博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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たっときおおぬさ


第二十一話 貴き大幣

 

「何故って、貴女が私を呼んだんじゃないんですか?」

「……なに?」

 

 水蛭子は困惑していた。

 

 自分をこの館に呼んだと思ってきたレミリアが、訝しげな様子で眉間に皺を寄せている。

 嘘偽りの無いその表情。もしシラを切るつもりで装っているのだとしたら、彼女はかなりの役者だ。

 苦虫を噛み潰したような顔で呟かれたレミリアの次の言葉に、水蛭子が首を傾げる。

 

「もしや、パチェか? アイツめ……最近顔を見せないと思ったら勝手な事を」

「パチュリーさん?」

 

 パチェとは、先程まで水蛭子と共に居たパチュリー・ノーレッジの事だろう。

 しかし水蛭子の中の疑問は更に増える。彼女が自分を呼んだ? 一体何故?

 そう考えている内に、レミリアは短い沈黙を破る。

 

 槍を持った異形の腕が仰々しく上げられ、思い出したように貼り付けられた挑発的な笑みに、水蛭子の思考はバラりと散らばった。

 

「……そうだ、異変の真っ最中だったな。折角だ、お前達も軽く揉んでやろう」

「な、なに? ホントにどうなってるのこれ」

「考え事してる暇は無いみたいだぜ! 来るぞ!!」

「ッ!」

 

 カタパルトから射出された戦闘機の如く、猛スピードで飛来するレミリアに先に反応したのは魔理沙だった。

 彼女は素早い動作で霊夢を抱え、浮かせた箒に跨り急離脱し、首だけで振り返る。

 そして此方に向かって来ていない吸血鬼を見ると、空中で動きを止め、その場に佇んだままの少女に向かって叫ぶ。

 

「水蛭子!!」

 

 反応が遅れた為、レミリアの突貫を躱すのが困難だと判断した水蛭子は、長棍を前方に構えて迎撃体勢を取る。

 そして宙に浮かぶ魔理沙へ向かって大きく声を掛けた。

 

「魔理沙はそのまま霊夢を安全な所まで連れて行って! 大丈夫、少しの間なら戦えると思うから!」

「……おう! 直ぐに戻る!!」

 

 博麗の巫女を打倒した存在に立ち向かう少女に、一瞬の戸惑いの表情をみせた魔理沙だったが、逡巡の思考の後に頷き、全速力で庭園の上空を駆けた。

 

 急速に遠くなっていく魔理沙の姿を視界の隅で確認しながら、水蛭子が棍を握る力を強める。

 

 少しの時をかけて、両者の獲物が交わった。

 

 水蛭子を穿つ為に突き出された桃色の槍が、横から叩きつけられた長棍の側面をガリガリと滑る。

 それが己の手へと到達してしまう前に、水蛭子が長棍を大きく跳ねさせ、そのまま何も無い空間へ槍を受け流した。

 勢いそのままに芝生を抉った槍と共に、ガクンとバランスを崩したレミリアが、そのままの体勢で水蛭子を見た。

 

「ほう、私の攻撃をいなすか」

「……レミリアさん。どういうことですか? この異変は形だけのものじゃなかったんですか?」

 

 感心交じりの楽観的な声に、今度は水蛭子が眉間に皺を寄せながら、非難めいた声色で言った。

 愉しげに双眸を曲げたレミリアは深く頷き、言葉を返す。

 

「その通り。この異変では誰も死なないし、あと数刻で無事解決するだろうな」

「でもさっき霊夢は死にかけたんですよ!? 言っている事とやっている事が違うじゃないですか!!」

「まあ……さっきのは事故だ。博麗の巫女が思ったより強かった。手加減が出来ない程にな」

「な……ふ、ざけるなぁッ!!!!」

 

 怒号を上げた水蛭子が繰り出した横一閃の鋭い薙ぎを、レミリアの槍が易々と受け止める。

 鍔迫り合いを挟さみ、水気を帯びた山吹色の瞳が、紅の双眸を貫いた。

 

 震える声を隠すことなく、水蛭子が叫ぶ。

 

「本当に死んじゃったら、どうするんですか!?」

「それこそ事故だろう。そもそもあれしきの事で死んでしまうのなら博麗の巫女失格じゃないのか?」

「この……! 知ったような口を利くなッ!!」

「おっと……! う、ぐっ!!」

 

 長棍に掛かっていた力が唐突に無くなった為、レミリアが再びバランスを崩した。

 ガラ空きになったその鳩尾に、ウェストポーチから取り出された符の束が、掌底と共に叩きつけられる。

 

 衝撃と共に前傾姿勢になったレミリアの顎を、長棍の先端がガキンとかち上げ、幼女の身体が大きく仰け反った。

 そして無防備になった喉の急所に、捻りの加わった渾身の突きが炸裂する。

 

「ガッ!?」

「霊夢は先代にも負けない、物凄く立派な博麗の巫女です! 今日あの子に会ったばかりの貴女に、何が分かるんですか!!」

 

 冷静さを保とうとしながらも、幼なじみを貶された事に対しての怒りをフツフツと増加させ、水蛭子が叫ぶ。

 対して、大きくのけ反り、倒れかけた身体をそのままの状態で固定したレミリアは、くつくつと堪えるように笑い始めた。

 

 ぬらりと上体を起こし、幼い形のままの片手で自身の顔を覆い、弧を描いた大きな口を小さく動かす。

 

「ふ、はは。……そうかそうか、博麗の巫女が特別な訳ではなく、博麗の巫女候補になった者が、皆そうなのか」

「何を言って……」

 

 自分の言葉に対しての返答ではなく、明らかな自己完結の形を取っているレミリアの言葉。

 水蛭子は訝しげに目を細め棍を構え直し。

 

 

「君にも、手加減するのは難しそうだ」

 

 

 愉しげな声が鼓膜を撫でるのと同時、その身体が突然上空へ吹っ飛んだ。

 

「う、わ……っ!?」

「そら、気を抜いていると君も博麗の巫女の二の舞いになるぞ」

 

 きりもみに回転しながら上昇を続ける自身の身体を、自発的に浮かせる事で制御しようとした水蛭子であったが。

 

 視線をレミリアに戻しかけた所で、再び強い衝撃を体に受ける。

 

「っ!!」

「寸前で止めるか。やはり動体視力も人間離れしている。まるで博麗の巫女そのものだな」

「く、そ!!」

 

 幼い拳を突き出したレミリアの姿を見ながら、悪態をつき素早く距離を取る。

 どうにか棍と肘で衝撃を受け止められたが、ビリビリと震える己の腕に、水蛭子は小さな恐怖を感じた。

 

 恐らく先程の衝撃はただのストレートパンチ。そちらの手でこれ程の威力なのだ。もう片方の、異様に筋肉の隆起した腕で同じ事をされたら、果たして耐えられるのか。

 イメージをした瞬間、全身から冷や汗がぶわりと溢れた。

 自分の情けなさと無力感に、白い歯がギリと音を立てる。

 

 八十禍津水蛭子は、目の前のこの幼きヴァンパイアに勝てない。

 理解してしまえば、恐怖も倍増してしまう。

 

 怯える頭を、震える身体を、水蛭子は深い深呼吸を繰り返す事でどうにか抑えようとして。

 

 閉じた瞼の裏に、幼馴染の笑顔が映った。

 

 

「(……霊夢)」

 

 

 博麗の巫女は、たった一人で幻想郷を守ってきた。

 そんな彼女を自分は守りたい。

 

 本当の幻想郷を共に創っていく親友を、守りたい。

 

 たとえこの手足がもがれ、命を落としてしまう事になったとしても、それが彼女を救う代償であるのならば。

 

 何も、怖くなんかない。

 

 

「はあぁぁぁっ!!」

「真正面から来るか。流石にそれは喰らわんよ」

 

 

 突き出された棍の先端を、小さな手が鷲掴む。

 しかしそれを予期していた水蛭子は、ウェストポーチの中から素早く封魔針を取り出し、間髪入れずにレミリアの手に突き立てようとして。

 レミリアが棍ごと水蛭子をブン投げた。

 

 眉を寄せながらレミリアが言う。

 

「むぅ。戦闘スタイルも似ているな君達は」

「さっきのは、元々私が考案した秘技です」

「針で手を刺すのがか? 秘技というには少し地味だが」

「他にもあります、よ!!」

 

 両手の指に挟んだ計六本の針をレミリアに向かって投擲した水蛭子が、更に上空へ飛んだ。

 

 殺到する針を、レミリアは翼を羽ばたかせて発生させた風で吹き飛ばす。

 

 一瞬視界から外れてしまった水蛭子を追い、上空を見上げたレミリアに視界に映ったのは、突き出された長棍と、目と鼻の先まで突撃してきていた水蛭子の姿。

 

 

「何をしている?」

 

 

 わざわざ上空へ離脱したにも関わらず、何の策も講じられていない行動に、怪訝な表情をするレミリア。

 しかし次の瞬間、それは驚愕に変わる。

 

 先程までは棒同然の見た目をしていた六角形の長棍に、何か尻尾の様なものが付いていた。

 

 白い正方形の、布か紙のようなものが鎖の様に連なっている様なそのフォルムは。

 

 

「大幣(おおぬさ)、だと!?」

「正解です!!」

 

 

 巨大なお祓い棒を象った棍と、槍との衝突が空気を揺らした。

 

 目も眩む程の鮮烈な火花が両者の視界を染め上げ。

 それでも、怯むこと無く水蛭子は体を動かす。

 

 跳ね上げた棍に、僅かに体勢を崩したレミリアの胴体目掛け、四本の針を投擲。

 そして間髪入れずに体をぐわりと捻じ曲げ、レミリアの脳天目掛け大きくぶん回した棍が勢い良く叩きつけられる。

 

 レミリアは針をそのまま受け、それに構う事なく棍の一撃を槍で受け止めた。

 鳴り響く暴力的な音に、ニヤリと薄桃の唇を歪め、レミリアは楽しげに言葉を放つ。

 

「困ったな。本当に、手加減出来ないじゃないか!!」

 

 声と共に、棍ごと水蛭子を振り払い、腹と胸に刺さった針を小さな手で抜き取って放り投げる。

 だくだくとドス黒い血液が流れ出るが、気にした様子も無く、レミリアは槍を正面に構えた。

 

「くふ……さあ、博麗の片割れの力を私に見せてくれ! 貴様も手加減してくれるなよ!!」

「……ええ、手加減、無しです」

 

 見開かれた山吹色の瞳と、愉しげに歪んだ紅の双眸が、互いを貫いた。

 

 

 

 

「結局私の出番、無かったです」

「無傷だったなら良いじゃない。私なんて二度もボコボコにされたわ」

 

 半笑いで放たれたパチュリーの言葉に、不服そうに口を尖らせていた美鈴は驚きで目を丸くした。

 

「パチュリーさんが? 手加減してたんですか?」

「どちらかと言うと日の相性が悪かったわね。火曜日はあまり好きじゃないのよ、火は魔女の天敵だから」

「……それって魔女狩りですか? 魔法ってそんな何世紀も前の出来事も作用するものなんです?」

「別に、されないけど」

「じゃあ単に苦手なだけじゃないですか、火属性の魔法が」

「ええい、うるさいうるさい」

 

 ぼふぼふと弱い力でお腹を殴ってくる魔女に苦笑いしながら、美鈴が空を見上げる。

 自身の主人であるレミリア・スカーレットと、対峙する八十禍津水蛭子。

 何やら話しているみたいだが、門前までは聞こえて来ない。

 

「……おや。あの子は確か、霧雨魔理沙でしたっけ」

「アイツには勝ったわ」

「いや魔法使い歴百余年の人が普通の人間相手に何ドヤ顔で言ってるんですか」

「ええい、うるさいうるさい」

「わはは」

 

 非力なパンチを再びお腹で受け止めつつ、美鈴は空を駆けていく霧雨魔理沙と、その脇に担がれた博麗の巫女を目で追う。

 

「一応、助けた方が良さそうですね」

「そうね。フォローしておかないと後々誤解を招きそうだし」

 

 そう言って、傍観していた二人は飛んで行った魔理沙の後を追って空を飛んだ。

 

 

 

 

 庭園を過ぎ、館の塀の外に降り立った魔理沙は、抱えていた霊夢をゆっくりと芝生の上に寝かせた。

 

「……呼吸は安定してるな。気絶しているだけか?」

 

 霊夢の身体を観察しながら、目立った外傷が無いことに首を傾げる魔理沙。

 もしレミリアに敗れ、撃墜されたのだとしたら、大きな傷の一つや二つくらいはあると思っていたのだ。

 服を捲って注意深く調べてみても、やはり意識を失ったことに直結している様な傷等は無かった。

 

「まぁこれはこれで一安心だけどさ。……おーい、霊夢。霊夢起きろ〜」

 

 今度はゆさゆさと身体を揺さぶり、霊夢が目覚めるか確かめてみる。

 初めは揺さぶりもかける声も小さく。それから徐々にどちらも大きくしていく。

 しかし。

 

「霊夢ー!! 起きろー!! ……起きないな」

 

 身動ぎ一つしない霊夢に、困った顔をする魔理沙。

 その背後で、小さい物音がした。

 懐から瞬時に取り出したタクトを振り向きざまに構え、魔理沙は険しい顔をして声を張り上げた。

 

「誰だ!!」

「あ、いや、怪しい者じゃありませんよ」

「私は怪しい者カウントされそうだけどね」

「……良く分かってるな。お前ら追っ手か?」

「違うわよ」

 

 そこに居たのは二人の妖怪。

 先程まで一緒に居た魔法使いパチュリーと、見た事のない妖怪が一人。

 

 魔理沙は構えを解かずに問いかける。

 

「じゃあ何しに来やがった。アタシは今忙しいんだよ」

「博麗の巫女が気を失っている理由が分からなくて困ってるんでしょう?」

「なっ……なんで分かったんだ?」

 

 間髪の無いパチュリーの返答に眉を寄せながら、魔理沙が再度問いかけた。

 

「博麗の巫女が起きたら教えてあげるわ。美鈴、手伝って」

「分かりました」

「お、おい! 霊夢に触るんじゃ」

「ちょっと静かにしてなさい」

「ッ!!」

 

 パチュリーが霊夢の身体に手を添えながら、魔理沙の顔に向けて片手で一文字を書いた。

 すると魔理沙の話しかけていた口が勝手に閉まり、驚きで目を白黒させた彼女が自身の唇に手を添える。

 

「沈黙の魔法よ。アナタにはまだ解けないでしょうし、黙って見てなさい」

「手荒ですみません。でも彼女に害を加えるつもりは一切ありませんから、心配しないでください」

「む、ぐ……ッ!!」

 

 どうにか口を開けようと手で唇を引っ張る魔理沙だが、密着した口からは小さく空気が漏れるだけで喋る事が出来ない。

 それならばと、パチュリーに組みかかろうとして踏み出した片足が、勢い良く掬われた。

 

「ぐっ!」

「大丈夫ですから。信じてください……と言っても、初対面の妖怪を信用なんて出来ませんよね」

 

 自分を抱きとめた赤髪の女性の笑顔に戸惑いながらも、直ぐに起き上がろうとした魔理沙だったが。

 

「……分かりました」

「むー! むー!」

 

 抱きとめられた体勢のまま、両足も抱き上げられ、お姫様抱っこをされている形になってしまった魔理沙が藻掻くが、異様に力強い美鈴の拘束を抜け出すことは出来ない。

 それでも、霊夢に危害を加えられる事恐れた魔理沙は美鈴の腕の中で暴れる。

 が、案外直ぐにその拘束は解かれた。

 

 魔理沙を霊夢のすぐ隣に降ろした美鈴が、パチュリーに言う。

 

「パチュリーさん。この魔法解いてあげてください」

「えー? 折角掛けたのに……?」

「今度、お茶の相手しますから」

「……まあ、良いけど」

 

 笑顔で両手を合わせる美鈴から軽く視線を逸らしながら、パチュリーが魔理沙へ向けて、先程とは反対方から一文字を書く。

 

「むぐっ……はぁ……っ!」

「喋れるわよ」

「て、テメェふざけやがって……! 」

「まあまあ、落ち着いてください。良いですか、えーと、魔理沙さん?」

 

 パチュリーに詰め寄った魔理沙を両手で制し、美鈴は話し始める。

 

「私達は博麗の巫女に危害を加えません。寧ろその逆です。彼女の治療をしに来ました」

「なんだと?」

「彼女は今、特殊な魔法にかかっている状態で、解呪しないといつまでも寝たきりの状態のままです。私とパチュリーさんならこの魔法を解くことが出来るんですよ」

「信用出来るわけないだろ!!」

 

 丁寧な口調で説明する美鈴に怒号を飛ばす魔理沙。

 それに苦笑いしながら美鈴は頷く。

 

「ですよね……ん? 魔理沙さん、その肘は?」

「ん? ……ああ、さっき落ちた時に擦りむいたんだろ。それよりお前ら」

「少し、ジッとしてくださいね」

「……な、なんだよ」

 

 話を遮る様に身体を寄せてきた美鈴に、戸惑いながら魔理沙が身を引く。

 しかし怪我をしている腕の手首を掴まれ、ぐいと寄せられた。

 

「お、おい」

「大丈夫です」

 

 美鈴は、拘束している手と別の方の手のひらを、軽く血を流している魔理沙の肘を覆うように翳した。

 するとぽわりと淡い光が美鈴の手のひらから溢れ、じんわりと微かなぬくもりが魔理沙の肘を包んでいく。

 

 数秒の後、翳していた手を退けると、肘からの出血は止まり、傷口も塞がっていた。

 

「な……」

「アナタやパチュリーさんの使う魔法とは、少し違う力なんですけど。このくらいの傷なら直ぐに治せるんです。便利でしょう?」

「……す、すげえ」

 

 優しい笑顔を浮かべる美鈴と傷口の塞がった腕を交互に見ながら、魔理沙は感嘆の声を上げた。

 

 

 


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