博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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 投稿が遅くなり申し訳ありません。

 今回はいつも通りの文字数ですので、お楽しみいただければ幸いです。
 
 今回から一応新章になります。
 


紅霧宴会編
第二十五話 ひと段落


 

 紫さんに流されるまま八雲邸で朝食を頂いた後。

 

 異変解決で夜通し起き続けていた事と、空きっ腹が満たされた至福感に眠気の限界を迎えた私達は、そのまま八雲邸で一晩泊まった。

 お日様の匂いがするフカフカの布団が気持ち良過ぎたのもあり、横になった瞬間に私達は意識を手放した。

 

「ん……ふわぁ……」

 

 (まぶた)の向こうの光を感じ、目を開く。

 (ふすま)の隙間から差し込んだ太陽の光が私の瞳孔を直撃する。

 目が眩み、何度か(まばた)きをして視界の安定を取り戻すと、まだ少し気怠い体をよいしょと起こす。

 

 右隣を見ると、魔理沙はまだ小さないびきをかいて寝ていた。

 左隣に寝ていたはずの霊夢は既に起床していたらしく、丁寧に(しわ)を伸ばし畳まれた布団がそこにあった。

 魔理沙を起こさないように立ち上がり、静かに布団を畳んで客間から出る。

 

 橙色の日差しが眩しい。

 

 日が傾いているという事は、時刻は夕暮れなのだろう。

 昼頃に起きるつもりだったのだけど、結構寝てしまったな。それだけ疲れていたという事だろう。

 

 朝食を摂った居間に向かい、戸を開ける。

 

「あら、おはよう水蛭子」

「おはよう霊夢。……あれ、紫さん達は?」

 

 居間に居たのは霊夢一人だけで、紫さん達がいなかった。

 霊夢に彼女たちの行方を問いかける。

 

「何か準備する事があるからって、三人とも出かけたわよ」

「準備する事……?」

 

 とは、なんだろう?

 異変は解決した筈だし。

 

 もしかして、また何か新しい事件でも起きたのだろうか。

 と思ったけど、橙ちゃんも着いて行ってるのならそういうのじゃないのだろうな。

 そう考えていると、霊夢が言った。

 

「橙も一緒に行ったから、面倒事って訳じゃなさそうだけどね」

「……ふふ、だよね」

 

 私が思った事を霊夢がまるっとそのまま言ったので、なんだか気分が良くなる。

 うーん、流石長年離れてても幼馴染み。一心同体とは正にこの事なのだろう。

 

 我ながら少し気持ち悪い思考だけど、気にしない。

 

 そんな感じでニコニコと頬を緩ませていると、唐突に私のお腹が「ぐぅ」と鳴った。

 

「…………」

 

 顔に熱が集まっていくのを感じる。

 

 別に知らない関係じゃないんだから、恥ずかしがる事じゃないんだろうけど。

 ……いや、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 両の頬をさすって何とか熱を散らそうとしていると、微笑ましそうな笑みを浮かべた霊夢が言った。

 

「ふふ、朝ご飯にする?」

「そ、そうしようかな! 霊夢はもう食べたの……」

 

 言いかけて、はて、と思う。

 “朝”ご飯とな……?

 

「え、朝ご飯? …お夕飯じゃなくて……?」

「朝ご飯ね。紛れもなく」

 

 苦笑混じりにそう言った霊夢。

 私はダッシュで縁側へ続く襖を開けた。

 

 オレンジ色に輝く“朝日”。

 ……だと思っていたのはどうやら、夕日ではなく朝日だったらしい。

 

 という事は、だ。

 私は“昨日の朝”から、“今日の朝”まで寝続けていたと言うことだ。

 

 他人の家で、丸一日。

 ……ふふ、なるほど、しっかり休んだ筈なのに、やけに気怠い感じがしたのは寝過ぎによる疲れだったのね。

 私ったらもう。うっかりうっかり。

 …………寝過ぎだろ!!

 

「ど、どうしよう! 私、紫さん達にすごい迷惑を……!!」

 

 申し訳なさからくる動揺で震えた声が出た。

 そんな私を見て霊夢が可笑しそうに笑う。

 

「私も起きたのはさっきだし、気にしなくて良いんじゃない?」

「あ、そうなの?」

「……実を言うと、ここ最近まともに寝れてなかったし。…………誰かさんが突然居なくなっちゃったから」

「うっ……」

 

 ジトッとした視線を向けられ、思わず唸る。

 そう言えば私、紅魔館に初めてお邪魔した日から異変が起こるまでの数日、この八雲邸に居たのだ。

 

 霊夢に知らせることも無く。

 

 しまったな、と改めて思う。

 だって、もし霊夢が連絡も無しに行方を眩ませちゃったら、多分めちゃくちゃ焦る。

 方々駆け回って彼女を探しまくるだろう。

 

 目の前の幼馴染みは、それを実際にされたのだ。

 ……私だったら再開時にギャン泣きして思いっきり抱きしめてる所だろう。

 図書館で「バカ水蛭子」と言われたのも納得である。

 

「……あのー、もしかして霊夢さん。怒ってますか?」

「別に……怒ってないけど……。ただ連絡の一つくらいはしてくれても良かったんじゃないかなぁとか、思ったり思わなかったり」

「めちゃくちゃ不機嫌そう!!」

 

 尖らせた唇がやけに可愛らしいが、それは置いといて。

 ど、どうしよう。

 

 そりゃ怒るわよね……私も同じ事されたら多分怒るもの。

 何か……機嫌を直してくれそうな事とか……私に何か出来るだろうか……。

 甘味屋(かんみや)? 甘味屋か??

 それともまた天ぷら作ってあげようか?

 

 いや、駄目だダメだ。私だったら機嫌直すかもだけど、そんな単純なのは私だけ……。

 

 

「えっと……えぇっと……」

「……また遊びに来てくれるなら、許す、けど」

「え?」

 

 

 抱えていた頭を上げて、霊夢を見る。

 

 そっぽを向いたその横顔の、若干赤らんだ頬。

 束ねた髪をくりくりと弄る、その仕草がやたら愛らしい。

 

 ええ……めっちゃ可愛いやん……

 

「行く行く!! めっちゃ行く!! 何なら永遠に行く!!」

「え、永遠……!? いや別にそこまでしなくても、いいんだけど……」

「じゃあ死ぬまで通い続ける」

「あんま変わってないからそれ!!」

 

 心無しか、さっきよりも赤みを増した頬を見せながら突っ込む霊夢に、余計に頬が緩む。

 よぉしよーし!お姉ちゃんが頭撫でてあげようね〜!!

 

「よしよし、霊夢は可愛いなぁ〜……」

「や、止めてったら……もう」

 

 恥ずかしそうに言う霊夢だが、少し身を(よじ)らせる程度で大した抵抗はしてこない。

 ふはは、もっと撫でろということだな。

 

 お望み通り、存分に撫でくりまわして進ぜよう……!!

 でも髪がボサボサにならないように、優しくね。

 なでこなでこ

 

 

 

◆閑話休題◆

 

 

 

「 じゃあ紫さん達が出かけたのって、ついさっき?」

 

 若干両手首が痛くなってきた程度で撫でるのを止めた私は、霊夢に問いかける。

 

「うん、帰ってくるのは昼前って言ってたわ」

 

 ちらと空を見る。

 朝日は少し高い所まで上がっているけど、お昼までにはまだ時間がある。

 それまでゆっくりしていてとの事なので、お言葉に甘えてしまおうかな。

 

「じゃあ朝ご飯温めてくるね」

「ありがとう」

 

 台所に向かう霊夢にお礼を言って、それからまた空を見上げた。

 

 一面の(あお)に、薄雲がかかる事で綺麗な水色になった空。

 先程よりも薄くなったオレンジ色の朝日に、目が焼かれる様だけど、それでも。

 自分達が守る事が出来たその空を、柄にも無いけど、眺めていたかった。

 

 

 

 ……眺め、ながら今回の異変をふと振り返る。

 いや私、マジで意味分かんない挙動してたな〜。

 

 最初は傍観者(ぼうかんしゃ)、次に霊夢達の敵役として呼ばれて(これが本当に分からない。欠員が出たとの事だったけど、私が出る必要って果たしてあったのか?)、逆にレミリアさんを倒しちゃった。

 結局何がしたかったの?と聞かれると、もう流れに乗っただけとしか言いようがない。

 

 紫さん曰く、妖怪の存在を消さない様にする為には異変を起こす事は必要不可欠で、この幻想郷が人と妖怪の楽園で在り続ける為には、これからも異変を起こしていかないといけない。

 それでもそれを霊夢と魔理沙に話すのは、紫さん的によろしくないらしい。

 

 だから結局私は、異変に巻き込まれただけ、というスタンスで居るしかないのだけど。

 ……やっぱり少しだけ、二人に罪悪感を抱いてしまう。

 

 これからも彼女達には、仕組まれた異変を解決してもらうのだろう。

 その都度、私は知らぬど存ぜぬを貫かなければならない。

 

 わー、どうしよう。物凄く面倒臭いかもしれない。

 

「……ああ、なんか、今更胃が痛くなってきた……」

「あれ、水蛭子お腹痛いの? 雑炊(ぞうすい)にしようか?」

 

 おっとっと……。

 いつの間にか台所から戻ってきていた霊夢が、心配そうな表情で私の顔を覗いてきた。

 

 急いで笑顔を取り(つくろ)い、誤魔化す。

 

「えっ、いや、な、なんでもない! なんでもないよ! ……う、うわ〜相変わらず美味しそうだな〜藍さんが作ったご飯は」

「……? 変な水蛭子」

 

 霊夢は首を傾げながら、私の朝食を乗せたお盆をテーブルに置き、元々あった湯呑みにお茶を入れて飲んだ。

 私の分も入れてくれたので、お礼を言ってから湯呑みを傾ける。

 

 少しぬるめのお茶が、長い眠りで乾いていた喉をじんわりと潤していく。

 そうして一息ついてから、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 片手に取った白ご飯を箸で(すく)い、口に運ぶ。

 美味しい。

 

 ……うん、気分が落ち込んでたけど、それはきっとお腹が空いていたからだ。

 沢山食べて、早く元気を出そう。

 霊夢に変な心配されてもやだもんね。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 我ながら盛大なあくびをしながら襖を開ける。

 居間に居たのは座布団を枕代わりにして寝転んでいる霊夢と、朝食を食べている水蛭子の二人だった。

 

 どうやら八雲一家は既に出かけた後らしいな。

 

「あ、おはよう魔理沙」

「おはよう水蛭子」

「おはよう。アンタいびき凄かったわよ。化け物みたいな音量だったわ」

「化け物みたいな嘘をつくんじゃない」

 

 ほんわかとした笑顔を浮かべる水蛭子と、真顔で嘘をほざく霊夢に朝の挨拶をしながら、適当な座布団を足で寄せて腰を落とす。

 下品だよと唇を尖らせた水蛭子に「まぁまぁ」と掌を向け、もう片方の手で湯呑みにお茶を注ぐ。

 初めに沸かしてから随分経っているのか、立ち上る湯気はほとんど無いが、口にしてみるとまだ微妙にぬるい。丁度好みの温度だ。

 

 半分程飲んで湯呑みを置き、さてと口上を洩らす。

 

「今日の宴会は誰を呼ぶんだ?」

「……宴会?」

 

 私の問いに霊夢が訝しげな顔で返す。

 水蛭子の方を見てみると、こっちもポカンとした表情で固まっていた。

 

 なんだ、八雲紫の奴言ってないのか。

 

「聞いてないのか? 今日の夕方から博麗神社で異変解決を祝した宴会をするって」

「はぁ? なにそれ聞いてないわよ!」

「お、おお……宴会場の持ち主に許可無しだったとは、大分ぶっ飛んでんな……」

 

 結構な剣幕で声を荒らげる霊夢に、思わず体を()け反らせながら頷く。

 前々から八雲紫に対して霊夢が吐く苦評苦言を聞かされてきたが、確かに昨日の夜(正確には未明)もいきなり現れて相手の大将の首を絞めるわ、唐突に「帰りましょう」と言って自宅まで連れてくるわ、なんだかよく分からない奴だ。

 

 八雲紫について、ただ凄い妖怪ということだけは知っていたが、実際にその振る舞いを体験してみると、その、やっぱり色んな意味で凄い。

 

 思わず洩れた苦笑混じりに、八雲紫から聞いた「宴会」の詳細を二人に伝える。

 

「ま、まぁさっきも言ったけど、今日の夕方から博麗神社で宴会をするらしいぜ」

「なんで?」

「いやだから異変の解決を祝してだな」

「面倒臭いじゃない!」

「わ、私に言われてもなぁ……」

 

 突っぱねる態度の霊夢に困っていると、不思議そうな顔をした水蛭子が質問をしてくる。

 

「それっていつ聞いたの? 魔理沙もさっきまで寝てたわよね?」

「ああ、私は昨日の昼下がりに一度起きたからな。晩飯時に聞いたんだ」

「え!? 起きれたんだ!!」

「なんだその滅茶苦茶意外なものを見たかの様な反応は」

 

 目を見開き大げさなリアクションをした水蛭子をジトッと睨んでやると、「はっ」とした後に「えへへ」と誤魔化しの笑みを浮かべた。まあ可愛いから許してやろう。

 さて、霊夢の方を見ると、こちらはこちらで眉間を抑え(うつむ)いている。

 

「なんだよ」

「いや……私と水蛭子が起きれなかったのに、アンタが起きてた事が、屈辱(くつじょく)的でね……」

「失礼な事言わないと死ぬ病気にでも掛かってんのか??」

 

 まじめな顔をして神妙な感じに言ってるのが腹立つな……!!

 私そんなお前に反感買うような事した?

 

「冗談よ、冗談。うちで宴会が行われるって事実を受け止めきれてないだけだから」

「本当かよ……いい加減にしないと泣くぞ?」

「わ、悪かったって。もう言わない」

「そうしてほしいぜ」

 

 少し反省した様子の霊夢に満足して頷き、再び私は「さて」と切り出した。

 

「それで宴会を開くとして、誰か招待したい人は居るか?」

「あんまりパッとは思い浮かばないわね」

「あっ、慧音先生とか?」

 

 慧音先生。上白沢慧音の事か。

 

「あー寺子屋の先生か。いいんじゃないか?」

 

 上白沢慧音は、人里にある寺子屋で先生をしている女性だ。

 私も寺子屋に通ってた時期があったから、面識はあるにはある。

 でも当時の私はあまり喋るタイプじゃなかったから、話した回数と言えば数える程度だった筈だ。

 しかし面倒見が良くて優しい人だという事は知っている。……加えて少し頭が固いけど、それが上白沢慧音という人物である。

 私も久々に話してみたいし、ナイスチョイスだぜ水蛭子。

 

 そんな感じで頷いていると。

 

「……くらいかな」

「一人!?」

「だって、多分妖怪の人達も来るんでしょ? 里の皆を連れてきても怖がっちゃうと思うわ」

「ああ、なるほどな」

 

 水蛭子の交友関係の狭さにびっくりしたが、理由を聞いて納得した。

 

 妖怪の中には人に害を成すものも確かに存在しているが、昨今の幻想郷には人に友好的な妖怪で溢れている。

 魔法の森で暮らす私が、今の今まで無事で居られるのはそのお陰でもあるのだろう。

 なんなら道端で元気に挨拶してきて、山菜や獣の肉をくれる奴も居るくらいだ。

 

 しかし里から出ない人間にとって、妖怪とは弾が入っているのか分からない拳銃のようなもの。

 弾の装填されていない拳銃はほぼ無害だが、それをパッと見で判断できる人間は存在しない。

 考えてみれば、友好的な妖怪の中にも、腕の一振で人を物言わぬ肉塊に変えてしまえる力を持っている者も居る。

 妖怪を怖がらない人間の方が、イカれてるのだ。

 

「まぁ、八雲紫も参加者は適当に呼んでおくって言ってたし、寂しい宴にはならないと思うぜ」

「それなら良かった」

「にしても唐突ね……」

「紫曰く、サプライズらしいぜ」

「この段階でバラされてるのって、サプライズとしてどうなの?」

「この段階自体がサプライズなんだぜ」

「……あ、そう」

 

 疲れた顔をした霊夢が再びゴロンと横になった。

 もうどうにでもなれといった顔をしている。

 私も異変の直後で、正直微妙な心持ちだが、折角の宴なら楽しまなきゃ損ってもんだぞ。

 

 ……あ、そうそう。大事な事を伝えるのを忘れてた。

 

「そういえば、酒も飯もあっちで用意してくれるらしいぜ。私らはお客さんのつもりで居れば良いそうだ」

「え、そうなの?」

「アンタそれを早く言いなさいよ。タダ酒とタダ飯食べられるなんて最高じゃない」

「……ああ、お前の中ではそういう問題だったのね」

 

 心持ちとかじゃなかったんだ。

 こっちは異変で精神的にボコボコにされたから、心労が溜まってるってのによ。

 

 ……待てよ。あの魔女は来たりしないよな?

 

 脳裏に浮かんだパチュリー(鬼畜魔女)の姿に、身震いする。

 水蛭子のおかげで初見時の恐怖感は拭われたが、それでも一度殺されかけた相手なのだ。平気な顔で会えなんて事は絶対に無理。

 

 どうか、あの冷血パジャマヤローだけは来ませんように……!!

 

 私は人生で数えるほどしか頼ったことのない神様とやらに、爪の跡が残るほど強く手を合わせて祈った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 紫は帰ってくると、早々に「さ! 皆で神社に行くわよ!」と意気揚々に言い放った。

 もはや“唐突”の妖怪と言われても頷けるレベルだ。

 

 例によって紫の“スキマ”の空間を通り、神社に出ると。

 

「うーわ」

 

 万年閑古鳥が鳴いている博麗神社なのに、今日はガラリと雰囲気が変わっている。

 まだ宴会は開かれていないというのに、十人近い人影が庭先に居た。

 

「わぁ、人がいっぱい……! 凄いね霊夢!」

 

 隣に立っていた水蛭子が、非常に感激した様子で言うけれど、私は正直そんなテンションにはなれない。

 何故なら。

 

「……コイツらが全員妖怪じゃなかったら、私もそれなりに喜んでいたと思うんだけどね」

「え? でも霊夢の知り合いも結構いるでしょ」

「ううん……大体が友人とか、そういうのとはかけ離れてるのよ」

 

 見覚えのある妖怪も、確かに居る。

 

 事あるごとに取材とさせてくれと言って強引に絡んでくる烏天狗に、道端で草むらから飛び出してきてくる(本人は驚かせているつもりらしい)唐笠お化け、普段はひまわり畑のど真ん中にある家から出てこない花妖怪に、たまに顔を合わせる程度だけど友好的に接してくる河童など。

 唐笠お化けと河童、あと天狗もまぁ良いとして……。

 

「ちょっと紫」

「なぁに?」

「アレ。アイツは呼ばない方が良かったでしょ」

「幽香のこと?」

 

 紫が視線を向けた方向には、縁側に座って優雅に湯呑を傾けている花妖怪が居る。

 ソイツは鮮やかな緑色をした癖のある髪に、真っ赤な瞳が目に残る奴で、白いシャツの上に赤いチェック柄のベストを重ね、同柄のロングスカートを着用している。

 トレードマークの日傘は隣に立てかけており、なんとなく彼女の相棒といった雰囲気を醸し出していた。

 

 まぁコイツの容姿はどうでも良いんだけど、兎に角この妖怪風見幽香(かざみゆうか)は、里の人間をミジンコ程度にしか思っていない。

 鬼と渡り合える程の力を持っているのに加えて、元人食い妖怪であった事もあり人間への友愛など皆無。先代巫女とはそれなりに親しい様だけど、本来なら自分の住処で一生惰眠を貪っていて欲しい妖怪なのだ。

 

 ここに居るという事は、紫が彼女を招待したという事だ。その行為は里の人間を危険にさらす可能性もある。

 何をやっているんだと睨む。しかし紫は、私の視線を受けても真顔のままで。

 

「だって、彼女が暴れても貴女が退治してくれるでしょう?」

「な……」

 

 なんだその無責任な言いぐさは。と言いかけ、口を噤む。

 

 何故なら、紫が浮かべた笑みが、ムカつくほど自然だったから。

 私があの(・・)風見幽香を打倒できると、本気で信じているのだ。

 

 その笑顔に私はなんだか無性に、腹が立ったが。

 ……まぁ、悪い気はしなかった。

 

「───アイツを退治した後は、連帯責任でアンタも封印するからね」

「えっ」

「当たり前でしょ、アンタが連れてきたんだから」

「ここは信頼してくれてるんだなって感動する場面じゃないの……!?」

 

 私の言葉に、紫は分かりやすく予想外といった顔をしている。

 そんなに驚くことかと、いつものように呆れの溜め息を吐いた。

 

 さ、こんなアホ妖怪は放っておいて、先程から庭まで漂ってきている料理の良い匂いが気になる。

 

 しょぼくれる紫を藍が慰めているのを横目に見ながら、私は水蛭子と魔理沙を連れて台所に向けて歩き始めた。

 

 

「……ふふ」

「何よ」

 

 

 隣で小さく笑った水蛭子に問いかける。

 すると彼女は優しく微笑み。

 

「口の端っこ、ちょっと上がってるよ?」

「……」

 

 グニッと自分の口角を両手で揉む。

 そう言われてみれば、そんな気がする、かな。

 

「気のせいでしょ」

「あはは、そういう事にしといてあげますか」

「ぷぷ、あんまり言ったら霊夢ちゃんが泣いちゃいそうだもんな」

「アンタは黙っててね~」

「いだだだだだっ!! お前私への扱い全然変わってねーじゃねーか!!」

 

 喚く魔理沙の顔面を鷲掴みながら、私たちは改めて台所へと向かった。

 

 

 




 
 霊夢は先代巫女に育てられていましたが、紫もよく様子を見に来ていたので、立ち位置的には親戚の叔母さん的なポジションになります。

 気恥ずかしさがあり、普段は素っ気ない態度をとりますが、霊夢は紫のことが普通に好きです。
 

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