博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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投稿が遅れてしまいすみませんでした。
例の如く短いです。
 


第二十四話 情緒不安定妖怪×2

 

 気付いた時にはもう既に首に掛けられていた腕。

 咄嗟に両手を滑り込ませようと、紫がレミリアの拘束を解いた。

 しかし時すでに遅く、紅の髪が宙を舞うのと同時、彼女の腕が紫を完全に捕縛した。

 

 ぎりぎりと締め上げてくる腕を両手で掴むが、力が強過ぎて引き離すことがままならない。

 喉に空気が通らず、大動脈も完全に閉じている。

 

 紅美鈴。

 気を操る能力を持つ彼女が気配を溶かせば、この幻想郷に存在する殆どの者たちが盲目になる。

 それに寸前ではあるが気付くことが出来たのは、八雲紫だから。

 例え彼女の主人であるレミリアであっても溶けた気配に気付くことはほぼ不可能なのだ。

 

 もし紫と同じく彼女を認識出来るとしたら、それは紫と同等の力を持つことが許された人間、「博麗の巫女」のみ。

 

「八雲紫さん、あまり御館様におイタをなさらぬよう」

 

 美鈴の口調は普段と変わりのない穏やかなものだった。

 しかし紫の浮かべる苦悶の表情から、その拘束が有り得ないほどの怪力によるものなのだと容易に想像が付く。

 

「よくやったわ美鈴。その性悪妖怪をそのまま放さないでね」

 

 二人の元に輝く魔導書を従えたパチュリーが近づき、銀の剣を携えた咲夜も歩を進める。

 

「けほっけほ……サプライズが過ぎるな、八雲紫。ちょっとびっくりしちゃったじゃないか」

 

 更に、締められていた首を撫でながら立ち上がったレミリアが、眼前の紫の顔を見上げた。

 四方を囲まれた紫は、それでも胡散臭い笑みを浮かべて。

 

「ふ、ふ……貴方の従者も中々サプライズがお上手な様、ね。私と気が合いそうだわ……ぐっ!!」

 

 その飄々とした言葉に、首を絞める腕の血管がびきりと浮きだつ。

 頭部への血流が止まり、紫の顔が青ざめ、瞼がふわふわと降り始めた。

 そのまま首の骨をおってしまおうと、美鈴がさらに腕に力を籠めようとした、その時。

 

 

「だから、落ち着けぇぇーーーーッッ!!!!」

「ぅえっ!?」

 

 

 唐突に鼓膜を叩いた怒号。

 その場の全員が思わず目を丸め、動きを止めた。

 拘束は弱まり、魔導書から溢れていた光は止まり、構えられていた剣がゆっくりと下ろされる。

 

 全ての視線が、一人の少女に集まった。

 

 

「……嫌ですよ私、こんなの。折角誰も、大きな怪我なく異変が終わったのに」

 

 

 ポツリ、ポツリと、呟くような水蛭子の声が、静寂するこの空間を切り刻んでいく様に響く。

 顔を俯かせた彼女の表情は誰も見えない。

 しかし彼女が抱いている悲しみは、その場の全員が感じ取っていた。

 

 少しの静寂の後。

 水蛭子の肩を小さく叩いた霊夢が前に出る。

 

 

「この異変では人里に大した被害は無かった。幻想郷の均衡を脅かすものでも無い。水蛭子の言う通り、双方共に大きな怪我も無し、黒幕も白旗を上げた」

 

 

 水蛭子が俯かせていた顔を上げ、潤んだ目を霊夢に向けた。

 そんな彼女を見て、霊夢は軽く笑い。

 

 

「よって、博麗の巫女の名の下に、この異変の全てが一件落着した事を『確定』する。私もさっき一発、気持ちいいのをお見舞いしてやったし、それでコイツらの悪さも不問。……これ以上暴れるっていう迷惑な輩がいるんなら、全員まとめて永久に封印するわ」

 

 

 有無を言わさない霊夢の言葉に、全員が固まる。

 

 そして少しの沈黙の後、魔理沙が噴き出した。

 

 それに釣られるように、レミリアも堪える笑いを漏らし始める。

 

「くくく……うん、私は元よりそれで良いよ。これ以上争おうなんて一片たりとも考えちゃいない」

「し、しかしお嬢様……」

「良いのよ咲夜。パチェと美鈴も」

 

 拘束を解かれ、先程までの自分と同じように首を気にする紫を見ながら、レミリアはもう一度笑う。

 

「すまなかったな八雲紫、八十禍津水蛭子。それに博麗……霊夢も。少々、興が乗り過ぎた」

「……霊夢が言うのなら、この場は一旦許しますわ」

「わ、私も問題無しです! 何事も無く終わりましょう! ね!!!!」

「まぁ、雲張った程度で退治するって、正直アホらしいし」

 

 不承不承といった風の紫と、必死に謝罪を受け入れる水蛭子。そして手の内のお祓い棒を弄びながら霊夢が適当に返し、それぞれがレミリアの謝罪を受け入れた。

 しかし、レミリアが口を開く前に、「けれど、」と紫が付け足す。

 

「二度は無い。もう一度霊夢の命を脅かしたら、貴方達全員タダじゃおかないから、そのつもりで」

「……ああ、十二分に承知したとも」

 

 神妙な顔で頷くレミリアを紫は不機嫌そうな顔で見つめて、溜め息を吐いた。

 

 そして少し間を開けて。

 

 

「……さて! じゃあ私達はここでお(いとま)させてもらいますわ!」

「「「は?」」」

 

 

 非常に唐突に切り出した紫に、その場の全員が戸惑いを見せた。

 

 先ほどまであった険悪なムードを一切感じさせない程の明るい笑みを浮かべ、紫は紅魔館の面々に背を向けて再びスキマを開く。

 そしてさっさとスキマの中へ入った彼女は、顔と手だけをひょっこりと出し水蛭子と霊夢と魔理沙に向けて手招きをした。

 

 なんだコイツはと言わんばかりに訝しげな表情で霊夢が言う。

 

「もしかして、私()はお暇って、私達も一緒に行くってこと?」

「もちろん」

「……」

 

 満面の笑みで頷く紫に、霊夢が疲れた顔をして水蛭子と魔理沙の方を見る。

 そんな彼女に水蛭子は苦笑しながら、魔理沙は「まぁ良いんじゃないか」と言いながら頷いた。

 

 二人の肯定を受け、溜め息を吐きながら霊夢が向き直る。

 

「なんていうかアンタってホント、真正の馬鹿よね」

「あら、お褒めに預かり光栄ですわ」

「うるさい。さっさと行け」

「いたっ! ちょ、蹴るのは無しじゃない!?」

 

 紫の顔を足蹴にし、お行儀悪くスキマに押しやりながら、霊夢が紅魔館の面々に顔を向ける。

 

「アンタ達。今度悪さしたら問答無用で退治するから、顔を洗って待ってなさい」

「その言い方は私達が悪さする事確定してないか?」

「当たり前でしょ。妖怪を信用するほど、私は優しくないから。……じゃ」

 

 軽く手を上げて言い、霊夢がスキマに入る。

 魔理沙も「じゃあな」と手を振りながらそれに続いた。

 

 そして一人残った水蛭子もスキマに近付いたが、少し寂しそうな顔をしてレミリア達を振り返った。

 

 

「……あの、またお邪魔しても良いですか?」

「え? ……あ、ああ勿論。いつでも歓迎しよう」

 

 

 水蛭子のなんとも言えない表情に苦笑しながらレミリアが頷くと、他の面々も口を開いた。

 

「貴方とは話したいことが沢山あるから、寧ろ来て欲しいまであるわ」

「来られて困ることも無いですしね~」

「お嬢様が歓迎するんだったら、私も歓迎します」

 

 真顔で「なんなら明日でも来ていいわよ」と繋げるパチュリーに、ニコニコと相変わらず柔らかい笑みを浮かべた美鈴。

 こちらも真顔ではあるが、よーくみると若干口角が上がっている咲夜。

 それぞれの反応を見て、水蛭子が嬉しげに笑った。

 

「やった! じゃあまた色々落ち着いたら、お邪魔させてもらいますね! それではまた!」

「ああ、またね」

 

 微笑みながら手を振るレミリア達を見ながら、水蛭子もスキマの向こうへと進んでいく。

 そして中で待っていた三人に微笑んで。

 

 

「待たせてごめんなさい。じゃあ、帰りましょうか」

 

 

 無事に異変が終息した事と、再び紅魔館に受け入れてもらえる事に安堵の気持ちで一杯になった水蛭子が、軽い足取りで歩き出す。

 

 

 

 彼女達は知る由もなかった。

 紅の悪魔の異変が、まだ終結していない事を。

 後に再び訪れるその異変が、壮絶なものになる事を。

 

 それを知っていたのは、運命を観ることが出来るレミリア・スカーレットと、館の地下の封印が弱まっている事を感じていたパチュリー・ノーレッジの二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 その幼女は地下にある密室の中で、一人虚空を眺めていた。

 その瞳に映るのは、一面古血で固められたように赤黒い色をしたレンガの壁。

 

 もう何百年、こうして同じ風景ばかりを見ているのか。

 幼女は己の背中から伸びる翼を見る。

 彼女が姉と呼んでいる吸血鬼と同じように、艶やかで頑強だった筈の背翼は痩せこけ、翼膜の代わりにシャラリと音を立てる幾つもの宝石が、その翼から垂れ下がっている。

 

 満月の夜空を家族で散歩したあの頃は、もう戻ってこないのだと。

 元の種族からかけ離れてしまった自身の翼を眺めながら、幼女は憂鬱げに溜め息を吐く。

 

 寂しい。

 

 姉と最後に言葉を交わした日、己の異様さを知った幼女は自らをこの部屋に閉じ込めた。

 その時から、この場に侵入出来るのは彼女自身が許した従者のみ。

 何人目か忘れてしまったが、今の担当は確か、人間の少女だった筈だ。

 名は、十六夜咲夜。

 

 咲夜は一見すると冷たい雰囲気を纏った少女だが、話してみると意外に聴き上手だ。

 話のレパートリーも多いし、手品や能力も面白い。

 歴代の従者の中でも、咲夜は幼女のお気に入りだった。

 

 今日も、階段を降りる音が聞こえてくる。

 小気味の良い、低めのヒールが鳴らす音だ。

 

 今日はどんな話しをしようか。

 幼女は小さく心を踊らせながら、扉をノックする音に笑顔で返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 眼の群れの視線に刺され、漂う老若男女様々な手を躱しながらスキマの中を進み、十数分程度経った時。

 鼻歌を口遊みながら先頭歩いていた紫が足を止めた。

 

「着いた?」

 

 何処まで行っても変わらない景色に飽きてきていた霊夢が口を開く。

 その言葉に紫は頷き、自身の正面の空間を裂いた。

 

 現世へのスキマの両端をどこからとも無く現れたリボンが結ぶ。

 紫は行きつけの居酒屋の暖簾をくぐるようにスキマを通り、三人の少女達もそれに続く。

 

 そこは、霊夢と水蛭子にとっては見覚えのある日本家屋の玄関だった。

 八雲一家が暮らす『迷い家』。

 初めて訪問した魔理沙だけは若干の戸惑いを見せていたが、当然のように靴を脱ぎ揃える三人を見て自身もそれに倣う。

 

 玄関から少し歩き、左手にある襖を開けると、そこには大きめの木のローテーブルと、六つの座布団があった。

 先日、八雲一家と霊夢、水蛭子が食事をした居間だ。

 

 テーブルの上には既に湯気立つご飯と味噌汁、それと付け合せのほうれん草のおひたしが席の数用意されていた。

 紫はそそくさと、向かって右の一番奥の席に腰を下ろし、置かれていた湯呑みを手に取って傾けた。

 

「は〜、美味い!」

「……適当に座るわね」

 

 マイペースな紫に少し呆れた顔をしながら、霊夢がその向かいの座布団に腰を下ろす。

 水蛭子がその隣に座ろうと歩を進めようとして。

 

「おや、お帰りなさい紫様。早かったですね」

「ただいま藍」

 

 そこに現れたのは割烹着を着た藍だった。

 手に持つお盆には焼かれた秋刀魚が乗っかっている。

 

 八雲藍という妖怪を知らない人間か妖怪が見たら、彼女のその姿は正しく主婦。

 実は博麗大結界の管理を担っている存在だと言うことは予想だにしないだろう。

 

 そんな彼女に水蛭子は頭を下げて挨拶をした。

 

「藍さん。おはようございます」

「おはよう水蛭子」

「お盆、持ちますよ」

「助かるよ」

 

 水蛭子が各席に秋刀魚の乗った皿を配っている間、霊夢と魔理沙も藍へ挨拶した。

 霊夢は相変わらず簡潔に、魔理沙は何度か人里で見たことのある彼女に対して、フレンドリーに。

 

 その挨拶に笑顔で頷いた藍は、手前の方に座っていた霊夢の頭を優しく撫でる。

 

「え? ……な、何?」

「ふふ、いや皆お疲れ様、と思って」

「何よそれ」

 

 戸惑いながらも、藍の愛情すら感じてしまう手を受け入れる霊夢。

 普段紫に対しては尖った態度を取る霊夢だが、その従者である藍にはそうした態度は取らない。

 もし紫に同じ事をされたら振り払うかぶん殴るの二択である。

 

「あはは、良かったね霊夢」

「別に良くないわよ」

 

 あまり見ない光景に笑ってしまった水蛭子が言うと、霊夢は少しぶっきらぼうに返した。

 紫と魔理沙もニマニマとした顔でそれを見守っていたが、何も言うことは無かった。

 

 と、そこで水蛭子が、秋刀魚が一皿足りないことに気付く。

 

「あの、藍さん秋刀魚が……」

 

 一皿だけ台所に置いてきたのだろうかと、水蛭子が藍へ視線を移そうとして。

 その前に、襖の隙間からこちらを覗く一人の女の子を見つけた。

 

「あ! 橙ちゃーん!!」

「(ビクッ)」

「あ、あ……ごめんね、いきなり大声出して」

 

 自身の声に驚いた橙に眉を下げながら水蛭子が謝罪する。

 そんな彼女に対し、ふるふると顔を横に振りながら橙が居間へ入った。

 

「ふふ、知らない人が居たから緊張してるんだよね」

「(コクコク)」

「あ、私か?」

 

 藍の言葉に小さく頷く橙を見て、魔理沙は自身を指差して言った。

 

「私の名前は霧雨魔理沙だ。お嬢ちゃんの名前は?」

 

 快活な笑みを浮かべる魔理沙に、橙はあわあわと戸惑った様子で藍の顔を見上げた。

 苦笑しながら、藍が口を開く。

 

「この子の名前は橙。まだ言葉が喋られないんだ」

「そうなのか? ま、宜しくな!」

 

 差し出された手を、橙が恐る恐るといった様子で握り返す。

 その手は優しく上下に振られた後、直ぐに解放された。

 

「それでその秋刀魚は?」

「ああ、そうだ。さぁ持って行ってあげて」

「(コクコク)」

 

 小さな手が器用に持っていた秋刀魚を乗せた皿を見て、魔理沙が問いかけると。

 藍は頷きながら橙へそう促した。

 

 橙が慎重な足取りで皿を運び、紫の前にそれを置いた。

 

「ありがとう橙」

 

 優しく微笑みながら、紫が橙の頭を撫でた。

 それに気持ち良さげに目を細めた橙の尻尾が、ふりふりと左右に揺れる。

 

 その光景を見てその場の全員がほんわかとした気持ちになっていると、撫でるのを止めた紫が小さく手を叩いた。

 

「さ、朝食にしましょうか」

 

 ニコリと笑う紫の言葉に、それぞれが席に座る。

 そして手を合わせた紫を見て、皆も手を合わせた。

 

「頂きます」

 

 




 
水蛭子の能力は、『共感させる程度の能力』。
 

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