「ここの4階だ」
カイトはそう言うと、一つの廃ビルに入っていく。
マキオは、何をするのかも聞かされないまま、後をついていった。
廃ビルの中はずいぶんと荒れている。
以前はオフィスビルだったのだろうか。
事務机は椅子が、散らばっていて、その上を白い埃が覆っていた。
4階まで上がると、廊下を中心にいくつかの部屋がある。
ドアは外れているのがほとんどだったが、所々ドアが残っている場所もあった。
カイトはそのうちの、ドアのない部屋に入っていく。
中のガランとした空間に、いくつかの事務机と、椅子。
そして、部屋の角に大きなカバンがいくつか置いてある。
「マキオ、俺の頼みはコレだ」
カイトがそのカバンを指差した。
マキオはそのカバンに近づき、中を覗くと酒の瓶が何本も入っている。
「これは、お酒?」
「ああ、すごいだろ?リシャールやシャトー・ラトゥールもあるんだ。
こんなの、そうそう手に入らないよ」
マキオは酒を飲まないから、カイトの言っている物がどれかは、わからなかった。
しかし、カイトの少し興奮した感じを見ていると、おそらく良い物なんだろうとは、思った。
カイトは、嬉しそうに良い酒だけを選びながら、袋に分けている。
その姿を後ろから眺めながら、尋ねる。
「これを、全部運ぶってこと?」
「そう、一人じゃ持てないから。
ちょっと待っててくれよ、今良い酒だけは絶対割らないように、別の袋に分けてるから。
マキオは、最悪割れてもいいように、こっちのカバンを持ってもらうからな」
カバンは、6個あり、全て酒瓶がつまっている。
かなりの重さである事は、容易に想像できた。
力仕事に自信のないマキオは、小さくため息をつく。
自分より少し小柄なカイトを見ると、おそらく3つずつカバンを分けて持つのだろう。
なんとなく、流されるようについて来たとはいえ、自分は何をしてるんだろうと、感じた。
しかし、考えてみると、今までの人生も同じようなものだ。
一体、何をしてきたんだろう?
別に、自分じゃなくても出来る仕事に時間を使い、
誰の為になるかなど考えもせずに、
働いた分の報酬を得る。
何に使ったかもわからずに、消費する。
ただ、それだけの日々だった。
マキオは、もう一度小さくため息をつき、そのくだらない考えを、
息と一緒に吐き出した。
マキオがカバンを見ると、側面にはマークがついていた。
ドクロが火の玉に乗っているマークだ。
「よし、んじゃ3つずつね」
カイトがマキオの前にカバンを置く。
マキオは一つのカバンに手をかけた。
う……重い…
そう思いながら、カバンをかつごうとした、その時……マキオは人の気配を感じた。
「…?…誰か…くる?」
マキオの言葉に、カイトは動きを止める。
数秒すると、カイトにもかすかに足音が聞こえた。
カイトは、カバンを足元に静かに置き、小声でマキオに指示をした。
「…マキオ、俺の後ろに」
マキオは、何が起こるのかわからなかったが、カイトの雰囲気に身の危険を感じて、
慌ててカイトの後ろにいき、部屋のすみに隠れた。
数秒の間があって、部屋に三人の男達が走って入ってきた。
男達の手には剣や、斧がにぎられている。
何だ?
何で、カイトといい、この男達といい、武器を持っているんだ?
まるで、ここは日本じゃなく、ゲームの世界に迷いこんだみたいだ。
男がカイトの足元にあるカバンに目を向け、
すぐにカイトめがけて、剣を振り上げ向かって来た。
カイトは男の動作を見て、すかさず背中の槍に手をかけ、それと同時に男を突き刺した。
え?
マキオは目の前の光景を疑った。
男の胸には、カイトの槍が突き抜けている。
男は、ビクビクと体を痙攣させている。
これ…現実?
カイトが男を突き刺すと、すぐにもう一人の男がカイトの頭を狙って斧を振り下ろす。
それをカイトは、槍を離し横に回転してよけると、
足を高く振り上げ、男の首の後ろにかかとをすごい速さで叩きつけた。
男の首からは、恐ろしい音がした。
最後の一人が、刀で横に斬りはらう。
カイトは、しゃがんで刀をかわすと、崩れ落ちていく男の斧を取って、首を切り上げた。
勝負は一瞬でついた。
おそらく、10秒くらいではなかっただろうか。
その間に、マキオの目の前で、三人の男が倒れた。
というより、殺されたと思う。
さっきまで、酒を見て笑っていたカイトに。
だが、男達もカイトを殺す気だった事はわかる。
正当防衛だろう。
でも、カイトのあの迷いのなさは何だ?
人を殺すかもしれないのに、あんなにあっさりと出来る事は普通じゃない。
俺は、とんでもない世界に来てしまったんじゃないか……
カイトは、ふぅっと息を吐くとマキオの方を振り向く。
「マキオ…今、どうして人が来るってわかったんだ?」
「え…あ…なんか…気配がしたから…」
「そうか、俺ぜんぜんわかんなかった、マキオすげーじゃん、教えてくれて助かったよ、ありがとな」
「あ…ああ…」
カイトは何事もなかったかのように、また酒をカバンに入れ替え出した。
マキオは動けないでいる。
まだ、今起きた事が、信じられなかった。
どうする?……いいのか……カイトについて行って……?
「よし、んじゃマキオ、よろしく!」
カイトは、笑顔でマキオにカバンを差し出した。
その顔には、泥遊びをした男の子が、顔に泥をつけているかような無邪気さで、
カイトの顔に男の返り血が一筋、ついていた。