引き続き、
【香水家のリビング】
あたしに呼びかけられ、呆然としているママの横を軽く会釈してから素通りする。
そして、ずかずかとリビングに向かって直進したあたしはずかっと椅子に座る。そこはこの家を出ていく前にずっと座っていた指定席であった。あたしは背もたれに寄りかかりながら、後から来た二人がどこに座るのか、を目で追う。
父はいつもならばあたしの目の前に座るのだが、そこに腰を落とすことなく右側に椅子を移動させてから座る。
そして、いつも父が座っている正面へとママが腰を落とすのを見て、あたしはまっすぐに彼女の顔を見つめる。
「それで?あたしはなんでここに呼ばれたのかな?」
にっこりと微笑むあたしから気まずそうに視線を逸らし、瞼を伏せるママの顔。
改めて、向き直ってママの顔や体型を見たが、やはり痩せている。記憶の中にあるママは太ってこそないが、ここまで頬や骨張った印象はなかった。痩せすぎの分類にははいっていたと思うが、標準に近かったと思う。
それがどうしたら、こうなるのだろうか……。
あの雪の日、ママはあたしという足枷がなくなり、自由になったんじゃないのか?
自由になったくせに。なんで、被害者みたいな顔をして、あたしの前に座ってるんだ。
もしかして、あの時見捨てたことを後悔しているのか…?
もしそうなら、なんであたしを見捨てたりしたんだ。
"なんかムカつくな…ってダメだ。これじゃ、あの時と同じだ。冷静に自分の気持ちを言おう"
無意識に握りしめていた手を開き、何回も深呼吸を繰り返してからグーをパーにしてから黙ったままの母の顔をまっすぐ見つめ続ける。
沈黙が沈黙を招き、誰も一言喋らない状態で数十分続き、父が沈黙に耐えきれなくなったのか、あたしに問いかける。
「あの……陽菜荼、詩乃ちゃんはーー」
「ーー詩乃なら帰ってないよ。理由は電話で言ったよね?」
父には一度も視線を向けずに淡々と答え、あたしはまっすぐ彼女を見つめる。
「で?あたしはなんで呼ばれたの?」
「……」
何度もあたしをチラッと見ては唇を開こうとしては閉ざすを繰り返すママにあたしは短くため息を漏らす。
「……はぁ……。ママは喋りたくなさそうだから、あたしから言うね」
と一言入れてから、淡々と喋っていく。
「ママがさっきからあたしに返そうとしてるその一万円札だけど、それはファミレスでいっぱい食べてほしくてあげたものだから。持っててください」
あたしの方からでは見えてないとでも思ったのか、ママは見るからに狼狽する。
確かにママはコンパクトな鞄を膝の上に置いており、その鞄がどんな形で何色なのかはあたしには見えない。だがしかし、こっちを何度もチラチラ見ながら、何かを開いたり閉じたりしている動作をすれば、心当たりが有る者なら分かるだろう。
「あと、ママが今から何を言っても、あたしにとっての親は父さんだけだから」
そう伝えた瞬間、ママの両眼から透明な雫が零れ落ちた。
040へと続く・・・・