マキオがデイライトの街へ戻ると、団員が呼び止めた。
「ああ、マキオ…団長が探してたぞ」
「え?…団長が俺を?」
「ああ…なんか、しでかしたか?」
マキオは、からかう団員に適当に答えて、幹部達のいる建物に向かった。
建物は、小さなオフィスビルのようだった。
建物に入る入り口で、ニーナにすれちがった。
「ああ、ちょうど良かった、マキオ。
団長が呼んでるよ、あの部屋に行って」
ニーナは、建物の奥の部屋を指差す。
「あ…はあ…ニーナさん…団長が俺に一体なんのようなんですかね?」
「さあ?私は聞いてないよ」
ニーナはすれ違いざまに、マキオの肩をポンと叩くと、そのまま出て行った。
建物に入ると、エントランスにベンチがいくつか置いてあり、
その一つに、女が座っていた。
(……綺麗な人だな…誰だろう?)
マキオは、ロデオソウルズでも、デイライトでも、その女を見かけた事はなかったから、
少し不思議に思った。
女は、マキオの視線に気づくと、小さく手を振ってくれた。
マキオは、少しだけ顔を赤らめ、頭を下げて通り過ぎた。
(もしかして、俺にしか見えてない人じゃないよな…)
なんとなく、子供達が話していた幽霊を思い浮かべてしまった。
でも、その女には幽霊というよりは、少し悪魔に近いような妖艶さを感じた。
廊下を過ぎて、団長のいる部屋に向かう。
マキオは、このロデオソウルズに入って、もう一年になる。
しかし、団長に呼ばれた事は一度もなかった。
おそらくこの話は、あまり良い事ではない…というか、確実に嫌な予感がしていた。
部屋をノックすると、中から八雲の声が返ってくる。
「はい」
ドアを開けると、部屋には八雲の他にもう一人いた。
それは、マキオの会いたくない人物だった。
ネロだ。
ネロは、うつむきかげんで窓際によりかかっている。
八雲がマキオに言う。
「マキオ…悪いね、座って」
八雲は、自分が座っているソファの向かい側のソファを、マキオにすすめる。
おのずと、ネロに背を向ける形となって、マキオは少し不安を感じた。
「あの…団長、俺に何か用でしょうか?」
「ああ…ちょっとね。
その前に、紹介しておこうか…マキオは初めて会うんじゃない。
ネロだ」
「ど…どーも、マキオ…です」
マキオが、体をねじり、目は合わせずに頭を下げた。
ネロはかすかに、頷いたように見えた。
「あの…団長……ネロ…さんとは、何度かすれ違う程度はあったので…」
「そう?……ネロはあまり団にいる事は少ないから。
まぁいいよ……それより、今日はマキオにお願いをしたいんだ」
「お願い…ですか?」
「うん、実は……キメラの事なんだ」
「!?」
マキオは、すぐに嫌な顔をしてしまった。
それを、思い切り正面から八雲に見られた。
「あっ、すみません…」
「いいよ……怖い思いをしたんだ。
その反応は自然なものだよ」
「…キメラですか…」
「ああ…簡単に言う、ネロと二人でキメラ討伐をしてもらいたい」
マキオは、ゆっくりと目を閉じうなだれる。
やはり、嫌な予感は当たっていた。
あのキメラに、もう一度……?
しかも、ネロと二人って……。
「それ……俺じゃ…ムリです」
「いや…マキオじゃなきゃダメだ」
「ど…どうしてでしょうか?…はっきり言って、嫌なんですけど……」
「嫌なのはわかってる。
でも、マキオしかいなくてね」
「俺しかいない…?」
「ああ、理由を話すよ。
まず、キメラを見たのは、団員では数人だ。
そのうち、隊長クラスは入院中。
残る団員は四人。
その中では、マキオは最も足が速い、しかも何かがいる気配がわかるんだって?」
「……たまたまです」
「それに、戦闘技術も片桐が指導して、能力は十分だと聞いてる。
まぁ、今回の討伐では、マキオが戦う必要はないけどね」
「?」
「マキオには、道案内を頼みたいんだ」
「…案内ですか?」
「ああ…キメラと遭遇した所まで、ネロを連れて行ってもらって、
キメラを見つけたら、それでマキオの仕事は終わり。
すぐに、戻ってきていい」
「え…それだけですか?」
「ああ、後はネロに任せてほしい」
「……ネロさんが…一人でキメラと……?」
「そのへんの事は、マキオは気にしなくていいよ。
ネロがなんとか考えるから」
「…」
( 正直、乗り気はしないが、戦いがないのなら…
いや、でも…じゃあ、ネロが一人で相手をするって事になる…
あのキメラを…?…カイトとバニラでも、全く歯がたたなかったのに、
それを、たった一人で……ムリだ…もし、ネロに何かあったら……
悔しいけど……バニラが……悲しむ…… )
「……あの、やめておいた方がいいです」
「……どうして?」
「俺は、キメラを見ました。人が戦ってどうにかなる相手じゃない!
カイトとバニラでも、あんな大怪我をしたんです。
それを、まさか一人でなんて…!」
話しているマキオの言葉を、八雲はさえぎる。
「いいんだ……マキオ。
ネロがどうなろうと、責任は私が取る。
マキオは、ネロの心配はしなくていい」
八雲の言葉は強い。
八雲の言うとおり、マキオがネロの心配をする必要はない。
ただ、どうしてもバニラの悲しむ姿を見たくなかった。
悩んでいるマキオに、八雲が言う。
「では……少し安心する話をしておくよ。
これは、内緒の話だから、喋っちゃダメだよ?」
何の事だろう?
マキオは、ゆっくりとうなずく。
「うん……確か温泉街でマキオは、キメラを見たよね?」
「あの…神社で見た……死体のですか?」
「ああ……あれはネロが殺ったんだ」
「!?」
「だから、心配しなくていい……ネロは経験者だから」
( あの化け物を?………なんなんだよ、この人……?
でも、もしキメラを倒せるなら、バニラの仇が取れるって事か…
だったら…… )
「…わかりました、案内だけなら…」
「ありがとう、助かるよ。
では、今夜に決行するから、準備をしておいて。
それと、このキメラ討伐の話も、誰にも言わないでほしい…いい?」
「カイトにもですか?」
「うん…誰にも」
「…はい、わかりました」
「では、今夜8時に神社に来て。
マキオ、頼んだよ」
マキオは立ち上がり、部屋を出るときに、少しネロを見たが、
ネロは、うつむいたままで、その表情はわからなかった。
(……不気味な人だな…)
マキオは、ドアを閉めた。