博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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遅くなって申し訳ありません。
今回は咲夜の過去について触れますが、完全にオリジナルなのでご了承ください。


第三十二話 マジカル☆さくやちゃんスター

 

 時は少し遡り、紅魔館の門前。

 

「異変の調査、ですか?」

 

 淡く積もっていた帽子の雪を払い、美鈴は聞き返した。

 

「ええ、多分今頃三人でそうしてる最中だと思うの」

 

 そう言って長い睫毛を垂れさせた咲夜が可愛らしくて、美鈴はほわりと笑みを浮かべた。

 

「心配ですか?」

「……うん」

 

 自らの問に正直に答えた咲夜に笑みを深めながら、美鈴は言った。

 

「はは、大丈夫ですよ。水蛭子さんと魔理沙さんは私とパチュリー様が色々教えましたし、霊夢さんに関しては元から無秩序に強いですから。心配しなくとも」

「それは、分かってるけど」

 

 それでも、心配なのだ。

 咲夜の顔からはそんな感情がわかり易く伝わってくる。

 

 少し前までの彼女なら決して見せなかったであろう表情に美鈴は、自然と上げた手をホワイトブリムを通した銀髪に乗せて、優しくそれを撫でた。

 

「ちょっと美鈴……!」

 

 たまにしてくる唐突なスキンシップ。咲夜は気恥しさから口を尖らせる。

 そんな彼女にお構いなしに、ニコニコと丸い笑顔を絶やさない美鈴が一つの提案をした。

 

「そんなに心配なら、私からお嬢様に進言してみましょうか? 咲夜さんも異変の調査に向かわせてあげてくださいって」

「え、でも」

 

 一瞬、咲夜の目が煌めいた。

 人里で水蛭子と魔理沙に背を向けた後、「私も三人と一緒に行きたかったな」と思うくらいには彼女は内心落ち込んでいたのだ。

 

 しかし、自分は紅魔館のメイド長である。

 最近良く動くようになってきた妖精メイド達だが、副メイド長的な役割のチルノと大妖精(大ちゃん)は長引く冬にテンションを昂らせて一週間前くらいから長めの休暇に入っている。

 そんな時に自分が抜けてしまえば屋敷がてんやわんやになることは必死である。

 

 だから彼女は調査に参加するのを諦めていた。

 

「お屋敷の事が心配ですか? 無問題(モーマンタイ)です!」

 

 しかし、そんな咲夜の考えを一蹴するように、美鈴が親指を立てた拳をズイッと咲夜に寄せた。

 

「妖精メイド達も自分で考えて色々出来るようになってきましたし、そもそも前メイド長の私が居るんですからね! 何も心配する必要はありません!」

「でも門番の仕事は」

「大丈夫です! 正直門の前に居なくても侵入者が来たら気で察知出来るんで!!」

 

 紅美鈴は操気の達人、ならぬ達妖である。

 確かに彼女の能力を持ってすれば、侵入者の察知及び探知は遠隔からであろうともお手の物だろう。

 

 そこまで考えて、咲夜は「おや?」と一つの疑問を持ってしまう。

 確かにその素晴らしい能力は感心に値するものであるが、それならば……。

 

 

「え、ならなんで門番なんてしてるの?」

「いやあ、メイド長の後任が生まれたし、暫く楽させてもらっちゃおうかな~なんて……なんて、思ってませんよ!? 」

「いや、誤魔化せないわよ。全部言っちゃってるから」

 

 

 ハッと今自分が口走った内容を顧みて、痛恨のミスを犯した事に気づいた美鈴が誤魔化すように言葉を続けたが、時すでに遅し。

 

 咲夜のジト〜とした視線に刺され、美鈴は己の迂闊さからか気温の寒さからか、整った鼻をひんと鳴らした。

 

 

 閑話休題

 

 

 さてもさても、と咲夜の冷たい視線から逃れるように自らの主の元に向かった美鈴。

 彼女の進言を聞いた幼きヴァンパイアは、割りとあっさりと。

 

 

「なるほど。別に良いわよ」

 

 

 そう二つ返事で頷いた。

 御館様ならそう答えるだろうと予想していた美鈴が、しかし安堵の表情を浮かべてガッツポーズをとる。

 

 その様子に微笑みながら、レミリアは虚空へ呼びかけた。

 

「咲夜、来なさい」

「はい、お嬢様」

 

 主からの招集を受け、即座にレミリアの座る椅子の斜め後ろに咲夜が現れる。

 

「私の前へ。あぁ立ったままで良いわよ」

 

 言う通りに主の前に移動し、美鈴の隣に立った咲夜を、レミリアは少しの間ジッと眺めた。

 その間咲夜と美鈴は無言のままその場に佇む。

 

 それから数秒の間の後、レミリアが口を開いた。

 

「博麗の二人組、及び霧雨魔理沙との同行を許可するわ。この焚き物と洗濯物に優しくない異変を終わらせる調査に尽力しなさい」

「承知しました」

「ただ」

 

 頭を垂れた咲夜が、ピクリと動く。

 何か規制的な条件を課せられるのかと、一抹の不安が彼女の胸を泳ぐ。

 しかし、そんな心配を無視するように、レミリアは苦笑して。

 

「長旅にその格好はちょっと寒そうね」

「は、防寒の類は余念が無いように……」

「そうじゃなくて。美鈴、アレらを咲夜に与えるわ。パチェの所に行って用意なさい」

「分かりました!」

 

 レミリアの命令に早足で謁見の間を出て行った美鈴を見送りながら、咲夜が小首を傾げた。

 

「アレら、とは?」

「ふ、見てからのお楽しみって所ね」

 

 レミリアは子どもにプレゼントを用意した親のような優しげな笑みを浮かべて、玉座から立ち上がった。

 

「私たちも行くわよ」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 大図書館へ向かう道すがら、レミリアは後ろに付き従う咲夜に声をかける。

 

「最近、あの子達とどんな感じなの? 仲良く出来てる?」

「え……その、はい。自信は無いですが、恐らく」

 

 普段されないタイプの問に、一瞬言葉が詰まった咲夜だったが、素直に肯定する。

 その顔は少しだけ気恥しそうで、年相応の女の子という感じだった。

 

 前を歩くレミリアは振り替えずとも、声の形だけでそれが分かった。

 少し前までの咲夜に比べて、今の彼女は素直で、丸い性格になったように思う。

 それがレミリアにとって非常に嬉しくて、何より彼女に与えたいものだったのだ。

 

 声を弾ませて、更に問かける。

 

「あの子達と居て、楽しい?」

「……はい。とても、楽しいです」

「そっか」

 

 今度は惑いの無い返答。

 それを聞いてレミリアはますます口角を上げた。

 

 何処か満たされた胸の内、半分だけ顔を振り返らせる。

 

「私ね、先の異変の時、八十禍津水蛭子の運命を覗き見て驚いたの」

「彼女という存在の不思議さに、ですか?」

「それもあるわ。だけどそれより、なにより」

 

 言いかけて、レミリアが立ち止まる。

 そしてゆっくり振り返った彼女の顔を、薄雲に隠れた太陽がおぼろげに照らした。

 

 あ、と咲夜が声を洩らした。

 ヴァンパイアは陽の光に溶かされる。

 しかし直射日光では無い。だから大丈夫なのだと安堵の吐息を零して、それから気付く。

 

「あの子たちと一緒に、貴方が」

 

 主人であるレミリア・スカーレットの、優しく、慈愛に満ちた美しい笑顔に。

 

 

「貴方が笑っていたの。とびきり可愛らしい、普通の女の子って感じの笑顔で」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「(普通の女の子の、笑顔)」

 

 

 先の異変以来、確かに咲夜は良く笑うようになっていた。

 それは彼女自身も自覚しているところだ。

 

 

「(……ふふ。昔の自分が見たら、どう思うかな)」

 

 

 昔、咲夜はあまり笑わなかった。

 

 否、笑う必要がなかったと言うべきだろう。

 

 

 彼女は外の世界で、十二歳まで学校に通っていた。

 優れた知性に抜群の身体能力、ついでに浮世離れした見目麗しさから一時期学校一の才女ともてはやされていたが、自身が優れている故に他者への関心が薄く。加えて、幼い頃に両親に先立たれ愛の無い環境で育った為か、周りからの好意を受け入れることが出来なかった。

 その為、最初は彼女に好意的に接してた生徒たちも愛想を尽かし、優秀な彼女を見る目は羨望から嫉妬に変わっていく。

 

 周りに避けられ、自身も周りを避け、孤独となった咲夜。

 そんな折、彼女に追い打ちをかけるように、ある朝育ての親である伯母が蒸発した。叔母はギャンブル癖にアルコール依存を患っており、方々から借金をしていたのだ。恐らく夜逃げしたのだろうと近所の者たちは言っていたが、方々から恨みを買っていた彼女が果たして無事に逃げ延びれたのかは定かではない。

 

 ともかく、住んでいた家も差し押さえられ、他に頼れる親類も居なかった咲夜は路頭に迷うことになる。

 

 そんな咲夜を拾ってくれたのが、彼女が紅魔館に来る以前に働いていた工場の責任者の男だった。

 

「飯は用意してやれないが、住む場所くらいは与えてやる。その代わりこの工場で働け」

 

 そんな彼の言葉に流されるまま、咲夜はその工場で働き始めた。

 

 常に工場内を漂う熱気に肌を焼かれながら、ただひたすらにその日課せられたノルマを達成するために機械のパーツを組み上げていく作業。

 あまりやりがいのある仕事とは言えず、給料も最低のもので、その日食べていくのがやっとという暮らし。

 

 来る日も来る日も同じ仕事を繰り返していた彼女は、相変わらず、工場内のコミュニティにも馴染めずにいた。

 

 咲夜が他人に話しかけるのは仕事の間だけであり、それも必要最低限のものである。

 彼女が好意をもって話しかける相手と言えば。広場に生えている木々や草花、路地裏で寝転がっている犬や猫くらいのものだった。

 

 他人との交流というものは、本来家庭や学校の友人との関わりの中で自然と覚えていくものだ。

 しかし、過去に咲夜にはそれが出来なかった。

 

 彼女自身がその必要性を感じていなかったという方が正しいのかもしれない。

 

 

 そうして虚無の日々を過ごしていた彼女に、ある日突然転機が訪れる。

 

 たまの休日、特にやることも無い咲夜はいつものように路地裏で野良犬の頭を撫でていた。

 そんな彼女の体を唐突に影が覆う。

 影の主は、どこか安心する穏やかな声色で咲夜に話しかけた。

 

 

「犬、好きなの?」

「……誰?」

 

 

 振り返ると、そこには咲夜の知らない人物が立っていた。

 緑色の旗装に身に纏った、長く鮮やかな紅色の髪が印象的な長身の女性。

 

 彼女は自身の事を紅美鈴と名乗った。

 

 美鈴は膝を折って咲夜の前に屈み、極彩色の瞳で碧眼を覗き込んだ。

 

「……お前、窶れてるね。ご飯はちゃんと食べてるのか?」

「毎日最低限は、食べてるわ」

 

 素っ気なく返す咲夜に美鈴は苦笑しながら問いかける。

 

「お腹何分目くらい?」

「……三、くらい?」

「さん!? ……お前、修行中の仙人か何かなの?」

 

 首を傾げながら言った咲夜に悲鳴を上げた美鈴が、急いで背負っていたカバンから紙袋を一つ取り出した。

 それを押し付けられるようにして受け取った咲夜が、ぱちくりと戸惑いの瞬きをしながら中に手を入れる。中に入っていたのは幾つかのスコーンで、まだ出来て間がないのか僅かに湯気が立ち上っていた。

 

「これ……?」

 

 不思議そうな顔でこちらを見る咲夜に、美鈴は少し怒ったような声色で返す。

 

「小腹が減ってたからさっきそこのお店で買ったのよ。でも貴方が全部食べなさい」

「いいの?」

「逆に食べてくれないと困るわ」

 

 知り合ったばかりの人物から食べ物を恵まれることに、何か裏があるんじゃないかと不安を抱いた咲夜だったが、目の前の人物の極彩色の瞳からは悪意というものを感じられなかった。

 おずおずとスコーンを口元に運び、小さく「……ありがとう」と呟き、それを頬張った。

 

 無言でスコーンを食べる咲夜をしばらく眺めてから、美鈴は「あ、そういえば」と何かを思い出しカバンの中を覗き込む。

 

「確かちょっと前に作ったものが……。あったあった」

 

 彼女がカバンから追加で取り出したのは、黄金色をしたペースト状の何かが入った瓶。

 その大きめの蓋をガパリと開けて、咲夜に差し出した。

 

「これ、故郷の果物で作ったジャム。良ければそれに付けて食べてみて」

 

 マンゴーに砂糖とお酒を加えて煮詰めたものだよという美鈴の言葉に興味を惹かれ、添えられたスプーンでジャムを掬い、スコーンに塗り付ける。

 馴染みのない香りだが、強く甘いそれに喉を鳴らし、咲夜は大きな口を開けスコーンを迎え入れた。

 

 咀嚼の回数を経る度に、彼女の無機物のようだった表情が徐々に柔らかく変化していった。

 

 

「……おいしい」

 

 

 ぽつりと、しかし確かな感情を持った言葉が咲夜の口から零れる。

 それから、久しく口にしていなかった美味しいという言葉と、気持ちに、咲夜は自分自身で驚いた。

 

 そして次に続く美鈴の言葉が、彼女を更に驚かせる。

 

 

「良かった。やっと笑ってくれたね」

「え?」

 

 

 笑った?自分が?

 美鈴の笑顔を見ながら、自身の頬を触る。

 

 確かに、僅かに口角が上がっている。

 美味しいという感情を久しぶりに感じたからだろうか?

 

 美味しいという幸福感が、確かにこの胸に今溢れている。こんなものを感じる心がまだ残っていたなんて。

 咲夜にとってそれは驚愕に値するものであった。

 

「笑ったのなんて、久しぶり」

「そうなの?」

「うん」

 

 美鈴の問いかけに、今度は少し寂しげな笑みを浮かべた咲夜。

 そんな彼女に、美鈴は穏やかな笑顔を浮かべて。

 

「じゃあ、これからはもっと沢山笑えるよ」

「え?」

 

 どういうことだろう。

 そう不思議そうに首を傾げる咲夜。

 

 美鈴は鞄を背負いなおし、咲夜に手を差し伸べた。

 

 

「一緒においで」

 

 

 その言葉に、すぐ反応することが出来なかった。

 他者とこんなに触れ合ったのも久しぶりだったのに、あまつさえ「一緒においで」などと言われてしまえば、咄嗟にどう答えれば良いのか判断しかねたのだ。

 

 そもそも、一緒においでとはどういうことか。

 いきなり現れた癖に、彼女はどういった思考回路をしているんだ?

 

 沢山の疑問が咲夜の頭の中で浮かんでは消えていく。

 とにかく、聞くが早し。

 咲夜は美鈴へと問いかける。

 

「それって、どういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。ここから出て、私と共に行こう」

「……何処に、行くの? 行ってどうするの?」

「私が暮らすお屋敷へ。君は今日からそこで暮らすんだ」

「え?」

 

 益々意味が分からなくなってきた。

 彼女が暮らす屋敷に私が住む?それも今日から?

 

 突然すぎてとても受け入れられる話ではない。

 咲夜は困惑する感情に任せ、言葉を続けた。

 

「そこで暮らすって……そんな急に」

「うん、吃驚するのは分かるよ。でもこれは決まったことなんだ」

「でも社長の許可も無しに、仕事は辞められないし……」

「あぁ……ふふ、それは大丈夫」

 

 美鈴はその名を表すような美しい笑みを浮かべ、鈴のように綺麗な声で笑った。

 

 

「そちらの社長に話はもう通してるから、気にしないで。アナタは今日から私たちの家族だよ」

 

 

 そう言って、彼女は咲夜の頭を優しくなでる。

 ぽかんとした顔で美鈴の顔を見上げた。

 

 全然、意味が分からない。

 社長からそんなこと聞いてなかったし、何より自分の身を引き取って目の前の彼女に何のメリットがあるのか。

 

「……」

 

 いや、しかし、と咲夜は考える。

 

 逆に考えると、自分に何かデメリットがあるか?

 このまま生きていても、何も良いことが無いのは目に見えている。

 もし仮に美鈴が良い人のフリをした悪党だとして、自分の体やら臓器やらを売り飛ばして金銭に変えようと画策していたとしても、なんのことはない。

 

 自分は既に、誰からも望まれない人間だ。

 両親は死に、友人も居ないし、頼れる人脈も存在しない。

 

 そんな自分が死んだとしても、誰も悲しまない。

 

 どうせ今まで、流されるがままに生きてきた身だ。

 目の前の女性に付いていった先が泥船だろうが、今までの人生と大して何も変わらないだろう。

 

 まあ、いいか。

 困惑していた頭がすぅとクリアになっていく。

 別に、どうなったって良いじゃないか。

 

 私はただ、流されるがまま生きる。

 

 

「分かった。よろしく」

 

 

 今度は咲夜の方から手を差し出し、美鈴がそれを笑顔で取る。

 

 しかし、その瞬間彼女は不服そうに口を尖らせた。

 

「あ、私のこと信用してないな? 気の流れで分かる」

「何それ」

「アナタが内心どう思ってるのかは、大体お見通しってことだよ」

「……嘘っぽい」

「う、嘘じゃないわ! ……まあ、そのうち分かってもらえるか」

 

 自分の能力をジトッとした目をして疑う咲夜に思わず大声を上げてしまった美鈴が、少しの間を置いて気を取り戻す。

 そしてクルリと踵を返すと、そのまま歩き始めた。

 

 逡巡の後、咲夜も一歩踏み出す。

 

 彼女に着いて行った先に、何が待っているのかは分からない。

 だけど、それでも、咲夜はほんの少しの希望を持って歩き始めた。

 

 

「ねぇ、もうお腹いっぱいだから、後は食べて」

「ん? ・・・・・・全然減ってないじゃない!! 子どもが遠慮するんじゃありません!」

「いや、本当にもう食べれない」

「・・・・・・私の生きる目標が一つ増えた。アナタにはいつか、私が作った満漢全席食べさせる」

「何それ?」

「おっきなテーブルに引くほど料理乗っけた中華最大最高のフルコース」

「馬鹿なの?」

「いーや、絶対完食させるから。今日の晩御飯から早速美鈴式胃袋拡張トレーニング始めるから!」

 

 

 騒がしく、冷たく、二人の女性がイギリスの工業地を歩く。

 

 なお、冷たい方の少女がこの後屋敷の主人と邂逅し、「子どもがそんな悲しい顔で笑うんじゃありません!」と見目幼い彼女から渾身のデコピンを喰らい、性にあわず床に転げ回って痛がりまくるのは、また別のお話。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 マグナム弾でぶち抜かれたのかと錯覚する程の強烈なデコピンを思い出し、咲夜が額をさすさすと摩っていると、目の前を歩いていたレミリアが歩みを止めた。

 

 昔の事を回想している内に、大図書館に着いたらしい。

 

「パチェー、入るわよー」

 

 間延びした声をかけながら、図書館の扉を開けて中に入っていくレミリアに続き、咲夜も扉をくぐる。

 

 いつもと変わらず、世界一の規模と言っても差し支えない程に立派な図書館だ。

 

 ふいに、視線の先にあった本棚の一箇所が空洞になっている事に気が付く。

 確か先日、白黒のゴスロリドレスを着た魔法少女が盗みに入っていたが、その時持っていかれた本が収められていた場所だろう。

 

 大きなとんがりボウシをはためかせ、高笑いをして去っていった嵐のような少女を思い出し、咲夜は思わず噴き出してしまった。

 

「・・・・・・失礼しました。少し、思い出し笑いを」

「はは、以前はそんなのしなかったのにね」

「申し訳ありません」

「いや、寧ろそれで良いわ。出会った時はあんな寂しい笑顔を浮かべてたアナタだけど、あの子達と出会ってから良い方向に柔らかくなったわねぇ」

 

 頭を下げた咲夜に笑いかけたレミリアが、再び歩みを止める。

 彼女の目の前には、既に到着していた美鈴とテーブルで優雅にティーカップを傾けるパチュリーが居た。

 

「パチェ、美鈴。例のものを咲夜に」

「かしこまりました~!」

 

 レミリアの言葉にウキウキとした様子で咲夜の元に駆け寄る美鈴。

 彼女が咲夜に差し出したのは、赤い布を折り畳んだ物だった。

 

「これは?」

「パチュリー様が魔法で作り上げた糸を、お嬢様の血液を混ぜた紅い染料で染めて、それを私がたくさんの愛情を込めて編んだ、この世に二つとない紅魔館印のマフラーです!」

「・・・・・・え?」

 

 美鈴の言葉に、思わず呆けた顔になる咲夜。

 

 いや、マフラーをくれるのは物凄く嬉しいのである。

 パチュリーが魔法で作った糸と、美鈴が愛情を込めて編んでくれた。うん、最高だ。

 

 だがしかし。この鮮やかな真紅の中に、自分の主人の血液が混入しているのは何故なのだ。

 

 全身を覆うように湧き出た冷や汗を感じながら、咲夜はレミリアの方を振り向く。

 

「・・・・・・あれ、何その顔? 嬉しくない?」

「いえ、物凄く嬉しいのですが。・・・・・・その、何故お嬢様の血液を?」

「ああそこ? それは──」

 

「吸血鬼の血が魔法付与(エンチャント)の素材にお誂え向きだからよ」

 

 レミリアの言葉に割って入る様に、皿の上に盛られたクッキーを一枚摘んだパチュリーが答えた。

 

「レミィは純血の吸血鬼だから、その血は魔力順応度が極めて高い。それを贅沢に練りこんだそのマフラーは装着者にあらゆる恩恵をもたらすわ。視力、聴力、総合的な身体能力の上昇を初めとして、戦いに入ると任意でゾーン状態になれる上に身体のリミッター解除も思うがままの狂戦士(バーサーカー)モードの搭載。魔力で構成されたもの限定だけど簡易(インスタント)眷属の使役、etc。……あ、勿論防寒シールドも常時発動してるから、それを巻いてる限り寒さで凍えるなんてことは無いわよ」

 

 息継ぎ無しでそう言い切ったパチュリーが、手に持つクッキーを小さな口で齧った。

 

「……そんな大層な物を私が頂いてよろしいのですか?」

「勿論。アナタの為に作ったんだからね」

「はぁ」

 

 大層な物と言ったが、今パチュリーに説明された能力の羅列が突飛過ぎていまいち実感が無い。

 だがしかし。

 

「……いえ、ありがとうございます。とても嬉しいです」

 

 マフラーを広げ、ゆっくりとした動作で首に巻く。

 高級店で買った物のように肌触りが良く、とても暖かい。パチュリーの魔法付与も凄いが、美鈴の編み物スキルもなかなかのものである。

 

 自分の為に、皆が作ってくれたマフラー。

 それがどんなにぶっ飛んだ性能の魔法具だったとしても、貰って嬉しくないわけがない。

 

 綻んだ笑顔を浮かべる咲夜に、レミリアが満足げに頷いた。

 

 

「喜んでくれて良かったわ。でも、贈り物はもう一つあるの」

「え、まだあるんですか?」

「むしろこっちが本命ですよ」

 

 

 小首を傾げた咲夜に、美鈴が満面の笑みを浮かべながら両手を上げる。

 

 いつの間にかその手に持っていたソレ(・・)は、一目見て何と呼称していいのか分からない二つの真球状の物体だった。

 スミレ色の球に真っ白な星のマークが施されており、大きさからも比較して博麗の巫女が保有している「陰陽玉」に何処か似ている。

 

「これは?」

「そのマフラーが盾だとしたら、その玉は矛ね。博麗の陰陽玉を参考にして作ったオプションアイテムよ」

「あの陰陽玉を参考に、ですか」

 

 美鈴から受け取った球体を顔の高さまで持ち上げ、それを覗き込む。

 球体はわずかに透明性を持ち、向かいに立つ美鈴の胸元がおぼろげに透けて見えた。

 

「使い方は?」

「既に使用者はアナタに設定しているわ。感覚のリンクも今済ませたから、試しに「浮け」って念じてみて」

 

 パチュリーの言葉に頷き、言われた通り頭の中で球体を浮かばせるように念じる。

 すると手に持っていた球体はスゥっと浮かび上がり、少しの上昇の後、空中で止まった。

 

「面白いですね」

「その玉の能力としては、魔力弾の射出、それとアナタが四次元に仕舞ってる刃物を射出出来るように設定してあるわ。戦闘時は補助攻撃装置として使いなさい」

「分かりました」

 

 普段は暗器や剣を用いた白兵戦が主な戦闘スタイルである咲夜だが、これで遠距離の敵を攻撃することも容易になる。

 マフラーほどの物ではなさそうだが、戦闘の幅が広がるのは素直に嬉しい。

 

 しかし、先ほど美鈴はこちらが本命と言っていた。

 それは一体何故なのだろう。

 

「美鈴、この玉が本命というのはどういう?」

「ふっふっふ。本命とは能力のことではありません」

「? じゃあ、なんなの?」

 

 不思議そうに宙に浮かぶ二つの玉を眺める咲夜。

 そんな彼女に、楽しげな笑みを浮かべた美鈴が口を開く。

 

 

「霊夢さんのは陰陽玉という名前がついてるのに、咲夜さんのはただの玉、では折角の魔法具が味気ないでしょう?」

「……なるほど?」

 

 

 わかるような、わからないような。

 正直、名前なんてどうでも良いというのが咲夜の本音だった。

 

 しかし目の前の三人はそうでもないようで。

 

「私は「魔動式衛星」というのがシンプルで良いと思ったの」

「私は「シャイニング咲夜スター」が美しさと咲夜の可愛らしさを表現出来てて素敵だと思ったんだけど」

「うんうん。お二人ともグッドなネーミングだと思いますよ」

 

 少し不服そうな二人の間で、ニコニコと頷く美鈴。

 

「でもどちらも譲れないというので、私が折衷案を出したんですよ。そしたら二人ともそれなら良いと仰って!」

「……どんなの?」

 

 嫌な予感がしてきた咲夜が、微妙な顔で、一応美鈴に問いかけてみた。

 

 すると、彼女はとても良い笑顔で一言。

 

 

「マジカル☆さくやちゃんスターです!!」

 

 

 




 
とくにないですさんの「華扇の部屋」大好き!
 

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