ミツイは、アヤネが嘘をついているとは思えなかったが、
心から信じる事も出来なかった。
自分が命を捧げているシノノメ傭兵団に、裏切り者がいるなんて、考えたくなかった。
「その日記を、見せてくれない?」
「無理よ」
「どうして?」
「もう、ないの」
「その…ある人が持ってるって事?」
「いいえ、渡せなかった」
「どうして!?」
「兄さんが死んだ次の日、私の家は燃やされたの」
「!?」
「日記も一緒にね」
「家が…?」
「ええ。
その火事で、両親も姉も死んだわ」
「……」
「私だけ助かったの………でも、見て」
アヤネは、着ていたブラウスのボタンを外した。
その体は、胸から腹まで、真っ赤に引きつっている。
見えないが、下半身にも続いている事は、容易に想像できた。
「一年間、入院してた。
そのあと、身寄りのない私は、母方の親戚がロンドンに住んでいて、
その家に引き取られた」
「家を燃やしたのは……」
「犯人は逮捕された。
傭兵じゃなかったわ。
あの、知ってるよね?
シュラで起きる戦闘で、どっちが勝つかを賭けるギャンブルの……」
「えっと……シュラズ・ミリオンの事?」
「そう、それで兄さんに大金を賭けてて、負けた男が恨んで燃やしたんだって」
「本当なの?」
「さぁ……私も一年間入院してたから、調べようもなくって…」
「……じゃあ、それで日記も…」
「ええ、家は全焼だったから……私が動けるようになってから、すぐに家に行ったら、
更地になってた」
「って事は、証拠は何も」
「ええ、何も残ってない」
「……そう」
「ただ、私はシノノメ傭兵団に入るつもりだったの」
「……そうか…それで落とされたって…」
「うん、私は傭兵養成所の首席だったから」
「……変だね」
ミツイは、話を聞いて少し疑問に思った事を尋ねる。
「嫌な話をするけど、いい?」
「何?」
「お兄さんが戦った時の映像があると思うんだけど…観た?」
シュラでの戦闘は、全てバグカムで撮られている為、必ず映像が残っているはずだった。
「ええ、観たわ」
「どうだったの?」
「確かに相手は、ノクターンだった」
「……でも、アヤネさんは…」
「見た目はね」
「?」
「ノクターンは仮面をつけてるでしょ?」
「!」
ミツイは、アヤネの言っている事が、真実のような気がしてきた。
確かに、証拠は何もないのだが…
不思議と、何か辻褄が合っているような、
気味の悪い感じだった。
「この話を知ってる人は、何人かいるの?」
「うん…信頼できる数人だけ」
「それで、どうして僕に?
悪いけど、証拠もない話だよ。
僕が信じない可能性だって、あるはずだ」
「うん…でもミツイ君は、この話を忘れないでしょ?」
「え?」
「もし信じないとしても、黙ってて欲しいって言ったら、
きっと喋らないと思ったし…
いずれ、シノノメ傭兵団の顔になる人が、
この話を知っている…
それだけでも、話をしてみる価値はあるはずだから…」
「……」
「ごめんね」
「ああ」
「…」
「…」
「部屋に…もどろっか」
「…」
アヤネは立ち上がり、ミツイの車椅子を押す。
「…ごめんね」
アヤネは、もう一度、そうつぶやいた。
「………アヤネさん」
「?」
「車椅子……変わらなくていいの?」
アヤネは少し涙目で笑ったが、ミツイには見えなかった。
ただ、ほのかな涙声で、
「……また…来てもいい?」
「……桃が熟れすぎる前に、おいでよ」