とこの姫

～　プロローグ　～

いつもの朝、目が覚めた。

「おはようございます」

朝のコール、私も返します。

「おはよう♪」

朝食を食べ、顔を洗い・歯を磨く。

朝のルーティンをすべてすませた……

床(とこ)の上で。

～　第一章：純真の王女　～

彼女の名は、「涙(るい)」

宝竜族王家、ダイヤモンドの王女だ。

宝竜族は太古より生まれし孤高のドラゴン種族。

彼らは不老不死。

寿命では、決して死なない。

例外を……除いては。

宝竜の心臓は宝石でできている。

宝石でできた心臓、つまり王女の核の部分に内包物(傷)が見つかった。

一度傷が付いてしまうと、そこからカビが発生し、死に至る。

戦士が戦場に赴き、戦闘によって傷を負ってしまうケースが多いが、王女の場合、生まれながらにしてその致命傷を負っていた。

王家の専門医によって症状を抑えるための薬が調合され、王女は服薬し続けた。

しかし、その副作用により下半身と翼が麻痺してしまい、一生を床の上で過ごしてきたのだ。

不幸……

いや、彼女は「わたしは幸せです」と言う。

床の上の生活でも退屈はしない。

好きな本を読む。

訪れた客とおしゃべりをする。

星空を眺める……

彼女は言う、「わたしは幸せです」と。

～　第二章：宝石(ほうぎょく)の戦士　～

王女、15の生誕日。

彼女の誕生日を祝して、明日、訪問会が行われる。

多くの一般客が城内へ来訪するイベント。

涙(るい)は、王女。

もちろん、警備は厳重な体制を整えなければいけない。

「明日、正午から行われる訪問会の警備配置を決める」

取り仕切るのは、アメシストの宝石戦士「ウィステリア」だ。

宝石戦士、通称「ジュエルズ・ナイト」

王族戦士の中でも最高クラスの名誉で、強者(つわもの)、曲者(くせもの)、極(きょく)の戦士のみに与えられる称号だ。

彼は、そのリーダーを担っている。

ウィスは淡いライラック色の体色(たいしょく)をしており、人一倍の正義感と、戦士として志の高い信念を持っている。

決して、酒にも自分にも酔わない性格で時間にも厳しい。

高すぎる意識が、時には周りの仲間たちと摩擦を起こしてしまうこともあるが、彼に対する周りからの信頼はとても厚い。

「A班は城門、及び城周りを警備」

「B班は屋上、天外広場を見張れ」

「C班は中庭にて待機だ」

ウィステリアは矢継ぎ早に作戦を指示した。

「そして、もっとも重要な役割……」

少し声のトーンを落とし、鋭い目を隊員たちに向けた。

「王女室の警護」

ぴんと張りつめた空気が流れた。

「適正、相性などは無視して、単純にただ強い者だけを選出した」

「四人いる、発表する！」

ウィステリアは語気を強めた。

「まずは、私、ウィステリア自ら王女を警護する」

隊長志願に、もちろん誰の異論もない。

「二人目は、マリン副隊長」

「ハッ！」

アクアマリンの宝石戦士「マリン」

珊瑚礁の美しい海を彷彿させるようなブルーの体色。

戦闘中でも、論争中でも、常に冷静沈着。

海のような寛容さと、分け隔てのない優しさを併せ持つ。

戦場では勇猛果敢に先頭を突き進み、常に最前線で戦い続ける勇気ある戦士だ。

そこを大きく評価され、女戦士にして副隊長の座を勝ち取った。

「三人目！ヒスイ参謀長！」

「よっしゃあ！」

ジュダイトの宝石戦士「翡翠」

深緑の半透明な体色。

飄々とした口調に、フットワークの軽い行動力。

隊員内では暑苦しい性格と揶揄されることもあるが、それが彼の良いところでもある。

殺伐とした雰囲気でも和んでしまう彼の不思議な力は、いざ、戦場へ出陣すると生命の活力へと変わる。

また、彼の情報収集力は半端でなく、性格とは裏腹な切れ者でもある。

そのため、「参謀長」という職についている。

「そして最後、四人目だが……」

ウィステリアはひと呼吸置き、本命の顔を探した。

キョロキョロ、ピタリ。

「……」

「……どうなされました、隊長？」

沈黙を浮かべるウィステリアを不審に思い、顔を覗き込みながらマリンが聞いた。

あれ……いない。

「おい……琥珀は？」

バンッ！！！

すると、王制の間の扉が勢いよく開いた。

「遅くなりましたぁ！」

息を切らせながら、慌てた様子で一人の戦士が飛び込んできた。

扉は勢いのあまり壁から跳ね返り、静かに元の位置に収まった。

執事たちが揃って苦い顔を表した。

「遅いぞォ！！！琥珀！」

遅刻の常習犯にすぐさま反応し、ウィステリアは吠えた。

「なにをしていたッ！？」

「ハッ！」

琥珀は姿勢を正した。

「朝まで飲み明かしていたら、寝坊しました！」

「……」

館内絶句、沈黙でしか応対できなかった。

開き直りなのか、馬鹿正直なだけなのか、はたまたバカなのか……(笑)

「お、おまえの言い訳はそれでいいんだな……？」

プルプルと怒りに震え、顔を真っ赤にしたウィステリアはまるで噴火前の火山に見えた。

「良い訳ではありません！事実です！」

バカ決定。(漢字も違う)

「口答えするなァぁぁぁーーーッ！！！」

ウィステリアの抑えていた感情が一気に爆発し、反省の色がまったく見られない琥珀に咆哮を浴びせた。

マリンと翡翠、他の隊員たちの鼓膜がキンキンと痛んだ……

それからは、ガミガミとウィステリア隊長のお説教タイムが始まった。

他の隊員たちのニヤニヤ顔から察すると……いつものことらしい。

隊長の離脱に話しが進まなくなり、さすがにマリンが引き継ぎ(強制的に)、ミーティングの続きを行った。

「それでは、今日はここまでとする」

「明日は各々予定された配置に付き、職務を全うせよ」

「ハッ！！！」

「宝竜の輝きを永劫に」

「永劫に！！！」

隊員たちは解散し、散り散りに分かれ自分たちの持ち場に戻って行った。

「はぁ……はぁ……(汗)」

大声の出しすぎで息切れしているウィステリアは、重度の説教疲れに苦しんでいた。

「隊長」

琥珀は真面目な顔をした。

もしや、改心したのかな……？

「もう終わりですか？」

ブチ

何の音……

血管の切れる音。

「このぉぉぉ……」

「その辺にしとけば？」

見かねた様子のマリンが、呆れ顔で仲裁に入った。

綺麗な鬣(たてがみ)をかきあげながら、正直面倒臭そうだ。

「そうそう」

ヒスイも相槌を打ちながら加わった。

腕を頭の後ろで組み、こちらもメンドくさそうだ。

「だがな……コイツにはジュエルズナイトとしての自覚が……あッ！」

ウィステリアの隙をつき、琥珀は逃亡した。

「く……逃げられた」

ポン、ポン。

「ほんと、耳栓は便利だぜ♪」

～　第三章：真珠の王　～

アンバーの戦士「琥珀」

黄色を帯びたあめ色の体色で、地中深くに埋もれ化石化した状態で発見された。

採掘の後は、専門技師の手によりカット・研磨され、アンバーの戦士が誕生した。

琥珀は、宝石戦士に最年少で入隊。

戦闘中、ドーパミンが最大限まで上昇すると身体の照りが増し、黄金の輝きを放つ。

そのため、仲間内からは“黄金の騎士”と呼ばれている。

訪問会、当日。

昨日(さくじつ)のウィステリアの指揮通りに、厳重警備が整えられていた。

ここは王女室の中。

王女の寝床を、選ばれた四戦士が四方の陣になり取り囲んでいた。

昨日とは打って変わり、琥珀は眼を瞑り、精神を研ぎ澄まし瞑想している様子だ。

「……」

さすがに感心……と、思いきや。

コックリ、コックリ……

琥珀は不自然に揺れ始めた。

「！……」

この男は立ったまま居眠りしていただけ。

「琥珀！」

王女の眼前であるため声は抑え目にし、ウィステリアは名を叫んだ。

「はっ……ハッ！」

「王族戦士の理(ことわり)、第5条！」

「我ら王族戦士、いついかなるときでも敵の襲撃に備え、集中を解くべからず！」

寝起きとは思えないほどスラスラと琥珀は唱えた。

「よろしい」

王女はくすくすと、笑った。

「開門します」

「わぁ～、王女さまだぁ～」

一番目の客は、城下町で暮らしている子どもたちだった。

「あらあら、最初のお客様はすいぶん可愛らしいわね」

「あなたたち、お名前は？」

浅い笑みを浮かべ、子どもたちの顔をのぞきながら涙(るい)は優しく聞いた。

「ルビー！」

「サファイア！」

「エメラルド！」

ひとりずつ元気ハツラツに答えた。

「ぼくら朝いちばんにならんで待ってたんだよー」

「そっかー、えらいえらい♪」

「王女さまは病気なんですかぁ？？」

ふと、子どもたちは不安げな表情を見せた。

「う、うん、ちょっとね」

王女はどう説明したらいいのかと、戸惑った。

「おい……あれをわたせよ」

「わかってるよ……」

すると、さんにんは輪になりヒソヒソ声でなにやら会議を始めた。

「？」

「でも王女さまよろこぶかなー……」

「そんなのわたしてみないとわからないだろ～」

「よし……いくぞ」

「せぇーの……」

「王女さま！元気になってください！！！」

三人は声を揃えて、花束を王女に差し出した。

子どもたちの作品は、原っぱの野花を乱雑に集めただけの品物で、決して見栄えが良いとは言えなかった。

だが、王女の心を震わせた。

「ありがとう……」

「まっかせなさい！」

ドンっと、涙(るい)は力一杯自分の胸を叩いた。

子どもたちに笑顔が咲くと、手を振りながら走り去って行った。

王女も手を振りながら見送った。

……

子どもたちが退出すると、涙(るい)の顔が少し下を向いた。

その様子に琥珀だけが気づいた。

「次！」

王女が顔を上げると、もとの笑顔に戻っていた。

「まあ！おばさま！」

王女は……強い。

「次！」

「お久しぶりです、姉上」

「黒曜！」

サプライズゲストの登場だ。

黒曜は王女の弟、オブシディアンの宝竜族王子。

真っ黒な体色とは似つかわしくないほどの好青年だ。

「これを……」

おずおずと、黒曜は照れ臭そうに見舞いの品を差し出した。

「ありがと、嬉しい♪」

もらった百合の花をまじまじと見つめながら、涙(るい)は満面の笑みこぼし感謝を述べた。

「お父様とお母様を大切にして、正しい行いを忘れずにね」

「はい、必ず約束します」

「次！……！」

どよどよ、ざわざわ。

「？」

王女室の外が急に騒がしくなった。

「王女大変です！遠路遥々……」

「初めまして、ダイヤモンド王女」

兵士の後ろから姿を現した者は、この世のものとは思えないほど真っ白な体色をしていた。

「貴方は……」

「私は北海の港王国から参りました、真珠です」

「あなたがあの有名な真珠王さん……」

ダイヤモンド王女と真珠王との会話は大いに盛り上がった。

「ご病気ゆえ、長居はしません」

「あら、まだいいのに」

「また、お会いできる機会があれば……」

「ええ、ぜひ」

涙(るい)の「わたしは幸せです」という言葉……

決して、嘘ではなかった。

「日が暮れてきたな……」

城門を警備している兵士の一人が、額に手を当て遠くの夕日を眺めながら呟いた。

「本日、最後の訪問客とさせていただきます！」

「お入りください」

「……どうも」

最後の訪問客が王女室に足を踏み入れた瞬間……

四戦士の眼の色が変わった。

入室してきたのはかなりの老竜で、異様な佇まいをしていた。

垂れ下がったまぶたに淀(よど)んだ瞳、シワなのか傷なのかわからない線が顔中を埋め尽くしており、鬣(たてがみ)はグシャグシャ。

身なりも非常に変わっており、夏場にもかかわらず肩パット入りの紫色のジャケット、さらにその上から黒い毛皮のコートを羽織っていた。

見れば見るほど、戦士たちの目つきが険しくなる。

「お初にお目にかかります……宝竜の王女様」

老竜はしゃがれた声で挨拶をした。

「初めまして！“涙(るい)”と申します！」

王女は元気よく自己紹介した。

「不思議な服装をされていますね？」

涙(るい)は誰もが思う質問を渡した。

老竜は戸惑った様子を演じながら、自分の服を見直した。

「異国の流行り物ゆえに」

「そうなんですね、でもそんな遠くから……なにをしにいらしたのですか？」

「……」

「一度……あなたの輝きを間近で拝見したいと思いまして」

「恐縮です……」

老竜の歪(ゆが)んだ微笑みと悪質な瞳の輝きに、王女は少しおののいた。

「ほぅ……」

「？」

「美しい」

「客人、王女からもう少し離れてお話ししてくださいますか？」

王女と老竜の距離がどんどん縮まってきていたので、マリンの注意が入った。

王女は寝床から動けない……

老竜が近づいてきている。

「……」

それをまるで無視するかのように、老竜はさらに王女に近づく。

「……おい」

変わり者の非常識な行動に、翡翠の苛立ちが目に見えた。

老竜は懐に手を忍ばせた。

「それ以上近づくな！」

ウィステリアが叫び、四戦士が一斉に剣に手をかけた！

すると……

バラの花を一輪、王女に差し出した。

「まあ、綺麗♪」

「プレゼントです」

「ありがとうございます！」

緊迫感を壊されたこの状況下では戦士たちにはなにもすることができず、剣と剥きだした牙を……ゆっくり鞘に戻した。

「では、また……」

「はい！」

わだかまりと一緒に帰宅する老竜を、四戦士たちは訝しげな表情で見送った……

前室にて。

「さっきの者……一体何者だ？」

犯人像を思い浮かべながら、マリンが疑問を提示した。

「異様な雰囲気に……僅かだが、殺気が混じっていた」

ウィステリアが神妙に語った。

「おいおい、そんなんじゃ王族戦士失格だぜぇ」

まるで二人を挑発するかのような態度で翡翠は言った。

「ヒスイ、心当たりが？」

「指名手配犯の顔がわからないとはな」

「！！」

「当時とは風貌を変え、少し顔をイジってやがったが……間違いない」

「？？」

「コイツだ」

翡翠は古ぼけた手配書を机の上に広げた。

「宝石商(ジュエラー)、ガーゴイル卿」

手配書は非常に年季が入っており、デッドオアアライブと懸賞金額、それとガーゴイルに関わる数々の情報が記入されていた。

宝石伝説。

既婚。

宝石店経営。

宝石収集家。

発行日付……

廃止寸前。

「相当な危険人物だぜ」

「なぜ顔を知りながら黙って見過ごしたッ！ヒスイ！」

マリンが早口に詰め寄った。

「ひぃ～、だってよ、俺だって後から思い出したんだ！」

「なんてたってこの手配書は、300年も前のものだからな！」

「なっ……」

マリンは絶句した。

「普通のドラゴンの寿命が……そんなに長いわけ……」

「驚きだろ？」

「宝石……収集家」

ポツリと、ウィステリアは独り言のように呟いた。

「……ウィス？」

「マリン……ヒスイ……」

「？」

「少し、深夜の警備を強化しよう」

「了解」

～　第四章：闇夜の訪問客　～

訪問会が開催された、その日の夜。

「今夜はなぜか冷えるな……」

「ああ……不気味なくらい」

見張りの兵士二人、夏の夜とは思えないほどの冷え込みを身に感じていた。

「いきなり夜勤の人数を増やすなんて隊長もキツ……」

「お、おい」

会話を止め、兵士の一人がある異変に気が付いた。

「？」

「ま……窓」

「ぁ……」

二人は、同じ顔を見合わせた。

傷の影響により、王女は極度の冷え性となっていた。

そのため、夏場でも城内は常に閉め切った状態になっていなければいけないはず。

ましてや深夜に窓が開いてることなど……

「侵入者だ！！」

兵士たちの警報が鳴った。

すでに、王女室の中には……賊が、二人。

ガーゴイル卿と、もう一人いる。

おそらく体色は黒、かなりの巨漢で暗黒で染められたような鎧を身に纏っている。

鎧の隙間からは、抑えきれないほどの戦闘欲が禍々(まがまが)しく溢れ出していた。

暗黒の騎士は己の剣(つるぎ)を床に突き刺し、微動だにしない。

月明かりに染まる、王女の寝顔。

そっと手のひらを寄せ、ガーゴイル卿は涙(るい)の肌に触れた。

「本当に……美しい」

血走った眼を剥き出しながら、ガーゴイルは囁いた。

ドッドッドッドッ……。

振動が王女室に近づいてくるのを感じた。

兵士たちの足音からは、焦りと殺気が滲んでいた。

「む……気づかれたか」

ガーゴイル卿はサッと王女から手を引いた。

波が押しよせるように、兵士たちの足音が徐々に近づいてくる。

「任せたぞ……ダークナイト卿」

暗黒の騎士が、動いた。

無言のまま入り口の扉に近づき、目の前に位置した。

「王女ッ！王女ッ！」

ドンドンと扉を強く叩きながら、怒鳴り声に似たマリンの呼びかけが響いた。

「中から鍵が……」

何度ドアノブを回してもみても扉は開かず、翡翠はとても焦っていた。

「突き破るぞぉ！！」

業を煮やしたウィステリアの怒号が走る。

次の瞬間……

何の前触れもなしに、大爆発が起った！

扉の真ん前にいた三戦士と数十の兵士たちが一斉に吹き飛んだ。

木片が散乱し、目に染みる煙が充満した。

「……なにが……起きた……？」

あまりの衝撃に、ウィステリアは呆然とする意識に訴えかけた。

煙の中から二つの影。

ガーゴイル卿と暗黒の騎士は、堂々と、入り口からの逃亡を図った。

手を腰の後ろに組み、まるで昼下がりを散歩するかのようにガーゴイルは歩き始めた。

「逃がすなッ！かかれ！かかれぇーッ！！！」

ウィステリアは士気を高め、兵士たちの闘志を煽るような雄叫びを上げた。

ガーゴイル卿を討ち取ろうと、兵士の一人が飛びかかった！

暗黒の騎士が割り込む。

キンッ、キンッ……ズバッ！

一回、二回剣を交え、剣筋を見切ったダークナイト卿はあっさりと兵士を斬り伏せた。

ガーゴイル卿は何事もなかったかのように、ゆっくりと歩を進める。

続くように二人目が襲いかかった！

キンッ……グググ……ブンッ！

一太刀を受け止め、そのまま力任せに投げ飛ばした。

その後も、次々と兵士たちがやられていく。

「強い……」

思わずマリンの口から本音が洩れた。

「もう追うな」

乱闘の最中、ウィステリアが中止を促した。

「けが人を増やすだけだ……」

屈辱、悔しさ、空しさ……これらの感情すべてが、ウィステリアの頭から足の爪先までを浸食していた。

「さらば……諸君」

ガーゴイル卿が一声残し、二人は無傷のまま消えていった。

……城門前。

「……」

「君は……かかってこないのかな？」

ガーゴイル卿の問い掛けた先には、琥珀がいた。

「今じゃない」

アーチ状の門の上に立ち尽くし、侵入者を見下ろしながら琥珀は牙を剥く。

「……懸命だ」

翌朝……。

城内は騒然とし、慌ただしく動き回っていた。

昨夜侵入者を許したばかりでなく、王女の体調が急変したからだ。

王女の身体は高熱を帯び、額には“死の刻印”が浮かび上がっていた。

この印は、宝竜の歴史の中で死期の予兆を暗示していると語り継がれてきた。

そんな混乱の渦の中、中庭に佇む三戦士がいる……

噴水に腰掛け、物思いに耽(ふけ)るウィステリア。

柱に寄りかかり、天を仰ぐマリン。

芝生に座り込み、俯(うつむ)くヒスイ。

皆胸中は敗北感で一杯、戦士たちの焦燥が伺えた。

「今夜……また現れるだろう」

ウィステリアは悲壮感を漂わせながら、うなだれる様に話し始めた。

「あぁ」

力なく、マリンは頷いた。

「次は必ず……王女の命を奪いにくる」

再び訪れるだろう悪夢を、翡翠は予告した。

「……」

三人は、沈黙で会話をした。

「宝竜族は、命を狙われ続けるのが宿命」

「平和を穢される運命」

「だがなッ！」

「このままでいいわけはないんだ」

「王女の純真が血で染められるような真似……」

「そんなことは……」

『絶対にさせない！！！』

三戦士の目に力と煌めきが蘇り、声と意志を揃えた。

「兵士たち、全員を帰宅させろ」

ウィステリアは大胆な作戦に出た。

「多勢も、強者には無勢」

拳を力強く握りしめ、“挑戦”を掲げた。

「俺たち、三人だけで迎え討つ」

～　第五章︰戦いの旋律　～

<三戦士 vs 暗黒の騎士>

王女は危篤状態、今夜が山だと宣告された。

王宮内、見張りなしの空間は静寂で包まれている。

王女室の前には、ウィステリア・マリン・ヒスイの三戦士だけ。

椅子に腰かけ、本敵を……待つ。

ガシャン！……ガシャン！……

向かい側の渡り廊下から、鎧の金切り声が聞こえてきた。

そして、闇に巣くう強敵が再び姿を現した。

ウィステリア：「まさか、真正面から現れるとはな」

マリン：「正々堂々」

ヒスイ：「いいんじゃねーの」

ダークナイト卿と対面。

鎧の下から瞳だけがはっきりとわかる……

漆黒の目……

「抜(ぬ)かるなよ」

静かな闘志を燃焼させながら、マリンが得物(えもの)を抜いた。

マリンの武器は、ロングソード。

十字架に見立てられた形状に、本人の強い要望により限界ギリギリまで軽量化されている。

しかし切れ味は鋭く、ドラゴンのぶ厚い皮膚も彼女の腕にかかれば一刀両断。

正統派剣士の神器だ。

「だれが」

抑えきれない高揚感をアピールさせながら、翡翠は腰に据えていた剣を引き抜いた。

翡翠の愛剣は、レイピア。

刺突用の剣で、細身だが、突き刺しても曲がったりしないように意外と重い。

それを彼は片手で軽々と振り回し、一秒間に何十もの突きを繰り出す。

騎士道精神の象徴だ。

「本気で行くぞ」

一点の曇りもない正義を掲げ、ウィステリアは背負っていた剣を構えた。

ウィステリアの相棒は、二つのバスタードソードを組み合わせ、刃が双方向に聳(そび)えるダブルブレイド状態となっている。

その特質な剣は、振りかざせば雷を落とし、振り回せば竜巻を生む。

この双刀剣は王国中探してもウィステリアにしか扱えない。

三対一の視線が交差し睨み合い、色濃い火花が散り散りに弾けた。

ピリピリとした緊張の針が、次々と皮膚に突き刺さってくる。

三戦士の鋭い眼光は、まるで三つ首のケルベロスに睨まれているような錯覚を起こさせた。

暗黒の騎士が突然目の前から消えた？

どこに……

……

逸いッ！！！

三人の中央ど真ん中に、一足で飛び込んできていた！

身体の大きさとは反比例した身のこなしだ。

一瞬で懐に入られてしまったが、三人が臆することはなかった。

互いが互いに闘気と殺気を出し合い、混ざり……うねる。

三戦士、ほぼ同時にダークナイト卿へ斬りかかった！

キキキンッ！

三者の剣撃を、暗黒の騎士は一挙に受け止めた。

「ぬゥんッ！」

気合を起こし、弾き返した。

三人は仰け反りそのまま尻もちをつきそうになったが、グッと足腰に力を入れなんとか堪えた。

初手はマリンが打って出た。

水色の閃光が走る、マリンの初動。

ダークナイト卿は近づいてくる敵を追い払うように、何条にも刃(やいば)を振り乱した。

その剣撃の嵐を、マリンは縫うように切り抜けてゆく！

波のようにゆるやかな動きだ。

水を斬ることは……何びとにもできない。

「一人は皆の為に」

「皆の為は……一人のために！」

マリンの信念だ。

一撃、二撃、受け流すと、オニキスの頭の上をくるりと宙返り、後方へと回った。

翡翠のターン。

オニキスの目線と意識が背中に向いたのを逃さず、翡翠が攻撃を仕掛けた！

「ちゃっちゃかいくぜ、お黒いさん」

突き主体のヒスイの剣筋。

レイピアの特徴を活かし、直線的だか受けるのはとても難しい。

翡翠の突きは……どんどん加速していく。

最高速度、目で追えぬ速さにまで達する。

室内に集中豪雨、横殴りの緑色の雨が暗黒の騎士に降りつける。

マリン・ヒスイ、二人でダークナイト卿を前後から挟み撃ち。

ゆったりとしたリズムのマリン、速いテンポの翡翠。

二人のコンビネーションは緩急となり、暗黒の騎士にとってはとてもやりづらい状況を演出していた。

「ぐっ……」

ダークナイト卿の動きが止まった！

「王手だ」

言葉と共にウィステリアが斬りかかり、紫色の稲妻が落ちた。

<戦士の誇り>

「ハァ……ハァ……！」

急行してきた琥珀が、宝石城に遅れて到着した。

王女室の前には……

三戦士が、床に倒れていた。

「ウィス！……マリン！……ヒスイ！」

琥珀は慌てて三人に駆け寄った。

「こんなときまで……おまえの遅刻グセは治らないな……」

呆れきった表情で、ウィステリアは弱々しく愚痴をこぼした。

「王女はどこへ？」

琥珀は真剣な眼差しを向けた。

「ダメだ……行くな……」

ウィステリアの声は震えていた。

自身が味わった暗黒の騎士の底知れぬ力に、恐怖を抱かずにはいられなかった。

琥珀と暗黒の騎士、二人を強さの天秤にかけウィステリアは暗黒の騎士の方に重石を乗せていた。

「頼む、ウィス」

琥珀は懇願した。

「……だめだ」

ウィステリアは頑なに拒んだ。

「……」

「……」

「戦士の誇りは、王家を守ることだろう？」

琥珀は沸騰する感情を、そのまま言葉にした。

「っ……」

「ウィスが教えてくれたことだ」

「……」

「屋上……天外だ」

観念した様子で、ウィステリアは目的地を教えた。

「恩に切る」

一言、琥珀は礼を残した。

「琥珀」

「？」

「おまえのいつもの遅刻の理由……みんな、知ってるぞ」

「！？」

「知らないほうがおかしいわよ」

「バレバレだっつーの、バーカ」

「おまえはウソが下手だ」

「マリン……ヒスイ……ウィス」

「琥珀……弟のようだった」

「……」

「任せとけ、兄貴」

<三日月>

煌々と爆(は)ぜる三日月の真下。

屋上、天外広場。

「ⅩⅡⅣⅨⅦⅠⅢⅧⅤⅥ……」

ダークロード卿は、月に語りかけるように意味のわからぬ呪文を繋げていた。

王女は台座の上に横たわり、気を失っている様子だ。

不思議な魔力を感じるような異様な雰囲気が、辺り一面に広がっていた。

「やめろ」

闇夜の儀式を、琥珀は一声で中断させた。

元凶の片割れはゆっくりと振り向いた。

……誰も……いない？

「！」

琥珀は瞬時に身を動かし、暗黒の騎士の射程距離に詰めていた。

スピードが違う！

「ッ！！！」

そして、見事頭部に一撃を入れ、兜を砕き割った。

今まで謎のままだった、ダークナイト卿が顔を晒した……

「！！！……」

琥珀は暗黒の騎士の正体を知っていた。

「オニキス……元隊長……？？」

あまりの衝撃に、琥珀は動揺を隠せなかった。

漆黒の戦士「オニキス」

ウィステリアの前の宝石戦士隊長だった男。

ある日、突如隊を脱退した後は……消息不明となっていた。

「一体……なんのために……こんなことを？」

「……」

「不老不死」

オニキスは言った。

「！」

「勘違いしているな、琥珀……俺は宝竜族ではない」

過去を投影しているのか、親しげな話し方だ。

「石竜族」

「永遠の命」

「……では、ないのだよ」

「俺はそれを求めている」

「あんたを闇に招いたのは……ガーゴイル卿？」

琥珀は自分の希望を投げかけた。

「まさか……」

「自分自身だ」

「！」

琥珀は……オニキスに憧れていた。

しかし、琥珀の憧れた騎士(ナイト)は、堕ちた騎士へと変わっていた。

「ガーゴイルはただのパートナー」

「やつは、コレクションのために王女の宝石の心臓が欲しいだけなのさ」

「俺が得たいのは……」

「王女の魂」

「！」

「魂同士の転生移植」

「古代の魔術によって、生きたまま、魂と魂を入れ換えることができる方法を俺は解き明かした」

「これから俺の魂と王女の魂を……」

「黙れ」

「てめぇは……許さねぇ」

琥珀の怒りが言った。

「……」

「お前の心臓を止めよう」

己の意志を示し、オニキスは剣を構えた。

呼応するように琥珀も剣を構えた。

琥珀の剣(つるぎ)は、サーベル。

斬りに適した湾曲の刃、その美しいカーブは今夜の三日月にも負けてはいない。

サーベルの刃の部分は樹木から分泌された樹液から造られている。

まさに、黄金に輝く一振りだ。

「王家を護ることが、騎士の証明だ」

琥珀、心(しん)の芯(しん)からの台詞(せりふ)だ。

<黄金の騎士 vs 暗黒の騎士>

今宵の天は、漆黒の海。

夜空の観客席には、三日月のみが居座る。

勝利者に贈られるものは……

王女の魂(こころ)。

敗北者に与えられるものは……

死。

鼓動が、速いリズム。

静寂の中心でうるさく鳴り響く。

オニキスの顔から、180°旋回、琥珀の描写。

冷たい汗が琥珀の頬を伝う……

蛇の舌なめずりのような気持ち悪さを覚えた。

琥珀とオニキス、二人がゆっくりと体感を揺らし……

同時に、素早く飛び出した！！

「！！」

初速は、ほぼ互角。

先を取ろうとした二人の顔が、お互いの目の前にあった。

キンッ！！

鉢合わせた瞬間、二人が剣を交えた。

グググッ……

だが、パワーではオニキスの方が圧倒的。

琥珀は軽々と持ち上げられ、上空に投げ出されてしまった。

……が。

琥珀は翼を広げ、宙を駆け昇った。

オニキスも飛び、琥珀を追いかける！

二人は渦を巻くように互いの位置を入れ変えながら、目にも止まらぬ速さで斬り合う。

夜空のキャンバスに金色と黒色の輝きがチカチカと発光、円を描きながら下降していく。

「！」

戦闘中にもかかわらず、オニキスの気がそれた。

琥珀のドーパミン値が上昇。

身体から黄金の光を放ち……強くなっている。

「黄金の……騎士」

琥珀はオニキスの上を取り、回転を加え、真上から勢いよく叩き斬った！

「むぅ！……」

オニキスは翼の制御がきかず、そのまま地上へ落下した。

琥珀は優雅に着地。

琥珀の斬撃と落下の衝撃により使い物にならなくなった鎧を脱ぎ捨て、オニキスは痛みを堪えながら身体を起こした。

「お前の力は……いったい……」

黄金の輝きがどんどん増していく琥珀を見据えながら、オニキスは首を傾(かし)げた。

「決着をつけよう」

<幻影>

「あんたは、強かった」

琥珀は言葉を過去形にした。

心境は、影を追いかけ、幻を見ている感覚だった。

「……今は？」

「……わからない」

「……」

「そうか……」

琥珀の素直な回答に、オニキスはすこし瞼を重くした。

「出会い方が違っていれば……俺達の未来は変わっていたか？」

「……かもな」

お互い目線を下げ、足だけを見つめた。

決着の時間(とき)を待つ。

……

孤独は辛ぇなー……

……

(琥珀……弟のようだった)

……ウィス。

……

マリン……ヒスイ……

……

仲間がいる。

オレは、強い！

……

時が、声を失った。

……

刹那！

一刀！！

戦局は……

相討ち。

オニキスは、琥珀の首筋から肩にかけてを切断。

対して琥珀は、オニキスの腹部を射抜くように突き刺していた。

「グふっ……奪うばかりの人生……」

オニキスは大量の血を吐き出しながら、物語の終焉を綴った。

「お前には……やろう……」

「この……魂……」

<夢の果て>

悪夢が終わり、朝日が覗く。

「琥珀！」

傷を癒していた三戦士の前に、王女を抱えた琥珀がふらふらと歩いてきた。

青白い顔に、霞んだ瞳をしている。

「……琥珀？」

琥珀は仲間たちの前を素通りし、王女室の中へ入っていき静かに扉を閉めた。

「！！！」

琥珀の通ってきた道に、おびただしい量の血痕が遺されているのを三戦士は目撃した。

王女の部屋。

琥珀はゆっくりと王女を寝かした。

……目的は遂げた。

琥珀はその場で力尽き、膝をついた。

「ダイヤモンド……姫」

王女を起こさぬよう静かに語りかける。

「オレは……強かったの……かな？」

「強く……なれたのかな？」

朦朧とする意識、もはや何も考えることはできず頭に浮かぶ文字だけを琥珀は吐き出した。

「君が……目を覚ましたら……」

「いつもどおりの朝がはじまる」

「オレは……いないけど」

琥珀は……涙を流した。

「……」

「涙(るい)」

「さようなら」

そして、琥珀はキラキラと輝く砂となった。

～第六章︰騎士の証明～

……

「……」

王女は目を覚ました。

「……涙(なみだ)？」

不思議なことに王女の熱は引き、体調は正常な状態に戻っていた。

しかし、なぜか瞳から溢れてくる涙に、王女は違和感を抱き、胸騒ぎが止まらず、どうしようもない不安感に襲われた。

「ダイヤモンド王女ッ！！！」

「？」

「ご……ご無事ですか？」

「え……どうして？」

「……どうしたの？」

「……」

「なにが起きたのか……」

「すべて教えなさい」

涙(るい)は事の真相を一語一句もらさず聞いた。

「ごめんなさい……ひとりにして」

王女は途方に暮れ、窓辺に寄り添った。

カーテンを開くと、暖かな日差しが差し込んできた。

太陽光がなにかに反射し、部屋の中がキラキラと輝く幻想的な現象が起った。

「琥珀丸……」

王女は、泣き崩れた。

後(のち)に、王女は真珠の王と結ばれ、彼女の呼び名は変わる。

「ダイヤモンド王妃」

そして……これからも……

床の上で暮らしてゆく。

「立派な王女になるのよ、瑠璃」

娘の顔を眺めながら、涙(るい)は誇らしく語りかけた。

「はい！お母様！」

キラキラとした表情で、瑠璃は元気いっぱいに返事した。

「本日にて、宝石戦士の称号をあなたたちに与えます」

「たくましく成長したわね……」

「ルビー、サファイア、エメラルド」

「期待していますよ、宝石の三銃士」

「ハッ！！！」

～エピローグ～

いつもの朝、目が覚めた。

「おはようございます」

朝のコール、私も返します。

「おはよう」

朝食をすませ、顔を洗い・歯を磨く。

朝のルーティンをすべてすませた……

床の上で。

……

でも、いない……

彼は……もういない。

母親の看病で忙しかったあなた……

いつも寝不足だったあなた……

幼なじみだったあなた……

あなたは……強い。

……大好き。

私の心に……遺されている……

いつまでも……彼の……

笑顔。