葵が病室に、洗った食器を持って戻って来た。
「ミツイ、洗濯物はないの?」
「ああ……いいよ別に…
…業者に頼むから」
「遠慮しなくていいわよ、どうせまた来るんだし…
その時に持って来てあげるから……この袋?」
葵が、ベッドの下にあった袋を拾うと、ミツイが袋をつかむ。
「ああ…そうだけど、いいって…」
「何よ…別に恥ずかしいものなんてないでしょ…」
二人は袋を引っ張りあっていると、病室のドアが開いた。
「はい」
ミツイが返事をすると、病室に入って来たのは、
ツクヨミ傭兵団の隊長、アヤネだった。
二人は袋をつかみ合ったまま、アヤネを見る。
「ミツイ君、こんにちは……
あら……お邪魔だったかしら?」
ミツイが慌てて袋を離す。
「アヤネさん…どうしてここが?」
「うん……ちょっと、クガさんに調べてもらって…
……あの……」
アヤネは、葵を気にしているようで、チラチラとミツイに視線を送った。
「ああ…アヤネさん、紹介するよ、
僕の隊の副長の葵…さん
そして、こちらは、ツクヨミ傭兵団のアヤネさん」
葵は、アヤネを覚えていた。
ハンターゲートに出た時、ミツイがアヤネと一緒に帰っていったのを、
見ていたのだった。
葵は、少し胸が冷たくなったが、ちゃんと挨拶はしておいた。
「初めまして、葵です」
アヤネは、笑顔で返す。
「初めまして…アヤネです。
確か、ハンターゲートに出てましたよね。
私も会場にいて、お見かけしました」
「ああ……そうですか……」
葵は恥ずかしかった。
ハンターゲートでは、エキシビジョンマッチに出場したのだが、
圧倒的な強さだったので、周りの女隊員から、女の子らしさが出てない、
とダメ出しを食らっていたのだ。
そんな風に、クールだとか言われる自分とは違い、
見るからに女の子らしさの塊のような、
フェミニンなアヤネ、と自分を比べてしまって、恥ずかしくなった。
葵は、気まずくなってミツイに言う。
「じゃあ…私帰るね」
葵は、自分のカバンを持って病室を出ようとする。
アヤネが呼び止めた。
「あっ、葵さん…ご一緒にどうですか?」
アヤネは、カバンから紙袋を取り出す。
「桃なんですけど…」
葵は、ドキッとした。
桃はミツイの隠れた好物で、そんなに誰もが知っている事じゃなかったからだ。
葵は、二人の関係を勝手に感じてしまい、なんだか自分が惨めになって、
その場を離れたかった。
「いいえ、急ぎますから…じゃあ」
葵は、ミツイの顔も見ずに病室を出ていった。
アヤネが袋を上げたまま、ミツイを振り返る。
「なんか……マズかったかな……?」
「いや……大丈夫だよ、ちょっとクールな子なんだ。
気にしなくていいと思うよ」
「そう……ミツイ君、食べる?
この間、好きって言ってたよね?」
アヤネは、笑顔で袋を振る。
「ああ…ありがと、
でも実は……今、葵にもらって食べたばっかりで…」
「あ…そうだったんだ…そういう事かぁ…あちゃ〜。
ごめん…タイミング悪かったね」
アヤネが頭を下げる。
「いやっ、そんな謝らないでよ。
でも、覚えててくれたんだね、嬉しいよ。
後で頂くね。
それより…座って」
ミツイは椅子をすすめながら、
「それよりアヤネさん、どうして来てくれたの?
入院してる事、誰かに聞いたとか?」
「いいえ…誰にも。
でも、うちの団でも凄く話題になった話だったから。
ノクターンが出たって…」
「ああ…それで僕が怪我したのも知ったんだね…」
「うん…それで、怪我の具合はどうなの?」
「ああ、お腹を少し切られちゃって…
でも、全然大丈夫なんだ。
あと2、3週間位で退院できそうだから」
「そう…なんだか元気そうで良かった。
……安心したわ」
「ありがとう…気にしてくれて」
二人の間に、花の香りとは違う、柔らかな甘さが香った。
ミツイが話しかける。
「嬉しいけど、でもそれだけの為にわざわざ、クガさんに調べてもらってまで、
来てくれたとは、思えないんだけど……?」
「うん……実はね…ちょっと聞きたい事があって…」
「やっぱりね、何?
ノクターンの事とか?」
「えっ?どうしてわかるの?」
「そりゃ、わかるよ。
だって、他の団員にわざわざ隊長さんが会いに来るんだったら、
きっと、そういう事以外にないんじゃない?
それに、うちの団の先輩達にも、ノクターンの事すっごい聞かれたし…」
「そうだよね。
で、どうだったの?強かった?」
「ああ、強かった。
バケモノだったよ。
正直、今の僕じゃ勝てる相手じゃないと思った。
恥ずかしいけど…そんな事思ったのは初めてだったよ」
「そんなに……
確か、ミツイ君の団の隊長クラスも、何人も犠牲になったんだよね…」
「うん…
目の前で、殺られた人もいて……悲惨だった。
でも、どうする事もできなかった」
「そう……ねぇ大丈夫?
こんな話聞いて…辛いんじゃない?」
「うん、大丈夫。
誰かがアイツを倒さないと、犠牲者は増えていくばかりだから。
僕がわかる事で、アヤネさんにとって、少しでも参考になる事があればいいから」
「そっか、ありがとう」
「まぁ…そう言っても、わかる事少ないんだけどね」
「でもすごいよ、ノクターンと戦って、生きてる傭兵は少ないから」
「…らしいね。
特に、相手が隊長クラスだったら、必ず殺すのが、奴のやり方なんだって、僕も聞いたよ」
「あのさ……ノクターンが見つかった時って、奴はどうしてそこの場所にいたの?」
「どうしてって?」
「何かしてたのかな?探し物とか、誰かと待ち合わせとか…」
「さぁ……それは知らないよ…どうして?」
「だって、ノクターン位の大物なら、わざわざ自分で調達に出る事もないだろうし、
他の部下だっていなかったみたいだったから、一人でそこに居たって事でしょ?
何をしてたんだろうって…」
「確かに、言われてみればそうだね…気にもしてなかったよ。
団に戻ったら、ちょっと調べてみるよ。
何かわかるかもしれない。
その時は、連絡するから」
「うん、ありがとう」
アヤネはそう言って、ミツイを見つめている。
「…な…なに?」
アヤネは黙ったまま、しばらくすると真剣な顔になった。
「アヤネさん……」
ミツイが呼びかけると、アヤネが急に顔を近づけた。