一通り能力の確認を終えた私は近くのバーに寄って一杯やっていた。現状は超高速で移動できる以外に体を高速で振動させ姿をブレさせることや喉を振動させて声を変える事、壁を駆け上がる事と水の上を走れる事くらいだ。まだタイムトラベルや物体のすり抜けなどは出来ない。まだその域のスピードに達していないという事だろう。
そうそう、まだスピードフォースについて何も話していなかったね。先ずはフラッシュという作品について説明しよう。フラッシュはDCコミックのヒーローだ。フラッシュはスピードフォースと呼ばれる運動エネルギーで満ちた異次元空間にアクセスし、運動エネルギーを引き出して高速移動を可能にしている。高速移動の他にも物体のすり抜けや超人的な代謝に竜巻を起こしたり、機械を使えば多次元への移動も可能となる。そして何と言っても時間旅行ができる。
しかしチートレベルの能力なんだが弱点はある。例えば摩擦の怒らない場所では力が発揮できない。故に氷系統の敵とは相性が悪いんだ。フラッシュも宿敵であるキャプテンコールドに何度も追い詰められていた。
そして超人的代謝を持つ私が酔えるほどの酒はこの店には置いてないようだ。この店の酒じゃ酔っ払うことが出来ない。
これからどうしたものか。原作介入とは言ったもののまだ一年ある。この能力があるとはいえ人殺しなんかとは無縁の私に人を殺すことが出来るだろうか?私がこの力を望んだのは憧れでもあったが同時に自己防衛の為もあった。こんな殺伐とした世界で能力無しじゃ1ヶ月ともたないだろう。私としては原作通りにナイトレイドに任せたい所だが、いざとなれば覚悟するしかない。
「そこのおにーさん!なーにさっきから一人で難しい顔してんだよ?」
すると一人の女が私に話しかけてきた。グラマラスなボディーにセクシーな服装、髪はボサボサで顔は美人の部類に入るだろう。間違いない、彼女はナイトレイドのレオーネだ。そう言えば彼女はスラムの出だったな。だからこの場にいても不思議ではないが。私はコップに入った酒を一気に飲み干した。
「少し考え事をしていてね」
「それこの店で一番度数が強いんだぞ?」
「私には生憎効かないようだ。私はイオバード・ソーン、最近この街に来た科学者だ」
「よろしくイオバード博士!レオーネだ、ここで会ったのも何かの縁、今日はとことん飲もうぜ!」
数時間後、レオーネはすっかり泥酔してしまった。しかし彼女と飲むのも中々楽しい。流石に泥酔しているとは言えナイトレイド関連の話は何もボロを出さなかったがこれは流石と言える。酔っ払ったレオーネは私の首に腕を絡ませてくる。年頃の女性なのに無防備すぎやしないか?
「ヒック!もーーなんでイオはそんなにお酒え強いんだ〜?」
「そういう体質でね。そろそろ会計してくれるかな、私が出すよ」
「え、良いのかい旦那?結構良いお値段するよ?」
「そうなると思って余分に持って来たよ」
私は所持していた財布から言われた額を支払った。今ので財布の半分はいかれた。今手元にあるのはこの財布だけだし今日みたいにあまり贅沢は出来ないな。私は随分と軽くなった財布をしまい店を後にした。
「うぃ〜、もういっけんいっとく?」
「家まで送るよ、君の家はどこだ?」
「家?いいーって!いいーって!一人で帰れるからぁ」
そんなレオーネは千鳥足で森の中へと消えていった。この森も原作で描かれてた通りだが正確な位置を知っておきたい。私はカッターシャツのボタンを外しスーツを曝け出した。そしてズボンも脱ぎ去りスーツだけの姿になった。着ていた服は草陰にでも隠しておこう。
『行くとしようか』
「だ、誰かー!!」
私がマスクを被り体を高速で振動させて森へ足を踏みいれようとしたその時、突然近くで悲鳴が聞こえた。あの叫び声は只事じゃなささそうだ。とりあえず行ってみよう。
叫び声がする場所に向うとそこには眼鏡をかけた白衣の男性が足から血を流し倒れていた。その前にはゴリラのような危険種が唸り声をあげ威嚇していた。こ、この男性は!
『…………マーティン・シュタイン?』
「な、何故私の名前を?」
マーティン・シュタイン教授。DCのヒーローファイヤーストームの傍だが何故彼がこの世界にいるんだ?それより足の怪我、この危険種にやられたのか。危険種は唸り声を上げてこちらを威嚇している。今の今私の全身は高速で振動させている状態だ。それなりに打撃力も上がっているはず。
「グオオオオッ!!!」
危険種は勢いよく飛びかかってきた。危険種が腹部を見せた瞬間私は鋭い一撃を腹部へと叩き込む。腕が危険種の腹に食い込む。危険種の臓物の生暖かさが手に伝わってくる。私は危険種から手を戻し血を拭った。危険種はたった一撃で動かなくなってしまった。まさかこれ程の力があるとは……
「あ、ありが」
私はシュタイン教授に礼を言われる前にその場を立ち去った。そしてその場から少し離れたところに向かいリングにスーツを収納した。それから私はシュタインがいる場所に戻った。私のシークレットアイデンティティは極力明かさないようにしよう。
「う……足が」
「どうかしましたか?」
「あ、ああ危険種に襲われて足をやられた」
私はマーティンに肩を貸し家まで送ることにした。シュタインの家は帝都から離れた山にポツンと立っていた。そして家の前にある看板にはスター診療所と書かれていた。成る程、この世界のシュタインは医者か。それとスター診療所とはまた狙っているとしか思えないんだが。
「ここだ……私の診療所だ」
「とりあえず私が手当をしましょう。道具は何処に?」
「父さん一体どうしたの!?」
中に入ると教授の娘さんが私達を出迎えた。彼女何処かで………そうだ、確かケロロ軍曹に出て来たアリサ・サザンクロスに瓜二つだ。私は思わず彼女の容姿に見入ってしまった。本当に美しい女性だ。
「危険種に、襲われているところをこの青年に助けてもらったんだ」
「道具はこっちにあるわ!」
シュタイン教授のお嬢さんに道具のある場所を教えてもらい簡単ではあるが教授の手当てをした。傷は浅いみたいだったが数日は安静にしとかないと。
「ありがとうイオバード。見事な治療だ。医療の心得があるのかね?」
「私は科学者なんですが一応医療関係も勉強しました」
「父さんもう寝ないと、傷が癒えないわよ?」
「ああ、そうだな。イオバード、君も今日は泊まっていってくれ」
♢
「お茶はいかがかしら?」
「頂くよ」
アリサは一仕事終えた私にお茶を出してくれた。この世界にはパソコンはおろか電気すら通っていない。しかも水洗トイレなども皆無だ。はぁ、そう考えると中々不便なものだ。まるで原始時代にタイムスリップしたみたいだ。
「ありがとう。見ず知らずの父さんを助けてくれて」
「困った時はお互い様だからね。君はお父さんと二人暮らし?」
「ええ、あなたはどうしてこの街に来たの?」
「私は………まあ当てもなく旅をしている。行き先も何も決めずにね」
「ねえ……もし良ければ父さんが治るまで代わりをしてくれない?」
「私が君のお父さんの代わりに医者を?私は応急処置が出来る程度だよ?」
「それでも構わないわ。父さんが治るまでここにいて」
「…………分かったよ。出来る限りの事はしよう。
次の日、私は怪我しているシュタイン教授の代わりを務める事となった。とはいえこの世界の医療技術ではかなり出来ることが限られてくるがそれでも何とかしないとな。まあ無免許だが法律云々を機にする必要もないか。そもそもこの世界にも医師免許は存在するのか?
「頑張ってみるか」
♢
同時期、天界のとある会議室では。
「スピードフォースで帝都軍相手に無双でもするのかと思ったら、ただの意気地なしとは」
「ああ言うタイプの性格を変えるには悲劇がうってつけだ」
「その件に関しては手配済みだ。それと帝都軍辺りも少し強化しておいてやるか」
「具体的にはどうするつもりだ?」
男はファイルから男女が写った写真を数枚取り出した。それらに写っている人物は全て非道な犯罪を犯し死刑執行されたもの達ばかりだ。
「アメコミに欠かせないものそれは…………ヴィランズだ」
「ローグスを作るわけか…………最高だな」
次回、第3話 続かない幸せ