インフィニット・ストラトス 『罪の王冠』(リメイク版)   作:超占時略決

2 / 12
第1話 同居人との再会

Side 桜華

 

皆は鬼、という単語を知っているかな?

鬼って日本で言い伝えられてる妖怪の一種で、民謡とか郷土信仰によく出てくるんだけど…「恐ろしいもの」に対しても言ったりするよね。

もう気づくかなぁ?僕の目と鼻の先にその「恐ろしいもの」が仁王立ちで居る。名を織斑千冬、形態はブリュンヒルデモーー

 

バシィインッ!

 

「ほう?お前には他のことを考える余裕があるのか?」

 

「そ、そんな…僕は千冬さんのことしか考えてませんよ!」

 

叩かれたせいでヒリヒリする頭を撫でながら、僕は異議申し立てをする。

 

「良いから勉強を続けろ。お前には時間がない」

 

それをあっさりと叩き落とされる。もうさ、逆に気持ちがいい位の鬼だよ…手に持つ分厚い参考書は金棒だね!

 

「…ほんと、鬼だね」

 

ゴォンッ!!

 

僕の頭に分厚い参考書の角が落ちる音が響く。鬼は地獄耳でもあるみたい。

ていうか、ほんとに痛い。どうリアクションを取ればいいか分からないレベルで痛いよ…

 

 

 

 

 

現在、僕の目の前に立つ黒のタイトなスーツを着る切れ長の目のオn…ううん、千冬さんの言葉を一字一句を頭にインプットしていく。そして、重要な所を自分で見極めながら、ノートに()()()()()シャープペンシルでメモを取っていく。

右手、利き手で書く字はやっぱり綺麗だね。そんなことを頭の片隅で思いながら、ペンを動かす速度を上げていく。

今から二年前に右腕を切っちゃったせいで、数日前までは慣れない左手を使ってノートを写していたんだ。けど、何の因果か僕には新しい右腕が付きました…それもISという超高級品の。何でかって?それは僕が知りたいです…

あの日、織斑一夏爆誕☆の日に僕はISに触ってから直ぐに気絶したらしい。

そして、目が覚めると右腕に慣れないというか、寧ろ懐かしい重みを感じたんだ。疑問に感じながらも目を開けると、今までなかったはずのものがあった。そう、腕があった。

黒い結晶みたいなもので二の腕から指先までが覆われている右腕は、時々波打つ緑のラインが一筋入っていた。

そして、不思議なことに僕の思い通りに動かすことが出来る。可笑しい…僕の右腕は焼け切れた神経のせいで義手を付けても動かせることはない、と言われたのに。

この疑問はあっさりと解決される。これは所謂、ISの待機状態らしいんだ。

そのISは現行技術の遥か先を行くもので、未だに解明されていない部分が多い。そして、今回はその機械に助けられる形で僕は右腕を生身の腕と同じ感覚で動かせることが出来る、という訳なんだ。

因みにだけど、一夏がISを動かすまでの目撃者の僕に事情聴取をしていた政府の人に聞くと、僕がISを触った時にISが強く光を放った後には既にこうなっていたとか…

「ISが何のプロセスもなく待機状態になることは今まで前例がない!君は何をしたんだ!?」といかにも科学者です!みたいな風貌の人達に問いただされたけど、寧ろこっちが聞きたいっていうか…

しかも、僕が触ったゴツゴツしたISは打鉄っていう日本が開発した第二世代の量産機で、IS学園が所有するものの一つだったみたいで…

 

「それを君の専用機にしてあげるからデータ取りに付き合いなさい。あっ、ついでに国籍を剥奪しとくから」

 

要約するとこう言われた僕はデータ取り(身体測定から血液の採取、人間ドックなど数えきれない程の検査)をした。

いや、正直だよ。専用機にしなくていいからこの腕を外して貰いーーあっ、それは我々には出来ない。出来るなら既にそうしている、と。ごめんなさい、生意気言って。

そして、やっと解放されたかと思えば、黒のフォーマルスーツを着こなした居候先の大黒柱、一夏の姉こと千冬さんが現れた。

 

「久しぶりだな、桜華」

 

「お、お久しぶりです、千冬さん。二ヶ月振りぐらいですかね…それより、こんな所でどうしたんですか?」

 

僕は千冬さんが苦手な訳ではない。けど、何処か苛立ちを含む千冬さんに萎縮しているだけだ。

だってさ、眉間に皺を寄せて米神を浮かばせているんだよ…顔を見てるだけでちょっとちびっちゃいそうだよ。いや、ちびりそうなだけでちびってはいないからね?ほんとだよ?

 

「いや、何…一応保護者としてだけでなく、ISの関係者としてお前のこれからを話そうと思ってな…」

 

ごくりっ…口に溜まる唾を飲み込み、次に来る台詞を今や今かと待つ。ち、千冬さん…言うなら早く言って貰いませんか?そんな溜められると怖いんですけど…

 

「桜華、お前には一夏と同じくIS学園に入学してもらう」

 

「あー、何だ。そんなことーーってええええ!?」

 

そんな、嘘でしょ!?確かに頭の片隅ではほんのちょっとだけ、そうなるんじゃないかと考えていたけど…女の子ばっかりの環境なんて僕、やっていける自信ないよぉ!?

だってさ、僕絶対イジメられるよ…四肢が一部欠損してーーいや、今はあるんだったね。

いや、僕が桜色って良い風に言ってるけど、側から見たらショッキングピンクの髪がある!いや、自信満々でイジメられる宣言する意味ないけどさ…

 

「何、安心しろ。私が受け持つクラスに配属されるから心配する事はない」

 

千冬さんってIS学園の先生だったんだ…知らなかったな。だから、稀にしか家に帰ってこれなかったんだ。

けど、千冬さんとついでに一夏がいるんなら、ちょっとは上手くやれそうな気がしてきた。

いや、全くもってしないよ。何言ってるの?あの一夏だよ?絶対厄介事に自ら進んで、しかも無自覚で僕を巻き込むに決まっている。

はぁー、憂鬱だぁー。ってあれ、そういえば僕、ISについて何にも知らない…どうしよう?

 

「どうした?何か不安でもあるのか?」

 

「不安だらけで困っていますが、先ずはそうですねー。

一応聞きたいんですけど、今日って何日でしたっけ?最近データ取りとか諸々のせいで曜日感覚が狂ってて…」

 

「今日は三月二四日だ。それがどうかしたか?」

 

「僕、ISについて何も知らないんですけど、IS学園でやっていけますかね…?」

 

「その事か。ふんっ、心配するな。私が一週間でこの参考書をお前に覚えさせてやろう」

 

えーっと、参考書ってこのタ◯ンページぐらいの大きさで、表紙にデッカく必読って書いてあるやつ、だよね…

 

「あの、千冬さん…この参考書ってどの部分まで覚えないといけないんですか?」

 

「全部だが?」

 

えっ、嘘でしょ…?これ、全部?何かの聞き間違えかな…きっとそうだよ!そうに違いないよね。

 

「これを入学するまでに全部覚えてくる奴は、流石に居ないがな」

 

「やっぱり全部覚えないといけないって言葉は聞き間違えだったんだ…良かったです」

 

「聞き間違えではない、全部覚えるんだ。私が教えるんだ、絶対出来る。いや、出来てもらわないと困る。出来るまでやらせる。

だから、一週間だ。一週間みっちりとISとは何か、そしてISに絡む数々の法律を全て理解してもらう」

 

「は、はい…」

 

この時の千冬さんはら猛禽類が獲物を狙いすました時の表情と同じだった。勿論、獲物は僕だよ?だって無自覚とはいえ僕が千冬さんの手を煩わせているのだから…

こういった流れで現在、僕は千冬さんの説明を聞きながら、必死にペンを走らせている。右腕がISのせいで腱鞘炎になる心配はなく、寧ろその速度を徐々に上がっていっている。

今日は多分四日目、だと思う…何でかっていうと、僕が勉強するのに耐えられなくて、ぶっ倒れて寝たのが三回あったからなんだ。

僕は次に会った時、絶対一夏をぐーで殴ってやるんだ…それもとびっきり全力で、宮田くんのジョルトブローばりに体重を乗せて。ぐすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 一夏

 

皆さんはじめまして、俺の名前は織斑一夏って言うんだ!

今、俺はIS学園っていう俺以外男子生徒が居ないって学校の一つの教室にいるんだけど、もうヤバい!誰か助けてくれ!!

教室には女子がいっぱい居る中で男子は勿論俺一人だけ。女子達の視線がもうそれはそれは…まるで動物園のパンダ状態だ。居心地が悪過ぎて頭が可笑しくなりそうだ…

これから動物園に行った時は檻の中にいる動物を凝視しないであげよう。これはストレスが溜まりすぎる。

しかも、動物園って実生活が赤裸々にされてる訳だろ…俺だったら発狂しても可笑しくないぞ。

おっと、思考がトリップしてしまったぜ。

皆は何でこんな事になったの?って思うかもしれない。その理由は簡単だ。俺がISを動かしてしまったからだ。

世界で初となる男性IS適合者としてニュースで大々的に取り上げられた俺は、政府関係者から「君にはIS学園に入学して貰う。異論反論その他諸々は一切受け付けないからそのつもりで」なんて言われてしまい、IS学園に入学するまでずっと家に軟禁状態だった。

まあ、千冬姉が先週まで家に帰ってきてくれたから嬉しかったけどさぁ。だけど、同居人だった桜華は何してるんだろ?千冬姉に聞いたらそのうち分かるって言われたけどさ…

桜華…二年前に出会ったあいつに俺は一生かけても償えないことをしてしまった。未だに後悔しているんだけど、桜華には俺がそのことを持ち出すたびに気にしないでって何回も言ってくる。

確かに桜華が良いって言うんなら良いんだけど、俺の中では自分が許せない気持ちがずっと残っているし、何よりもそんな簡単に許す桜華の方が可笑しいっていうか。そのせいで千冬姉も…

 

「ーー斑君、織斑君!!」

 

「はっ、はい!」

 

突然、俺の名前を呼ばれたから反射で起立してしまった。

そして、目と鼻の先に短く切り揃えられた緑色の髪につぶらな緑色の瞳。ズレた銀色のフレームの眼鏡をかける、ある部分を除いて子供っぽい風貌の女性が居た。

思わず「うわぁ!?」なんて声を上げてしまう。またやっちまったみたいだ…一つの物事に集中しすぎて周りが見えなくなる、俺の悪い癖だ。

 

「怒ってるかなぁ?怒っちゃったよねぇ?」

 

「いえいえ!俺そんな怒ってませんから!」

 

「ほんと!?ごめんね?今ね、自己紹介してて『あ』から始まって織斑君の番まで来たんだ。だから自己紹介してくれるかな?ね、ね!」

 

「は、はぁ、分かりました」

 

立ち上がって後ろを向くと女子の視線が俺の体に数多く刺さる。

うぅ…ど、どうすればーーアレ?箒か?あの特徴的なポニーテールに目付きが鋭くて愛想が悪そうな顔は絶対箒だ!ほ、箒…助けてくれ!!

必死にアイコンタクトを送ってみるけど、俺の意思は通じなかったらしく、箒は俺から目を反らしてしまった。でも箒の奴、すっかり綺麗になったもんだなぁ…

 

「お、織斑君!」

 

「は、はい!ゴメンなさい!?」

 

クラスの皆に笑われてしまった。俺はまたやってしまった…くそ、こうなったらヤケクソだ!

 

「お、織斑、一夏です」

 

あーえーっとそれからそれから…や、ヤバい!何にも思いつかねぇ。何か言わないと…何か言わないと暗いやつのレッテルを貼られちまうっ!

 

「い、以上です!!」

 

がたがたがたがたっ!!

何人かの女子を除く、殆どの女子がずっこけた。あれ、俺何かミスったかな…?

 

スパァンッ!

 

「いってぇ!?」

 

俺は何者かに頭を叩かれた。この綺麗すぎる音、そして我慢できないほどの痛み…ま、まさか……いや、でも何でここにっ!?

叩かれたほうを見ると第一回モンド・クロッソ総合部門優勝者にして、三国志の時代にいれば間違いなく名を轟かせたであろう女性、いわゆる千冬姉が呆れ顔で立っていた。

 

「げぇっ、呂布ぅ!?」

 

「誰が三国志の豪傑か、馬鹿者」

 

パシィンッ!

 

いってぇ!あ、頭がめっちゃいてぇ…絶対、今の角で叩いたぞ!

 

「で、お前は自己紹介もまともにできんのか?」

 

「ち、千冬姉!なんでここに!?」

 

「織斑先生だ」

 

ゴつんっ!

 

俺は叩かれる力が強すぎて机に頭を強打する。後頭部とおデコに名状しがたい痛みが襲ってくる。一体如何やったらこんな威力出せんだよ…!我が姉ながら本当に人間か疑うぜっ…

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。

その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。良いか、良いならはいと返事をしろ。良くなくてもはいと返事をしろ。私の言葉にははいと返事をしろ」

 

クラスは静寂に包まれる。流石に最後の台詞はねぇよ、千冬姉。クラスの皆だってドン引きしてるはzーー

 

「「「キャアアアァァアァ!!!」」」

 

ああぁああああ!み、耳が!?頭が痛ぇのに耳まで痛くなってきやがった!!てか、今の奇声をあげるとこだったのかよっ!?

 

「ほ、本物の千冬様よー!」

 

「ずっとファンでした!!」

 

「私は北九州から来ましたぁ!!」

 

な、成る程な…確かに、千冬姉はISにおいての高い実力にふまえ、強いカリスマ性を持っている。さらに、身内贔屓を抜いても、すこぶる綺麗な容姿をしているから世界から絶大な人気を誇っている凄い人だ。

過去に一つだけ、千冬姉の取材が載った雑誌があった。その雑誌は創刊以来最高の売り上げを誇り、初版はプレミアが付いて一冊十万円で取引される程だ。まあ、家には観賞用と保存用で二冊あるんだけどな。ち、千冬姉には内緒だぞ!

だから、この歓声は分からなくもねぇけどさ…当の本人である千冬姉はさっきよりも呆れた顔をしている。

 

「全く、毎年毎年よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。私のクラスに集中させているのか?」

 

「もっと叱って!罵って!!」

 

「そしてつけあがらないように躾して!!!」

 

やっぱり、千冬姉は凄いなぁ…弟ながら誇らしいよ。色んな人に尊敬されているとこも、そんな眼差しを何でもないかのようにさらっと流すとこも。

やがて、千冬姉は手を叩いて静寂を促す。すると、さっきまでの喧騒が嘘であったようにピタリと止む。す、すげぇ…

 

「さて、もう自己紹介の時間は終わりだ。と言いたいところだが、最後に貴様達に紹介したい人物がいる。入ってこい、杠」

 

えっ、杠って。ま、まさか…桜華なのか!?

俺は気持ちが先行して思わず席を立ってしまう。だって、桜華だったら…男が俺だけじゃなくなる上にこれからの学園生活への不安がかなり削がれる!!

固唾を飲みながらまじまじと教室のドアを凝視していると、俺と同じIS学園の制服を着用する、桜色の髪を大切に伸ばして前髪で目立つからという理由で紅い目を隠している、俺の家の同居人である人物が入ってきた。

其奴は千冬姉の横まで歩を進め、俺達の方に向いて口を開く。

 

「は、初めまして!杠桜華です。一年間よろしくお願いします」

 

俺の不安でしかなかった学園生活に、一つの光が差したような気がした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告