博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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非常に遅くなった投稿と、いつもより少し短い話になってしまった事を、心より謝罪いたします。

そして、再びこの物語の頁を開いてくれた貴方に、心からの感謝を。


第二十二話 封魔陣

 

 

「……ッ」

 

 覚醒の瞬間に飛び起きた霊夢が、素早く周囲を見た。

 間近に座り込んでいた美鈴とパチュリーの二人は無視し、その隣で驚きの表情のまま固まっていた魔理沙を視界に収める。

 

「そ、そんな唐突に起きるんだな……ビックリしたぜ……。体は大丈夫なのか?」

「モーマンタイ。それより、吸血鬼は?」

 

 数秒前まで意識を失っていたとは思えない程、澄ました顔で霊夢は問いかけた。

 そんな彼女に苦笑しながら、魔理沙は夜空に浮かぶ二つの人影を指差す。

 

 遠い人影はかなり小さく見えたが、その片割れがレミリアであることは大きな翼のシルエットで把握出来た。

 

「……誰か、戦ってるの?」

 

 霊夢は目を細め、レミリアの影と攻防をしている、もう片方の人影を見る。

 

 

「ああ、今水蛭子がくい止めてくれてる」

「水蛭子が!?」

 

 

 不意の大声に、魔理沙はビクッと肩を浮かせた。

 態度を豹変させた霊夢に驚きながら、魔理沙は詰め寄ってくるその肩を両手で抑える。

 

「お、おいおい落ち着け!」

「落ち着けるわけないでしょ!? なんで水蛭子がアレと戦ってるのよ!!」

 

 荒々しい声に戸惑いながらも、魔理沙が霊夢を押し返す。

 たたらを踏む霊夢に、だから落ち着け、と魔理沙が肩を軽く叩いた。

 

「今の所、戦いは拮抗してるみたいだ。私が今から加勢に行ってくるから、霊夢はまだ休んで……」

「そんな悠長な事を言ってる暇ないでしょ!!」

「あたっ! ……えぇ?」

 

 魔理沙の手を払い退けると、霊夢は軽い助走を付け、一瞬の迷いも無く宙を飛んだ。

 

「お、おぉーいッ!?」

 

 瞬く間に小さくなっていく霊夢の姿。

 それに魔理沙は一瞬呆れた顔をしたが、自身も箒を魔法で引き寄せて掴むと、それに即座に跨った。

 

 そして地面を蹴ろうとして小さく屈んだ魔理沙だったが、何かを思い出して体勢をつんのめらせた。

 

「っとと! えーと、鬼畜魔女と……美鈴だっけ? お前らの目的は良く分からんが、助かった! 礼はまたするぜ!!」

「……もしかして鬼畜魔女って私の事?」

「お気になさらず。気を付けてくださいね」

 

 失礼な物言いにパチュリーは僅かに眉を寄せ、元気なお礼の言葉に美鈴はニコリと微笑んで手を振った。

 

「おう! じゃあな!!」

 

 白い歯を見せてサムズアップした魔理沙が、今度こそ地を蹴り、空へと浮かぶ。

 そして霊夢よりも数段上の速度で飛び、その姿は一瞬で小さくなってしまった。

 

 夜を駆ける二つの影を眺めながら、美鈴が微笑む。

 

「良い子達ですね」

「……そう? 博麗の巫女はともかく、あのなんちゃって魔法少女とは相容れなさそうだわ」

「ふふ、そんな事言って。久しぶりにちょっとたのしそ

うですよ」

 

 そう言って美鈴が、僅かに上がっていたパチュリーの口角をぷにぷにと指先でつついた。

 自身が無意識に笑っていた事に気が付いたパチュリーは、顔を仏頂面に戻し、憮然と返す。

 

「……目が腐ってきたようね、美鈴。良く効く薬を用意しといてあげるわ」

「素直じゃないなぁ」

 

 不機嫌そうに口をへの字にしたパチュリーに苦笑しながら、美鈴は再び空を飛んでいく二人の後ろ姿を見る。

 

 

「……咲夜さんも、あの中に入れますかね」

 

 

 その願うような呟きは、紫の魔女の鼓膜を微かに撫で、夜風に溶けた。

 

 

 

 

 水蛭子の操る大幣(おおぬさ)が、流水の如く宙をうねる。

 

 レミリアが攻撃の合間に隙を見つけては、薙ぎと突きを組み合わせた連撃を叩き込み、着実に打撃を与えていた。

 

 カウンター気味に繰り出された槍による刺突を、身を捻ることで紙一重に避けた水蛭子が、心の中で確信する。

 

「(いける……っ!!)」

 

 幾度の打ち合いを経て、水蛭子は一つ理解した。

 

 凶悪なパワーで繰り出されるレミリアの連撃。それは一撃一撃が重く、掠るだけでも皮膚が切れる程の威力を持っている。

 しかし、その攻撃の殆どは単調で大振り。素早さはあるが隙が大きい。

 普段から妖怪と戦っている水蛭子は、それを十分に見切れていた。

 

 打って変わってレミリアは、水蛭子に対して一度も攻撃を与えられていない。

 戦いは奇跡的に、水蛭子の優勢に進んでいた。

 

 そんな中、異形化した右腕で棍を受け止めたレミリアが笑う。

 

「このまま、勝てそうだと思っている顔だな」

「まさか。一撃でもまともに受ければ大怪我なのに、そんな余裕持てませんよ」

「……ふふ、謙遜するな八十禍津水蛭子。貴様は強いぞ」

 

 レミリアが桃色の槍を横一線に大振りに薙いだ。

 水蛭子はそれを身体を捻らせて回避し、そのままの体勢でレミリアの体を蹴り飛ばす。

 

 そして仰け反ったレミリアに、流れるような動作でポーチから取り出した六本の封魔針を投擲した。

 

「チクチクと鬱陶し……なにっ」

 

 体勢を立て直したレミリアが針を躱そうとして、体を硬直させた。

 六本の封魔針と共に、大幣を携えた水蛭子がこちらに突撃してきている。

 

 一瞬の思考の後、レミリアは体の全面を翼で覆い、守りを固めた。

 

 しかし、翼の合間から自身の下方を通り過ぎていった水蛭子を視認し、瞼を引き攣らせる。

 

「むぅ、小賢しいな」

「お褒めいただき、どうもっ!!」

 

 裏拳気味に振るった翼の風圧で、針を吹き飛ばすレミリア。

 そのスカートから伸びた両足の素肌に、水蛭子の放った符が張り付いた。

 

 その『悪霊退散の符』は、霊だけでなく妖怪にも効果が発揮され、その力を著しく減衰させる事ができる。

 相手の妖怪と、貼る枚数によってその効力は変わってくるが、地肌に二枚張り付けば大体の妖怪は動くのも難しくなる。

 それが例え、大妖怪であっても例外は無い筈。

 なのだが。

 

「ふむ、なるほど。枚数で効力が変わるようだな。巫女の時はかなり力が抜けてしまったが……」

「えっと、大妖怪を封印する時に用いられるのと、同じ御札なんですけど……?」

 

 鈍い動きではあるが、小さな手で摘まれた符はバリッと容易に剥がされ、宙に投げ捨てられてしまった。

 大妖怪と対峙したのは初めてだった水蛭子だが、やはりそこらの妖怪との格の違いに戦慄する。 

 

 ……しかし、それでも。

 博麗の巫女である霊夢を、容易に打倒出来る程かと問われれば、その答えは否だった。

 もっと何か、決定的な敗因がある筈。

 

 霊夢が、博麗の巫女が、もう負けない為にも。水蛭子はそれを突き止めなければならなかった。

 

「せぃッ!!」

「む」

 

 急接近から、敢えて大振りの中段打ち。

 眉を上げながらも、レミリアは案の定防御の体勢を取る。

 その槍に棍が衝突する寸前に、水蛭子は棍の軌道を変え僅かに手前に引き戻した。

 

 棍の先端がレミリアを前方に捉える。

 防御を透かされたレミリアが、目を見開かせる。

 

「フェ、イント……ッ!」

 

 槍を構え直そうとしたレミリアだが、それよりも速く、捻りの加わった全力の中段突きが放たれる。

 棍の先端は狙い違うこと無く、レミリアの胴を強く抉った。

 ゴリッと嫌な音が響く。

 

「ぐ……っ!!」

「まだっ!!」

 

 僅かに生まれた硬直の隙に、続けて繰り出す渾身の下段払い。

 常人ならばまず骨が砕けるであろうその一撃を、幼い少女の膝にモロに叩き込んだ。

 歯を食いしばったレミリアが、思わず膝を曲げる。

 

 

「でりゃあぁっ!!」

 

 

 空気を蹴り、その場でバウンドするように飛んだ水蛭子は、体を横に捻らせ回転し、その勢いを乗せた棍をレミリアの首に打ち込んだ。

 

 

「ぐ、おぉ……ッ!!」

 

 

 メキリと、骨の軋む感触が棍を伝って届く。

 確かな手応えと、何とも言えない不快感に、水蛭子は一瞬眉を寄せた。

 しかし、小さなその躊躇をかなぐり捨て、腰のポーチに手を突っ込む。

 そして符の束を取り出し、そのまま腕をしならせた。

 

 

「まだ、だぁぁぁッ!!」

「う、が……!!」

 

 

 追い打ちに横っ腹に叩き込まれた霊符に、レミリアの身体が今までに無いほど大きく痙攣する。

 

 『悪霊退散』の御札とは違う、特別な五枚の霊符。

 青い文字で「封魔」と書かれたその符を右手で押さえ、水蛭子は左腕と右脚を絡めさせる事でレミリアの全身を完全に拘束する。

 

 青白い光を放ち始めた霊符の束を更に押し付けながら、水蛭子が口を開く。

 

(先代に教えて貰った唯一の技。これで、貴方が倒れてくれれば!!)

 

 

「もう誰も、傷つかなくて済むの……!」

「……」

 

 

 平和を願う少女の、心の底からの言葉。

 

 紅の悪魔はそれを、ただ黙って聞いていた。

 

 藻掻いていた体を止め、自身を抱き締める少女の焦げ茶色の髪を見る。

 

 レミリアの中で止まっていた筈の、ひとつの運命。

 何故かそれが、動き出す予感がした。

 

 

 

 

 夢符『封魔陣』

 

 

 

 霊符から放たれた、一際強く、蒼白い光が全てを染める。

 

 その光の奔流の中で、レミリア・スカーレットは。

 

 静かに涙を流していた。

 

 

 

 

 微かに白くなってきた外の風景を少しの間眺めてから、八雲紫はテレビに視線を戻した。

 

 先程まで、自分の膝の上で眠ってしまっていた従者は、朝食の準備を初めている。

 目が覚めた時に見せたあの照れっぷりと言ったら、思い出すだけでも笑いが込み上げてくる。

 

 そんな穏やかな気持ちの中、妖怪の賢者はテレビに映る一人の少女を見る。

 

 死闘を繰り広げた相手が落下していくのを、必死な形相で追い掛ける、人間の少女を。

 

 

「……何処までも、人間らしいわね。貴方は」

 

 

 あるいは微笑ましいものを見るかのように、あるいは困った子を見るかのように。

 

 あるいは、悲しいものを見るかのように、八雲紫は笑う。

 

 

「貴方に、幻想郷の祝福がありますように」

 

 

 そう言いながら、紫は湯気立つ湯呑みを傾けた。

 

 

 

 

 爆発的に迸った蒼白い光に、霊夢と魔理沙は目を瞑った。

 少しして薄目を開いた霊夢は光が焼き付いた視界の中、酷く見覚えのあるその光の奔流に思考を巡らせていた。

 

「あれは……」

 

 博麗の巫女にしか作れない、特殊な霊符をトリガーに放つ事が出来る(ボム)、『封魔陣』。

 その特性故に、博麗の巫女だけが使う事が出来る技の一つであり、勿論霊夢も同じものを使う事が出来る。

 

 しかし今それを発動したのは、博麗の巫女である自分では無く、幼少期を共にした幼馴染の少女。

 何故彼女がその技を使えるのか、誰に教わったのか、戸惑いながらも霊夢は、左手に携えたお祓い棒を握り直した。

 

「あの光、水蛭子か……?」

「そうでしょうね」

 

 驚いた顔のままこちらを見る魔理沙に、霊夢が頷く。

 

「……あのさ、水蛭子ってもしかして、めちゃくちゃ強いの?」

「もしかしなくても、幻想郷の人間の中じゃ、ほぼ最強クラスよ、水蛭子は」

 

 ポカンと口を開いた魔理沙を後目に、収まってきた光の奔流を確認した霊夢が宙を蹴って飛行を再開する。

 それに続いて、慌てたように魔理沙が箒を前進させた。

 

 光は徐々に小さくなっていき、やがて完全に収まった。

 

 まばたきをして目を慣れさせる二人の視界に映ったのは。

 

 

 落下していく小さな身体の悪魔と、それを追い掛けるように飛ぶ人間の少女だった。

 

 




 お久しぶりです。
 ちょっと、先日頂いた感想コメントを見て、帰ってきました。

 ありがとうございます。
 

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