初音島物語   作:akasuke

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はじめまして、akasukeです。
最近になってD.C.IIのゲームをやり、個人的にD.C.小説が増えることを祈って書きます。

D.C.セカンドシーズンは、私の青春です。


初音島物語【前編】
prologue「願い」


「冬に桜っていうのも、何だか慣れちゃいましたね」

 

「そうかしら? わたしは今年から初音島に来たから、すごい不思議な感じがしちゃうけどなぁ」

 

「やっぱり、本島の方からしたら珍しいものなのですか?」

 

「そりゃあ、冬に桜咲かないもの。 神秘的だから、冬の初音島の観光は大人気みたいよ?」

 

それなら、毎日見れることに感謝しないとですね、と。

病室の窓の向こうの景色を見ながら控えめに笑う少年を見て、看護師の女性――鈴木 葵は大人びているなと何回目になるかの感想を抱いた。

 

 

葵は看護の専門学校を卒業し、今年から初音島の病院で働き始めた。

小児科に配属された彼女であるが、子供と接する機会が少なく、嫌いとまではいかないが苦手意識があった。

 

自分で務まるだろうか。

そんな不安を抱えた彼女の最初の担当が、現在話している少年――初音 彼方である。

 

昔から堅物と呼ばれていた葵は、明るく話したり笑ったりが得意ではなかった。

だからこそ、彼方との初対面の際、どういう風に話し掛けようかと悩んでしまった葵は、

 

 

『本日から担当になりました、鈴木です。よろしくお願いします』

 

言ってから、自分は馬鹿なのだろうか、と内心で自分自身を罵倒する。

子供相手にも堅苦しい挨拶をしてしまった。

もっと言い方とか、喋り方とか、表情とか子供に向けるべきものがあるだろうが。

どうしよう、こんな挨拶されても困っちゃうよね、苦手意識もたれちゃうよね、どうしよう、いまから頑張ればいいのかな――

 

頭の中で思いがぐちゃぐちゃになってしまっていた葵であったが、目の前の少年から控えめな笑い声が聞こえた。

 

 

『ふふ、ご丁寧にありがとうございます。 初音 彼方です』

 

これからよろしくお願いしますね、と。

真っ直ぐに、自身の目を見て笑顔で応えてくれた彼方に、今までの不安感が取り除かれた葵であった。

 

そこから、葵の看護師としての生活が始まった。

元来の性格のせいか、相も変わらず堅さは抜けなかったが、少しは子供への接し方を身に付けることができた。

 

――いや、彼方以外の子供への接し方だろうか。

 

彼方以外の子供に対しては、小さい子を安心させるような喋り方を心掛けた。

ただし、初対面が初対面だったせいだろうか。

敬語ではないが、同世代と話すような喋り方が定着してしまった。

 

隣の病室の裕太くんが云うことを聞いてくれない、

305号室の佳苗ちゃんがわたしを見ておびえてしまう、

どうすればいいだろうか――

そういう相談を彼方が嫌がらずに真面目に応えてくれるせいで、彼方と他の子供たちを同一に出来なかったというのが原因であった。

 

ただ、この奇妙な関係がなんとなく、心地がいいと感じる、葵であった。

 

 

「――さん、葵さん?」

 

「ん、えっ、彼方くん? あれ、ごめん、ぼーっとしちゃってた」

 

「いえいえ、そういえば、何か話そうとしてましたよね?」

 

話している途中で昔のやり取りに思い出していた、というのも恥ずかしい話しである。

葵は恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じつつ、

自分が先程まで話そうとしいたことを思い出す。

 

 

「そうそう、彼方くんって魔法の桜って知ってる?」

 

「……魔法の、桜、ですか?」

 

「そうそう、魔法の桜。 病院の近くに公園あるでしょ? その奥に大きな桜の樹があるんだけど、その樹にお願いすれば叶えてくれるんだって」

 

わたしも昔に聞いたしね、と付け足しながら、葵は言った。

その話を聞いて、彼方は驚いた表情を浮かべ、質問を投げかける。

 

 

「昔って、一年中桜が咲きはじめたのは最近のことですよね? それに、葵さんは本島出身では?」

 

「お婆ちゃんが初音島出身なんだ。 お婆ちゃんが学生の頃は、今と同じように、一年中桜が咲いてたらしいんだ」

 

葵がまだ小学生の頃であっただろうか。

葵は祖母から昔の初音島のこと、そして魔法の桜のことを教えてもらった。

彼女はその話が大好きで、何回も同じ話を聞いていたのである。

 

 

「お婆ちゃんがね、昔、その魔法の桜に願いを叶えてもらったんだって。 小学生の頃らしいんだけど――」

 

昔、1人の少女がいた。

その少女は、気が強く、意地っ張りで、本音を伝えることが苦手であった。

謝りたいけど謝れなくて、もう少し素直になりたいけどなれなくて。

周りに上手く馴染めずに、距離を置かれてしまうことが多かったとのこと。

 

そんな少女は、魔法の桜にお願いした。

本音を伝えられるようになりたい、と。

 

お願いをした後からだろうか。

素直になれず、友達と喧嘩した次の日に、

友達から謝られたらしい。わたしもごめん、と。

 

意味もわからず、ただし、何回も同じことがあった後に少女は友達に尋ねた。

そうすると、友達は少女にとある手紙を渡した。

それは、少女の字であった。

書いた記憶がない手紙には、彼女が素直になれず、伝えたいけど伝えられなかった内容が書いてあった。

そこで、自身が魔法の桜にお願いしたことを思い出す。

 

――嗚呼、わたしのお願いを叶えてくれたのだ、と。

 

ただ、中学生の頃に魔法の桜が枯れ、願いは終わってしまった。

でも、そのあとは彼女自身の努力で素直になれるようになったらしい。

 

 

「――この話がね、大好きだった。 今でもね、その話が本当なんだって信じてる」

 

大きい願いではない。

でも、大丈夫だよ、と。

悩む少女に、そっと背を押してくれた奇跡は、なんだか優しくて、素敵だと思ったのだ。

 

 

「そう、なんですか……初音島…魔法の桜……」

 

葵の話を、彼方は、真剣な表情で聞いていた。

そして、何かを考え込むようにつぶやく彼方を、葵はただただ見つめる。

 

 

――あのね、彼方くん

 

彼女は、この話をした後に、言おうと思っていた言葉がある。

彼方くんの願いもきっと叶えてくれるよ、と。

 

葵は看護師であり、彼方の病気についても聞いている。

不治の病というわけではない。ただし、治療には手術が必要であり、成功率が高くない。

そもそも、子供である彼方の体力が持たないかもしれないという懸念がある。

彼方の両親が病気を彼自身に伝えてはいないと思うが、何処か達観した雰囲気を漂う彼が察しているような気がした。

 

 

――この先に、いっぱい楽しい人生が待ってる筈だよ

 

諦めないで欲しいと思った。

そんな、彼方の、最期を感じさせる穏やかさが、葵を不安にさせる。

看護師として、人の死を看取る機会があるのだと覚悟はしていたつもりだ。

しかし、それでも――

 

魔法の桜が、もしも、本当に願いを叶えるのであれば。

 

 

――彼方くんを救ってください、と。

 

 

 

 

 

 

 

prologue「願い」

 

 

 

 

初音 彼方は、転生者である。

いや、憑依者であろうか。

少なくとも、自身の前世と呼べる、昔の自分を思い出したのは最近のことである。

 

特に、前世と呼べるときの自分が不幸だったと思うことはない。

ただし、幸せとも言い切れる人生ではなかったと思える。

 

だからこそ、今度は後悔しない人生を過ごそうと思った矢先のこと。

倒れてしまい、現在は入院生活である。

両親から何かを聞いたわけではないけれど、隠れて泣いていた母親と、そんな彼女を抱き締める父親をみて、理解ってしまうことはあった。

 

色々と思うことも感じることもあるが、

二度目の人生という気持ちが強いせいであろうか。

 

第一に思ったことは、両親への申し訳ないという気持ち。

そして、看護師として初の担当で看取らせてしまう、葵への申し訳ないという気持ちだ。

 

ただ、その前に自分でも出来ることをやってみるかな。 

そう思えたのは、昨日の看護師の葵と話していた内容である。

ひとつ、普通では考えられない筈のことについて、自身の中で確信に至った。

 

 

――D.C.(ダ・カーポ)

 

それは、前世と呼べる自分が見ていたアニメであり、好きであったシリーズである。

 

初音島という場所が舞台の、少年少女たちの恋愛物語である。

魔法というファンタジー要素もあったが、基本的には日常的な生活を描いたものだ。

ギャルゲーということもあり、美人に囲まれるとかは、非日常と言えるかもしれないが。

 

前世で高校生の頃、深夜に偶然テレビを見たとき、D.C.というアニメを見たのだ。

彼の中でアニメは熱血物などが思い浮かべるイメージの中心であり、可愛い女の子との恋愛ものを見て凄くドキドキしたのである。

深夜アニメ=エッチなアニメという印象がついた瞬間であった。

 

余談ではあったが、彼にとっては強い印象があった為、この世界がD.C.の世界なのだと思い出すことが出来た。

 

ただし、死ぬ自分にはあまり意味がない話だと感じていた。

それが変わったのは、葵が語った、彼女の祖母の話しである

 

 

『お婆ちゃんがね、昔、その魔法の桜に願いを叶えてもらったんだって』

 

彼方からしてみれば、盲点であったのだ。

魔法の桜については、アニメやゲームの朧気な知識で覚えている。

だが、魔法の桜で願いが叶うのは、D.C.作品で登場していた少女たち、という思い込みがあった。

だからこそ、作品に登場していない人々の願いを叶えていたことは、青天の霹靂であった。

 

 

「場所は、こっちで間違いないよね……」

 

後で叱られるだろうなと、彼方は今頃騒ぎになっているだろう病院の人や両親に内心謝る。

それでも行くべきだと、自分自身の衝動をおさえることが出来なかったのだ。

 

勿論、これから行く場所は。

 

 

「――あった」

 

神秘的だと、目の前の光景を思った。

 

木々が沢山生える先に、ぽっかり穴が空いたように、ひらけた場所がある。

そして、その中心には、ぽつんとひとつの大樹が存在した。

大きな桜の樹に、雪が降る景色は、本当に非日常を感じさせる光景であったのだ。

 

その大樹に近づき、そっと触れる。

 

 

「いつか、枯れてしまうのか」

 

桜を見上げながら、彼方はつぶやいた。

葵の話が確かなら、今はD.C.IIに時系列は近いのだろう。

この桜は、不具合があり、枯らさざるを得ない状況になってしまうのだろう、と。

 

 

「――それでも、」

 

そもそも、魔法の桜は、純粋な願いを叶える筈であった。

自分の願いが物語の人々と同じように、純粋である自信がなかった。

 

 

「――それでも、」

 

それに、願いが叶って病気が治っても、枯れてしまったら自分は――

 

 

「――それでも、」

 

こんな優しい世界に生きたいです、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、病院には、さまざまな強い感情が溢れていた。

 

奇跡だと驚きを隠せない医者、

神に感謝する両親、

嬉しそうな表情で、泣きながら彼方に抱きつく葵の姿があった。

 

 

これは、死を覚悟する少年と、その周りの人々の日常を描いた物語である。

 




恋姫とかマジ恋とかも大好きですが、D.C.もキャラクターの魅力は負けてない気がしてます。
ただ、日常系は需要が少ないのかもしれませんね。

そんなに本作は長くならない予定です。
終わったら、またマイナーな作品を書くかもです。

では、失礼します。

p.s.
プロローグを一部、手直ししました。

わたしの印象に残るドラマで、草なぎ剛主演の『僕の生きる道』というのがあります。
主人公が死ぬまでの過程を描いたドラマです。
ハッピーエンドが好きなのですが、死で終わっても嫌ではなかったです。

だからこそ、本作の主人公を死で終わらせようと思いましたが、少し考えています。
結末は、劇場で、ということで。

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