インフィニット・ストラトス 『罪の王冠』(リメイク版) 作:超占時略決
Side 桜華
「はぁ…はぁ…」
身体の節々が痛いし、足の震えが止まらない。それに、呼吸も荒い。
ここまで聞くと、まるで重傷しているようにに聞こえるかもしれないけど、そんなことはない。
ただ、僕は何時ものように楯無にボッコボコにされただけだ。けど、今日のは何時もとは違う所がある。それは、早朝であること。そして、生身であること。
何故、このような状況になったのかと言うと…物語は昨日から始まった。
ホワホワホワホワーン…
突然、僕の引っ越し作業を手伝う手を止めて楯無は言った。
「桜華くん、護身術には興味はないかしら?」
「うーん、アリかナシかで言ったらアリだね」
えらい急だなー、なんて思いつつも正直に返す僕。
実際、僕は世界で二人しか居ない男性IS適合者だから、誘拐とか襲撃とか絶対あるに決まってる。そうなった場合、生身でも自分の身は自分で守れるぐらいにはなっておきたいよね。
「私が教えてあげよっか?」
「けど、前にこれからは忙しくなるって言ってなかったっけ?」
そのせいで、僕の特訓に割く時間がなくなる。そういう話だったはずだけど。
「朝にすればいいのよ」
「あー、なるほど!じゃあ、教えてもらってもいいかな?」
「ええ、いいわよ」
「朝よ。起きなさいこの豚野郎」
「朝から罵声はやめテェェェ!!」
「けど、目が覚めたでしょ?」
「ぐぬぬ…」
こんな感じで寝てるのを叩き起こされた僕は、寝ぼけながらジャージに着替えて、グラウンドに向かった。僕はMじゃないよ?誤解のないように言うけどね。
ババーンッ!!
「今日から毎日、朝は何をするにもまず走りなさい」
六時ニ〇分。グラウンドに着くと、上は白いジャージを着てるのに下は何故かブルマを履いている楯無が居た。ばっと広げた扇子には『熱血!!』と字に合わせてか朱色で書かれている。
何処から鳴らしたか分からない効果音と、楯無の不埒な格好はスルーするとして、走るのか…
「このグラウンドは一周五キロあるから、一日一周してもらうわよ」
「このすんごくて、広いグラウンドを一周!?」
「立ち止まるのをやめたんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言った所を見るに、楯無と黛さんは繋がってるんだろう。はぁ、憂鬱だなぉ…
「は、はい…やらせていだだきます」
こうして、僕はグラウンドを走ることになったんだけど、やっぱり、しんどいよぉ…足が縺れて何回も転んじゃったし、何度も立ち止まっちゃった。
身体がボロボロになっていく僕を見て、馬鹿にしたように笑ってる女の子達が沢山居た。
朝から精が出ますね。女尊男卑主義者って早起きしないといけないのか…お疲れ様です。
何て思いながら走っているときにふと楯無を見ると、笑っていなかった。それどころか、真剣な表情で僕を見てくれていた。ドロドロになりながらも、走る姿をまじまじと見られて恥ずかしかった。
けどね、それ以上に僕は嬉しかったんだ。何時も巫山戯たり揶揄ってきたりするのに、こういうときには真摯に付き合ってくれてるんだって思えてね。
だからだろうか、何とか走りきることができた。
「ぜぇーっ、ぜぇーっ」
「やればできるじゃないの?ほら、これでも飲む?」
楯無はスポーツドリンクとタオルを僕に差し出してきた。楯無に対する僕の好感度がぐんぐんと上がっていく。
「はぁ、はぁ、うん…ありがとう、楯無」
僕はスポーツドリンクを受け取るときに少し触れた楯無の手は暖かくて、顔が熱くなっていく。
このままだと、何かの拍子に楯無のことを好きに…っ!いや、そんなことあってたまるか!一生揶揄われるに違いない!!
「じゃあ、少し休憩したら次は道場に行くわよ」
「わ、分かった…」
「ちなみにそれ、私の飲みかけだから」
ブウゥーッ!
僕は思わず、口に含んでたスポーツドリンクを吹いた。さっきまで上がっていた好感度が大暴落したのと同時に、揶揄われてたんだと気づいた僕は、
「ムカつくムカつくムカつくぅぅぅぅ!!」
叫んでいた。
恥ずかしさや怒りやらで頭の中がごちゃ混ぜになったまま、楯無と道場に向かった。
道場に着いてからさっき渡された柔道着に着替えると、僕を待っていたのは柔道着姿の楯無だった。今度はちゃんと着てるんだね、良かった良かった。
「じゃあ、今から桜華くんにやってもらうのは、どんな手を使ってもいいから私から一本取ってみなさい」
「えー」
「何かな?」
「生徒会長って生身も含めて学園最強って、前に言ってなかったっけ?」
「ええ、言ったわ。
でも、それが如何かしたの?何かと理由をつけて逃げるつもり?」
僕:さっきまで休憩を取っていたものの、グラウンドを走ってもうくたくた。おまけに格闘技経験は〇。
楯無:僕の走りを見てただけで、身体を動かしていない。そして、二年生にして学園最強。
これは何かの縛りプレイなのか…?
「来なさい、立ち止まってるだけじゃ強くはなれないわ」
えー、ほんとにやるの?嘘でしょ…
そりゃあ、昨日は黛さんに茶番を真実かのように言いました。けど、それだからって昨日の今日でいきなりーー
はい、ごめんなさい。やりますやらせていただきますだからそんな豚を見るような目で見ないでください勘弁してください。
「うぉおおおお!!」
「あらあら、如何したの?そんな遅い拳じゃあ当たるものも当たらなくなるわよ」
気合いを入れてがむしゃらに手を出すも、楯無はひらりひらりと舞い遊ぶように躱す。
遅いっていうなら今日の所は勘弁してよぉ!この鬼畜ぅ!
「あら、足元ご注意」
楯無が姿を消したかと思えば、視界が九〇度傾いて脛がじんじんと痛む。どうやら、僕は足払いをされたみたいだ。
って!そんな落ち着いて考えてる暇はッ!?
「ぐふぇっ!!」
右半身を畳に打ちつけてすごく痛い。それに、舌をちょっと噛んじゃったしもう嫌だよぉ…
倒れた体勢のまま上を見ると、楯無が僕の首に手を添えながらニヤニヤ笑っている。
「はい、一丁あがり!」
「ほ、本当、楯無は強いな」
「そりゃあ生徒会長だもの。立てる?」
格闘技の経験がない僕が分かるほどに、楯無は強さの次元が違う。一体、どれだけ頑張ればそんなに強くなれるんだろう?
そんなことを考えながら、僕に差し伸べられた手を掴もうとして、やめた。普通なら迷わず取る場面だろうね。そう、
「私の手を取らないなんて…男の子ねぇ」
「いや、最初から取らせる気なかったよね!?」
「そんなことはないわ」
「だったら、何で手をグーにしてるのさ!!」
「さ、桜華くんが立ったことだし再開しましょ!」
この後僕は、楯無に何度も何度も畳に叩きつけられた。
ホワホワホワホワーン…
「貴方、結構持つわねぇ。意外と根性在るんだ?」
「誰が、ここまでぇ、やったと、思って…」
そう言いつつも、僕は根性がある方なのかもしれない。バッタバッタとなぎ倒されている間に、僕は楯無にぎゃふんと言わせる方法をずーっと考えていたんだ。
そして、ついさっき良い案を思いついた。上手くいけば、楯無から一本取れるかもしれない…
「次で最後にしてあげるから、がんばりなさいな」
次で最後、ねぇ。
ちょうどいい。最後だと思えば、身体の痛みを我慢できる…ふふっ、そうして楯無に黒星をつけさせてやる!
おっと、今は落ち着いて息を整えるんだ。焦るんじゃない、チャンスは絶対に来る…痛みを我慢してもちょっとしか動けない。だから、楯無から近づいてもらうんだ…!
「ちょっと。聞いてるの?意識ある?」
僕の意識が朦朧としてると思ったのか、楯無がこっちに近づいてくる。その思いやりを仇で返してくれようぞ。
だけど、楯無はまだ遠い。もっとギリギリまで動くのを我慢して、出来るだけ惹きつけるんだ…
「本当に大丈夫?」
僕と楯無の距離は約五メートル。まだ…まだ動くには早いし、それに今の僕だったら届かない。
「ねぇ、桜華くん?」
三メートルを切った。
キタ!フラグを乱立させたら回収されないってほんとのことだったんだね!!
「うぉおおおおっ!!」
力を限界まで振り絞って畳を蹴った。足がピキピキッと鳴った気がするけど、今は無視だ。
そこまでしても、僕が出したスピードは遅いかった。だけど、楯無は僕が動くと思っていなかったんだろう、咄嗟に構えるも素人目で見ても隙だらけだった。
楯無との距離、五〇センチ未満。僕は、引き絞った右腕を楯無の胸の辺り目掛けて伸ばした。
「届けえぇぇぇ!!」
僕は、あのときに見た彼のように、ヴォイドを取り出すんだぁぁぁぁ!!
ボインッ!
「えっ?」
右手は楯無の胸を貫いたとは思えない感触だった。しかも、柔らかい?
もみっ、もみっ…
右手に当たったものはすごく柔らかくて弾力もある。そして、布越しだけど仄かに暖かい。
「いやんっ」
「えっ、ええええええ!!!」
楯無の胸を鷲掴みしている、だと!?い、いい一体全体何がどうなってこうなったーー
まさか、ヴォイドを取り出すのに失敗したッ!?
「うふぅっ!」
腹に強い痛みを感じたと同時に、身体が浮遊感に襲われた。どうやら、僕は楯無のボディーブローを喰らったようだ。
「乙女の胸を揉んだ罪は重いわよ」
そして、僕が少し宙に浮いている間に、楯無は僕が視認できない速さで拳を繰り出した。痛みから察するに、肩・胸・腹を何発も殴られたみたいだ。
バタァアンッ!!
「ぐふぇっ!」
「貴方の罪を数えなさい。」
「すいま、せん、でし、た…」
今日の中で一番強く畳に激突して、そのまま意識を手放した。
水をぶっかけるという、雑な起こし方で気絶から目覚めた僕は、楯無に誠心誠意を込めて人生で二度目の土下座をした。
理由は、アレだよ…アレ。ボディーの一部をタッチしちゃったんだよ。それ以上は聞かないでください。
まぁ、兎に角僕は楯無に謝罪したわけだけど、楯無は条件つきで許してくれたんだ。
食堂のゴー☆ジャスパフェ一つ奢ることと、生徒会に入って楯無の仕事を手伝うことで。楯無の仕事を手伝うに関しては、色々とお世話になってるから良いんだけどパフェが、ね…
あのパフェ、実は一つで一七五〇円する、ゴージャスの名に相応しい一品なんだ。食堂のスイーツメニューの中でも断トツで高いお値段にして、人気のある商品の一つらしい。布仏さんによると。
昨日の布仏さんと今日の楯無で、僕の財布はからっからだよ。あはははは…ぐすん。
「おはよう、杠くん」
「おはようございます…」
ボロボロの身体を引きずってとぼとぼ歩いていると、クラスメイトの相川さんに挨拶された。
相川さんといえば、この前セシリアがクラスの皆に謝ったときに最初に拍手をしてくれて、あのときの行いは許そうムードにしてくれた人だよ。あのときは、ほんとにありがたかったね。
「大丈夫?しんどそうだけど…」
「大丈夫です…心配していただいてありがとうございます」
「そ、そんなお礼だなんて…!」
「おっはよ〜、ゆずリン!キヨキヨ!
ねぇ知ってる〜?今日は一組と二組に転入生が来るんだって〜」
後ろから現れた布仏さんに挨拶を返した後、挨拶の後に言っていたことについて考える。
転入生…まだ、四月に入って二週間も経たないうちに転入だなんて、ちょっと可笑しくないかなぁ?これもやっぱり、僕と一夏の存在が大きいのだろうか。
「何でも〜、一組にはフランスの代表候補生、二組には中国の代表候補生なんだって〜!」
フランスに中国、か…それぞれの国で思い浮かぶ人が居る。
フランスは、僕が記憶を失ってから叔父さん叔母さんが事故で亡くなるまで生活してた、小さな村で仲が良かった金髪の女の子。いわゆる、幼馴染だね。
そして、中国は一夏のことが大好きで仕方がない、典型的なツンデレ茶髪ツインテールの女の子。その子は僕にとって、気兼ねなく接することが出来た数少ない女の子の友達なんだ。
まさか、ね。この二人が転入生の正体だった!みたいなこってこてのラノベにありそうな展開はーー
キュピーンッ!!
「ゆずリンどしたの〜?身体がビクビクゥってなってたよ〜」
「少し、寒気がしまして…」
シックスセンス、勘が告げた。今のはフラグだと…
もう、絶対バタバタするんだろうなぁ。セシリアとの蟠りもなくなったし、ちょっとはクラスメイトと打ち解けてきたのに…
「とりあえず、教室に入ろうよ」
「そうですね、入りましょう」
教室に入ると、一夏の席付近に人だかりが出来ていた。そして、そんな人だかりをセシリアが遠目に見ていたので、声をかけてみた。
「おはよう、セシリア」
「おはようございます、桜華さん」
「そういえば、今日一組と二組に転入生が来るらしいね」
「そうらしいですわね。あちらの方がその転入生ですわよ」
「そうなんだぁ」
セシリアが示した方向はやっぱりというか、人だかりのある場所。すなわち、一夏の居る所だ。じっくりと見てみると、ツインテールがぴょこぴょこと見え隠れしている。
「やっぱり、鈴なのか…」
僕の声に気づいたのか、人だかりから如何やってるのか知らないけど顔をこっちに向けた。
今、結構小声で言ったんだけどなぁー。出来たら、今は気づいて欲しくなかったなぁー。だってさ、もう千冬さんが教室にいるんだもの。
「あんたが何でここにいるのよ!桜華!?」
「お前こそ何故ここに居る?」
バシィンッ!
「久しぶりの再会なのに何ーーち、千冬さん…」
「織斑先生だ、凰。さっさと自分のクラスに戻れ」
「は、はい!」
千冬さんにビビったのか、鈴は脱兎のごとく一組から出ていった。
鈴が行ったし、これで何の問題もなく自分の席に座れるよね!なんて思っていた矢先、誰かに思いっきり胸倉を掴まれた。
「い、い、今の方は!ど、どんな関係ですの!?」
「そ、そうだよ!まま、まさか付き合ってッ!?」
「おもしろい展開になったねぇ〜!」
「お、落ち着いて!セシリア、顔が近い!近すぎるからぁ!!
相川さん、僕と鈴がそんな関係な訳ないじゃないですか!ていうかポカポカ殴らないでぇ!!
布仏さん!笑ってないで二人をなだめて!ああ、僕を置いて席に座ろうとしないでぇ!!」
今のセシリアは目が血走っていて、すごい怖いし、相川さんは殴ること自体は痛くないけど、振動で身体が揺れてめちゃくちゃ痛い。
ああ、終わった…千冬さんで左右の手で一つずつ得物を持ってるしDAO5、鈍痛が頭に襲う五秒前だよ。
「これが落ち着いていられますか!?」
「落ち着けるわけないよ!?」
バシバシバシバシバシィインッ!
「さっさと席に座らんか、馬鹿者共」
千冬さんの手から離れた得物、出席簿と必読と書かれたISの参考書は意志を持ったかのように、出席簿は篠ノ之さん・セシリア・相川さんに、ISの参考書は一夏・僕の頭にぶち当たり、千冬さんの手に戻った。
当たり前のようにやってるけど、物理法則無視してませんか?気にしたらだめですか、あっはい。
「今日は転入生を紹介する。
デュノア、と千冬さんは言った。
けど、教室に入ってきた人の姓はデュノアじゃなくてマルシェだったはず…いや、けどなぁ。間違いなくシャルだよなぁー。
「フランスから来ました、シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします」
金色の髪は後ろで束ねて、中性的な顔つきはどこか懐かしさを覚える。そして、アメジストの瞳は出会った頃から変わりなく綺麗な僕の幼馴染。
シャルロット・マルシェ改め、シャルロット・デュノアが一組に転入して来た。やっぱり、勘って当たるものなんだね…
そして、シャルが僕を見て微笑んだとき、左隣の席からピキッと音がしたのは気のせいだよね?