博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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第二話 博麗の二人組

 

 暫くの間流し続けていた涙を拭い、抱擁をとく。

 赤らんだ頬と鼻面を手で隠すようにしながら、はにかんだ口調で霊夢が言った。

 

「えっと……お昼、食べてく?」

 

 ということで、この日の昼食は霊夢の手料理をご馳走してもらうことになった。

 

 献立は白ご飯にお味噌汁、焼き鮭と付け合せの沢庵というシンプルなもので、しかしその味はまさに絶品という他なかった。

 お米の炊き具合、味噌汁の塩梅、鮭の焼き加減にめちゃくちゃ美味しい自家製だという沢庵。

 霊夢の料理を食べたのは久しぶりで、元々結構な腕だったのは覚えていたけど、そこからの上達ぶりが凄まじい。

 ご馳走に舌鼓を打ちながら、私も負けてられないなと口の中で呟く。

 

 そして食後は、散歩がてら人里まで歩くことにした。

 

 いつも長距離の移動は面倒くさくて、飛ぶことが多いんだけど、あんまり楽をし過ぎると健康的じゃないし、腹ごなしにもなるので徒歩が丁度良かった。

 ちなみに霊夢は有事の際以外は空を飛ばないらしい。

 なんだかこういうところでも格の違いが滲み出ている気がする。

 

 里に到着し、雑談をしながら歩いていると、視界に甘味屋さんが入った。昔、良く霊夢と訪れたお店だ。

 最近はあまり行かなくなってしまったが、懐かしさから隣を歩く霊夢に提案する。

 

「ねぇ霊夢、お団子食べない?」

「良いけど……太るわよ?」

「太ッ!?」

 

 予期せぬ返しに一瞬思考が停止する。

 

 中々痛いところついてくるわねこの子……。

 確かに最近、お肉が付いてきたかな〜とかお風呂場で二の腕や太ももを触りながら思ってたけど、普通に「良いわね!食べましょう!」って乗ってくれりゃ良いじゃない。

 

 口端が引き攣るのを感じながら、失礼な事を言う霊夢に言い返す。

 

「ふ、太るほどの量は食べないわよ!」

「でも水蛭子、昔から甘いもの好きで結構際限無しに食べてたじゃない。心配だな」

「昔の話でしょ! 今は、そんなに……食べてない、から」

「ふーん……」

 

 実は甘い物を食べるのが日課になっているの事を誤魔化しながら言うと、霊夢が目を細めて私の身体をジロジロと眺め始めた。

 

 な、なに? 何なの?

 

「……ちょっと触るわよ」

「え? なになに?」

 

 拒む間も無く、霊夢の両手が私の二の腕をふんわりと掴む。

 そしてふにふにと小刻みに揉まれた。

 ちょっぴりこそばゆい。

 

「うち貧乏だから、普段食べる物は節約してるの。……だからこう感じるのかも知れないんだけどさ」

「な、何よ」

「水蛭子。アンタ少し、無駄なお肉ついてるんじゃない?」

 

 霊夢の淡々とした指摘に、先程止まった思考が再びフリーズした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 水蛭子という少女は、少し自分に酔っている節がある。

 

 自己に関して甘いというか、軽度ではあるが慢心的な思考をする事があるのに加えて、彼女は容姿を褒められた事はあっても、醜い等と言われた事は一度もなかったからだ。

 

 事実、水蛭子は容姿端麗である。

 サラリと肩まで伸びた、新月の夜を思わせる黒髪は見る人が見れば感嘆する程綺麗なものであるし、背はそれ程高く無いにしても、ある程度出るとこは出て引き締まる所は引き締まったスタイルは人里でもそれなりに評判を集めている。

 故に水蛭子も己の容姿には絶対的な自信を持っていた。

 最も、性根が少しネガティブなので、自己暗示によるところも多いのだが。

 

 しかしその自信自体は問題では無く。

 

 先程水蛭子に対して失礼な事を言った、博麗霊夢という少女。

 彼女は普段の運動量や食管理が高じて、無駄な脂肪という物がほぼ無い。

 その為水蛭子と同程度の身長であるにも関わらず、その体型は非常にスレンダーで、外の世界のモデルのようだった。

 そしてそれは、水蛭子の理想に酷く近いもので。

 

 その人物から伝えられた「アンタ太ってね?」という言葉は、年頃の少女にとって、あまりにも残酷だった。

 

 

 ただ勘違いしてほしく無いのだが、元々霊夢には同年代の友人が少なかった。

 同年代の女子に対しての接し方も、まだ良く分かっていなかった。

 先程彼女の口から出た言葉は、彼女のなりの気遣いの結果であり。

 

 つまりこの場にいる誰も、悪くなかった。

 

 

「……水蛭子?」

「────」

「え? 水蛭子?」

 

 

 突然固まってしまった水蛭子の身体を、戸惑う霊夢が軽く揺らした。

 数回揺らされた後、水蛭子はハッと意識を取り戻し、捲し立てる。

 

 

「い、いいわよ! どうせ私はデブだもん!!」

「え。いや、そこまでは言ってな……」

「おばあちゃーーん! お団子、五人前頂戴! こうなったらヤケよ! 豚みたいになるまで食べまくってやるーーーッ!!」

「ひ、水蛭子!?」

 

 

 猛烈な勢いで甘味屋に乗り込んでいった水蛭子に、霊夢が悲鳴に近い声をあげた。

 

 霊夢は知らなかったのだ。

 年頃の女の子に体型の話をするのは、あんまりよろしくないという事が。

 

 店先の椅子に腰をかけ、受け取った団子を狂った様に貪り始めた水蛭子に、彼女は酷く焦りながら、「え、え、ご、ごめんね……!!」とぎこちない謝罪を繰り返した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 熱めのお茶をズズッと啜る。なまら美味しい。

 段々と気分も落ち着いてきた。

 団子の串が束で置かれた皿を傍らに、一息つく。

 

「あのね霊夢」

「うん」

 

 なんかちょっとムカつく真顔で、もぐもぐと口を動かす霊夢に話しかける。

 ゆっくりと、諭すように、まるで仏陀が鹿たちに説法を説くように。

 

「女の子ってね。繊細なの」

「繊細って?」

 

 不思議そうに小首を傾げる霊夢。

 私が何を言ってるのか分からないといった感じだ。

 

「だからその。太ってるとか、言っちゃダメなの」

「嫌なの?」

「いや、いっちばん嫌」

 

 なんだその純粋無垢な瞳は。

 疑問の色が浮かぶそれを見て、思わず言い淀んでしまった。

 どうやら、本当にわからないらしい。

 なんでやねん。

 

 ……くっ、そんな綺麗な瞳で私を見るなッ! 俗世にまみれ汚れた私を……!

 なんとか、気を取り直さなければ。

 

「霊夢だって、急に太ってるって言われたら嫌でしょう?」

「別に」

 

 間髪入れずに言われた。

 

 マジで言ってんのかコイツどんなメンタルしてんの?

 

「じゃあその、仮にだけどね? 仮に「アンタって不細工だね」って言われたら傷つかない?」

「うーん……特には」

 

 今度は少し思考を挟んだが、自身が貶されることに関しては気にならないといった様子。

 

 私の幼馴染、精神力強過ぎん……?

 デブとかブスとか、老若男女を問わず言われたら傷つく言葉トップ3に入るわ。それをなんで真顔で受け止められるのこの子は?

 

 思わず頭を抱え、少しの間思考を凝らす。

 がしかし、彼女には何を言っても無駄な気がするので、私は考えることを止めた。

 

「とにかく! 他の人にはそういう言葉を使わないこと! わかった?」

「うん、わかった」

 

 霊夢は一回頷いて、残りの団子を口に放り込んでモッシャモッシャと咀嚼し始めた。

 

 ホントに分かっているのだろうか……。

 

 

 

 

『っていうか、そういう霊夢も沢山食べてるじゃない!』

『私は良いのよ、元々痩せてるから』

『ぐぬぬ、これが強者の余裕というものか! 出来る事ならこの贅肉を分けてやりたい……!!』

 

 場所は変わり、迷い家(マヨヒガ)と呼ばれるこじんまりとした日本家屋の一室。

 そこに霊夢と水蛭子の声、しかし少し籠った感じのそれが部屋に響く。

 

 

「……藍、緊急事態だわ」

「紫様。こういう趣味の悪い事するの、もうやめません?」

 

 

 屋敷の中のいる二人の妖怪。

 

 やたら深刻そうな顔つきで喋っている紫色のドレスを着た金髪美人。

 彼女は幻想郷の賢者と言われている妖怪『八雲紫』。

 

 暗がりの室内で彼女は、某汎用人型決戦兵器を運用する機関の司令官の様に手を組んでいた。

 

 そしてもう一人、藍色を基調としたゆったりめの服を着た人物。

 彼女はその昔、傾国の大妖怪と謳われていた存在。

 現在は八雲紫の式神として彼女に従事している妖怪『八雲藍』。

 

 こちらは、「毎日毎日もういや……!」という表情で自身の主人を見ている。

 

 うんざいだという様子の藍の言葉に、憮然とした態度で紫は返す。

 

 

「趣味が悪いとは失礼ね。愛しい霊夢を四六時中見守ることの、何処がいけないって言うのよ」

「いやいや全部全部。発想がヤバい奴のソレですから」

 

 

 二人の前には昔ながらのブラウン管テレビが一台。

 電力供給プラグはコンセントに繋がっておらず、しかし不思議な事にこのテレビは二人の少女の姿を画面に映し出していた。

 

 

「あ~……なんで、今更こんなのが出てくるかなぁ」

「こんなのとか言うの、やめましょうね」

 

 

 間延びした嘆きの声を出す紫を、藍が少し厳しい口調で注意した。

 紫はそれを無視しつつ、畳の床へと四肢を投げ出す。

 

 

「はーーー。いやもう、超ッ仲良さげじゃないッッ!!!!」

「それはまぁ、幼馴染ですからね」

「気に入らないわーーー! マジでーーー!!」

「ちょ、賢者ともあろうお方がそんなはしたない物言いを……。大体、人間相手にそこまでムキにならなくてもいいじゃないですか」

 

 

 ギリギリと歯軋りを立てる紫を、藍は呆れながらまあまあと諌めた。

 

 

「唯でさえ霊夢にはあの白黒ゴスロリ魔女っ子の友達がいるのに、加えてヤソマガツだなんて……!」

「同種族の友が出来るのは良い事では?」

「わーたーしーのーはーいーるーすーきーまーがーなーい!! スキマ妖怪って言われているのにーーー!」

「え? ……そ、それが洒落だとしたら笑ってあげますが、どちらですか……?」

「洒落に決まってるでしょう!!」

「…………ハハハハ」

 

 

 わざとらしく声を上げて笑ってみせた藍(真顔)を、紫は寝転んだ体制のままジロリと睨む。

 

 

「なによ、その馬鹿にしたような笑い方。従者の癖に生意気よ!」

「生意気で結構。私も手間のかかる主人を持って大変です」

「なんですって!?」

「事実でしょう?」

「何がよ! このデキる女の代名詞とも言われている紫ちゃんの、何処らへんに手間がかかるって!?」

大凡(おおよそ)、全ての事柄(ことがら)らへんに。」

 

 

 ギャー ギャー ギャー ギャー!

 

 その日の迷い家もいつも通り騒がしかったが、その騒動を聞いているのは橙色をした少女の寝耳だけだった。

 

 

 

 

 私と霊夢は、仲の良い幼馴染だった。

 

 二人とも博麗候補だったから、里の人達に顔が知られていて、昔は今よりも里の人達がよく話しかけてくれたものだ。

 今でも仲の良い里の住民は沢山居るけど、あの時程では無い。

 

 あの時は二人とも人気者だった。懐かしいなぁ。

 

「……あぁ、思い出した」

 

 お茶を啜る霊夢の横顔をぼやっと眺めていると、店の奥の方から声がした。

 見てみると、甘味屋の店主であるおばあちゃんが、何かを懐かしむような表情でこちらを見ている。

 

「どうしたのおばあちゃん?」

 

 私の問いかけに、おばあちゃんは朗らかに微笑みながら話し始める。

 

「水蛭子ちゃんとその子が並んで団子を食べる姿に、やけに見覚えがあると思ってなぁ。……いま思い出したわ。博麗の霊夢ちゃんやね?」

「あ、はい。お久しぶりです」

「本当、久しぶりやね」

 

 驚いた。おばあちゃんは霊夢の事を覚えていたようだ。

 

 ……いや、当然と言えば当然だ。

 私と霊夢が仲違いしたのはそれ程昔という訳じゃない。そもそも霊夢は博麗の巫女だから人里の人達には知られているしね。

 どちらかというと、おばあちゃんは私と霊夢が隣にいるというこの光景を懐かしんでいるのだと思う。

 

「おばあちゃん、私たちの事、覚えてたの?」

「覚えているともさ。水蛭子ちゃんと霊夢ちゃんは、いっつも一緒だったもんねぇ。そうかい、仲直り出来たんだね」

 

 私と霊夢が仲違いしたのは里の人達も知っている。

 当時は色んな人に心配されたものだった。

 

 最近はそんな事も聞かれなくなり、私達が二人組であったという事を皆忘れていたものだと思っていた。

 私自身、霊夢と疎遠だった期間は酷く長く感じていて。

 

 ……だからだろうか。

 他の人が、私の隣に霊夢が居たと覚えていてくれたのが、私はとても嬉しかった。

 

 ゆるむ頬をなんとか抑えるのが大変だ。

 

「うん。仲直りしたのは、ついさっきだけどね」

「ほんならまた、昔みたいに、二人でここに団子を食べに来てくれるんやね?」

 

 おばあちゃんは心底嬉しそうな表情で言った。

 そんなおばあちゃんを見て、私はますます嬉しくなってくる。

 

「ええ、なんなら明日も来ようか?」

「ちょっと、流石に毎日お団子食べたら本当に太るよ」

「う、うるさいわね! その分歩くから大丈夫よ!」

「本当かなぁ?」

 

 ニヤリと笑いながら、霊夢がこちらを覗き込む。

 

 もう、ホントにこの子は……!

 

「はは……二人とも、なんも変わっていないみたいで安心したわ」

「「え」」

 

 おばあちゃんの言葉を聞いて二人同時に顔を向ける。

 おばあちゃんは良い笑顔で笑う。

 

「ほんに、ええ友達もっとるなぁ。何年も仲違いしていたのに、そない仲良く出来るんは凄いことよ」

「え、そ、そうかな?」

「……」

 

 そう言われると、なんだか少し照れ臭い。

 ふと気になって霊夢の方を見てみると、彼女も少し頬を赤らめていた。

 

「またいつでもおいで。オマケしてあげるわ」

「ホント!?」

「もう、水蛭子ったら……」

 

 オマケの一言に、自分でも分かるくらい過剰に反応してしまった。

 隣から聞こえる霊夢の呆れたような声に、顔が熱くなる。

 

 それを見ておばあちゃんが朗らかな笑い声をあげた。

 

「ほんまに、仲ええなぁ」

「……ふふ、ありがとうおばあちゃん」

 

 なんだか懐かしい。

 隣に霊夢が居て、彼女と一緒に誰かと話すことが、とても懐かしい。

 他の人からすればなんでも無いようなことかもしれないけど、こういう小さなところで心が温かくなる。

 

 私にとって、霊夢がどれだけ大きな存在だったか、つくづく思い知る。

 ……これから過ごす霊夢との時間を、大切にしていきたいな。

 

 

 

 

「……」

「紫様、この二人を引き離すのは鬼の所業では?」

 

 

 画面の向こうのやり取りを見て黙り込んだ紫に、藍が言った。

 紫は口を尖らせながらぶっきらぼうに返す。

 

 

「……そんなこと、しないわよ」

「おや、珍しく簡単に引き下がりましたね」

「だって流石に可哀想だもの……。霊夢だって、凄く楽しそうだし」

「うんうん、実に賢明だと思いますよ。流石妖怪の賢者様です」

「でしょう? ……いや、そこはかとなく馬鹿にしてるわね?」

 

 

 我が子の成長に感激する親の様にしきりに頷いている藍に、紫は手に持った剥きかけのミカンを投げ付けた。

 

 

 

 

 それから水蛭子達は、甘味屋の店主も交えて昔話に花を咲かせた。

 

 楽しい時間が過ぎていくのは早いもので、話を終える頃になると既に空は橙色に染まっていた。

 沈む太陽の中を羽ばたくカラスの鳴き声が、どこか心寂しさを感じさせる。

 

「……帰ろっか」 

 

 山の向こうに落ちて行く夕陽を眺めながら、水蛭子が言った。

 

「そうね」

 

 霊夢も同じように夕陽を眺めながら頷き、二人は肩を揃えて帰路に着く。

 

「ねぇ霊夢。甘味屋のおばあちゃんにああ言っちゃったし、明日も遊びに行っていい?」

「いつでも良いわよ。暇だからね」

 

 穏やかな雰囲気のまま、時は緩やかに流れる。

 

「あら、水蛭子と会うのが楽しみだからね。の間違えじゃない?」

「それもある、かな」

 

 さっき悪口を言われた仕返しにからかってやろうと思った水蛭子だったが、笑顔で頷いた霊夢に逆にたじろいだ。

 

「あ、あれ? 肯定しちゃうんだ」

「だって本当に、水蛭子と会うのが楽しみなんだもん」

「……そ、そう言われるとなんか照れるわね。あはは」

 

 顔が熱くなるのを感じて水蛭子がそっぽを向く。

 そしてその恥ずかしさをはぐらかす様に小さく笑った。

 

 その横顔を霊夢がジッと見つめる。

 

「……ねぇ、水蛭子」

「なに?」

「私いま、なんだかすっごく幸せ」

 

 ふいに告げられた言葉。

 同時に浮かべられた華の咲いた様な笑顔を見て、水蛭子の思考が一瞬停止する。

 

「は? ぅ……わ、私も……だけど」

 

 なんとか平静を保とうとして返事をした水蛭子。

 しかし内心は全く穏やかではなく。

 

(な、なんだそのこっ恥ずかしい台詞! 顔熱っ! 顔熱い!!)

 

 顔面がぐわりと猛烈に熱くなる。

 

(ていうか咄嗟に返しちゃったけど、この状況何? 私とこの子恋人なの? なんでそんなロマンチックな顔でロマンチックなこと言ってんの?)

 

 という感じで猛烈に悶える水蛭子だったが、丁度その時彼女の自宅へと続く分かれ道に差し掛かった。

 助かった!と心の中で叫んだ水蛭子が、少し唐突に言葉を続ける。

 

「じゃ、じゃあ私の家こっちだから!」

「そう、ならここでお別れね」

「え、ええ! また明日行くわね!」

「うん。待ってる」

 

 そう言って優しく微笑む霊夢の顔に、水蛭子は再び見惚れてしまう。

 

(もしかしてこの子、実はめちゃくちゃ人たらしなのではないだろうか)

 

 今朝水蛭子は、霊夢に男なんて出来るわけないとか思っていた。

 

 しかしこの笑顔を、もし男性に見せたら?

 言わずもがな、一発で、確実に陥落するだろう。

 霊夢の笑顔の破壊力はそれ程だった。

 

「……心配だなぁ」

「? 何が」

「な、なんでもない! じゃあ……またね!」

「うん、帰り道気を付けて」

「わかってる! ありがと!」

 

 軽く手を上げながら、水蛭子は心中で考える。

 

(もしや私は、女としての格。引いては人としての格が彼女よりも圧倒的に劣っているのでは? 今朝、心の中で霊夢のことを馬鹿にしたけど、馬鹿は私だ馬鹿!)

 

 水蛭子は胸に渦巻く何とも言えない感情をそのままに、家までの道を小走りで駆けていく。

 

 彼女が時折振り返ると、視線の先の霊夢が軽く手を振る。

 どうやら水蛭子が見えなくなるまで待ってくれるらしい。

 

 そんな霊夢から顔を背け、水蛭子はしみじみと言った。

 

 

「……アイツ、幻想郷で一番良い奴かもしんないなぁ」

 

 

 再び歩を進め初めた水蛭子は、とても嬉しそうに笑っていた。

 

 

 




行先の見えない彼女たちの物語を、私と一緒に見守ってくださると幸いです。

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