―Pearl S. Buck―
『愛が死ぬのは、愛の成長が止まる、その瞬間である』
ジューンブライド。
結婚式は六月が良いというあれ。女の子のあこがれではあるけれど、商業的利用感も否めない。
他方、うちの誕生月でもある。
× × ×
「おはよう」
いつものように鞄を机に掛けながらすでに習慣となった挨拶を優香と詩羽に投げかけた。
「あ、おはよう、南ほら」
声と同時にほいと放られたものをうまく受け止める。
赤い紙の外装を白色のリボンで止めている小さな小包だった。
「何これ」
「誕生日プレゼント」
優香は面映ゆさを隠せない表情でぽりぽりと頬をかいた。
「え……」
「あ、私からも」
言いながら詩羽も小包をポイとうちの方に投げる。
桃色の紙に包まれて、優香のプレゼントよりも少し大きめだった。
うちは手元にある二つの小包を何度も見返した。
「……覚えててくれたんだ」
思わず目に涙が浮かぶ。
実際、一週間くらい前の結衣ちゃんの誕生日に比べれば雀の涙ほどだ。それでも去年の文化祭から妙な距離感があったこのグループだ。貰えた、見放されていなかったという事実にうちは感極まってしまった。
「……ありがと」
消え入るような声でうちは呟いた。
「ま、南がほんとに貰いたかったのは私たちじゃないだろうけどー?」
「あ、それそれ」
先の空気を打ち払うように、優香に詩羽が賛同する。
「え、どういう意味?」
「ほらほらホームルーム始まるよ」
見れば時計はホームルーム開始一分前を指していた。
「あとで聞くからね! あ、あとこれ開けていい?」
「もちろん」
「そっかありがとね!」
とにかく、気分が良かった私は特に気にすることなく席に戻った。
やがてホームルームが始まり、担任の連絡事項を聞きながら、うちはこっそり包装を剥いだ。
まずは優香の……。
完全に包装を開ききると中からは大きく文字が書かれたポケットサイズくらいの本が。
『必勝! 気になる相手を手中に収めるための100の魔法』
……は?
何この胡散臭いタイトル……。
まあいいや、次は詩羽のを……。
『女の色気を最大限引き出す!』
またしても出てきたのは同じような本だった。
まったく……。なんなの? 平塚先生でもこんなの買うか怪しいよ?
ていうか付録でセクシーランジェリーってどういうこと? 付録の方が高そうなんだけど。
うちはしばらくその二つを、固まったまま眺め続けた。
「相模」
いつの間にホームルームが終わっていたのか、不意に上から声をかけられて反射的に見る。
「えっと、その、本読んでるところ悪いんだが……」
声の主は比企谷だった。文化祭以来話した記憶もなく、驚くより先に、本を見られたことが恥ずかしい。
「いや、違うから!」
「お、おう……。取り敢えず相模」
それから比企谷は一呼吸おいた。
「放課後奉仕部来て欲しいんだが……」
× × ×
どきりどきり、と今にも心臓が飛び出しそうだ。
奉仕部を訪れるのは去年のあれから約一年ぶり。しかも、うちは最悪の結果を残したのだ。
今更どんな顔で行けば……。
うちがあれやこれや戸の前で悩んでいると、突然ガラリと開かれた。
「あ、さがみん」
お団子頭に明るい色の髪。くりくりとした目には彼女の意思が大きく反映されているように思えた。
「結衣ちゃん……」
本当に思いがけない鉢合わせ。絶対きまずいよ結衣ちゃんも……。
しかし結衣ちゃんはうちの手をひいて部室内に戻る。
「さがみん来たよー!」
うちの手を引きながら結衣ちゃんの元気な声で大きな声が戸から窓まで伝播する。
「あらそう」
「来たのか」
迎えられているのか、よくわからないまま、結衣ちゃんの進む方に身を預ける。
比企谷が下座に席を用意した。下座と言っても依頼人席だけど。
テーブルの上には大きめな――手作りかはわからないけど――ケーキが置いてあった。
うちが席に座らせられると 、同時にクラッカーが鳴った。
「ハッピーバースデー!」
大きな声が――主に結衣ちゃんだけど――小さな部室にこだました。
「え……」
未だに状況を読めないうちに、雪ノ下さんはこほんと一つ咳払いする。
「文化祭、体育祭と私たちなりに反省していたの」
「え、いやうちのほうこそ……」
突然、忌々しい過去を掘り返されて私は思わずたじろいだ。
「確かに悪いのはおおかた相模さんよ。けれど、心情を察することが出来ずに話を進めた私にも非はあったわ」
「そんなこと」
ない、とは言えなかった。うち自身反省している。だから体育祭だってちっぽけなプライドを捨てて、頑張った。でも、用意された逃げ道を防ぐほどうちは人間ができていない。いや、無理にでも塞ぐ時なのかもしれない。
「そんなことない!」
うちじゃない。自分の意識とは離れた、また別の意識が言ったのだ。
雪ノ下さんはふふと笑みをこぼした。うちはその意味を察せず、「なに?」と詰め寄るような口調で尋ねてしまった。
雪ノ下さんは突然、比企谷を見る。
「あなたもちゃんと謝りなさい。比企谷くん」
え、と比企谷は一瞬狼狽える。
しかし、少し虚ろな目と表情を浮かべると、何かを決断したように「そうだな」と一言呟いた。うちは慌てて取り繕う。
「いいの! あれは私が悪かったの!」
「その通りだよさがみん。でも、私はわざわざヒッキーあんなこと言う必要もなかったと思う」
「それは……」
あの時比企谷に言われたことは事実だった。普通、あの場はあの流れで葉山くんが収めただろう。
でも、比企谷も気に入らなかったのだろうと思う。
最低なことをしてもなお、居場所を求めて迷惑をかけ、何より雪ノ下さんの成果を蔑ろにしようとしたうちのことを。
「悪かった、相模」
うちが俯いていた顔を上げると申し訳なさそうに比企谷が頭を下げていた。
不意に頭に妙案が浮かんだ。
当意即妙。迅速果断。
「もう遅いよ、比企谷」
うちは含みのある口調で比企谷に詰め寄った。立ち上がらせて手を引く。そして一気に走り出す。
「ちょ、ちょっとさがみん?!」
「ごめんね結衣ちゃん! ちょっと借りるね!」
言いながら一気に戸を開け放つ。
「おい、相模?!」
聞こえなーい、聞こえなーい。
「しっつれいしましたぁー!」
これまた大きな声で言い放って、うちは奉仕部を後にした。
× × ×
「ベストプレイス……」
うちは比企谷を連れて、比企谷がいつもいる、テニス部が大きく見える、ベストプレイス(笑)に来ていた。
そしてうちは唐突に、衝動的に、まるで運動部のごとく大きな声で謝った。
「比企谷、ごめんなさい!」
「うお、え、は?」
狼狽える比企谷。
「あの時のうち、ホント、ハブられても仕方ないくらい最低だったと思う――」
うちは比企谷の表情を伺う。
そして、うちの独白が始まった。
話を終える頃には、なんと比企谷は眠っていた。
最初こそ相づちを打っていたものの、三十分を過ぎたころから反応が聞こえなくなった。うちは構わず話し続けたけど、比企谷は眠ってしまったみたい。
比企谷は相変わらずすーすーと俯きながら小さく寝息を立てている。
「ったくむかつく寝顔!」
うちは軽く石ころを蹴った。
まあ、いいか。
文化祭とか体育祭とか色々謝ったけど、比企谷からしたら取るに足らないことだったんだ。
きっと、うちが反省していれば十分なんだよね。
うざいし、面倒だし、皮肉屋だし。
良いところ挙げろなんて無理難題だけど、今はそんなこいつは嫌いじゃない。
「ありがと比企谷」
消え入るように呟くと、眠っているはずの比企谷の頬がほんのり紅く染まった気がした。
「起きてんじゃん!」
うちは思い切り蹴り飛ばした。
× × ×
少し経って奉仕部に戻ると、うちらはケーキを食べた。
どうやら雪ノ下さんと結衣ちゃんが作ったらしい。比企谷は結衣ちゃんと作ったと聞くと手が震えていた。
結衣ちゃんは料理が出来ないらしい。ここはうちのアドバンテージかな。まあ、雪ノ下さんは簡単にこなしちゃいそうだけど。
自己完結でも、解決した後のケーキは甘くて美味しかった。
不意に比企谷が立ち上がった。
「口直しにマッ缶買ってくるわ」
そのまま戸の方に歩いていく。
「甘いものに甘いものって頭おかしいのかしら」
「純粋に悪口言うのやめろ」
比企谷は雪ノ下さんと軽口を叩くとすぐに部室を出た。
チャンスだ!
うちもバンと机を叩いて唐突に立ち上がった。二人がビクリと震えた。
気に入らないけどちょっと可愛い。
「うち……!」
うちは高らかに声を上げた。
「え、な、なにさがみん……」
「うちは二人には負けないから!」
「……え?」
二人ともポカンとしていた。
結衣ちゃんは意味を徐々に察したのか好戦的な目線をうちに向ける。
雪ノ下さんは小首をかしげていた。
……だからなんでそれで可愛いの?!
「わ、私だって負けないよ!」
結衣ちゃんはグーを上に突き出す。
「わ、私だって負けないわ!」
雪ノ下さんが意味もわからず単純に負けず嫌いで対抗してきたのは見え見えだった。
うちと結衣ちゃんは笑みを零す。
「ゆきのん可愛い」
「ほんと、可愛い」
雪ノ下さんは「え?」と珍しく動揺している。
これは負けるかもしれない。
そんな事が頭に浮かんだけどすぐにかき消した。
「何が何でも比企谷はうちのものだから!」
今度は雪ノ下さんにも分かりやすいように高らかに宣言すると、うちはまた一口、ケーキを口内に放り込んだ。
さがみんの誕生日はとうに過ぎてます。許してください。
全て付き合わせると思ったら大間違いですね(笑)
はるのんはそのうち投稿します。
はるのんの次はめぐりんかな?
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