その日の夜。
時間どうりに、神社に着いたマキオ。
辺りは、闇に包まれており、マキオの手にした松明が照らす範囲以外には、
何かが潜んでいるような気持ちになってくる暗さだった。
境内に続く階段を上ると、上段の石段に人影が見える。
ネロがすでに来ていた。
ネロは、マキオが初めて見た時と同じように、全身を黒い衣装で包んでいる。
今日、団長の部屋で会った時のように、うつむき顔を伏せている為、
どんな表情をしているのかは、うかがいしれない。
相変わらず、不気味な雰囲気を醸し出している。
マキオは、後で着いたという事を、一応わびようと思った。
「すみません…お待たせしました」
「…いや」
これが、マキオとネロが、初めて交わした会話だった。
ネロはそれだけ言うと、振り向いて山に入ろうとする。
マキオは、引き止める。
ネロは、松明も持っていない。
「あの、ねろさん……明かりは持ってきてないんですか?」
「いらない……マキオも消せ」
「え…?」
マキオは、驚いた。
明かりを消せ?
そして、俺の名前を呼んだ?
どちらも、意外な気がした。
マキオの戸惑いをかいさずに、ネロが言う。
「ここからは、闇の中を進む」
「そ…そんな…無茶ですよ」
「明かりがあると、キメラに気づかれやすい」
「?……気づかれやすいって…その方がいいじゃないですか。俺達は、キメラを探しに行くんでしょ?」
「俺がキメラを倒すには、一つだけ条件がある。
キメラが俺達を見つける前に、
俺達が先に、キメラを見つける事だ」
「キメラより先に……」
ムリな事だ。
この暗闇の中で、山を歩く事さえ困難な事だろう。
その上、山を住処にしているキメラより先に、俺達がキメラを見つけるなんて…
ネロは何を言ってるんだ。
マキオは、ネロの提案を否定しようと思った。
「そんなの…」
「オイ」
マキオの言葉を遮るネロの低い声に、ビクっと体が反応する。
闇の中では、聞きたくない声だった。
「マキオ……俺は話をしに来たんじゃない。
早く明かりを消して、少し闇に目をならせ。
5分後に出る」
そう言うと、ネロは境内に入り、灯篭によりかかる。
マキオは、渋々松明に土をかけ、明かりを消した。
一瞬で、世界は闇が支配した。
まるで、目を閉じている時と変わらない暗さだ。
この中で、キメラを探すなんて、自殺行為としか思えない。
こんな所で、ネロと一緒に死ぬなんて考えられない。
ネロと一緒にいる、という事さえ居心地が悪いのに。
まったく、嫌な役目を負ってしまった、とマキオは後悔していた。
マキオは、暗闇を見つめながら、八雲と話した言葉を思い出す。
「ネロは…経験者だ」
あの、神社で見たキメラの死体。
アレを倒したのが、ネロ?
どうやって、倒したんだ?
倒れていたから、ハッキリとした大きさは、わからなかったが、
大きな象が、横たわってると思ったくらいだ。
おそらく、4、5メートルはあっただろう。
それを、一人で……?
しかし、あの時、確か子供たちは神社の中にいた。
それを俺達が見つけたんだ。
もしネロが、あのキメラを倒したんなら、どうして子供を連れて来なかったんだ?
火は点いていたが、そこにネロはいなかった。
普通なら、子供達の側にいるべきだったはずだ。
……いや…あの時、俺は少し奇妙な気配を感じていた………ネロは、いたのか…?
いや…だとしてもやはりネロは、少し変だ。
マキオは、そんな事を考えていたら、不思議と闇に目が慣れてきている事に気付く。
何も見えなかった景色は、輪郭を現しており、木の形も神社の建物の形もわかった。
夜空には、星も月も出ていないが、山との境界線もわかった。
夜は暗いが、暗闇ではないのだ。
思っていたほど、まったく歩けない事もなさそうだ。
ただ、キメラを見つけられるとは、おもえなかった。
周りを見渡しているマキオの姿を見て、ネロが声をかける。
「慣れたようだな、行こう」
「…はい」
マキオは立ち上がり、キメラと会ったあの場所、バニラを守れなかったあの場所を目指して、夜の山に入った。