博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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第八話 自覚無き少女は予感する

 

 

「では、私はこの辺りで」

「あ、はい」

 

 改めて言った美鈴の言葉が合図になり、この場はお開きとなった。

 美鈴は軽く会釈をして、森の中へ消えていった。

 道なき道を、まるで舗装された道を歩くかのような自然な足取りで去っていくその姿に、水蛭子は妙な違和感を感じた。

 

「……なんの妖怪なんだろう」

 

 水蛭子は紅美鈴と名乗った彼女が、どういった妖怪なのか気になっていた。

 足運びは武人のソレ、しかし武道の心得をもった妖怪なんて聞いたことがない。

 名前も聞き覚えのない不思議な名前だった事から、水蛭子は美鈴を外来の妖怪なのかもしれないと見当をつけた。

 

(ま、いいや)

 

 害の無さそうな妖怪であったから、それ程警戒しなくても大丈夫だろうと考えた水蛭子。

 しかし水蛭子は美鈴が見えなくなった後も、彼女の去っていった森を少しの間眺めていた。

 

 

 

 

 森の中を歩きながら、美鈴は思考に耽っていた。

 

 先程の変な人間。

 容姿は一見普通の黄色人種で、肩までの黒髪に茶色の瞳。

 整った顔立ちをしているが、派手な衣服は身に着けておらず、言ってしまえば地味。

 唯一印象に残ったものといえば……。

 

 人とも妖怪とも異なった、異質なオーラ。

 

「……彼女は一体なんなんだ?」

 

 彼女の纏う気は、美鈴が知っている人間のソレではなかった。

 人ではあるが、明らかに異質。

 本来ならば人間には嫌悪されるべき存在。

 

 しかし彼女の言動から鑑みると、どうやら彼女は人里の社会に受け入れられているらしい。

 それは何故?

 

「何故あんなのが(うと)まれないの?」

 

 彼女が受け入れられるなら、あの子(・・・)だって受け入れられる筈だ。

 この地なら、あの子も……。

 

 胸の中に沸き立つ感情に、次第に美鈴の表情は険しくなっていく。

 その時、美鈴の肩を誰かが叩いた。

 

「こんな所でボーッとして……どうしたの?」

「……咲夜さん」

 

 意識を戻し、不思議そうな顔をしている少女を見る。

 どうやら、いつの間にか自身が仕えている屋敷へ戻ってきていたようだ。

 

 美鈴は「ふー」と一つため息を吐くと、無言で少女の銀色の髪を撫ではじめた。

 突然撫でられた事に困惑した少女は、美鈴の顔を慌てて見上げる。

 

「ちょっ……な、何よ?」

「いえ、特になにも」

 

 我が子を慈しむような手つきで少女の髪を指で梳かし、美鈴は優しく微笑む。

 そんな彼女に少女は頬を桃色に染めながら抗議した。

 

「も、もう! やめなさいってば!」

「あはは、すみません。なんか無性に撫でたくなっちゃって」

「……変な事言ってないで、早く屋敷に戻ってよ。美鈴が居ないから妖精メイドたちが好き勝手して困ってるの」

「おやおや、それは大変ですね! 急いで戻ります!」

 

 少女の言葉に少し大げさなリアクションをしながら美鈴が歩きはじめる。

 少女も美鈴の隣に並んで屋敷の玄関へ向かった。

 

 

 

 屋敷に入ると、まず初めに花瓶に頭を突っ込み、足をバタバタさせている子どもが目に入った。

 

「……」

 

 美鈴は無言で花瓶をコツンと小突く。

 すると花瓶がパカンと小気味の良い音を立ててバラバラに砕け、中から女の子が出てきた。

 背中から透明な羽が生えており、身長はとても低い。

 

 涙目の女の子に美鈴は苦笑しつつ脇に手を入れて立たせ、ポンポンとその頭を軽く撫でた。

 

「しょうがない子ですねぇ、咲夜さんの言う事を聞かないからこういうことになるんですよ?」

 

 その言葉に女の子は少ししょぼくれた表情になる。

 子どもっぽい彼女の反応に、美鈴は再び苦笑しながら話しかけた。

 

「貴女は賢いんですから、その気になればなんでも出来るでしょう? 私を助けてくれていた様に、咲夜さんの事も助けてあげてください」

「!」

 

 女の子は美鈴の言葉に何度か頷いた。

 突然元気になったその姿を見て、美鈴は優しげに微笑む。

 

「さ、お仕事に戻りましょうね」

 

 女の子はもう一度大きく頷くと、廊下の奥へと飛んで行ってしまった。

 女の子が去っていった方を眺めながら、銀髪の少女……咲夜がため息を吐く。

 

「あれで私の命令も聞いてくれれば問題ないんだけど」

「うーん……咲夜さんは少し高圧的というか……。妖精は気まぐれですから、もっと柔らかい態度で接すれば彼女たちも従ってくれると思いますよ」

「……高圧的なつもりは……ないんだけど」

 

 しょぼくれた様子の咲夜を見て、美鈴は「あぁ」と神妙な表情で頷く。

 

「なによ」

「いえ、咲夜さんは出会った時から表情も言葉使いも硬いですし……なんというか、それが素の態度なんですよね」

「……直した方が良いわよね?」

 

 そう言って咲夜が美鈴を見た。

 美鈴の方が背が若干高いため上目使いになってしまっている。

 そんな咲夜を見て美鈴は「そんな、とんでもない」と言って柔らかく笑った。

 

「私は今の咲夜さんが好きですよ」

 

 パチクリと瞬きを二つして咲夜が固まる。

 

「とはいっても、あの子達への接し方は変えた方が良いかもしれませんねー。もうアナタは立派なメイド長なんですから、私がいなくても彼女達をしっかり纏められる様にならないと」

「なら、やっぱり」

 

 顔を俯かせる咲夜に、「いやいや」と美鈴が言葉を挟む。

 

「別に貴女のアイデンティティを曲げる必要なんてないんですよ。やり方を変えてみれば良いんです」

「……よく、分からないわ」

「私も一緒に考えますから、頑張りましょう?」

「でも、美鈴は別の仕事もあるし、迷惑でしょう?」

 

 すっかりしおらしい雰囲気になってしまっている咲夜の言葉に、美鈴は大きくため息を吐きつつ首を横に振る。

 

「あのですね、他でもない咲夜さんの為なんです。門番や庭の手入れもそこまで忙しくないですし、気にしないでください」

「でも」

「さっきも言いましたけど、私は今の咲夜さんが好きなんです」

 

 美鈴は柔和な笑みを浮かべて優しく言葉を紡ぐ。

 

「咲夜さんの可愛らしい笑顔が好きですし、クッキーを焦がしてしまってとても焦っている咲夜さんはとても愛らしいです。それに今みたいに砕けた口調で話してくれるのが私に対してだけだと思うと特別な気分になれますし……あれ? 何が言いたいんでしたっけ」

 

 美鈴が首を傾げる。

 それを見て咲夜は一瞬ポカン表情を呆けさせると、次の瞬間には可笑しそうに笑い始めた。

 美鈴は恥ずかしそうな表情で腕を上下する。

 

「わ、笑わないでくださいよー!」

「ふふ……ご、ごめんなさい可笑しくって……」

 

 そう言って咲夜は再度肩を震わせる。

 それを見て美鈴は「もう!」と怒ったような声を出しそっぽを向いた。

 

「とにかく、咲夜さんは今のままで良いんです! 妖精メイドたちへの接し方はまた考えますから」

「……ありがとう美鈴」

 

 咲夜が穏やかな笑みを浮かべ言った。

 

 そんな二人の背後から、コツコツと間隔の狭い足音が迫っていた。

 

 妖精メイドは基本的に飛んで移動するので、歩幅の狭い人物と言ったらこの館では一名に限られる。

 二人は背後を振り向き、足音の主に一礼をした。

 

 

「おかえり美鈴。どんなヤツとお話ししてきたのかしら?」

 

 

 一見すると、幼い少女。

 蒼みがかった銀髪と白い肌は、大凡東洋の血を感じさせるものではなく、妖しく鈍い光を放つ紅の瞳が彼女の周りの雰囲気をも厳かなものに変えている。

 そして背に生えた悪魔的な羽が、彼女が人外の存在であるということを主張していた。

 

 美鈴は先程とは打って変わった、真面目な表情で報告する。

 

「八十禍津水蛭子という人間の少女と出会いました」

「人間? ふーむ、見えたのは人間なんかじゃなかったんだけど」

 

 幼い少女は眉を(ひそ)(あご)に手を当てて考え込む。

 見た目に反して、その仕草は妙に様になっていた。

 

「あくまで自称だったので本当に人間なのかは定かでは無いのですが……」

「ではお前の目から見て、どう感じた」

「雰囲気は人間だったんですが、どうも気がハッキリしなくて」

「……なるほど。道理で見え辛い筈だ」

 

 幼い少女が目を細め口角を上げる。

 

「ご苦労だった。仕事に戻りなさい」

「わかりました」

 

 美鈴に労いの言葉をかけると、幼い少女はクルリと背を向けた。

 そして横顔に向けて、口を開く。

 

「咲夜」

「なんでしょう」

「今日は客人が来る。もてなしの準備をしておけ」

「……承知いたしました」

 

 咲夜は「客人」という長い間聞かなかった単語を不思議に思ったが、直ぐに了承の言葉を口にし、少女の背に深々と頭を下げる。

 少女は満足そうに頷くと、やって来た廊下を戻っていった。

 

「「……?」」

 

 幼い少女が見えなくなると、咲夜と美鈴は顔を合わせ、首を傾げた。

 

 

 

 

 水蛭子が人里への道を歩いていると、何処からか声がかかった。

 

「水蛭子」

「?」

 

 不意の呼びかけだったので、キョロキョロと辺りを見渡す。

 聞いた事のある声だった。

 

「……紫さん?」

「上よ、上」

「うえ? おぉぅ……」

 

 言葉に従って上を見てみると、空間の切れ目から紫が顔を覗かせている。

 いつも上から来るな……と激しくなる動悸に胸を抑えながら、水蛭子は紫に話しかけた。

 

「どうしたんですか?」

「話があるの、ちょっと着いてきてくれないかしら?」

「今からですか?」

 

 水蛭子の問いかけに笑顔のまま無言で頷く紫。

 その笑顔がイタズラっ子のソレだったので、水蛭子は疲れた空笑いを浮かべた。

 

「別にいいですけど……一体何処に?」

「んふふ、秘密~」

 

 そう言うと紫はのろりと地面に降り立ち、入りやすい位置に再度スキマを開けた。

 

「便利ですねぇ、その能力」

「でしょう? 私だけしか使えない、私だけの能力なんだから」

 

 得意げに胸を張る紫に、水蛭子はほんわかした気持ちになる。

 先程までの疲れた空笑いを、ニコニコとした柔らかなモノに変えた。

 

 それから少しのやり取りの後、スキマに入って行った紫に水蛭子も続き、まずは顔だけを覗かせてみる。

 

「うわぁ」

 

 慣れなさ過ぎる光景にドン引きした声を上げる水蛭子。

 スキマの中では、目玉がギョロギョロと動き、手がうねうねと此方に迫って来ていた。

 

 控えめに言って滅茶苦茶キモい。

 

「あのー、これ大丈夫なんですか?」

「害を与えてくることは無いから心配しないでいいわよ。さ、着いてきて」

 

 流石に慣れているのか、鼻歌を口遊みながら紫がスキップで進み始める。

 スキップにこなれてる感じがまた可愛いと、口角を上げながら水蛭子がその後ろを着いていく。

 

 少し歩き、ふとした疑問を水蛭子は感じた。

 

 目玉と手があるだけで道という道も無いこの空間で、紫の足取りには迷いが一切ない。

 しかし慣れれば分かるものなのかなと、水蛭子は一人納得した。

 

 

 数分ほど進んだ後、紫が立ち止まった。

 

「着きました?」

「ううん、ちょっと藍と橙を拾ってくるから、ここで待ってて頂戴」

「……えっ!?」

 

 この気持ち悪い空間で一人待つのが滅茶苦茶嫌だった水蛭子は着いて行きますよと自信の無い愛想笑いをしながら言った。

 紫はそれに悪戯っぽい笑みを浮かべて頷く。

 

 あ、コレおちょくられてるわ、と感じた水蛭子はまた空笑いをした。

 

 

 スキマから降り立つと、そこは紫達の住んでいる家の玄関だった。

 わざわざ玄関にスキマを開いて土足を脱ぐ辺りに、大妖怪の変に律儀なところを感じる。

 

 この前一緒に食卓を囲んだ居間へ行き、紫がカラリと襖を開けた。

 

「そうそう、そこの端と端を合わせて……あら、おかえりなさい紫様」

 

 藍が橙に折り紙を教えているところだった。

 

「(藍さんって、前から思ってたけど滅茶苦茶お母さんっぽいわね……)」

「藍、橙。殴り込みに行くわよ」

「えぇ……? 一人で行ってください」

 

 ニコニコとした笑顔で結構暴力的な発言をする紫に、藍が物凄く迷惑そうな顔をする。

 殴り込みとは聞いていなかった水蛭子が後ろで「え?」と声を漏らした。

 

「……殴り込みは嘘だから着いてきなさい」

「いやでも、今から昼食の準備しようと思ってたんですけど」

「いいから着いてくるの!!」

「ちょ、なんで怒るんですか! そもそも行き先も教えられてないのにホイホイ着いて行くわけがないでしょう!」

 

 行き先教えられてないのにホイホイ着いてきた人間がここに一名居るが、水蛭子は敢えて口にしなかった。

 

「来れば分かるから!」

 

 紫が地団駄を踏んで怒鳴る。

 もの凄く迷惑そうな顔をした藍がそれに対抗して大声を出す。

 

「やですよ! 紫様がハッキリ物言わない時は面倒事の時って決まってるんですから!!」

「あ、あーッ! ご主人様にそういうこと言っちゃうんだ! ふーんじゃあもう良いわよ! 水蛭子と二人で行くから!!」

「水蛭子?」

 

 藍が不思議そうな顔をして水蛭子を見る。

 そして柔らかい笑みを浮かべて挨拶をして来た。

 

「あら、いらっしゃい」

「こんにちは藍さん」

「こんにちは。ほら、橙も挨拶しなさい」

 

 藍が促すと、橙も恥ずかしそうに会釈する。

 ほんわかする心にだらしない笑みを浮かべながら、水蛭子は頷いた。

 

「はい、こんにちは」

 

 それからよしよしと橙の髪を撫でると、橙は嬉しそうに目を細めた。

 

 水蛭子がふと気付き横を見ると、紫が何故か悔しそうな顔で此方を見ている。

 

「……ど、どうしました?」

「ついこの間知り合ったばかりなのに、なんでそんなに仲良くなれるのよ……」

「え?」

 

 もしかして嫉妬しているのだろうか。

 昔と比べて豊かな感情を持っている紫に、水蛭子は感心した様に頷く。

 昔の胡散臭く、異様に突き刺さる眼差しが幼心には恐怖だった水蛭子には、それがとても感慨深い物に感じたのだ。

 

「(人って変わるものなのね)」

 

 

 紫が「一緒に行くのー!」と駄々をこね出した辺りで、藍も思わず苦笑いを浮かべながら仕方なさそうに重い腰を上げた。

 

 四人パーティになった水蛭子達はスキマの中の空間に戻った。

 紫と藍が前方を行き、水蛭子と橙が後ろを続いて行く。

 前方組の二人がなんだか真面目な表情で会話しているのを見て、自分達が入れる隙が無いと判断した水蛭子は、隣を歩く橙に話しかけた。

 

「橙ちゃんは何処に向かってるのか知ってる?」

 

 問いかけに橙は横に首を振る。

 

「そっかー、どこに行くんだろうね」

 

 何かが始まる予感を感じながら、水蛭子は笑顔で言った。

 

 




ご存知だと思いますが、水蛭子は大体の女の子の大体の仕草に癒しの波動を感じる体質です。
割とストレスフリーな性格をしています。

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