博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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遅くなり申し訳ございません。
咲夜さん出撃します。


第三十三話 サイキョーの氷精は遊びたりない

 

「すまない。見苦しいところを見せてしまったね」

 

 しばらくして落ち着きを取り戻した藍が、わざとらしい咳払いで取り繕った。

 真面目な顔をしようとしているようだが、淡く赤らんだその頬は可愛らしく、威厳的なものは微塵も感じることが出来ない。

 

 水蛭子たちはそんな藍に苦笑を隠せなかった。

 

「事情を聞いても良いですか?」

 

 優しい笑みを浮かべながら、水蛭子が尋ねる。

 

「実は、今朝起きると橙が家から居なくなっていてね。方々探し回っていたんだ」

「橙ちゃんはなんで外に?」

「おそらくだけど……」

 

 水蛭子の問いかけに、隣に座る橙の頭を撫でながら藍が答えた。

 

「紫様が毎年冬眠していることは知っているかな。その間は外にも出ないし、殆ど寝室からも出てこないんだ。今年は冬が長引いていることもあってずっとその状態でね」

 

 小さく俯く橙。

 

「でも、春を終わらせれば紫様も元気になる。そう思ったから外に出たんだろう?」

 

 その言葉に橙は小さく頷いた。

 なるほど、と彼女の言いたいことを理解することが出来なかった三人が三者三様に反応を示す。

 霊夢は殊勝な心構えの橙に感心の意を、水蛭子は健気な彼女にホッコリとした顔を。

 

 そして魔理沙は「つまり霊夢がもっと早くに異変解決に乗り出してたら、橙がこんなに凍えまくることも無かったってことだな」と神妙な顔で言った。

 

 水蛭子は罪悪感で物凄く胃が痛くなった。

 

 

 

 場所は変わり八雲家の住宅、迷い家。

 藍が用意した温かいお茶を飲み、三人はホッと息をつく。

 

 さて、と紫だけが居ない居間で、水蛭子が話を切り出した。

 

「藍さんはこの異変の原因を知っているんですか?」

「うん。凡その見当はついてる」

「聞かせてください」

 

 水蛭子の真剣な瞳を少しの間見つめてから、藍はゆっくりと話し始めた。

 

 

「貴方達は『西行妖(さいぎょうあやかし)』を知ってる?」

「さいぎょう、あやかし、ですか?」

「冥界に咲いている滅茶苦茶デカい妖怪桜のことよね。直接見たことは無いけど、紫から聞いた事があるわ」

 

 

 霊夢の言葉に頷いて、藍は続ける。

 

「かの妖怪桜は、長きに渡って満開(・・)の姿を見せていない」

「……それって枯れてるんじゃないのか?」

「いいや、あの桜は生きている。満開にならないのは、昔一人の人間がその命と引き換えに封印を施したからだよ」

「命と引き換えに封印? なんでまた」

「アレが満開になったら、その瞬間内包している濃密な死の妖力が爆発的に拡散するから。そうなれば、幻想郷に住まうあらゆる生命はその妖力に蝕まれて、多くの者が死に至るだろう」

 

 荒唐無稽とも感じられる話に、水蛭子と魔理沙の全身の毛穴がゾクリと鳥肌立つ。

 命と引き換えに封印された妖怪桜、西行妖。

 聞いた事の無かった存在に水蛭子が深い関心を持ったのと同時、しかしと小首を傾げる。

 

「でも、その桜と今回の異変にはどのような関係性が?」

「魔理沙が持ってる花びらを見せてごらん」

「ん? ……ああ、これか?」

 促され、魔理沙が先程拾った桜の花びら、のようなものを机の上に置いた。

 淡く暖かな光を放つ花びらは、静かにそこに佇む。

 

「もう察してると思うけど、それは()。普通なら具現化することがない、概念そのものなんだけど。今年はちょっと事情が違うんだ」

 

 藍が花びらを拾い上げ、顔の高さまで上げる。

 

「春を殺している奴が居る」

「春を、殺す……?」

「訪れようとしていた春が、ある者の力によって死に、今ではその殆どが冥界へと集められた。命を奪われた春は西行妖(さいぎょうあやかし)へと吸い寄せられる」

「それってつまり、西行妖に春を与えて、満開にさせようとしている奴が居るってこと?」

「その通りだよ、霊夢。そしてこの花びらは春そのものでもあり、春の死体(・・・・)なんだ」

 

 春の死体。

 言い得て妙であるその言葉に、水蛭子はおよそ現実感を持てなかった。

 

 突飛な話に頭を悩ませながら、彼女は問いかける。

 

「西行妖を満開にさせようとしている、その人物は?」

 

 水蛭子の問いかけに、一拍置いて藍が答えた。

 

 

「西行寺幽々子。冥界を管理する亡霊の姫だよ」

 

 

 それを聞いて、西行妖という言葉に何処か聞き覚えがあった水蛭子が、ハッと思い出す。

 紅霧異変が終結した後に開かれた宴会のことを。

 

 あの日、八雲紫の隣にずっと座って、のほほんと微笑んでいた一人の亡霊。

 西行寺幽々子。それが彼女の名前だった。

 

 でも、まさか。

 自分も少しだけ話したが、柔らかくご機嫌な口調を崩さない彼女の事を、水蛭子はとても悪人とは思えなかった。

 

 それから水蛭子は、幽々子の隣に座っていた紫が、紅霧異変の少し前に話していたことを思い出す。

 

 

『今まで異変を起こしてきたのって、大体私なのよね』

 

 

 もしかして、今回の異変も彼女が関係している?

 もしそうならこれ以上無いくらいに信じたくない事実であった。人々に実害が出なかった前の異変ならばまだしも、今回の異変が完全に成されると大勢の人間が死ぬ。

 

 そこまで考えて、水蛭子は机を強く叩いて立ち上がった。

 

 

「藍さん! 今すぐ紫さんに会わせてください!!」

「え? 別に構わないけど……多分寝ぼけてて会話にならないと思うよ?」

 

 突然雰囲気が変わった水蛭子に、藍は目を丸くしながら随分のんきにそう言った。

 

 

 

 ピシャーンッ!!という襖の開いた音で眠りの世界から戻って来た八雲紫は、体を横たわらせた状態のままゆっくりと視線だけをそちらへやった。

 

「……あら、水蛭子じゃない。どうしたの、そんな険しい顔して」

「お休みの所すみません。どうしても聞きたいことがあります」

「まぁまぁ、落ち着きなさいな。折角の可愛い顔が台無しよ?」

 

 苦笑しながら体を起こした紫は、水蛭子の後ろで「そんな勢いで襖開けないで……?」と困惑した顔をしている藍に「お茶をお願い」とだけ言って、目の前の少女に視線を戻した。

 その顔は変わらず険しく、それに紫はいつか見たような表情だなと微笑んだ。

 

「聞きたいことって?」

「今回の異変についてです。藍さんから聞きました、元凶が西行寺幽々子さんだということを」

「ああ、うん。そうよ。それが?」

「知ってたんですよね? 長い冬が訪れることも、彼女が元凶だってことも、事前に」

 

 ああ、と。

 紫が生返事のようなモノを返した、その瞬間。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 水蛭子の視界が暗転した。

 否、暗転したのではなく、見覚えのある空間に彼女自身が『落とされた』のだ。

 

 何処までも続く、真っ黒な背景。

 こちらを凝視する無数の眼と、空を掴み続ける夥しい腕。

 

 紫だけが開ける『スキマ』の、その先。

 現世と繋がり、同時に隔絶されてもいる異次元の中。

 

 無重力の中に居るように逆さまになって宙を泳ぐ紫が、扇子で口元を隠しながら水蛭子を見下ろしている。

 

 

「水蛭子。貴方やっぱり危なっかしいわね」

「いきなり、なんのつもりですか?」

 

 

 疑念を強まらせた水蛭子の視線が紫へと刺さる。

 そんな彼女に紫は、「やれやれ」と首を左右に振った。

 

「私が異変に関わっていることは、絶対に内緒だって、あの時レミリアが言ってたのを聞いてなかったの?」

「え……?」

「先の異変の黒幕は彼女。手引きをしたのは確かに私だけど、表向きにはシロなのよ。何が言いたいか分かる?」

 

 妖しい光を放つアメジストの双眸に足を竦ませながら、水蛭子は無言で首を左右に振った。

 

「ふふ、正直な子。まぁでも、強く言っておかなかった私の方にも非はあるか」

 

 微笑を浮かべながら、賢者は言葉を紡ぐ。

 

 

「私が異変の黒幕だということを霊夢や魔理沙……つまり、純粋な『人間側』に知られたら物凄ーく困るのよ。人間が思う妖怪への恐怖(・・・・・・)、それを向ける対象が私に一極集中になっちゃうから。そうなっちゃうと元々忘れっぽい(・・・・・)人間達は、私以外の妖怪の存在を認知しなくなる。外の人間達みたいにね? 即ち、妖怪という存在そのものがこの世から消えることになるの。そんな事態にならないように、長い間それぞれの異変の黒幕を分散させていたんだけど。……それとも、何? 妖怪をこの世から消したくなっちゃった? 人と妖怪が分け隔てなく暮らす幻想郷を創りたいと言っていた、貴方が」

 

 

 静かな口調だった。しかし、水蛭子に対して初めて直に向けられた、明白な怒りの感情を孕ませた紫の言葉。

 本来一人から他者へと感情を伝える際、二人間(ににんかん)にある共通認識の齟齬などのフィルターを介す。よって百パーセント本物(・・)の感情が伝わることはあり得ない。

 

 だがしかし、今の紫の言葉は違った。

 威圧などという言葉すら生ぬるいかった。

 

 まるで、自分と相手との感情の『境界』が断ち切られてしまったように、紫からの怒りの感情が何のフィルターも介さずに水蛭子の脳を、心を悲惨なまでにボコボコに殴り抜いていく。

 それと相反するように穏やかで、それでいてこちらを串刺しにするようなアメジストの瞳に睨まれた水蛭子の全身からは脂汗を流れ始めた。

 

 何か言葉を発しようとしたが、喉に何かがつっかかっている様に、思うように言葉が出せない。

 

「……ぁ、あ」

 

 先程まで胸に渦巻いていた怒りなどとうに忘れていた。

 

 それを上書きする形で水蛭子の中に存在しているのは、ただ一つ、『怖い』という感情だけ。

 弾かれる様に視線を落とすと、無数に浮かぶ瞳の内の一つと目が合った。

 無感情で不気味な瞳だった。それでも、今の水蛭子にとってはこちらの方が可愛いらしく感じる。

 

 水蛭子は忘れていた。

 

 八雲紫という妖怪は、本来こういう存在なのだ。

 幻想郷の王であり、絶対の強者。

 そんな妖怪に、ただの人間が対等に肩を並べるなどと、至極烏滸がましい。

 

 それを理解し直す事で、体の震えをなんとか抑えた水蛭子が、怯えながらも頭を上げた。

 

「 」

 

 そこにあったのは、間近に迫って来ていた紫の整った顔。

 痙攣した喉から音の無い悲鳴が漏れる。

 後退った瞬間、足を縺れさせた水蛭子は勢い良く尻もちをついた。

 

 宙からぶら下がる様に佇んでいる紫は、その様子をしばらく真顔で見つめ。

 水蛭子に聞こえない程の小さなため息を一つ吐いた。

 

 水蛭子の前に降り立ち、膝を折って腰を下ろした紫。

 能力の行使(・・・・・)を止めた彼女は、まるで母親が悪戯をした我が子を叱る時のような厳しい口調で言葉を紡ぐ。

 

「皆の前で「元凶が誰だか知っているか」なんて。そういうヘタな事を喋られると、お互いの幻想(ゆめものがたり)にとって良くないのよ」

「ッ! ごめん、なさい……」

 

 小さく鼻を啜り、泣きそうな声で、水蛭子は心からの謝罪を述べた。

 

「……ううん、こちらこそごめんなさい。普段からもっと深く話し合っておくべきだったわね」

 

 幼い子どものようにシュンとした様子の水蛭子に毒気が抜かれた紫は、声を柔らかくして彼女の頭を優しく梳った。

 サラサラとしたダークブラウンの幾本もの髪束が紫の手のひらをゆっくりと流れていく。

 

「……よし、それじゃあお説教はこのくらいにしておきましょう!」

 

 霊夢と似た髪質だな。

 そんなことを考えながらも、紫は改まった口調で目の前の水蛭子に語りかける。

 

「水蛭子。貴方にお願いがあるの」

「お願い……ですか?」

「ええ、とても大切なお願いなの」

 

 惚けた瞬きをした水蛭子に、紫は真剣な眼差しを向ける。

 それを見て水蛭子は目端に残っていた涙を拭い、表情を今一度引き締めた。

 

 

 

 

 吹雪の中を一人のメイドが飛んでいる。

 

 赤いマフラーを首元に巻いたメイド、咲夜は、エメラルドのような碧眼をキョロキョロと忙しなく動かして霊夢、水蛭子、魔理沙の三人を探していた。

 

『ここ一カ月の天候を観測していたの。風向きが不自然な程に一定で、尚且つ風上の方角の空はずっと分厚い曇天模様。恐らく今回の異変の元凶はそちらの方角に居ると見て間違いないと思う』

 

 出立の直前、パチュリーから聞かされた情報を元に吹雪の中へと突っ込んできた咲夜。

 しかし白一色の世界で視覚が狂い、彼女はただ風の向きを頼りに空を飛び続けている。

 

「……見事な程に銀世界ね。同じような景色ばっかり」

 

 頭に手を当てた咲夜が呆れたような声色でぼやいた。

 せめて何か、三人の足取りが分かる手掛かりでもあれば良いのだが。

 このままでは三人を追いかけているのか、追い越してしまっているのかも判断しかねる状況だった。

 

 悩ましそうに腕を組んだ咲夜。

 そんな彼女の視界の中。白一色だった地上の景色に、不自然な、茶色い一角が飛び込んできた。

 

「あれは」

 

 目を凝らして見ると、それは葉の付いていない木々と、枯れた草花のようだった。

 陽気に晒され雪が融けたことにより姿を現したのだろう。

 

 しかし、それらのすぐ隣には樹氷の群れが相変わらず存在していて、何故かその一角の雪だけが融け落ちてしまっている。

 それは明らかに人為的、あるいは妖為的に作られた景色だった。

 

 雪が融けた一角、その中央に咲夜は降り立った。

 

「焚火の跡に、それにこれは……殆ど消えかかっているけど、熱魔法の残滓ね」

 

 炭化した枯れ枝が塊で在るのは焚火をした痕跡、そして周囲を漂うのは熱魔法を行使した際その場に残る魔力の残滓。

 一時期パチュリーから魔法のことを齧っていた咲夜は、顎に手を当て考え込み始める。

 

「熱魔法で辺りを除雪して、焚火をくべて暖を取ったのね。妖怪がやったにしては魔法の使い方も焚火のやり方も丁寧だし、十中八九あの三人が休憩していた痕跡か」

 

 焚火の跡に手をかざすが、それは既に冷え切っていた。

 どうやら彼女たちがここで休息を取ってからかなりの時間が経っているらしい。

 しかし熱魔法の残滓は完全に消えていないことから、咲夜は三人がまだそれほど遠くには行っていないと見当付けた。

 

「よし、まだ全然追いつける。先を急がないと……」

 

 ようやく手掛かりが掴めたことに顔を綻ばせながら、飛行を再開しようと一歩踏み出した咲夜。

 空に浮かぼうと足に軽く力を入れたその時、意識の外から声が掛かった。

 

 

「あれ、咲夜じゃん! こんなところで何してんの?」

 

 

 聞き覚えのある声。振り返ると、そこに居たのは随分と知った顔だった。

 

 昨年の秋、紅霧異変の直ぐ後から咲夜の同僚となった、氷の妖精の少女。

 自称『サイキョー』の氷精、チルノである。

 

「あら、チルノじゃない。久しぶりね、休暇は楽しめてる?」

「うん! さっきまで皆と雪弾幕合戦してたんだ!」

「雪弾幕……」

 

 氷精のチルノのことだ、雪『弾幕』という名の通り、人間の子ども達が行うそれとは一線を画した、正しく合戦さながらの勝負が繰り広げられていたのだろう。

 

 観戦するのはちょっと楽しそうだな。

 頭の中で雪弾幕合戦の光景を思い浮かべた咲夜は、吞気にそんなことを考えていた。

 

「で、咲夜はなんでこんなとこにいるの? お屋敷の仕事は?」

「お嬢様に許可を貰って、私も少しお休みをね。異変解決の手掛かりを探してる最中なの」

「あー……なるほど」

 

 異変解決という言葉を聞いて、チルノが僅かに眉を寄せた。

 どうやら自分の言った事が気に入らないらしい。

 咲夜は苦笑しながら口を開く。

 

「チルノ、貴方が不満に感じるのは分かるけど、あんまり冬が長引いちゃうとお仕事にも影響が出るわ。紅魔館のメイド長として、私はこの異変を止めないといけないのよ」

「それは分かるけどさぁ……」

 

 氷精であるチルノからすれば、この長い冬は非常に心地良いものだ。

 彼女からすれば、いつまでもこんな気候が続けば良いと願ってやまない程なのに、目の前で困ったような笑みを浮かべている咲夜はそれを止めようとしている。

 

 見ず知らずの人間に同じことを言われれば、まず間違いなくソイツをアイスキャンディーよろしくカチンコチンにしてやったところだが。

 しかし、咲夜は仲の良い友達で、根が良いチルノにはそんなことは勿論出来なかった。

 

 だがそれでも、不満なものは不満なのだ。

 

「咲夜ぁ、アタイまだまだ遊び足りないよ。もうちょっとだけでも待てないの?」

「だーめ。洗濯物はまともに乾かないし、暖炉にくべる薪も少なくなってきたの。私はともかく、お嬢様にとって迷惑になるようなことは従者である私が収めないと」

「真面目だよ~! 咲夜の心も遊びが足りないよ~! 一緒に雪弾幕合戦やったり雪だるま作ったりしようよ~!!」

 

 そう言って地団駄を踏むチルノを見て、咲夜は深く考え込むように腕を組んだ。

 まだまだ冬を満喫したいというチルノの心境は理解できるが、実際問題このまま冬が長引けば屋敷にも人里にも大きな実害が出てしまう。それは紅魔館のメイドとしても、一応一人の人間としても見過ごせないことなのである。

 

 両者ともに、譲る気は無い。

 そう考え至った咲夜は、チルノに対して一つの提案をした。

 

「このまま押し問答を続けてもしょうがないわね。それじゃあチルノ、こうしない?」

「なに?」

「今からお互い無害の弾幕を打ち合う戦い……そうね、言うならば『弾幕ごっこ』をしましょう。もしチルノが勝ったら、私はこの異変の解決に加担するのを見送るわ」

「じゃあ咲夜が勝ったら?」

「勿論、問答無用でこの長い冬を終わらせるわ」

「ええ~?」

 

 お互いフェアな勝負をして話の決着をつけようという咲夜の提案に、それでもチルノは眉を八の字に寄せて不満の声を上げた。

 本来なら咲夜は、彼女を無視して異変解決に向かっても良いのだ。しかしそれをしないのは、純粋な優しさから来るものと、今後チルノとの関係が悪化して業務への支障が出る可能性を考えてのことである。勝負事の是非によるものであれば、後腐れるものも最低限で済むことだろう。

 であるからして、チルノにはこの勝負を受けてもらわなくては困るのだ。

 

 仕方ない、と小さくため息を吐いて、咲夜は薄い挑発を孕ませた笑みを浮かべた。

 

「チルノ。貴方って最強なのよね?」

「当たり前じゃん」

 

 なに可笑しなこと言ってんだと言わんばかりに怪訝な表情を浮かべたチルノに、咲夜は更に笑みを濃くした。

 

「なら貴方が勝つのは決定事項のようなものでしょう。勝負を拒む理由も無い筈じゃない?」

「それはまあ、そうだけど」

「……あ、もしかして。負けるのが怖い、とか?」

「……は?」

 

 嘲りの口調でそう言った咲夜に、チルノのこめかみにピキリと血管が浮かび上がった。

 それと同時、チルノの周囲の瓢風が流れを変え、急速に彼女の元に収束していく。

 

 掛かった。

 

 思惑を無事叶えた咲夜がニコリと微笑んで、仕舞っていたマジカル☆さくやちゃんスター(本人的には不承不承満載のネーミング)を二つ取り出し、後方へ軽く放り投げる。

 暫く宙を漂った菫色の球体は咲夜から少し離れた位置の空中でピタリと止まり、以降彼女の体の動きに追従するように制動され始めた。

 

 ふと、咲夜が一つのことに気付く。

 

「……ん、心無しか肌寒い様な」

 

 パチュリーによって施された防寒シールドが発動しているにも関わらず、咲夜は今『肌寒い』と感じたのだ。

 どういうことだ?咲夜は改めてチルノの顔を仰ぎ見た。

 

 そんな咲夜を見下ろすチルノの周りには、様々な形状の巨大な雪の結晶が無数に展開されていた。それらは咲夜を睨むようにその身を宙に鎮座させており、言いようの知れない威圧感を印象付けられる。

 

 

「友達のよしみだから話し合いでカイケツしてあげようとしてたんだけど……でも、もういいわ。アンタはあたいがぶっ凍らす!!」

「もしかして、思ったより怒ってる……?」

 

 

 たらりと一筋の汗が、咲夜の横顔を伝った。

 

 





見て頂きありがとうございます。

一話を投稿した当初から水蛭子の事は娘のように好きなんですけど。
なんか最近、それ以上に好きなんですよね……。
他の登場人物達もすんごい好きで……。

細々と続けて来てますけど、私ってこの物語のことが改めて好きなんだなって、最近思っております。

毎度ナメクジのような筆の遅さですが、私の大好きな少女達の物語を共に見守ってくだされば幸いでございます。
それと次のお話はもう少し早く書き上げたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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