「な、んだこの弾幕は……!」
迫り来る霊符と光のつぶてをなんとか躱していくレミリアが悪態を吐く。
飛んでもない量の弾幕であるにも関わらず、その幾つかは飛び回るレミリアを追尾してくるからだ。
それに加えてある程度レミリアが移動する場所を予測して撃ってくるから、タチが悪い。
運命を操る能力を持つレミリアであっても、戦闘時に相手がどのような行動をしてくるかをその都度視るのは難しい。
自身が最も得意とする近接戦闘に持ち込もうとしても、弾幕の質量が多過ぎて近付く事が出来ない。
……となると。
「捨て身でその首、貰おうか」
レミリアの頭に浮かんだのは神風特攻。
被弾したとしても相手を捕らえることが出来ればこちらのモノという考えのもと、蒼銀の髪をたなびかせた吸血鬼は弾幕の中へと突っ込む。
霊力を纏った弾丸達は突き進むレミリアの身体を容赦無く傷付ける。
しかし紅い双眸は依然として笑っていた。
弾丸の嵐を抜け、トップスピードを維持したレミリアが槍を突き出す。
「チッ、予想はしてたけど本当に脳筋妖怪ね……!」
「お褒めに預かり光栄だよ!!」
どす黒い槍が霊夢を護る結界に勢い良く衝突し、それでも砕けない青く透明な壁は激しい波紋を脈打つ。
先代の代では鬼の大親分の一撃にすら耐え得たというその超強力なバリアに、レミリアの槍が徐々にくい込む。
小さな図体に見合わぬ膂力に、霊夢は「マジ……?」と軽く洩らし、引き攣った笑いを浮かべた。
「何食ったらそんな力付くわけ……?」
「パンとワイン」
「神の肉と神の血? 吸血鬼って種族はキリストが嫌いなんじゃなかった?」
「それは誤解だ。嫌いなのは十字架だけさ。……それと吸血鬼という呼び方はよしてくれ、直接的過ぎてあまり好きじゃないんだ」
「あ、っそ!!」
槍が結界を穿った瞬間、霊夢は反対方向の結界だけを解いてその場から離脱する。
半球状に残った結界を貫いた槍と距離を取っていく霊夢を交互に見て、感心の笑みを浮かべながら槍を抜こうとしたレミリアが、ガッと停止する。
見ると、容易に抜けると思っていた槍の切っ先には何重にも符が貼りまくられていた。
「悪霊退散の符よ。今アンタはその槍持ってるだけで力が抜けてくわ」
「小細工が上手いな、当代の博麗は」
「それはアンタが手加減されてただけよ。私と先代を比べてるつもりならね」
「ふはっ、抜かせ小娘! 私の力はまだまだこんなものではないぞ!!」
裂けているのではないかという程に大きな口を歪ませたレミリアが、槍を手放し、心底面白そうに笑い。
そして唱える。
「来い、神の采配よ」
言葉を紡いだ瞬間、レミリアの巨大化していた片腕に雷のような鮮烈な閃光が纏わりついた。
光はまるでとぐろを巻いた蛇の様にうねり、ギャリギャリと破壊的な音を立ててその腕を延長するように伸びていく。
レミリアの身長をゆうに越して、倍以上の長さまで伸びた光は、その先端のみをブクリと膨張させて動きを止めた。
桃色の光を乱反射し輝くその物体は何処か玩具めいたシンプルさがある形状をしているものの、一瞥して槍であることは分かった。
腕と一体化したそれを、レミリアが大きく横一線に薙ぎ言葉を連ねる。
「これぞ神槍。銘は、『スピア・ザ・グングニル』」
バヂリと雷の様に弾けた光が、レミリアの凶悪な笑みを不気味に照らした。
◆
「〜♪ 〜♪」
「……」
やたらと長い廊下をご機嫌に鼻歌を口ずさみながら、緑髪の妖精が飛んでいく。
その後ろをついて行くチルノは、胸に抱いていた罪悪感を大きくしていた。
こんなにご機嫌な友人を、先程自分を『一回休み』にした妖怪と対面させようとしているのだから、そう思うのも無理はない。
しかし「良い匂いがするから」で着いてくる彼女も彼女であるのだが、チルノの心は悶々としていた。
そんな氷の妖精の葛藤を無視するように、先程恐るべき魔法使いと交戦した図書館の入口が姿を現した。
しかし。
「あれ、壊れてる」
先程暴力的な巫女の強烈な飛び蹴りによって憂さ晴らし気味に吹っ飛ばされた扉がそこにあった。
さっき見た時はこうはなってなかった為、チルノは訝しげな顔をした。
それでも、まだあの魔法使いと戦っているかもしれない魔理沙の事を思い出し、一歩踏み出した。
「チルノちゃん、こっちこっち〜」
決意を込めた一歩が間延びした呼び声に止められる。
振り返って見てみると、大ちゃんが嬉しそうな顔で廊下の奥の方を指さしていた。
チルノは首を傾げながら大ちゃんへ言う。
「え、でもさっきあたいが言ったのはここだよ?」
「こっちからの方が良い匂いするもん」
「あっ! ……もう! 待ってよ大ちゃ〜ん!」
匂いに釣られて飛んでいってしまった大ちゃんと図書館の入口を交互に見て、一瞬の逡巡の後。
呆れ顔をしたチルノは大ちゃんを追いかけて廊下の奥へと飛んだ。
再び長い廊下を飛んでいた二人が、前方に現れた人影を見て停止する。
先程の魔法使いかと身構えたチルノをよそに、大ちゃんが警戒心ゼロでふよふよと人影に向かう。
チルノが慌てて制止しようとするが、人影をもう一度見て開きかけていた口を閉じた。
壁にもたれていた人影は、どうやら眠っているようだった。
規則正しいリズムで寝息を立てる少女……十六夜咲夜はやたら穏やかな顔をしていて。
毒素を抜かれたチルノはフッと肩の力を抜いた。
咲夜に近付いた大ちゃんが、クンクンと動物のように彼女の匂いを嗅ぎ、にへらと笑う。
「チルノちゃん。この人とっても甘い匂いがする」
「え? ……確かにするけど」
寝息を立てる咲夜をスンスンと軽く匂いながら、なぜこの少女はこんな所で寝ているのだろうとチルノは頭の上に疑問符を浮かべた。
ヒソヒソと話す妖精達の声に、閉じていた瞼がピクリと動く。
「ん……」
「あ、起きた」
「大丈夫ですか〜?」
眉を寄せながらゆっくりと目を開いた咲夜は、自身を覗き込む二人の女の子を見てピシリと固まった。
「……」
「あれ? もしかして目を開けたまま寝てるのかな?」
「いや多分目を覚ましていきなりあたい達が居たからビックリしたんじゃないの?」
「あ〜なるほど〜」
笑顔で頷く大ちゃんと呆れ顔のチルノを交互に見て、咲夜はもう少しだけ沈黙を続けた後、口を開いた。
「貴女達……妖精? どうしてこんな所に……」
「チルノちゃんがね、良い匂いがする場所があるから行こうって」
「かなり違うけど……まぁそんなところね!」
「ちょっと、何言ってるか分からないけど」
まだ若干の戸惑いを残しつつも立ち上がると、咲夜は腰に下げていた懐中時計で時間を確認する。
半刻程寝ていたみたいだ。
「……結構寝てたわね」
「なんで寝てたの〜?」
「確かに良い子は寝る時間だけど、廊下で寝るなんてあんたよっぽどのんびり屋なのね」
「……」
握っていた懐中時計を更に強く握ろうとして、思いとどまる。
完璧で瀟洒なメイドはこの程度で機嫌を悪くしたりしない。絶対にしないのだ。
ポーカーフェイスを保った咲夜が二人を放って歩き出す。
自分の役割はもう終わったが、自分の主人がどういう状況にあるのかを確認したい。
確か謁見の間に居ると言っていたなと思い起こしていると、ふよふよと咲夜の歩く両隣に妖精が飛んできた。
少し鬱陶そうにしながら咲夜が言う。
「ちょっと、着いて来なくて良いわよ」
「ねーねー、お姉さんお菓子持ってるでしょ?」
「お菓子? ……良く分かったわね」
「大ちゃんはすっごく鼻が良いんだよ」
「へえ」
咲夜は昔餌付けしていた路地裏の野良犬を思い出しながら、小さな紙袋をポケットから取り出した。
「……」
紙袋の中身はクッキーだ。
咲夜は普段、主人や他の住人の前でおやつを食べる事は無いが、実は隠れて余ったクッキーを食べている。
これもそういった経緯でポケットに忍ばせていたのだが、そう言えば食べるのを忘れていた。
焼き上げてから時間が経っているので、少し湿気ているかもしれない。
「冷めてるから美味しくないかもしれないけど、食べる?」
「「食べる!!」」
間髪入れずに声をあげた妖精達に少し驚きながら、袋の中に手を入れた。
手を出した二人の手のひらに、クッキーを二枚ずつ置く。
「あれ、あんたの分は?」
「私は良いわよ、いつも食べてるから」
また新しいのを焼いた時に味見するし、と考えながら他意の無いよう言うと、チルノは少し不思議そうな顔をして。
「なんで? あんたも食べなよ。ほら」
「私のもあげる〜」
「え」
妖精たちから受け取った二枚のクッキーを見ながら、「本当に大丈夫だから」と口を開きかけて、噤んだ。
以前美鈴にしてもらった、「やり方を変えるだけで良いんですよ」というアドバイス。それが脳裏によぎったからだ。
普段妖精メイド達におやつをあげる時も、咲夜は一緒に食べることはない。
たまに一緒に食べようと誘ってくる妖精メイドもいるが、咲夜はそれをいつも断っていた。
(……変わるってこういう事? 美鈴)
「……ありがとう」
そう言って、咲夜はちょっぴり、不自然かもしれない笑顔を浮かべた。
それでも妖精達はいい笑顔で頷き。
「どういたしまして!」
「皆で食べる方が美味しいもんね〜」
「皆で、食べる方が」
大ちゃんの何気無く言った言葉が、咲夜には酷く新鮮で。
一口齧ったクッキーは冷めているにも関わらず、何故かいつもより美味しく感じた。
◆
今全力で霊夢を助けに行ってるけど、これ良いんだろうか。
え、霊夢の迎撃は? とか言われないかしら。
まるっきり逆の事してるもんね……。
あぁそうだ。霊夢がレミリアさんに勝てそうだったら、ラスボスみたいな感じで登場してやろうかな。
……いや、でもそれやったら何も知らない霊夢に気が狂ったと思われる可能性もあるな……。
さっき普通に話した後だから余計に不自然よね。
ああもう、どうすればいいの!!
「ど、どうしたんだ水蛭子。そんなに霊夢が心配なのか?」
「エッ、いや、そ、そうね! あの子昔から結構無茶してたし、すごい心配なのよね!」
思わず頭を掻き乱してたらちょっと引き気味な顔をした魔理沙に心配されてしまった。
霊夢と闘うかどうかで迷ってるのとは言えないから、適当に誤魔化す。
……まてよ、さっき「細かい事は気にしない」とか魔理沙に言ったけど、確かに殺されそうになってた彼女の前でパチュリーさんと普通に話したりするのエグい程不自然だな!!
う〜どうしよう頭の中がてんやわんやだ……。
いや、兎にも角にも、まず霊夢の身の心配をしよう。
幾らこの異変が解決される事前提のものだったとしても、霊夢に大きな怪我なんかがあったら大変だもの。
そんな感じで色々考えていると、私の隣を箒に乗って並走している魔理沙がなんだか微笑ましそうな笑みを浮かべこちらを見ていた。
生暖かい目にちょっと戸惑いながら、魔理沙へ尋ねる。
「な、なに?」
「いや、霊夢のヤツ、愛されてるな〜と思って」
「え、まぁ昔からの親友だからね」
「またまた、私の前では気にしないでくれていいぜ。恋の形は人それぞれだからな」
「んんんん?」
待て待て待て。
悩みの種がまた増えようとしてるぞ!!!!
「魔理沙? 貴女少し勘違いしてるようだけど、私と霊夢はそういう仲じゃ……」
「お! 水蛭子、その話は後だ。霊夢と敵の親玉が居るのってあそこじゃないか?」
「……うん、扉も開いてるし、多分そうだと思うけど」
館の中でも一際大きな扉を見つけ声をあげた魔理沙に肯定を返したが、この話は先に決着付けておきたい。
というか藍さんにも同じようなこと言われたけど、私と霊夢って傍から見るとそう見えちゃうの……?
いや別に嫌というわけではないけど、私の恋愛対象は男性だし、勘違いされたままだと物凄く困る。
霊夢の方も、昔恋バナとかした時は男の人のタイプとか言ってたし……。
「あのね魔理沙、私も霊夢も恋愛対象は男の人で──」
「あれ、中に誰も居ないぞ」
「聞いてー?」
扉の正面に立った魔理沙の後ろから部屋の中を覗くと、確かに誰も居ない。
ただ戦闘の跡なのか、床に敷かれた赤いカーペットはちらほら破け、装飾が傾いている。
戦闘というよりは台風が去った後の様な風景がそこにはあった。
確かに弁解をしている場合ではなさそうだ。
「大窓が割れてる。外に出たみたいだな」
「私達も行きましょう」
身体を浮かせ、魔理沙が指さした大窓に向かって飛ぶ。
窓の向こうには丁度赤く染まった月があって、何ともいえない迫力と、妖しい魅力がある。
こんな時じゃなかったら月見酒でもしたいなと思う絶景であるが。
──その月と交わる様に、何か赤と白の物体が上空から落ちてきた。
一瞬、脳が理解してくれなかった。
宙を流れる黒濡れの細い糸達。
赤い月光を反射し、鈍く輝く白い肌。
私はそれを、見たことがある。
内に秘めた燃えるような情熱を表現した赤と、小春の太陽のように全てを柔らかく照らす優しさを表現した白。
歴代全ての彼女たちがその身に纏い命を燃やした、気高き紅白を。
「霊夢ーーーーーッ!!!!」
気付いた時には、全力で空を駆けていた。
彼女を落とした相手が上空にいる筈だったが、そんなの関係無い。
例え私が攻撃を食らって腕や足が吹っ飛んだとしても、構いはしなかった。
ただ、助ける。
幻想郷を護る為に独りで戦う彼女を、私が護るんだ。
「う、おおぉぉぉぉッ!!!!」
落ちる霊夢を追いかけて、飛行の速度を更に上げる。
まだだ、もっと速く!!
ここで彼女の手を取れなかったら、私は一生自分を怨むぞ!!
頼む、水蛭子、お願いだ。頼む!!
「と、ど……けえぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
迫る庭園。
美しく咲き誇る花々がまるで地獄へ誘う亡者達の手のように思える。
生者の手は、私の手は。
中指の爪が霊夢の皮膚を少し削っただけで。
宙を、滑った。
「あ……」
全てが終わりを告げる喪失感の中、それでも何度も、何度も手を伸ばし、掴みかけて。
届かない。
届かない。
脳裏を走馬灯が走る。
八雲紫に手を引かれていた幼い少女。
一緒に博麗の巫女になる為に頑張ろうねと手を差し出した私に、少しだけ驚いたような顔をしてから、恥ずかしそうに握り返してきた、私よりちょっぴり小さな手。
一緒に甘味屋に赴いた時、なんと食べるのが初めてだったという団子を食べて、その瞬間に見せたとびきりの笑顔。
自分の力を過信して妖怪に挑んだ結果、殺されかけていた私を助けてくれ、泣きながら怒ってきた時のあの顔。
博麗の巫女に選ばれた霊夢に、悔しさのあまり「大嫌い」だと言ってしまった私を、ただ見つめているだけだった黒曜石のような揺れる瞳。
数年越しの仲直りを経て、一緒に里へ出かけた日の夕暮れ。「幸せ」だと言ったアンタの笑顔が目を背けたくなるくらいに綺麗で。
二度と、離れたくないって心の底から思ったの。
「折角……折角取り戻せたのに……!!」
涙で霞む視界、地面はもうすぐそこ。
このまま突っ込めば私も霊夢も死んでしまうだろう。
……救えないなら、いっそ私も一緒に──
「諦めんなァ!! バカヤロォォォォッ!!!!」
怒号と共に、骨が折れるんじゃないかと思うくらい強烈な衝撃が身体を叩いた。
輝く金色の川がブワッと視界に広がり、身体が重力から急激に引き剥がされていくのを感じる。
首を何とか動かし隣を見ると、癖のある金髪越しに見慣れた黒髪と大きな赤いリボンを見て、引っ込んでいた涙が再び込み上げてきた。
しかし。
「おい泣くのは後にしてくれよ! 両手が塞がっちまってるからこのまま体勢を立て直すのはちと無理だ! 一旦着地するから水蛭子も浮いて減速させてくれ!!」
「わ、分かった!!」
余裕のない早口での言葉に頷いて、二人の身体にしがみつきながら徐々に身体を浮かせていく。
下を見ると思ったより地面スレスレを飛んでいて肝が冷えたが、どうやら助かったようだ。
花の生えていない綺麗に狩り揃えれた芝生の上に三人転がるように着地(墜落という方が正しいかもしれない)して、身体中の痛みを我慢しながら立ち上がる。
「いてて……た、助かったわ魔理沙……」
「礼には及ばないぜ……と、言いたいところだけど……今度団子でも奢って欲しいな……」
心底くたびれた様子の魔理沙に苦笑しながら頷いて、ハッとする。
霊夢は、霊夢は無事だろうか。
魔理沙の隣で依然として動かない霊夢に近寄って、呼吸を確認する。
そして静かな呼吸と共に、小さく上下する胸を見た瞬間、全身の力が一気に抜けた。
「良かったぁ、生きてる……!!」
「のんきな顔して寝てるなぁ……人の気も知らないで」
大きなため息を吐いた魔理沙がそう言いながら空を見上げて、そして固まる。
それを見て私も思い出した。
霊夢を殺しかけた相手が居るという事を。
ゆっくりと魔理沙の見上げる方に視線を移すと、彼女は月光を全身に浴びて宙に佇んでいた。
異形な姿になった左腕と、それと一体化した様な鮮やかなピンク色の槍。
「……八十禍津水蛭子。何故貴様がここに居る?」
訝しげに眉を顰めたレミリア・スカーレットは、紅い双眸で私を睨んだ。
かなり寒くなってきましたね。
私の住んでいる場所は朝1℃とかなので出社する前に凍てついた車と格闘するのがすごい大変です。
皆様方、風邪など引きませんようご自愛ください。
それでは。