初音島物語   作:akasuke

20 / 43
これにて、ようやく折り返しとなります。
ここまで定期的に書き続けられたのは、皆様のおかげです。

あらためて、ありがとうございました。

それでは、本編をどうぞ。


episode-19「夢よりもっと幸せになるから(後編)」

「まったく、今回は出てこないかと思えばっ」

 

文句を言いながらも、嬉しそうに、そして獲物を見付けたと言わんばかりにニヤリと笑う高坂 まゆき。

 

そんな彼女の前には、彼女たち率いる生徒会の天敵とも呼べる存在が姿を現していた。

 

 

「フハハ、誰も文化祭は動かないとは言っていないのだがな!」

 

特に示し合わせた訳ではない。

しかし、非公式新聞部が動き出すのはクリパや卒パがメインであり、今まで文化祭はあまり騒動を起こしていなかったのだ。

 

だからこそ、杉並への監視は最低限に押し留めていたのだが、そんな時ばかりに動き出していたのだ。

 

 

「弛んでいるのではないか?」

 

「ハッ、そうじゃなきゃ、張り合いがないっての!」

 

ほら、行くよ、と。

まゆきが生徒会と風紀委員に指示を出しながら追い掛ける。

 

天性の勘か嗅覚でもあるのか、的確に杉並を追い詰めようとするまゆきに、杉並は甘いと言いたげに不敵に笑う。

 

 

――ふむ、これで生徒会や風紀委員はこちらに注目するだろうな。

 

逃走する為のルートを考えながらも、別の場所にいる非公式新聞部の部員を浮かべながらつぶやく。

 

 

「さて、貸し一つだな、同志初音よ」

 

 

 

 

――好きにやるがいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

episode-19「夢よりもっと幸せになるから(後編)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから、手芸部主催の美少――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっっと待ったぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

講堂全体にとある声が響き渡る。

その声に司会進行役だけでなく観客も戸惑う中、叫んだ人物が姿を見せる。

 

いや、叫んだ人達と言うべきだろうか。

観客の前に現れたのは義之や茜、杏の面々であった。

 

 

「割り込みさせてもらうわよ」

 

「わたしたちは、非公式新聞部ぷらすαでーす!」

 

 

 

 

「ここの講堂は、われわれ、非公式新聞部ぷらすαが占拠する!」

 

その言葉に、観客である生徒一同は、クリパや卒パで騒ぎを起こす非公式新聞部の仕業であることを理解した。

 

普段ならばこういう時に来る生徒会はいまだ誰も姿を見せない。

珍しく高笑いをしながら囮を務める存在が原因である。

 

 

――さて、第一段階は成功だな

 

周りの観客の視線を集める義之は、ひとまずは上手く興味を引くことが出来て安堵する。

 

こういう騒動に巻き込まれるのに慣れていない新入生以外は、驚きつつも楽しげにこちらを見ている。

 

基本的に、騒動に慣れている生徒達なので、面白ければ無理に止めようとしないのが大半だ。

 

だからこそ、美少女コンテスト以上に楽しませる必要がある。

 

 

その為には。

 

 

「われわれは、美少女コンテスト以上に、とあるサプライズを用意した!」

 

「ふふーん、楽しまなきゃ損だからね!」

 

「それじゃあ……後ろを見なさい」

 

杏が指を観客の後ろに指し示しながら言う。

観客がその指に釣られて後ろに振り返る。

 

 

「あとは頼んだぞ」

 

 

 

 

すると、そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ななか、月島……割りと一発本番って感じだけど大丈夫か?」

 

「あはは、わたしは、ちょっと不安かも」

 

観客の視線に緊張しながら小恋が弱音を述べる。

 

文化祭では出る予定がなく、クリパに向けて練習していた為、まだ練習は完全とは言えなかったのだ。

 

しかし。

 

 

「でも、頼まれちゃったしね」

 

仕方ないかなと言いながら、ななかは彼方にお願いされた時のことを思い出す。

 

 

 

 

『すみません、助けたい人が居るんです』

 

 

 

 

自分が変わることが出来た切っ掛け。

その人からお願いされたのだ。

 

ななかはことりに会わせてくれた彼に感謝していた。

だからこそ、彼が困っていたら今度は助けてあげたいと思っていた。

 

その機会がすぐに巡ってきたのだと、ななかは思った。

 

 

『美少女コンテストが開催されるっていう未来を変えたいんです』

 

何故その様なお願いをされるのか分からなかった。

しかし、困っていた人を助ける為なのだと言ったのだ。

きっと、自分のときと同じ様に。

 

 

『割り込んでください、そして魅了してください、あなたの歌で』

 

軽音部の音楽で。

ななかの歌で。

周りの視線を、注目を集めてほしいと。

 

 

「あとで怒られるけど、仕方ないかな」

 

皆で怒られようと、彼方に皆で笑いながら言った。

悪いことなのかもしれないけれど、嫌な気分ではなかった。

 

 

「私たち、非公式新聞部プラスαが占拠して独占ライブをしちゃうから!」

 

「いくぜっ!」

 

今は、大事な友達たちと一緒にやれることをやろうと、ななかは思う。

 

 

「だから――」

 

 

だからこそ――

 

 

 

 

 

 

 

「わたしの歌をきけぇーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

どんどん変わっていく展開に、由夢は呆然としていた。

 

 

「え、なんで、兄さん達が」

 

「みなさんに手伝ってもらったんです」

 

呆然とつぶやいた言葉に返答があり、驚いて後ろを見ると、そこには彼方の姿があった。

 

混乱する由夢を見ながら、彼方は話を続ける。

 

 

「由夢さんの見た夢では、講堂の美少女コンテスト中に事故が起きたんですよね」

 

由夢に借りた手帳にメモされた内容。

 

美少女コンテストの看板。

そして、衣装をきた女生徒たち。

ステージの上の生徒が下敷きになっている姿。

その周りで騒いでいる観客。

 

 

「講堂で美少女コンテストをしているのは、文化祭の1日目のこの時間だけです」

 

「ただ、時間が長いので、どのタイミングか分かりませんでした」

 

それぞれの人達が連続で審査等を行う為、2時間もある。

由夢がメモした中には流石にどのグループのタイミングで倒れるかが分からなかった。

 

特定のグループの時間帯だけを監視する、ということが出来ない。

 

だからこそ。

 

 

「美少女コンテスト自体をなくす」

 

その為に占拠した。

ただ、それだけだと周りからすぐに止めに入ってくる。

しかし、そのコンテスト以上に盛り上がれば、周りは面白がってそのまま行うだろう。

 

だからこそ。

 

 

「美少女コンテスト以上に、盛り上がるものを用意する必要がありました」

 

それでお願いしたのが、渉や小恋、そしてななか。

学園のアイドルのライブは美少女を観に来た観客たちにも満足してもらえるものであった。

 

納得するも、由夢には1つ不安要素があった。

 

 

「でも、美少女コンテストがなくても、照明が落ちる危険があるんじゃ……」

 

「その危険はどうしても残ります、なのでお願いしました」

 

芳野学園長に、と。

彼方は、お願いした人物について述べた。

 

 

「え、さくらさんに、ですか?」

 

「はい、今回の講堂の占拠についても言う必要がありましたから」

 

義之たちに手伝ってもらったが、主犯はそもそも彼方自身である。

だから、他のメンバーの罪は軽くして欲しいと、さくらに言いに行ったのである。

 

 

『もう、どんな理由があってもそんなことしちゃダメなんだからね!』

 

今回手伝った皆は反省文とボランティア活動をすること、とさくらに言われたのであった。

本来であれば、もっと問題になったかもしれない。

さくらの温情に感謝する彼方であった。

 

更に、由夢のことは濁しつつ、さくらに1つお願いもしたのだ。

 

 

『講堂の照明が落ちるかもしれないから点検してほしい? 理由とかは、言えないの?』

 

『ほんとうに申し訳ないのですが、確証がある訳ではなく……』

 

自分で言っていて呆れてしまう彼方。

普通に考えれば、そんなこと信じて貰えず、一蹴りされて終わりになるだろう。

 

しかし、それでもさくらは了承してくれたのだ。

 

 

『むー、万が一でも生徒の皆が危ない目に遭うのは嫌だからね……占拠してライブするときは、講堂の前じゃなくて、入り口付近でやるんだよね?』

 

『は、はい。 照明が落ちてくる危険も考えて、ライブは後ろでやろうとしてます』

 

『じゃあ、その間にすぐに業者に確かめて貰えるように依頼しとくね』

 

何から何までありがとうございます、と彼方はさくらに感謝の意を述べた。

生徒を第一に考える学園長だからこそ、いや、さくらだからこそ叶ったのである。

 

今度あらためてお礼を言いに行こうと、彼方は誓った。

 

 

 

 

 

こうして、色んな人の助けを借りることで、変えることが出来たのだ。

 

 

「由夢さんが見た中で一番止められそうなものを選びました」

 

他の内容はもっと時間や日付が分かりづらく、止めるのは難しいかもしれない。

 

 

「だけど、一人なら難しくても、みんなで力を合わせれば止められると思います」

 

そして何より、まずは証明したかったのだ。

 

 

「あなたが見る夢が、必ず現実になるわけじゃないってことを」

 

不安そうに話してきた由夢に、安心して欲しいのだと、彼方は伝えたかったのだ。

 

 

「予知夢で視た未来は、覆すことができるんです」

 

「そう、みたいですね」

 

彼方の言葉に、由夢は頷いた。

 

証明されてしまった。自分の目の前で。

必ず視た未来が起きてしまう訳ではないのだと。

 

ここまでしてくれて、信じない筈がなかった。

 

 

「なんで、ここまでしてくれるんですか?」

 

だからこそ、由夢は聞きたかった。

どうしてここまでしてくれるのかと。

 

嬉しかった。

嬉しくない筈がないのだ。

 

でも。

例え予知夢を信じてくれたとしても、反省文やボランティア活動などの大事に発展するまでの覚悟で臨んでくれたのかが、分からなかった。

 

 

「……何ででしょうね」

 

自分のことなのに、まるで己に問うかのように、彼方はつぶやいた。

 

彼方自身が明確にこれと言えたものがなかったのだ。

だが、それでも言葉にしようとしていた。

 

 

「自分が出来ることを、やりたかったんだと思います」

 

こんな自分でも。

こんな自分でも、出来ることはあるんじゃないかと。

 

そして、話しながら思い付いた言葉は、やはり。

 

 

「後悔、したくなかったんです」

 

彼方は、由夢に思い浮かんだ言葉をそのまま告げた。

 

 

――後悔、かぁ

 

由夢は彼方が告げた言葉を反芻する。

 

後悔。

最初に彼方と会ったときから、彼が話していたキーワードである。

 

由夢は、彼方が話していた内容について思い出す。

 

 

『その、さ……後悔しないようにって、実際、なにをすれば良いんだ?』

 

それは、由夢や義之たちが彼方と初対面したときのこと。

渉は、彼方に後悔しない為に何をすれば良いのか聞いたのだ。

 

 

『別に、そんなに大きなことをする必要はないんです。 例えばですが、道中で困っている人に声を掛けたり、バスでお年寄りに席を譲るなどからでも良いと思います』

 

『え、そんなことからで良いのか?』

 

『えぇ、そうです。 誰かがやるからと、やらなかった小さいことが、きっと死ぬ間際に、シコリに残ったりするんだと思います』

 

そんな他愛のないことが後悔に繋がるんです、と。

彼方が悲し気な表情で述べていた。

 

まるで、そういう経験を実際にしたかのように。

 

 

――踏み込んで、良いのかな……

 

彼方を傷付けることにならないか、不安になった。

 

でも。

それでも、由夢はもっと彼方のことが知りたかった。

 

だから、一歩踏み込むことを決意した。

 

 

「彼方先輩は……後悔したこと、あるんですか?」

 

由夢の質問に、一瞬口を噤んでしまう。

しかし、一拍間があった後に彼方は答えた。

 

 

「……ありますよ」

 

彼方が思い出すのは、今ではなく昔のこと。

 

前世と呼べばいいのだろうか。

彼が、初音 彼方として生きる前の時のことである。

 

彼の人生は漫画やドラマの様に、人とは違う人生ではなく、普通の人生だった。

 

彼は、普通に小学生、中学生、高校生、大学生と進んでいき、社会人へとなった。

 

 

「自分に自信を持てなかったからか、今となっては分かりません」

 

原因が何なのか分からない。

いや、原因など無かったのかもしれない。

 

 

「普通の親切が出来なくなっていました」

 

たとえば。

電車の中で年配の方が大変そうに立っていて。

座っている自分が譲れば良かったのに、何故か声を掛けることができなかった。

 

音楽を聴いて、気付いてない振りをして。

寝たふりをして。

 

 

「誰かがやる、やってくれる…そうやって、自分に言い訳して、動くことが出来ませんでした」

 

周りと違うことをするのに羞恥心があったのか。

それとも、勇気がなかったのか。

 

 

「そんな、当たり前のことさえ、出来なくなってました」 

 

子供の頃に当たり前の様にやっていたことが出来なくなっていた。

やろうとすると、足が重くなるように感じた。

 

そんな自分が死んで。

何故か『D.C.』というゲームの世界に転生して。

 

前世を振り返ったとき、分かったのだ。

 

 

「驚くほどに、何もなかったんです」

 

振り返れる程の大事な想い出など、ほとんどなくて。

思い出すのは、自分が出来た筈なのにやらなかった、小さい後悔の数々だけ。

 

 

「自分は誰かのために本気で何かをやってあげれなかったことに気付きました」

 

どんな時も、その場だけを乗り切ろうとしていた。

本気で、誰かのために行動をしてなかったのだ。

 

 

「そんなやつ、いなくても良いですよね」

 

誰かの為に本気で行動できない。

そして、誰にも必要とされない

その事実は、死んだこと以上に辛かった。

 

 

「だから――」

 

だからこそ、今度こそは。

 

 

「こんな自分でも誰かの為に何かをやれるなら、やってあげたいと思いました」

 

 

――D.C.(ダ・カーポ)

 

学生時代にやっていたゲーム。

詳細には覚えられていないのかもしれない。

それでも、ゲーム自体を覚えていたのは、きっと羨ましかったからだ。

 

あの優しい世界観が。

みんながみんな、純粋であり、誰かの為に行動していたことが。

 

何で自分がここにいるのか、まだ分からない。

でも、この優しい世界ならば、自分でも他の人達みたいに何か出来るのではないかと思った。

 

 

「自己満足でしか、ないのかもしれませんね」

 

自分なりに出来ることを本気でやったつもりだ。

しかし、それはちゃんと誰かの為になったのだろうか。

 

ちゃんと役に立ててるのだろうか。

そんな不安は、なくなることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことないですっ!」

 

 

 

 

 

 

 

近くで聞こえる大声により、思考の渦から意識を上げる。

そこには、肩が触れるのではないかという位に近い距離に由夢の姿があった。

 

瞼に溢れんばかりの涙をためて見つめていたのだ。

 

 

「なんでっ…何で、そんなこと言うんですかっ!」

 

由夢は涙が溢れそうになるのを必死に堪えながらも、彼方に自分の気持ちを伝える。

 

 

「まだ、彼方先輩の話を全部理解できてないです……わかってあげられてないです」

 

彼方はきっと、自分と同じように秘密を打ち明けてくれたのだろう。

その話を完全に理解してあげられてないのかもしれない。

 

 

「でも、それでも言わせてくださいっ!」

 

それでも、自分の気持ちを伝えるべきだということは分かった。

 

 

「杏先輩は、感謝してたじゃないですかっ!」

 

杏が自分の悩みを、能力を打ち明けたときのこと。

彼方と話したことにより大切なものを見つけられたと、嬉しそうに泣いていたのだ。

 

そして、ありがとうと感謝してくれた言葉は、由夢自身も凄く嬉しかった。

 

 

「他の人たちもいっぱい感謝してたじゃないですかっ!」

 

杏以外にも魔法の桜の記事をみて、同じく願った人たちが打ち明けに来てくれていた。

その時も、彼方が真摯に対応したからこそ、皆が感謝したのだ。

 

 

「そもそも、何も感じてなければ、兄さん達がこんなこと一緒にしてくれる筈がないじゃないですか!」

 

杉並、義之、杏、茜、渉、小恋、ななか。

後で何かしらのペナルティを受けると分かっていても、彼方の為に行動している。

 

それは、彼方の今までの行動があったからこそだ。

 

そして何よりも、由夢は言いたかった。

 

 

「私がどれだけ助けられたと思ってるんですかっ!」

 

由夢は生まれながらにして、普通の夢を見ることはなかった。

いつも見るのは、誰かに不幸が訪れる場面。

 

忘れないように必死に見た内容をメモして。

それでも助けられなくて。

 

嫌だった。

辛かった。

 

そして、いつしか寝るのが怖くなった。

 

そんなときに、彼方との夢を見たのだ。

 

誰かが不幸になる夢じゃなくて。

そこには、嬉しそうな自分がいて。

 

幸せそうな自分をみて。

 

そのおかげで、寝るのが怖くなくなった。

 

全部、

ぜんぶ。

 

 

「あなたに、救われたんですよっ!」

 

もう我慢することが出来ず、由夢の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 

「分かってください! 私はあなたのおかげで、救われたんです! 前も、今も!」

 

最初の涙がこぼれてしまうと、後はもうとめどがなかった。

ただ、由夢はもう気にする余裕もなかった。

 

それでも、これは言いたくて。

 

 

「あなたのおかげで、わたしは、幸せになったんです」

 

どうか。

どうか少しでも、気持ちが伝わって欲しいと思った。

 

 

 

 

「そっか、そうなんだ」

 

泣きながらも必死に伝えてくれた由夢をみて。

 

 

「私は、誰かの為に、行動できたと思いますか?」

 

「はい」

 

彼方はちゃんと感じることが出来たのだ。

 

 

「わたしは、誰かの役に立てましたか?」

 

「勿論です」

 

由夢や他の人達の感謝を、想いを。

 

 

「ぼくは、誰かに必要とされる人になれましたか?」

 

「はい、私は――わたしは、彼方さんが必要です」

 

「そっか……」

 

そして、彼方はようやく実感したのだ。

 

 

「そっか……そっか…っ」

 

自分が前世の頃より変わることが出来たのだと。

そう、思えることが出来て。

 

嬉しくて。

彼方は、久方ぶりに泣いたのだった。 

 

その姿を同じように泣きながらも、由夢は嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

あの後について。

ななか達のバンドは大歓声の中、無事に幕を閉じた。

 

美少女コンテストは結局中止となったが、観客としては美少女であるななかや小恋、そして占拠した杏や茜の姿を見て大半が満足していたのだった。

 

その間に業者が照明を確認していたのだが、少しネジが緩んでいたのを発見し、それを修理することで危険を回避することが出来た。

 

反省文やボランティア活動など、終わってからやることがあると分かりつつも、各々のメンバーは後悔などなかった。

 

 

由夢も、自分の見る夢が回避出来ることを知り、更に彼方のことを知り、後悔はなかった。

 

 

なかったのだが。

一つだけ失敗したと思ったことが、由夢にはあった。

 

 

「いや、なんというか、見てて恥ずかしかったわ」

 

「う、うっ、うぅぅぅぅぅぅ」

 

「分かった、失言だった……だから、その手にある置物を机に置くんだ」

 

顔を真っ赤にして唸りながら睨む由夢に、義之は必死で宥めようとしていた。

 

 

――ばしょ、場所を忘れてたぁぁ……

 

彼方と由夢が話していたのは、講堂だった。

義之たちがいる、講堂だったのだ。

 

ななか達のバンドが演奏してたこともあり、基本的に観客の視線は向いていた。

しかし、由夢の大声に反応した周りの人達や、彼方を探していた義之や杏、茜は目撃していたのだ。

 

由夢は、恥ずかし過ぎて、死にそうだった。

 

 

「あ、あー……でもまぁ、由夢の泣いた姿は桜の樹で見る以来だったな」

 

「…… 兄さん、投げて欲しいなら、言ってくださいね?」

 

「悪かった、俺が悪かったからやめてくれ」

 

頬を赤くしたまま、ニッコリと笑いながらこちらを見る由夢に、義之は本気で謝っていた。

笑顔は威嚇なのだということを、義之は初めて経験するのだった。

 

反応した様子を見せる義之に、由夢はとりあえず置物を机に戻し、落ち着く様子を見せる。

 

そして、一つ話していて気になったことがあった為、義之に質問した。

 

 

「そういえば、さっき私が桜の樹で泣いてたって言ってましたけど……いつのことですか?」

 

「んー、確か二年くらい前だったか」

 

由夢自身が泣いた記憶が思い出せなかったが、義之は結構印象的だったらしく、すぐに返事が来た。

 

 

「ありましたっけ?」

 

「あったよ、朝から急にいなくなって、音姉たちと心配して探し回ったんだからな……最後はあの枯れない桜で見つけてさ」

 

「枯れない桜で? ……あぁ」

 

由夢はようやく思い出した。

 

 

――――――――――――――――――

 

二年前のこと。

 

 

『っ……いやだよぉ、もう、みたくないよっ……』

 

桜の樹にもたれ、うずくまる。

由夢は、助けられない夢を見たくなかった。

 

見るのが辛くて、逃げていた。

寝ることが怖く、部屋にさえも居たくなかったのだ。

 

そして、歩き歩いた先に辿り着いたのが枯れない桜―魔法の桜だった。

 

特に何か意味があった訳ではなかった。

 

 

『こわいよっ…つらいよ…』

 

単に、弱音を吐いていただけだった。

 

 

『見るなら、違うのをみたい……』

 

 

 

 

 

『幸せな未来をみたいよっ!』

 

 

 

 

不幸じゃなくて。

幸せな夢を、未来を見たい。

 

そう、願っていた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

「そっか、そうだったんだ」

 

由夢は、思い出したのだ。

何で急に彼方との夢を、未来を見るようになったのか。

 

 

――わたしも、叶えてもらったんだね

 

杏や彼方と同じく。

あのとき、桜の樹で泣いて願ったことが、叶ったのだと。

 

 

――ありがとう、魔法の桜

 

由夢が見た夢が必ず現実になるわけではない。

彼方が証明してくれたのだ。

 

それは、不幸な未来も、幸せな未来も同じ話。

 

でも、由夢は、そんな可能性を見せてくれた魔法の桜に感謝する。

そして心の中で誓う。

 

 

「わたし、頑張るね」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「何でもないっ! あー、もう、『かったるい』なぁ」

 

今までの様に逃げとして使うのは止める。

これからは祖父のように。

 

そして、頑張る誓いとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――わたし、見せてもらった夢よりもっと幸せになってみせるから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




章をこっそり追加しました。
この話にて、D.C.IIの原作前の話が終了となります。
その為、次から原作が開始されます。

折り返し地点ということもあり、今までの話が初音島物語【前編】、これからの話が初音島物語【後編】となります。

割りとノープランであり、喫茶店に居る間しか書かないという自分で勝手に縛りをしていたのですが、ここまで書くことが出来ました。

私としては主人公を描くのではなく、主人公が居ることにより変わっていくキャラクター達を描きたいと思っていました。

雪月花や義之、渉、杉並など描きたいものを描けましたが、一つだけ自分で描いていて思ったことがあります。
彼方より、由夢の方が主人公っぽいなぁ、と。

余談はともかく。
これから、桜が枯れるまでのカウントダウンが少しずつ入ってきます。
キャラクターが何を思い、行動するのか。
なるべく、原作の雰囲気に沿う形で描きます。

また見ていただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。