sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

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こちらは久しぶりとなりますね。

内容を忘れてしまった方もいらっしゃると思いますので、簡単なあらすじをーーー

第二回BoBに参加するカナタとシノン。
女性更衣室で着替えているとそこに女性プレイヤー三人組が現れ、色んな誤解がありながらも意気投合する五人。
BoBの決勝で戦おうと約束し、ついに決勝戦。
カナタはシノンと協力し、スキアとクレハとの対戦に挑みますが、スキアとの一対一の対戦時にハプニングが起こり、それを知ったシノンにトドメを刺される事に。
リアルに帰ったカナタに待っているシノンの制裁とは…?

それでは、本編をどうぞ(リンク・スタート)


034 過去へと終止符を

 

【陽菜荼・詩乃のマンション】

 

第2階BoBことBullet of Bullets 2が終わり、クールタイムを終えてから現実世界に帰ったあたしは少ししてから帰ってきた真横からの無言の圧にそっと体を起こす。

上半身を起こし、同居者の脚を誤って踏まないように注意しながらそっとベッドから降りる。

背中にヒシヒシと感じる有無も言わせない圧に負け、うるうると込み上げてくる涙をグッと飲み込み、小さなテーブルをそっと横に移動する。

そして、自ら作り出した空間へと正座して、ベッドの上の端に腰をかける彼女を見上げる。

 

「私が言いたいことは分かるわよね?」

 

「…はい」

 

右脚を組み直す恋人殿。

ラフな格好の短パンから覗く美脚へと視線を向け、ダボっとした裾からは絶妙に大事な部分が見えない。

あたしがそっと顔をあげると更に不機嫌になっている同居人がおり、あたしは瞬時に顔を引き締める。そして、それを待っていたかのように詩乃が淡々と小言を言うのをただ黙って聴いていた。

 

"……ぅぅ…なんでこんなことに…"

 

あたしはただ嵌められただけなのに……。なのに、何でこんなに謂れのない空想被害に遭わねば……。

 

「ね?聴いてる?」

 

「はい!聞いてます!詩乃さん!」

 

シュンと肩を窄めるあたしは脚を組み直してからも延々と続けられる小言を傾聴する。

そうしないと、時々「聴いてる?」といった怒声が混ざった問いかけを浴びせられるのだ。

 

あたしは自分自身に非がないと思っているが、詩乃にとってはそうじゃないようだ。

 

聞けば聞くほど、詩乃の言い分は理不尽な上に言いがかりだ。

やれ、大事な試合中に他の女の子に鼻を伸ばす(ケダモノ)だの。

やれ、女と分かれば、手当たり次第に侍らせようとする天然女たらしだの。

やれ、他の人が見ていると言うのに、女の子にエッチな格好をさせてニヤニヤしていた変態だの。

 

だから、最後は誤解だって何回言えば……そもそも、あたしがニヤニヤしたり、鼻の下を伸ばすのは詩乃だけだから!

 

「ーー」

 

うゔ……その"心底気持ち悪い"って視線が胸に刺さる……痛い……。

 

っていうか、あたしってそんな見境ない?

そうだと思うならば、とても悲しいのだが……あたしはいつも目の前の人(朝田詩乃)だけ見ているし、瞼を閉じて最初に浮かぶ姿は詩乃だ。これからの人生を一緒に歩んでいきたいと心から思っているのも詩乃だけなのに、何で分かってくれないのだろうか。

否。

いつもヘラヘラと笑いながら、どっか出かけたかと思えば、新しい女の子を連れ帰るあたしに最初から弁解の余地はないか……。

 

身から出た錆、自業自得とはまさにこの事か。

 

信じてくれないかもだけど、上で書いた事は本当なのに……うゔ……おのれぇ、日頃のあたしめ!!一生恨んでやるッ!!

 

「ーー」

 

長々と続くお説教を心ここに在らず状態で聴きながら、あたしはこれからどうするかと思案する。

 

まず、あたしを騙したスキアとはもう一戦叶うならば行ってみたい。そして、もう一つは騙し討ちのようになってしまったクレハとも出れば、一体一で戦闘してみたい。

強者との戦闘、それはどんな時でもゲーマーの心をくすぐる起爆剤なのだ。

 

「……」

 

しばらく経った後、プルル…プルル…とポケットの中に乱暴に入れてある携帯電話が振動するのを感じ、今だに文句言いたそうにしている同居人の顔を伺ってから静かに右手を挙げ、声を上げる。

 

「あの……詩乃、少しいいかな?」

 

「なに」

 

「あ…あのね…さっきから電話が鳴ってるんだ。出てもいいかな?」

 

「……」

 

顎でグイッと扉を指すのを見て、あたしは未だに不機嫌な彼女が電話に出ることを許してくれたのだと心の中で"ありがとう"とお礼を言い、痺れそうになる両膝へと無理矢理力を入れ、立ち上がる。そして、後ろに振り返り、詩乃へと声を上げる。

 

「それじゃあ、早く出て帰ってくるから」

 

今だにお怒りモードの恋人殿へと深く頭を下げたあたしは外に出ると携帯を取り出してから通話ボタンを押す。

 

「父さん?」

 

『陽菜荼か?』

 

「あたしじゃなければ父さんは誰に電話をかけたのかな?是非とも聞いてみたいものだ。やっと万年冬のお父さんに春が来るかもしれないからね」

 

『……その物言いは間違いなく私の娘だ』

 

「分かっていただいたようで何より」

 

クスクスと笑うあたしに吊られたように笑う電話向こうの父。

 

『さて陽菜荼』

 

「何?」

 

『……家に帰ってこないか?』

 

僅かな"間"に嫌な予感を感じたあたしは父の理由によってはこの電話を切るか切らないかで迷う。

自分で言うのもなんだが、昔からこういう予感は当たる方なのだ。

 

「どうして?」

 

『君に会わせたい人が居るんだ』

 

あたしの問いかけに予想していた返答をした父には心底がっかりしーーーー

 

「じゃあ、パス。電話切るね」

 

ーーーー耳から電話を外し、通話終了ボタンを押そうとするあたしの耳に父の叫び声が聞こえてくる。

 

『嘘!!それは三分の一で。本当は父さんが陽菜荼に会いたいんだ!!!!』

 

耳を外しでも聞こえるとは父はかなり大きな声を出しているのだろう。

若いとはいえど、これ以上は老いた父の身体には負担が大きすぎるだろう。

あたしはやれやれと思いながら、電話を耳へと添える。

 

「最初からそう言えば良いのだよ、父さん」

 

『陽菜荼。お前なーー』

 

父は呆れた声で溜息を吐く。

 

『ーー父さんが好きすぎるだろ』

 

「いやいや。父さんが陽菜荼の事を好きすぎるだよ」

 

ニヤニヤと笑いながら、そう言うあたしに父はまたしても呆れたように溜息を漏らしてから、時々メールでやりとりをするような内容を質問してくる。

 

『詩乃ちゃんとは仲良くしているか?』

 

「うん、仲良くしてるよ。でも、今日は少し喧嘩してる」

 

『そうか。帰ってくる前に仲直りするんだよ』

 

「うん、分かった」

 

淡々と答えるあたしに父は一息入れると真面目なトーンで尋ねる。

 

『生活は出来ているか?』

 

「出来てるよ。あたしも詩乃もアルバイトしてるし、父さんたちが仕送りしてくれてるからね。なんなら、仕送りの額を減らしてくれても良いよ」

 

『それは出来ないな。仕送りは俺が陽菜荼の父である事への責任だからな。陽菜荼が俺の手を離れるまで、その責任を降りるつもりはない』

 

「責任か……じゃあ、あたしが大人になるまで父さんに甘えられるだけ甘えるよ」

 

『ああ。そうさせてくれ』

 

父は一息ついてから尋ねる。

 

『いつ帰ってくる?』

 

「今日はもう遅いから。明日、家を出ようと思う。新幹線に乗って……家に着くのは、夕方か夜じゃないかな?」

 

そう言った途端、『夕方か夜か……心配だな……俺が迎えに……いや……それでは……』とボソボソと呟くのを聞いた後に父はハッとしたように訪ねてくる。

 

『詩乃ちゃんと帰ってくるか?』

 

なんだか、父の今の感じでは一緒に帰って欲しくないように思える。父は詩乃の事を知っているし、詩乃に対して負の感情は抱いてなかったように思える。よく詩乃を見て『詩乃ちゃんはいい子だな。陽菜荼も詩乃ちゃんを見習え』とよく言われたものだ。見習れと言われても具体的に何を見習れというのだろうか、指の垢を取ってきてくれたり、例を挙げてくれなくてはこっちとしてみれば訳が分からない。

と昔話は今のところは良くて、詩乃に来られてはいけない事とはなんだろうか?詩乃の実家絡みなのだろうか、それとも、今父の近くで心配そうに話の成り行きを聞いているあの人の事だろうか。

まー、どっちにしろ。

あたしの個人的な事で詩乃の予定を狂わせるわけにはいかないので、父には本当のことを告げる。

 

「んー。詩乃はアルバイトが明日くらいにあるから、無理じゃないかな?だから、残念だけど。あたし一人だけで帰るよ」

 

『残念ではあるが……分かった。待っているから。気をつけて、帰って来なさい』

 

そう言う父は心底ホッとしたような声であたしは明日、居るであろうあの人の事を思い浮かべてから億劫な気持ちになる。久しぶりに父に会えるのは嬉しいのだが……。

 

「うん、帰るよ。じゃあ、切るね」

 

『ああ、おやすみ。陽菜荼』

 

「うん、おやすみ。父さん」

 

電話を切ったあたしはお尻ポケットへと携帯電話を入れてから、背後にあるドアを開けて、中に入る。

 

中に入るあたしに視線を向けるのはベッドに座る詩乃で。

 

焦げ茶の瞳が"誰から?"と問いかけるのを見てから父から言われた事を簡潔に言う。

 

「父さんからの電話。明日、家に帰ってこいって」

 

「おじさんから?明日って急ね」

 

「なんだかあたしに会わせたい人が居るんだってさ。あと、父さんがどうしてもあたしに会えなくて辛いって言うから。明日から暫く帰ってくるよ」

 

「そう」

 

あの人の事は悟られないようにわざと明るい調子で言うあたしを見て、寂しそうな素振りを見せる詩乃の前に正座したあたしは彼女の手へと自分のを添える。

 

「心配しなくても大丈夫!あたしもアルバイトがあるし、この家を長く留守にしようとは思わないから」

 

顔を上げ、詩乃を覗き込みながら、にっこりと笑う。

 

そんなあたしのおでこにコツンと自分のおでこをぶつける詩乃。

幼くも丹精な顔立ちが至近距離にあり、どきまぎするあたしに小さな囁き声が耳へと流れてくる。

 

「……陽菜荼が帰ってくるまで、私留守番頑張るから。だから、早く帰ってきてね」

 

「……うん、早く……絶対帰ってくるよ。君が待つこの家に」

 

そう言ってから立ち上がろうとするあたしの背中へとボソッと投げかけられる言葉。

 

「………陽菜荼、お母さんとの話し合い頑張ってね」

 

反応しそうになるのを耐え、あたしはゴソゴソと里帰りの為の荷支度をはじめるのだった。




 035へと続く・・・・

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