過去と未来。
この章の物語でのキーワードとなります。
もし、ストーリー毎に主役が変わるとして。
この章では誰が主役となりえるのでしょうか。
では、本編をどうぞ。
「ねぇ、考え直すつもりはないの?」
「ないな」
なるべく早めに進めて欲しい、と。
美夏は戸惑いの様子を隠せない舞佳へとお願いするのであった。
天枷研究所。
舞佳が養護教論ではなく、本業の所員として作業しているときに、美夏が彼女のもとへと訪れた。
話の内容は、人工冬眠について。
――なんで、急に。
また以前のように洞穴で人工冬眠をさせて欲しいと。
美夏から申し出が来た。
確かに、間違えて起動された当時は、相当に嫌がっていた。
学園生活を送るのだって、明らかに嫌悪を感じていたのも理解していた。
しかし、少しずつではあったが、彼女が笑顔でいることが増えたのを舞佳は見ていた。
義之や由夢など、人間の友達が出来て。
最初は渋っていた様子を見せたが、先日は楽しそうに話しているのを見掛けて。
順調に人間との生活に馴染んでいるように思えた。
思えた、はずだったのだ。
それなのに、何故。
舞佳の様子で何を聞きたいのか分かり、美夏は笑顔のまま彼女に応える。
「水越博士、美夏はな、別に人間が嫌いになったから眠りたいわけじゃないんだ」
「それなら、なんで……」
美夏の言葉になおさら戸惑いを見せる舞佳。
そう、舞佳に言った通り、別に人間と過ごすのが嫌になったわけじゃないのだ。
人間に対して抱いた憎しみも少しずつ薄れていくのを感じた。
昔、ロボットにした仕打ちを忘れたわけじゃない。
だが、人間全員に憎しみを抱くのは違うのだと分かっただけのこと。
ただ、知ったのだ。
「人間にもな、ロボットの所為で辛い目に遭ったやつがいるのを、美夏は知った」
別にロボットが人間を直接ヒドい目に遭わせたわけではない。
しかし、ロボットに関わった所為で悲しんだ人達はいたのだ。
誰か悪いと言えば、直接手を下した犯人や、暴言を発した権利団体や女性団体であろう。
しかし、それだけじゃなくて。
「まだな、ロボットを受け入れるには、時代が早かったのさ」
ある程度、ロボットが人間社会に普及されたとはいえ、まだロボットに対する世間の風当たりは厳しい。
まだロボットと人間が手を取り合うにはまだ早かっただけのこと。
それはきっと、仕方ないのだ。
だが、今は無理でも。
未来への希望を、美夏は感じることが出来た。
「桜内は、ロボットである私に変わらず接してくれた」
初めこそ、勝手に起動させたことに怒りを感じていた。
しかし、今になっては彼には感謝しかなかった。
何だかんだで義之はロボットである美夏を受け入れてくれていたのだから。
そして、何より――
「ロボットを、家族として慕っていた人がいるのを、美夏は知ることが出来た」
まだ、死を乗り越えることは出来てなかった。
それでも、それだけ姉と呼ぶロボットのことを慕っていたのだ。大好きだったのだ。
そこに、美夏は人間とロボットが手を取り合う未来を視ることが出来た。
信じることが出来たのだ。
だからこそ。
「水越博士、ありがとう。 とても良い学園生活だった」
「美夏、あなた……」
本当に嬉しそうに笑う美夏に、何も言うことが出来なかった。
「さて、次に目覚めるのは五十年後か、百年後か」
いつになっても良い。
だが、目覚めたときに、義之や由夢、麻耶の子供か孫と逢えたら幸せだなと思う。
そのときを想像して笑いながら、美夏が思い出すのは、自分にとっての切っ掛け。
『人とロボットが仲良く楽しく暮らせているでしょうか』
未来は明るいのだと、信じて疑わなかったオレンジ髪の女の子。
彼女の映る録画テープを観て、美夏は希望を持ち、そして期待を裏切られて絶望し、最後に――
「大丈夫だ、美春」
彼女の言葉を思い出し、その言葉へと返答する。
力強く、笑いながら。
「未来はきっと、明るいものさ」
それを信じて見守っていてくれ。
そう話す美夏は、明るい未来を信じていた。
episode-29「美秋」
「なんで、ですか」
保健室に呼び出された義之は、舞佳の話を受け入れられないでいた。
それも仕方ない話かもしれない。
本当に突然のことであったから。
美夏が機能停止し、また人工冬眠をするという話。
あまりにも急の出来事であった。
「理由は、わからないわ」
義之の問いに、舞佳は首を横に振る。
彼女自身、正確な理由を聞けたわけではなかったのだから。
でも、断言できることはあった。
「美夏はね、人間が嫌いになったとか、愛想を尽かしたわけじゃなかった」
学園生活を過ごせたことを感謝された。
幸せだったのだと、嬉しそうに笑いながら。
そして、桜内に伝えてほしいと舞佳は頼まれていた。
「ありがとう、って桜内くんに伝えて欲しいって美夏に言われたわ」
「あいつ……」
最初は睨まれっぱなしだったが、少しずつ仲良くなれているのを感じた。
義之にとって、人間だとかロボットだとか関係なくて。
仲の良い、生意気な後輩だったのだ。
だからこそ、こんな別れは納得できなかった。
「あいつに、会わせて、ください」
直接、聞かなければと思った。
舞佳も義之がそう言うと予想していたのか、特に否やとは言わなかった。
義之が話しても美夏の決心が変わらないかもしれない。
しかし。
「きっと、会わないと後悔する」
美夏が次にいつ目覚めるのか分からないのだから。
その為にも、しっかりお別れした方が良い。
「そうね……次に彼女が目を覚ますときに、私たちは死んでるかもしれないもの」
ガタっと。
保健室の扉に何かぶつかるの音がした。
そして、その後に走り去る足音が。
慌てて義之が保健室の扉を開け、廊下を確認する。
その時には走り去る人物は一瞬だけしか見えなかった。
だが、その後ろ姿には見覚えがあった。
「委員長……?」
――――――――――――――――――
――どうして、なんで。
舞佳と義之が話していた内容を聞いてしまった麻耶の頭に浮かぶのは、疑問ばかり。
『大丈夫だ、だいじょうぶ』
昨日、麻耶は美夏にすべてを打ち明けた。
そして、泣きじゃくる彼女の頭を美夏はただただ優しく撫で続けてくれていた。
泣き止み、家に帰ったあとのこと。
麻耶は泣いていたときに美夏がつぶやいた言葉が脳裏に甦る。
『――姉を思い出させる存在は、いなくなるから』
優しくつぶやいた彼女の言葉は、別れを感じさせるものがあり、不安になった。
――わたしの為に学校をやめるだなんて、そんなこと……。
あるはずがない、と。
そう思うも、何故か不安は拭えなくて。
だから次の日に学校の朝のHRが終わった途端に美夏がいるはずの教室へと向かった。
しかし、そこには目的の人物は居なくて。
美夏と同じクラスメイトに訊ねると、体調を崩してお休みとのことだった。
「ほんとに、天枷さんが体調崩しただけよ」
自分自身で本当にそう思ってないって分かっていながらもつぶやく麻耶。
不安が増す麻耶に聴こえてきたのは、とある生徒を呼び出す放送。
『3年3組、桜内義之くん。3年3組桜内義之くん、至急保健室まできてください。 繰り返します――』
――たしか、以前も桜内は越水先生に呼ばれてた。
そのときは美夏も一緒に呼び出されていたのだ。
よくよく考えれば、担任でもなく、学園長や生徒会でもなく保健の教論に呼ばれるのも不思議な話だと思った。
そして、もしかしたら二人は美夏のことを何か知ってるかもしれないと考えた。
ただの推測。
いや、推測というよりも、願望のほうが強かったかもしれない。
願望交じりで保健室へと向かった麻耶。
その向かった先の保健室にいた舞佳と義之は、美夏の情報を知っていた。
彼女が望んでいた以上のことを。
――なんで。
理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
天枷 美夏がロボットだった、だなんてことは。
麻耶は気付いたら自宅に帰宅していたのだ。
授業をサボってしまったのか、それとも授業が終わって帰ってきたのか。
どうやって帰って来たかさえ、覚えていなかった。
そんな些細なことさえ気にする余裕がなかった。
『理由は、わからないわ』
思い出すのは、さきほど義之と舞佳が話していた内容。
美夏自身が再び眠りに付くと話し、舞佳はその原因が分からないと言っていた。
だが、麻耶は分かってしまった。
彼女が眠りにつく理由―原因は、わたしなのだと。
そう理解しながらも彼女が語るのは――
「ロボットだって黙って学園に入るなんて、いけないんだから」
人間だと偽って学園に入学なんて許されるはずがない。
自分から辞めるのだって当たり前なんだ。
だから、構わない。
「べつに、眠りにつきたきゃ、つけば良いじゃない」
美夏はロボットだった。
自分たち家族が不幸になる元凶の、ロボットだったのだ。
だから、かまわない。
「わたしは別に、悪いことなんて――」
何もしてない。
そう、言おうとしたのに。
『ぬ、別にこれぐらい美夏ひとりで持てる!』
何故、美夏との出来事を思い出してしまうのか。
『美夏は、天枷 美夏だ。 よろしくな』
そんなに長い付き合いではない。
短い付き合いの、ただの後輩だったはずだ。
『なに、美夏はヒマだから付いて来たんだ』
しかも、人間ではなくロボットだったのだ。
だから。
だから、別に彼女のことなんて。
どうでも良いのだと、言おうとしてるのに。
『――大丈夫だ』
『――だいじょうぶ』
『――姉を思い出させる存在は、いなくなるから』
「最悪だ、わたし…っ……」
ロボットは何もしてないのに。
自分たちが不幸になったのはロボットの所為だと、八つ当たりして。
姉の死から逃げていたのは自分が弱かったからなのに。
思い出させる美夏の存在を否定して。
そして、美夏自身に目の前から消えると言わせてしまって。
「なんてっ、弱いの、わたしは……」
自分が悪いのだと理解したのに。
美夏に謝って眠りにつくのを止めるように言うべきなのに。
それでも、自分の足が進まなくて。
今更謝っても許してもらえるはずがない
いくら自分が言葉を告げても、考え直してくれるはずがない。
そうやって自分自身に言い訳をして。
自分の弱さを思い知らされ、どうすれば良いか分からず、頭の中がぐちゃぐちゃになるように感じた。
「麻耶、大丈夫?」
「お母さん……」
そんなとき。
彼女を呼ぶ声が聴こえ、振り返ると其処には自身の母親の姿があった。
「なんで……?」
「勇斗がね、麻耶が何も言わずに部屋に閉じこもったって言ってたから、心配になってね」
「――それで、なにかあったの?」
麻耶の母親は、父の拓馬が死んだあとは女手一つで自分や勇斗を育ててくれた。
研究所から生活資金が渡されたが母親は手をつけず、無理して働いていた。
だが、無茶を死過ぎたせいか仕事場で倒れてしまい、今は自宅で療養中であったのだ。
いまはあまり立ち上がるのも辛いはずなのに。
娘が心配だからと、自身のことは後回しにして。
そんな母を心配させない為に、甘えないようにしようと思ってたはずなのに。
「お母さんっ……わたし……わたしっ」
もう、ひとりでどうすれば良いか分からなかった。
――――――――――――――――――
「そっか、そうなんだ」
麻耶は今までの話をすべて母に打ち明けた。
母自身が忘れたいだろう、ロボットの話も含めて。
麻耶の母は彼女が泣きながら途切れ途切れに話す内容をただただ真っ直ぐと瞳を見つめながら聞いてくれていたのだ。
「お母さん…わたし、どうすれば良い?」
話し終わったあと、麻耶は母に訊ねる。
自分は何をすべきなのか。
いや、やらなければいけないことは分かっていた。
だけど自分だけではネガティブな考えばかりが浮かんで動けなかったから。
応援でも叱りでも何でも良かったから、後押しが欲しかったのである。
だからこそ。
「麻耶、ちょっと待っててもらえるかしら」
渡したいものがあるの、と。
母親が自身にそう言い残して部屋を出ていったのは予想外の何物でもなかった。
「麻耶……はい、これを」
そして、渡されたものは一本のビデオテープ。
何処かにしまいっ放しだった為か、少し古さを感じさせるものがあった。
「これって……?」
「麻耶にね、ホントは昔から渡そうとしてたもの」
もともと、彼女は麻耶にこのテープを早く渡そうと思っていた。
しかし、幼い頃の麻耶をみて、渡すことが出来なかったのだ。
「麻耶は、必死に忘れようとしてたから」
必死に忘れようとしている。
なればこそ、見せるべきではないと思い、ずっと部屋のタンスの奥深くに仕舞い込んでいた。
だけど、麻耶を見て、もう仕舞い込む必要がないのだと感じた。
「きっと、今のアナタなら……いや、今のあなただからこそ、見る必要があると思うの」
麻耶の為になるのだと信じて。
母親は麻耶に告げる。
――美秋からのメッセージよ、と。
何だかんだで最初に「初音島物語」を描きはじめてから何ヶ月か経ちました。
大人になると、どんどん過ぎるのが早く感じてしまいますね。
描き始めてから少しは皆さんにD.C.という作品を知って、または思い出していただくことは出来たでしょうか?
少しでもD.C.を思い出す切っ掛けを作れたのなら嬉しいなって思ってます。
ただ、まだD.C.の二次創作が増えないのはちょっと残念に感じちゃったりもしてます。
もっと原作の素晴らしさを思い出せるよう愛情を込めないとですね。
ありがとうございました。
また、見ていただければ幸いです。
-追記-
もう一つの作品、『沢近さんの純愛ロード』を投稿できず申し訳ないです。
いまのロボット編が終わるまではこちらを優先させてください。
D.C.とSchool Rumbleはジャンルが違うので見てる方はいないかもしれませんが、ご報告までに。