短編集︰されど、この恋は終わらず。   作:いろはにほへと✍︎

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ほどほどに愛しなさい。
長続きする恋はそういう恋だよ。

―シェイクスピア―




好意の核心

 「結衣先輩って好きな人いるんですか?」

 

 今日は、ゆきのんといろはちゃんと私で、プチお泊まり会を開いていた。

 場所は私の家。三人でお風呂に入った後に、いろはちゃんがいきなりそんなことを聞いてきた。

 

 「え、えーっと……あはは」

 

 なんて答えたらいいのか分からなくて、私はついごまかしてしまった。

 

 「結衣先輩ってモテるじゃないですか。でもなかなか彼氏作らないしー。好きな人でもいるのかなって」

 

 「一色さん、あまり人のプライベートに踏み込むべきではないと思うのだけれど」

 

 「じゃあそういう雪ノ下先輩は?」

 

 「え? 私は……その……」

 

 注意しようとしたはずが、ゆきのんはそれきり俯いてしまった。よくある女の子同士のお話のはずなのに、どうにも私たちには難しい。いろはちゃんもそれは分かっているはずだった。

 

 「……私はいますよ」

 

 「そ、そう……」

 

 「そうなんだ……」

 

 三人で私のベットに座っていたけど、ゆっくり寝る姿勢になる。枕投げなんてするはずもなく、シングルベッドに無理に三人入る。

 

 「それでー結衣先輩は?」

 

 「……えーっと……」

 

 「いますよね?」

 

 「うん……」

 

 いろはちゃんに押し負けてしまった。そんな体だったけど、いろはちゃんが言った手前、私も必然的に言わないといけない。私はそう思った。

 

 「雪ノ下先輩は?」

 

 「私は……分からない」

 

 ゆきのんは諦めたように、ため息と一緒に答えを吐き出した。

 

 「そうですか」

 

 いろはちゃんは、特にそれ以上探求しなかった。それが言わずとも分かっているようで、私は少し嫉妬してしまった。

 

 「私の好きな人はぶっちゃけいい所ほとんどないです」

 

 「へ、へーそうなんだ」

 

 しどろもどろに返事をする。

 

 「結衣先輩は? どんな人ですか?」

 

 「んー、えーっと、あはは。私も、そんな感じかな」

 

 「でもたまに優しいんですよね」

 

 「うん、見えないところっていうかかなり遠回りだけど」

 

 これがヒッキーの言う、「ぎまん」ってやつなのかもしれない。

 きっとお互い分かってて、それでも口に出さないように気をつける。

 ヒッキーは、きっと嫌いだ。

 

 「出会いのきっかけは?」

 

 黙り込んでいたゆきのんが口を開いた。しかも、ゆきのんがするような質問ではなくて、私たちは一瞬言葉に詰まる。

 

 「私は生徒会長選挙です」

 

 「私は……助けてもらったの」

 

 ほとんど核心をついていて、それでも決定的な答えは出さない。

 きっと三人とも分かっているのに。

 

 「ほんと、私にいつもいつもあざといとか言いながらあっちの方がよっぽどあざといですよ」

 

 留年してくれないかなー、なんて言っていろはちゃんははにかむ。

 

 「あはは……確かに、あざといかな?」

 

 「でもいざという時は頼りになるんですよ」

 

 「まったくその通りだね」

 

 返事をして、たははと笑う。

 

 「しかも周りは女の人ばかりだし」

 

 「それそれっ! ほんと、それだよね?」

 

 私は含みを持たせたまま、いろはちゃんの目を見つめる。いろはちゃんはにやっと笑った。

 

 「ですよねー。ほんとやめてくれないかなあ」

 

 今度はいろはちゃんが私の目をまっすぐ見つめてくる。お互い意図するところは分かっているし何だかおかしくなってきちゃった。

 ふふっとゆきのんが笑みを漏らしていた。

 

 「どしたのゆきのん?」

 

 「いえ、火花が散っているように見えたから」

 

 「やだなあ雪ノ下先輩」

 

 「あははそうだよ、ねえいろはちゃん」

 

 まるで映画でみた頭脳戦のように、お互い本音を隠して、でも相手に伝わるように身振り手振りを振りかざす。日本人特有の、空気を読むという行動で成り立っていると思うと少し面白い。

 

 「じゃあそろそろ寝ましょうか」

 

 ゆきのんの言葉に相槌をうってから、三人で一つのベッドに潜り込む。狭くて、きつくて、暑苦しいけど、やっぱり楽しい。

 ヒッキーもいたらもっと楽しいのかな、なんてあるはずも無いことに私は思いを馳せる。

 しばらくそんなことを考えているうちに、私は徐々に眠りに落ちていった。

 

 × × ×

 

 結衣先輩――。

 誰かが私を呼びかけるように起こす。

 ふへっ? なんて間の抜けた声を出しながら、私はゆっくり起き上がる。目線の先にはいろはちゃんがいた。

 

 「結衣先輩、奉仕部で小町ちゃんの合格祝いをするみたいです。今日緊急招集がかかって、雪ノ下先輩は一度身支度をしに戻っちゃいました」

 

 「へっ今日?! いきなりすぎない?!」

 

 私はおおげさに驚いたけれど、すぐに昨日が合格発表だったことを思い出して、ヒッキーのことだから妹愛が空回りして、信じられない行動力を発揮したのだと、これまた不思議な程に結論づけることができた。

 

 「行きますよね?」

 

 いろはちゃんが私に問う。いろはちゃんは元から今日は生徒会の用事があったみたいで、支度を済ませて泊まりに来ていたのだ。

 

 「うん、もちろん!」

 

 元気よく返事をしてから、私は制服を準備し始めた。

 

 「着替えとかあるし、先行ってていいよ」

 

 待っていようとしていたいろはちゃんに一応伝えておく。いろはちゃんは、はい、と言うとすぐに立ち上がった。

 

 「じゃあ学校で待ってますね。確か10時半集合です」

 

 「うん、わかった」

 

 部屋を出ていこうとするいろはちゃんにふりふりと手を振った。いろはちゃんも返してくれて、そのまま私たちは分かれた。

 今は何時なのかなと壁時計を確認する。

 

 『AM 10:00』

 

 ってあと三十分しかないじゃん!

 

 × × ×

 

 「お、悪いな由比ヶ浜」

 

 はあはあと息切れしながらも、何とか時間ないに奉仕部へ入ると、中は何か煌びやかに飾られていた。いったい何時から用意していたんだろうとヒッキーの方を見ると、眠そうな様子もなくて、妹ってすごいなってつい笑ってしまう。

 

 「じゃあ小町の入学祝いを始めたいと思います! 皆さん今日はお集まりいただきありがとうございます。平塚先生、雪ノ下、由比ヶ浜、そして戸塚! 今日は妹のためにありがとう」

 

 ヒッキーが音頭を取るとは思わなかったのと、まるでヒッキーとは思えないほどに、堂々と喋るから一瞬誰なのか分からなくなっちゃった。

 

 「って先輩! 私もいます!」

 

 いろはちゃんが大きく声を上げた。確かにいろはちゃんの名前呼ばれていなかった気がする。

 

 「あれ言わなかったっけ……」

 

 どうやら本当に忘れていたみたい。

 

 「お兄ちゃんさいってー! こんな可愛いお嫁さん候補……ごほっごほっ……会長さんを忘れるなんて!」

 

 「えっ、いつから一色と小町に繋がりが……。やばいって、あざといの二つ混ざるのは……」

 

 「まあ何はともかく最低ね比企谷くん」

 

 「八幡……」

 

 「比企谷……」

 

 ヒッキーは大きなブーイングを受ける。私だけ何も言わなかったからかヒッキーは私を見る。

 そ、そんな仔犬みたいな目で見てもダメっ!

 

 「ヒッキー最低……」

 

 「わかったよわかった! ごめんなさいー」

 

 ヒッキーはとうとう観念して謝る。それからいろはちゃんがズレてしまった話を戻す。こういうところでいろはちゃんの生徒会長としての力が発揮されるような気がする。

 

 「まあ、じゃあ始めるか……」

 

 疲れきったヒッキーが呟いて、ようやくパーティが始まった。

 

 × × ×

 

 夜は七時。あのあとに二次会ということで、みんなでカラオケに行ったり、パフェを食べに行ったり結構好き勝手に盛り上がった。

 途中好きな人の話が始まって、中学生の頃のヒッキーの話が暴露されたりして、気まずいところもあったけれど、なかなか面白かった。

 そして今。

 私がちらちらヒッキーを見ていたことに気づいた小町ちゃんに頼まれて、ヒッキーと二人で買い物に行くことになってしまった。明日は学校なのに、今日はヒッキー家にみんなで泊まるみたい。私たちが買い物に行っている間にヒッキーの家に移動するらしい。

 

 「で、なに、またケーキ買うんだっけ?」

 

 「あー、うん、そう……」

 

 思ったよりもうまく喋れなくて緊張する。何の話をしよう、なんて考えていると、突然泣き声が聞こえてきた。どう考えても小さな声の泣き声。夜道に泣き声って怖っ! なんて思ったけど、ヒッキーはずんずん進んでいく。

 

 「あの公園か?」

 

 どうやら声の招待を確かめようとしているようだった。私がやめようという間もなく、ヒッキーは公園の中に入ってしまった。一人で待つのも怖くて、ヒッキーの袖を掴みながらついていく。

 すると、少しも歩かないうちに小さな女の子がいた。見た目的には小学校高学年。ティシャツにスカートで、今の時期にはどう考えても、おかしい。

 

 「おい。どうした」

 

 不思議がることもなくヒッキーは女の子に声をかける。

 

 「お母さん……」

 

 「お母さんとはぐれちゃったの?」

 

 私も一応、加わる。ヒッキーだけに任せていたら通報されるかもしれないし……。

 

 「うん……お母さん……」

 

 「迷子かあ……」

 

 ヒッキーがため息をつく。それから、自分の来ていたアウターを女の子に掛けてあげる。

 

 「風邪ひくぞ、これくらい着とけ」

 

 ぶっきらぼうに言ってから、今度は自販機であたたかいミルクティを買ってきて女の子に渡す。

 

 「ありがとうお兄ちゃん……」

 

 「ああ、気にすんな」

 

 まず女の子をベンチに座らせてから、ヒッキーはどこかに電話をする。私は特に出来ることがなくて、女の子とお話をしてみた。

 

 「お名前は?」

 

 「ゆずか!」

 

 「へえ、ゆずかちゃんって言うんだ。私は結衣だよ。いいお名前してるね」

 

 「結衣もいい名前だよ?」

 

 「ありがとうー! 可愛いねー!」

 

 言いながら私はゆずかちゃんを抱きしめる。

 

 そんなやりとりをしていると、ヒッキーが近付いてきた。電話の先は警察みたいで、こっちに向かってきているらしい。それで少女の名前を聞いてくる。

 

 「ゆずかちゃんだって言ってたよ」

 

 「わかった……。ゆずかちゃん、君の苗字はなんていうの?」

 

 ヒッキーらしくもなく優しい口調だ。さすが小さい子好き……? 子どもができたらこんな感じなのかな……? って落ち着いて私! 今は緊急事態なの!

 

 「ばんすい! ばんすいゆずか!」

 

 「そっか。ありがとうね。俺はとべ、とべかけるって言うんだよ」

 

 ってヒッキーなに、嘘教えてるの!

 だけど、つっこむのは難しい。きっと後で指摘したら、「いいんだよ、子どもは知らず知らずのうちに嘘をつかれているもんだ、そうやって大人になっていくんだよ」なんて語られそう……。

 すぐにヒッキーはスマホに耳を戻して、また話し込んでしまった。

 

 それから十分ほど待つと、パトカーが公園の前に着いた。警察官と一緒に女の人が降りてくる。

 

 「ママ!」

 

 ゆずかちゃんは私たちなんて気にすることなく一目散にお母さんっぽい人のところに走っていく。私たちもゆっくりそれに続いた。

 

 「ゆずか!」

 

 二人が抱き合っているところにゆっくりついていくと、お母さんが私たちに気づいた。

 

 「あ、あなたたちですか?! 本当に、本当にありがとうございます! そしてごめんなさい」

 

 「いえ気にしないでください。無事再会出来たようで良かったです」

 

 初めて見るような優しい口振りで言ってから、ヒッキーは警察官に呼ばれて話をしに行く。

 その間、置いていかれた私はゆずかちゃんに話し掛けられた。

 

 「彼氏なの?」

 

 「え?」

 

 「こらゆずか、失礼でしょ」

 

 つい叫んでしまって、お母さんがゆずかちゃんを叱る。私は気にしないでくださいと言ってから苦笑い混じりにゆずかちゃんを諭す。

 

 「彼氏じゃないよ」

 

 「えー、そうなの? じゃあ友達?」

 

 彼氏じゃない、けれど今、男女で一緒にいる。確かに、小学生から見たら友達に思えるかもしれない。でも、きっとそうじゃない。

 

 「違うよ、友達でもない」

 

 「えー、じゃあなにー?」

 

 私はふふっと不敵に笑ってから、まるで囁くみたいに、落ち着いて静かに言葉を漏らす。

 

 「――好きな人、だよ」

 

 × × ×

 

 あのあと、俺たちが帰ったのは九時半を回っていて、音沙汰もなかったため、めちゃくちゃ怒られた。主に雪ノ下に、っていうか雪ノ下だけに。

 怒っているだけのようで、実際、めちゃくちゃ心配してたんだろうし、愛いやつめ。

 少女はあの公園の近くに住んでいた子で、探検と称して歩き回っていたうちに帰れなくなったようだ。来ていた服も途中で暑くなって脱いだ時にどこかに忘れてきたらしい。

 まあ不可解なのは実はそこではない。

 一番の謎は、何故去り際、お母さんもゆずかちゃんもすごくにこにこしていて、由比ヶ浜が俯いて、頬を赤く染めていたかだ。

 結局、由比ヶ浜は教えてくれないし、ゆずかちゃんたちはそのまま帰ってしまった。

 そして、これから三次会が始まるらしい。

 俺は寝ぼけそうなくらい眠たい眼を擦って、由比ヶ浜の音頭に、腕を上に突き上げる。

 

 『小町ちゃん、おめでとうっ!』

 

 あんなに面倒なことがあったにもかかわらず、疲れ知らずなのかこいつは。なんて思いながら、さりとて、いいやつだなと俺は苦笑いする。

 

 こんなのが彼女だったら楽しそうだ。

 

 そんな一言は決して口には出さず、しかし、小さい子と触れ合っている時の由比ヶ浜の横顔を思い出して、全部を心にしまうように、俺はぐいっとマッ缶を呷った。

 

 

 




由比ヶ浜結衣は可愛いけど、彼女目線だと難しい単語は、というか普通の単語さえ使いづらいから書くのが難しい。
でも、あのたまに見せる強い意志が好き。

評価、感想お願いします!やる気とモチベーションとペースに繋がります、よろしくお願いします(笑)
せめてオレンジにはしたい(笑)

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