博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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第三十五話 幻想の騒霊は忘れていない

 

 あらぬ方向に進んでいくアリスを必死に引き止め、懇切丁寧に帰り道を教えた水蛭子と魔理沙。

 それでも何度か初動の方向を間違えるもんだから、最後には呆れた顔をした霊夢さえも加勢に入った。

 あれ、コイツもう連れて行った方が安全じゃない?と三人が話し合い始めた頃、ようやくアリスは風上へと進み始めたのだった。

 

 無事に正解の方角に去っていった彼女を見送りながら、げっそりとした表情で魔理沙が一言。

 

 

「……なあ、今度アイツに絶対分解できない方位磁針をやろう。こんなことはもう二度とごめんだぜ」

「そうね。最後らへんはちょっと、イライラしてきちゃったし……」

「水蛭子が我慢出来ないって相当ね」

 

 

 普段あまり見ることの無い、座った目を細めている水蛭子に霊夢が苦笑した。

 

 さて、とかなり時間を使ってしまった彼女たちは休息もそこそこに再び進み始める。

 既に辺りは真っ暗で、自然の明かりは白銀を掻き分けるように差し込んでくる月光だけだ。

 疲弊もそれなりに蓄積している筈だが、アリスから貸してもらった人形のお陰で寒さによる疲れは無くなっている。

 

 そうして一刻ほど、流れてくる春を手繰りながら進み続け。

 

 遂に、彼女たちは行き着いた。

 

 

「……本当に、穴が空いてる」

 

 

 灰色の世界に現れたのは、真一文字に切り開かれた巨大な『刀傷』。

 その隙間からは、盛大に咲き誇る桜の群れが見えた。

 

「どうやらあっちは、万引きした『春』でお花見シーズン真っ只中みたいね」

「ズルい……私達もお花見したいのに……」

 

 水蛭子が口を尖らせながら羨ましげに言った。

 

 初めて見る冥界は、彼女を含め他二人が想像していたより、遥かに華やかだった。

 それもその筈で、冥界は元来より四季折々の花が年中咲き乱れる優美な空間である。

 しかしそれでも、等に花見時を終えている筈の皐月という季節に桜が満開になっているのは、一重にそれが春の『亡霊』だからということに他ならない。

 

 それを再確認した三人は、この裂け目の向こうに異変の元凶が居ることを確信する。

 

 

「行こう」

 

 

 水蛭子が裂け目の向こうへ進もうとした、その時。

 

 

 ♪~、♪~、、

 

 

 なにかの弦楽器を弾く音色が響いた。

 

「え」

 

 その音の流れはとても清らかな印象を持たせるもので、いよいよ黒幕と相まみえるつもりであった彼女たちの心を異様なまでに落ち着かせる。

 三人が裂け目から視線を外し、音を奏でる主を探そうと首を動かすが、降雪を木霊する音色の元を探すことは直ぐには出来ない。

 

 少しして、もう一つ別の種類の音が聞こえてくる。

 

 

 ♪♪、♪♪♪~

 

 

 次は管楽器。恐らくはトランペットの音色だった。

 激しくも、時折さざなみのように静かなリズムを奏でるそれは、先程まで落ち着いていた三人の心に熱い何かを吹き込んでいく。

 

 

 ♪、♪、♪♪、♪

 

 

 二つの音色に翻弄される彼女たちに最後に送られたのは、鍵盤楽器の音律。

 その音色の緻密な諧音は、弦楽器と管楽器が奏でる曲に溶けるように交じり、鬱と騒が入り乱れていたそれを『幻想』へと変えていく。

 

 最後の音色によって完成された音楽が、それまで乱されていた三人の心に平穏をもたらした。

 

 

「……素敵な曲」

 

 

 お互いの存在をぶつけ合うような全く別の音同士が、鍵盤の音色によって調律された音楽。

 

 それはまるで人と妖怪、そしてその二つの均衡を保つ存在がいることで成り立っている、この幻想郷自体を如実に表現しているようだった。

 

 故に水蛭子は、この曲に心を奪われる。

 彼女の中の琴線が、揺れる、揺れる。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 チルノが繰り出す怒涛の弾幕を、咲夜は時折能力を発動させながら危なげなく躱していく。

 それなりに長い間続いた氷の奔流の勢いが弱まった事を確認しながら、咲夜は一息ついた。

 

「そろそろスタミナ切れみたいね」

 

 呟くように言ったのと同時、弾幕の雨がピタリと止んだ。

 宙を舞う弾幕の残滓が風に流され、ブリザードさながらであった空には元の落ち着いた粉雪が落ちてくる。

 

 それまで弾幕に隠され姿を視認できなかったチルノの姿を、咲夜が視界に捉えた。

 

「……なんで、当たらないの?」

 

 息を荒くしたチルノが、悔しそうに目を細める。

 

 咲夜は相変わらず余裕の有り余った表情のまま口を開いた。

 

「本当に相手に弾を当てたいのなら、そんな出鱈目に乱射してるだけじゃ効果が薄いわよ」

「なんだと~……?」

「自分の弾幕で相手が見えなくなってちゃ世話ないわよ。ちゃんと相手いる場所を確認しながら、次に標的がどう動くかを常に予測しながら弾を展開させていかないと」

 

 上から目線な咲夜のアドバイスにチルノは咄嗟に何か言い返そうとしたが、咲夜の言葉の内容を聞いて口を噤む。

 

 そういえば、自分が先程まで展開していた弾幕は勢いばかりを重視して、相手がどこに居るのかというのは感覚に任せきっていた。

 

「なるほど、よく相手を見て攻撃する……」

「そういうこと。こんな風にね」

「え……ぶぅっ!?」

 

 思考に集中するチルノに、咲夜がMSSの☆マークを向け、それと同時に一切の躊躇無く一発の魔力弾を放った。

 

 意識外からの攻撃はチルノの顔面を的確に打ち抜き、その幼い体を勢いよく真っ縦に回転させた。

 二周程した後、力が抜けたチルノの身体は空気の抵抗を受けながらきりもみに落下していく。

 

 それをした張本人である咲夜は、ひどく吃驚した顔で墜落していくチルノを眺めながら──

 

 

「ご、ごめんなさい……チルノ。思ったより、威力が強かったわ……」

 

 

 想定より幾分か強かった魔力弾の威力に焦りながら、脳内に浮かんだパチュリーの真顔を睨みつけた。

 MSSは自分の思考とリンクしていると説明されたので、「威力弱めで」と考えながら射出した咲夜だったが、どうやらこの辺の調整はあまり自由が効かないらしい。

 

 やだなー、やだなー!!

 変な名前付いてるのにこの辺の自由効かないのヤダなー!!

 

 と、ひとしきりパチュリーへの怨念を飛ばした後、咲夜はようやく正常な思考を取り戻した。

 

「……はぁ。まあ、やってしまったものは仕方ないわよね……」

 

 思いがけずノックアウトしてしまったチルノが地上に墜落し、ぼふん!と雪けむりが舞ったのを視認する。

 恐らく厚い雪がクッションになるため致命傷には至らないだろう。

 妖精であるチルノは、体の頑丈さもそれなり以上ではある。少なくとも『一回休み』になっていないと信じたい。

 

 割りと大きめの罪悪感を感じながら、咲夜は移動を再開する。

 

 結構時間を食ってしまった。先を急がなければいけない。

 

 

「……待っててね、皆」

 

 

 この先に待ち受けているのは一ヶ月もの間春を奪い続け、更に天候を大雪のまま維持し続けている存在である。

 その元凶は言うまでもなくかなりの力を有した大妖怪の筈だ。

 

 今回の探索で三人がそこまでたどり着いてしまったのなら、果たして彼女たちだけでそれを打倒出来るのか。

 

 博麗の巫女はほぼ一人で幻想郷の均衡を維持できる存在ではあるが、以前自分の主人であるレミリアには一度敗北している。

 レミリア自身は「あれは反則だった」と言っていたが、今回の敵がその反則を使ってこないとは限らない。

 

 だから彼女たちが元凶に辿り着く前に、必ず追いつく。

 

 

「私が絶対に、守るから」

 

 

 ギュッと、腰から下げた銀の懐中時計を握りしめ、咲夜はその碧眼で吹雪の向こうを睨みつけた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 霧の湖のほとりに、ひっそりと佇む廃洋館がある。

 

 そこにはとある三姉妹の幽霊が住んでいると言われていた。

 曖昧な言い方をするのは、館内でその姿をしっかり確認したものが誰も居ないからである。

 

 しかし時折その館から様々な楽器の音色が微かに聞こえてくるという噂があった。

 それは館に住む三人の幽霊達が奏でる音色だと言われているが、館の中に入るとその旋律はピタリと止んでしまう為、真実は定かではなかった。

 

 それでも、霧の湖の近くでその音色を何度か聴いたことがある水蛭子は感じた。

 今しがた聴いた音楽は、以前聴いたそれに似ていると。

 

 それから、廃洋館に住まう三姉妹が人里の人々にこう呼ばれていたことも思い出す。

 幻想の幽霊楽団。そしてもう一つ。

 

 

「もしかして、プリズムリバー三姉妹……?」

 

 

 水蛭子が呟いた瞬間、奏でられていた音楽が急に転調する。

 

 まるで正解とでも言いたげな明るい曲調と共に、声が聞こえてきた。

 

 

「ぴんぽんぴんぽ~ん! 正解でーす!!」

「私達の名前を知ってる人間が、まだ居るんだ」

「ん~? なんか見覚えあると思ったら、たまにウチに不法侵入してくる女の子じゃん」

 

 

 水蛭子達三人の前に現れたのは、同じく三人組の少女だった。

 それぞれ赤、白、黒の同デザインの洋服を身に纏った彼女たちの周囲には、三つの楽器が浮遊している。

 それらは水蛭子が三姉妹と呼んだ彼女達の手から離れているにも関わらず、しかし一流のアーティストが如き音色をひとりでに奏でていた。

 

 水蛭子は赤い服の少女が面白そうに言った言葉に反応して眉を潜める。

 

「不法侵入……って、あの廃洋館のことですか?」

「はい、ようかん……? し、失礼ね! あんなのでも私達のお家なのに!」

「え、あ……! ご、ごめんなさい! そうですよね!」

 

 失礼なことを言ってしまったと頭を下げた水蛭子をかばうように、黒い服の少女が自虐的な笑みを浮かべて口を開く。

 

「しょうがないわよリリカ。実際、ボロ屋敷だし」

「もー! 自分たちの家なんだからそんな言い方しないでよルナサ!!」

「ま、年季入ってるのは事実だからね~。そんなに気にしなくても良いわよ人間さん」

「メルランまで……はぁ、もう良いわよ」

 

 項垂れる少女を見て罪悪感を懐きながらも、今分かった彼女たちの名前を水蛭子は頭の中で反芻する。

 

 音楽をバックに話す三人の少女達。赤い服を着ているのはリリカ、黒い服を着ているのはルナサ、白い服はメルランという名前らしい。

 

 しかし、あの洋館に住んでいる幽霊の正体が、こんなに見目麗しい三姉妹だとは。

 可愛い女の子で癒やし成分を接種することでお馴染みの水蛭子は、柔らかい微笑を浮かべながら三姉妹に語りかける。

 

「本当にすみませんでした。……それで、私たちはこの異変を解決するために来たんですけど、貴女達は?」

「異変を解決? もしかして貴女、博麗の巫女ってやつ?」

「いやいや! 博麗の巫女はあっちの霊夢です。私と、こっちの魔理沙は……付き添いみたいなものですかね」

「ふーん」

 

 話を聞きながら、リリアはちらりと霊夢に視線をやった。

 そしてふっと鼻でひとつ笑うと、言葉を続ける。

 

「ホントだ。妖怪退治のエキスパートってだけあって、元気そうな子だわ」

「え?」

 

 リリカの言葉に水蛭子が振り返ると、そこにはお祓い棒と霊符を構え、鋭い眼光でプリズムリバー三姉妹を睨む霊夢の姿があった。

 驚いた水蛭子はあせあせとしながら声を上げる。

 

「霊夢!? そんな、いきなり敵意むき出しにしなくてもいいじゃない、まだ悪い人たちって決まったわけじゃ」

「いや、水蛭子。そりゃ違うな」

 

 隣を見ると、獲物であるタクトこと構えていないものの、明らかに警戒した様子の魔理沙が居た。

 彼女は水蛭子に三姉妹から視線を移して、言葉を続ける。

 

「アリスは面識があったし、人となりも知ってたから気にしなかったけど、コイツらのことは何も知らない。それに、今まさに元凶と相まみえようとしていたアタシ達の元に現れたんだから、警戒しない方が無理ってもんだぜ」

「魔理沙の言う通り。水蛭子、アンタ少しのんき過ぎるわ」

「で、でも……」

 

 二人の言葉に水蛭子は何か返そうとしたが、思い浮かばず言い淀む。

 それから、ああ、二人の言う通りだなと考えて、また表情に暗いものを落とした。

 

 やり取りを眺めていたメルランが口を開く。

 

「誤解しないで? 私達はこの先に用があるけど、異変に関わるつもりは無いわよ」

「そう。冥界で宴会をするからって、余興の演奏隊として呼ばれただけ」

 

 メルランの言葉に頷きながら、ルナサがそう続けた。

 しかし見ず知らずの妖怪の言葉を信じられないのか、霊夢と魔理沙は警戒を解く様子は毛頭無さそうだ。

 

「宴会? まさか本当に花見をしようってわけ?」

「相当パッパラパーな春泥棒だな」

 

 先程冗談のつもりでシーズン真っ只中と言った霊夢であったが、どうやら冥界では本当に宴会が開催されようとしているらしい。

 かなり倫理観に欠けたそれに、魔理沙は苦虫を噛み潰したような顔をして異変を起こした存在を小さく罵った。

 

 しかし水蛭子は気分を悪くした様子も無く、ただ目の前の彼女たちが悪人ではないということを改めて知って一人安堵していた。

 

「なら貴女達は、私達がこの先に行くことを阻止しようというわけじゃないんですね?」

「まあね。今からアンタ達が冥界でドンパチしようっていうんなら、私ら暫くすっ込んでるし」

「あはは……なるべく、話し合いで解決したいですけどね」

 

 水蛭子の確認にリリカが無関心な顔で返した。

 それにもう一度安堵した水蛭子は、嬉しげな笑みを浮かべて霊夢と魔理沙を見る。

 

 

「ね、ね? やっぱり悪い人たちじゃなかったわ!」

「あのねぇ……」

 

 

 相変わらずのんきな水蛭子に霊夢は呆れたため息を吐いたが、小さくはしゃぐ水蛭子をみて毒素が抜かれたのか、仕方無いわねといった様子で苦笑した。

 

 別に邪魔しようって気が無いのなら退治する必要も無いか。

 そう考え至った霊夢と、同じ表情をした魔理沙が同時に警戒の姿勢を解く。

 

 水蛭子は更に笑みを深め、三姉妹の方へ向き直った。

 

「それじゃあ、私たちは行きますので」

「ええ、終わった頃合にまた顔を出すわ」

 

 リリカの返答に頷くと、水蛭子は「よーし!」と小さく伸びをして気合いを入れ、桜の咲き乱れる冥界に視線を向ける。

 

 彼女がチラリと寄越したアイコンタクトに、霊夢と魔理沙は小さく頷くことで返して、三人は冥界への裂け目の前に並び立つ。

 

 この先に、異変の元凶が居る。

 その人物は恐らく冥界の主である西行寺幽々子であり、その従者である妖夢も立ち塞がることだろう。

 水蛭子にとってはやりづらい相手ではあるが、彼女は元博麗候補である。

 

 幻想郷の均衡を乱す者を、放っておける道理は無い。

 

 三人は同時に空を進み始め、裂け目の向こうへ姿を遠のかせていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 三人が裂け目の向こうへ去った後、リリカは真顔のままジッとそちらを見ていた。

 そして、ポツリと。呟く。

 

 

「あれが、あの八十禍津……か」

 

 

 その声色は平坦なものであったが、しかし微かに、彼女が内心に抱く『恐れ』を感じさせるものであった。

 

 リリカは、彼女のことを知っている。

 大いなる災いの神であった彼女の事を。

 

 忘れ去られた者共が集うこの幻想郷で、更に誰にも覚えられていない、いと冥き者を。

 

 八十禍津と、水蛭子。

 自らを災いと不幸と名乗る彼女の事を、幻想郷の全ての人間と魑魅魍魎の記憶の奥で黒く塗り潰された存在を、リリカは覚えていた。

 

 

「どうか、貴方は何も思い出さないで。どうか、今の貴方のままで。いつまでも」

 

 

「リリカ? どうしたの?」

「……ううん、なんでもない」

 

 

 ルナサと話していたメルランが、裂け目を見つめる妹に気付き、声をかけた。

 リリカはそれに、微笑みながら返す。

 

 その笑みは、まるで。

 この幻想郷の平和を噛み締めるような、そんな笑顔だった。

 

 




 
毎度の事ながら、投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
もう完全な言い訳なんですが、CoCTRPGのPLやらGMやらしてたら時間を取れず、遅くなってしまいました……。
次のお話も頑張って書かせていただきますので、待っていてくださると幸いです。

それでは、また次回お会いしましょう。
 

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