されかけてますから!」
あまりに唐突で、私も思わず大きな声になってしまう。
「は、はあ? わ、私だって一回告られたし!」
「いやいや、嘘までついて」
「一色ちゃんこそ!」
それから続いた私たちの応酬を、比企谷はただ傍観すると、そのまま無言で離れていった。
「ちょっと待って! 比企谷」
「せんぱい!」
「いや、俺は関係ないので」
言いかけて、比企谷は周りをぐるりと見渡した。
「……というか周りの視線が」
比企谷が付け足すように言った。
周りを見渡すと、私たちは周囲の視線を一点に集めていた。
それに気づいたのか、一色ちゃんは顔を赤らめる。
「もう、せんぱいが悪いんですからね!」
「ホント、ホント! 悪いのは比企谷!」
「は? 何その理不尽。まあいいから早く立ち去ろうぜ」
私たちは比企谷の声を合図に、計り知れないほど気まずい空間から抜け出した。
× × ×
「で、比企谷。私だけじゃなく節操も無しに一色ちゃんにも告ったわけ?」
「せんぱい。まさか折本先輩に告ったなんて嘘ですよね」
あれから三十分ほど。私たちは近くにあった公園に移動すると、比企谷を責めるように詰問していた。
「いやだから……」
対して、比企谷はしどろもどろに私たちの質問を躱していた。
まったく、いい加減答えればいいのに。
私が唯一、一色ちゃんに勝てることは以前告られたことくらいなのだ。
今、比企谷の答えによっては、私のアドバンテージが大きく失われてしまう。
というか、一色ちゃん。告られたって本当? 必死に取り繕っていて、なんか怪しいんだけど……。
「とにかく! 比企谷は一色ちゃんに告ったことがないの? あるの?」
「それは断言出来る。ないぞ」
「それは? まさか折本先輩に告ったのってマジだったんじゃ……」
「いや、違う……? 違わないこともないこともない……?」
「まさか今も、折本先輩のことが好きなんじゃ……」
「それはない」
即答だった。
私は思わず、比企谷の足を踏みつける。
「いてぇ」
呟いた比企谷を軽く睨むとすぐに視線を逸らされた。
……盛り上がってるの、私一人か。
「まあ、この位にしておいてあげようよ」
少しダメージを受けた私が、比企谷の宥恕を提案すると、一色ちゃんは少し間をあけてから食い下がらず、納得した。
「……そうですね。まあ今回ばかりは許してあげます」
「いやなんで俺が悪いみたいに」
「比企谷、うるさい」
「せんぱい、うるさいです」
「あーはいはい」
比企谷は面倒そうに呟くと、公園の中心にあった噴水を眺める。
その視線は、どこか懐かしむようで、嬉しそうでもあった。
……ドMなのか。
まあそうではないだろう。
充実している今を理解していて、噛み締めている。
いつかと比べると自然とそうなるのだろう。
私はその、いつかを知る一人だが。
「じゃあお買い物行きましょうか」
「そーだねー。私も買い物したいものあるから」
「じゃあさっさと行くぞ」
× × ×
「今日はありがとねー」
「いえいえこちらこそー」
夕方、およそ六時。
私たちは買い物を終え、帰宅の途についていた。
「んじゃあな。俺先に帰るから。一色はモノレールだよな?」
「はい」
「ここまで来れば十分だろ」
「……じゃあ名残惜しいですけど……」
言いかけて、一色ちゃんは私の方に振り返った。
「今日はありがとうございました」
そう言うと、恭しく頭を下げる。
意外としっかりしているなと思ったのも束の間。
一色ちゃんは耳元で囁く。
「これからはチャンスあげませんけどね」
言って、そのままぴょんぴょんと後ろに下がると、あざとく手を振って駅に戻って行った。
……やだ、なにあの子。
お友達になれないタイプね。
比企谷の方を見ると、不思議そうな顔をしている。
私は比企谷の方に振り返ると、口を開いた。
「比企谷。ちょっと着いてきてよ」
お願いするように言うと、比企谷は嫌そうな顔をして「どこに」と尋ねる。
「秘密!」
私はそう言うと、比企谷の手を引いて歩き出した。
× × ×
三十分ほど歩いて着いたのは、外界から切り離されたように静かな公園。
ぽつぽつとある灯りは控えめで、仄かに幻想的な空間を作り出している。
私たちは入口にある自販機でそれぞれ飲み物を買うと、公園の奥へと進んでいった。
歩いている間もたわいの無い話をしていた。
「MAXコーヒーってなに」とか、「最近学校はどう?」とか。
やがて私の一方的な会話も尽きてくると、ベンチが見えた。
その少し先には東京湾が広がっている。
近づくと、眼前の湾は煌びやかに、人々の生活の明かりを映えていた。
私は何度か見たその光景に「うわぁ」と声を漏らすと、同じく感動しているのか、よく分からない比企谷に声をかけた。
「どう?」
「どう、ってそりゃまあいいんじゃねえの?」
「何それ、ウケる」
「いや、うけねーし」
「……」
どちらからともなく会話が切れる。
流れる沈黙は気まずいものでは無かった。
寧ろ、心地よいものでさえあった。
やはり、タイミングは今、だろうか。
そう思って、口火を切る。
「……あのさ、比企谷」
「……なんだ」
「えっと、その、私……」
「……」
思わず言い淀む。
そう言えば私、まだ誰かに告白したこととかないんだけどー……。
あ、付き合ったこともないわ……。
私の初体験? 比企谷!?
……やっぱり恥ずかしい。
でも、言うしかない!
一色ちゃんに先手を打たれる前に!
「私、実は――」
「おい、お前携帯鳴ってるぞ」
出しかけた言葉は、見事に比企谷に遮られた。
無視するわけにもいかず、渋々確認すると、お母さんから何通も電話が来ていた。
私はマナーモードにすると、言葉の続きを紡ごうとする。
「あのさ。えーっと、その。私は……」
言いかけると、比企谷は口の端を歪めていることに気づいた。
どこかで見た表情だ。
あ、クリスマスイベントの時か。
確か、会長に一矢報いた時もこんな表情だったなあ……。
私は次に出る言葉を落ち着いて受け取ろうと、妙にシリアスな雰囲気になった。
そして比企谷は重々しく口を開く。
「……電話出なくていいのか」
たったそれだけの短い言葉。
それでも今の私を静止するには十分すぎる言葉だった。
その言葉は、咎めるようで、何かを止めさせるようでもあった。
私の思い込みかもしれないが、暗に先は分かっている。だからこれ以上言うな、と重圧をかけられているような気がした。
比企谷の目は相変わらず腐っているが、どこか憂いを帯びていた。
――だからこそ。
だからこそ、私には伝えるべき言葉があった。
逃げられない壁があった。
逃げたくない先があった。
私にはシリアスなんて似合わない。
そんな傍から見たら痛々しいことを考えながら私は再度、比企谷に向き直る。
「私、比企谷のことが好き」
きっとあいつには分かっていた筈なのに、その瞬間、時が止まった。
× × ×
「私、比企谷のことが好き」
私は二度おなじ言葉を繰り返す。
うまく飲み込めてなさそうな比企谷は、少し表情を歪めた。
「お前、何言って……」
「だ・か・ら! 私、比企谷のことが好きなの! ラブなの!」
私は吹っ切れたように大声を出す。
今は七時半くらいかな。
少し離れたベンチに座っていたカップルはこちらを観察するような視線を送ってくる。
「…………そうか」
「……うん」
沈黙が流れて、少し間が空いた。
その間に比企谷は考えたようで、大きく息を吸い込むと、そのまま吐き出した。
私は、どうしてか、次に比企谷が口から出そうとしている言葉に予想がついた。
私は身構える。
「お前、それは勘違い……」
あまりに予想通りで少しにやけると、私は食いつくように言葉を遮った。
「違う! マジだよマジ! 大真面目! 中学の頃に私に告った比企谷とは違うの」
「いや今それ出す?」
「当たり前じゃん。私は本気だよ? ……それで、どうするの?」
完全に吹っ切れていた。
特に考えていることなどない。
とにかく、必死に、必死に伝えようとしていた。
「どうするって……」
比企谷にも真剣さが伝わったようで、いつものように、しどろもどろになっていた。
これは女の、私の矜持に関わるよ!
ちゃんと答えてもらうからね、比企谷!
すると、比企谷は諦めたように本当に重々しく、申し訳なさそうに口を開いた。
「……俺はお前とは付き合えない」
「……っ。……ど、どうしてか聞いていい?」
私が振ってきた相手もこんな気持ちだったのだろうか。
全然平気だと思っていたのに、意外と堪えるな……。
私は震える体を抑えて、尋ねた。
「俺にはお前みたいなリア充代表みたいなやつと付き合う資格なんてないし、お前と一緒に歩いて、恥をかかせるのも嫌だしな」
「は?」
思わず口から漏れる。
いやマジで何言ってんのこいつ……。
「いやだから――」
「私が比企谷と街なんて歩くわけないでしょ?」
「は?」
私の返答は予想外だったようで比企谷は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
「だって恥ずかしいし」
「…………は? 今の告白って男女としてってことだよな?」
「うん。そうだけど?」
「私は比企谷の隣で歩くのが恥ずかしいって言ってるの。……こんないい奴の隣を私が歩いていいのかって」
自分が支離滅裂なことを言って、本質から目を逸らしていることは重々承知していた。
「何、それ。意味分かんねえ……」
「とにかく、お互いにアレならマイナスとマイナスでプラス! 分かるよね? だからお互いにセーフ!」
いやマジで何言ってんの私……。
「は? お前何言って……」
「いいの!」
「いや良くないだろ」
「いいの!」
「…………はあ」
「……それで比企谷は私のことどう思ってるの?」
私は不安そうに若干見上げるように尋ねる。
これが唯一、一色ちゃんから学んだ処世術だ。
比企谷はまた一つため息をつくと言葉を絞り出す。
「……俺は。……俺は折本のことを、折本にそんな感情は持ってない。…………ただ、友達くらいなら……」
「……いいかもな」
比企谷は付け足すようにぽしょりと呟く。
対して、私は努めて明るく振舞った。
「そ、そう! でもチャンスが無いわけじゃないんだね! ぼっちの比企谷と友達になれるわけだし」
「ば、ばかやろう! ぼっちじゃねえ……、こともない。戸塚は……?」
誰だよ、戸塚。
「…………まあいいや。というか比企谷誰とも付き合ってないんだよね」
「ああ。当たり前だ。俺が人に好かれるわけ……、ありましたね」
「ホント、最悪!」
「すまん……」
「でも、なら安心だね」
「何が」
比企谷が私に問うた。
私はそれをスルーしてスマホを取り出す。
「あ、もう八時じゃん! 帰ろ!」
「おい、無視してんじゃねえ」
「かーえろ、帰ろ。お家へ帰ろっ」
「ったく何なんだ」
そう言うと比企谷は先に歩き出した私に黙ってついてくる。
私は歩きながら、お母さんに返信した。
やがて公園の入口に差し掛かった。
比企谷は一刻も早く帰りたいようで、足早に去ろうとした。
だが、すぐに立ち止まる。
「……じゃあな折本。…………いや、家まで送るか?」
……だから、そういうところあざといんだっつーの。
私以外にやらないでね……?
「いや、大丈夫! ありがと」
「そうか。……じゃあな」
比企谷は私に手を振ると、そのまますぐに出ていく。
少し距離がついたことを確認すると、私は大きく息を吸った。
「私、これからどんどん比企谷を攻略していくからね!」
目の前で走り出す比企谷が見えた。
まあ、これもご愛嬌だ。
私は何気なく星に満ちた天を仰ぐ。
それが不味かったようで、私は妙に感傷的になってしまった。
「……うぐっ。ひぐっ。比企谷ぁ……。ばかぁ……!」
私は堪えきれず慟哭した。
それから私は家に帰るまで、ずっと涙をこぼし続けた。
こんばんは!
五千文字! 大したことなさそうですが、僕が書いた中で一番長いです(笑)
二千くらいで終わらせるつもりだった(笑)
あと自分で書いてて、最後の折本が可愛すぎた。
それでは皆さんが
評価を赤にしてくれるの待ってますね!!!
あと感想も……(笑)
他にも作品書いてます!
是非、僕のページに飛んでみてください!
今回も閲覧ありがとうございました!