旅館の一室。
片桐が、椅子に腰掛け、冷めたコーヒーを口にしている。
霧雨の煙る日本庭園の中庭を眺めていると、
カイトが中庭に入って来た。
カイトは、何も言わず池の辺りに佇む。
「……?…カイト…何か?」
片桐が座ったまま尋ねるが、カイトは答えない。
いつもは、軽くフワッと風にそよぐ綺麗な髪も、
今は霧雨にしっとりと濡れ、毛先に雫が憩う。
「…?」
片桐は、いつもと様子の違うカイトを見ていると、
小さく何かをつぶやいたように見えた。
片桐が、靴をはき中庭に降りて、カイトに近づく。
「………水も滴るいい男と言いますが……
今の私には、その色気は必要ありませんが…?」
カイトは、何かをつぶやいた。
「………を出すナ」
「?」
カイトの声は片桐には届かなかった為、片桐はもう一歩カイトに近く。
……と、その瞬間に閃光が眼前を走る。
片桐は上体を少しだけ反らして寸前で刃をかわし、腰のサーベルを抜き払う。
カイトは体を前に入れ、サーベルより先に片桐の右横に移ると、ナイフを逆手に持ち替え、
首筋に突き立てる。
とっさに片桐はサーベルを放し、ナイフを持つカイトの左手を払い、軌道をそらせながら、
左の脇腹に膝を入れる。
カイトは、払われた手の反動で体をひねり、回し蹴りを放つ。
片桐は、蹴りを左手で受け反動で後ろに押しやられながら、次の追い討ちに備え、
腰から短剣を抜き、構えた。
一連の攻防は、一瞬の間に行われたが、互いの間合いを嫌う事で、
動きが止まった。
互いに、言葉を発さず、瞬きもしないまま数秒が過ぎる。
片桐は、先に短剣を収めて両手を広げ、無抵抗を示した。
「……カイト……戦闘訓練は…予約を入れて頂きたいのですが…?」
「………何のつもりだ…」
「?」
片桐は、何の事かわからないと言う感じで、目を細めた。
「……今度のおもちゃは…マキオか…」
片桐は、何かを察して静かに息を吸って、鼻から抜いた。
「………何を言うかと思えば、そん…」
「アイツだけで十分だろ……?」
片桐をさえぎったカイトの言葉に、片桐は黙って目を閉じ、
右手で左の肘を支え、左手の人差し指を額につけた。
カイトはまだ続けた。
「…十分…間に合ってるだろ…」
「………」
「……俺のモノを奪うな…」
片桐は目を閉じたまま、口だけを動かす。
「あなたの……モノではない」
カイトは、無視して喋る。
「まだ足りないか?」
「………」
「バニラを…利用してまで…おもちゃが欲しいか……?」
片桐は、目を薄く開いたが、喋りはしない。
「あの時…オレは……何も言わなかった」
「………」
「最初で最後だと思ったから…」
「………」
「…二度は…許さない」
「………」
「伝えたぞ……?」
薄く開いた瞳だけを、カイトに向ける。
「………脅し…ですか?」
「…アドバイスだ……」
カイトは足元に落ちていたサーベルを蹴る。
サーベルは、片桐の頰をかすめ、土壁に突き刺さった。
片桐は、瞬きもせずにカイトを見つめる。
カイトの瞳には、光が映っていなかった。
「……じゃあな」
カイトは立ち去っていった。