温泉の近くの河原に、マキオとコノハがいる。
「…このくらいでどう?
…それとも、もう少し切る?」
コノハは、用意してくれた鏡でマキオに写してくれる。
「うん……もう少し短くしてもらっても、いいかな?」
「わかった…じゃあ、もう少し切るね」
風の音と川のせせらぎ、ハサミの動く音が心地よく響いてくる。
お昼過ぎの、ゆっくりとした時間が流れていた。
マキオは、ロデオソウルズに入って、初めて髪を切ってもらっている。
「すごいね、コノハは。
治療だけじゃなくて、髪も切れるなんて」
「別に凄くないよ。
治療は、基本的に柊さんの手伝いだし。
髪だって、弟が三人いてよく切ってあげてただけから」
「そうなんだ。
それで世話をするのが上手なんだね」
「もう…そんなんじゃないよ」
コノハは照れているようだ。
コノハとは、バニラと一緒に飲み会をした時に知り合い、普通に話ができる仲になった。
薄い茶色の髪を肩まで伸ばして、セルロイドのメガネをかけた、女の子らしいタイプだ。
医療班に所属してるが、料理係としても働いている。
ロデオソウルズの女の子は、団という場所からか、心なしか気の強目な子が多い。
でも、コノハはとても控えめで、どこかふわっとしていて、一緒にいて落ち着ける感じがしていた。
コノハも、マキオは気を使わずに話せると、言ってくれていて、
なんとなく、同じ空気感を持っているような気がしていて、マキオは嬉しかった。
ハサミの音を、小さく響かせながら、コノハが話しかける。
「マキオ君、最近ケガする事が増えてきたけど、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。
戦闘のケガじゃないから。
少し前から、片桐さんに戦い方を覚えてほしいって言われて、
指導してもらってるんだ。
この目と鼻は違うけど…」
「そうなんだ。
無茶しないでね、マキオ君はあんまり戦いに向いてる気がしないし」
「うん、自分でもそう思う。
恥ずかしいけどね」
「恥ずかしいなんて……そんな事、思わないで。
マキオ君だから言うけどね…シュラは……そういう所だから、仕方ないってわかってるけど、
それでもやっぱり、人が争うっていうのは私…嫌だな」
「…うん…僕もそう思う」
「私達みたいな人は……本当にこんなトコに来ちゃ、ダメだったね」
「……うん」
少しだけ強い風が吹く。
二人は何も言わず、ただ、風がおさまるのを待っていた。
日頃は、考えないようにしながら、心の奥にしまっている思いだ。
このシュラで、なぜ自分は生きているのか。
なぜ、誰かと争いながらも生きているのか。
償えない苦しみを抱えたまま…
もう…二度と戻れない世界の記憶を抱えたまま…
…なぜ……
「…はい。
こんな感じでどう?」
コノハが見せてくれた鏡に写った自分は、伸ばしっぱなしの髪は短くなり、
決してネロに似てるとは思わなかった。
「うん、ありがとう。
すごくいいよ、さっぱりしたし」
「うん。
短髪も、似合ってるよ」
「そうかなぁ…ははは。
そうだ、何かお礼をしなくちゃね」
「もう、いいよそんなの」
「いや、そうはいかないよ。
本当に助かったと思ってるんだ。
大した事はできないけどさ、料理の下ごしらえとか、片付けとか、
なんか手伝える事ないかな?」
「う〜ん…本当にいいんだけど……
…何か……えっと…あっそうだ、マキオはポーターだよね?」
「うん、何で?」
「今ね、山奥だから街に物資を調達に行けないでしょ?
だから、食料の物資も限りがあるの。
それで節約しないといけなくて」
「うん」
「それでね今朝、バニラがこの近くで狩猟をするからって出て行ったんだけど、
もし獲物が捕れたら、一人で運ぶのは大変だと思うから、
もし良ければ、見に行ってあげてくれると助かるんだけど…」
「ああ、全然いいよ!行く行く!」
マキオは急に大声を出した為、コノハは驚いてしまった。
「わっ…だ…大丈夫?」
「うん、すぐ行くよ!
どっちに行けばいい?」
「あ…あっちだけど…」
「わかった、じゃあ行ってくるね!」
コノハは、急にハイテンションになって、
あっという間に走って行ったマキオを見て、首をかしげた。