博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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第十四話 魔女は神になれるか?

 

 本だ。

 本、だらけだ。

 本しかない。

 

 無限にも続いてるかのように列を成す巨大な本棚の群れ。

 それに加えて、壁や床、天井すらもが本で埋め尽くされている。

 本地獄と呼称しても問題ないであろう程の量の本が、この広大な部屋を埋め尽くしていた。

 

 

 魔理沙は目の前に広がっている光景に、呆然と立ち尽くす。頬が赤らんでいるのから察するに、その感情は興奮だった。

 一緒に着いてきたチルノも最初は物珍しそうにしていたが、魔理沙があまりに長い間固まっているので、つまらなさそうに本を積み上げて遊んでいた。

 

「私は、夢を見ているのか?」

「あたい多分違うと思う」

 

 やっと声を捻り出した魔理沙に、チルノが唇を尖らせながら答える。

 彼女は固まる魔理沙に何度か話しかけたのだが、それを悉く無視をされ、少し不機嫌になっていた。

 

「本が、こんなに……ッ!!」

「こんなの焚き火の燃料にしか使えないよ」

「はぁ!? お前なんてこと言うんだ!!」

「だって字ぃ読めないし! 魔理沙も無視するんだもん!! あたい本嫌い!!」

「な、なな……っ」

 

 あまりの物言いのチルノに、魔理沙は口をパクパクとさせて再度驚きに顔を染める。

 

 魔理沙は大の本好きである。

 然るに、本を嫌いと言う者は驚愕の対象に値する。

 それも、自分のせいっていうのが効いた。

 

 魔理沙は慌てて辺りを見回し、挿し絵が多そうな本を何冊か本棚から抜き取ってチルノの前に積み上げた。

 

「ご、ごめんって! ほら、お姉さんが絵本読んでやる! お願いだから本の事を嫌いにならないでくれぇぇ!!」

「ホントに?!」

 

 割りと全力で懇願した魔理沙に、チルノは先程の発言が嘘であったかの様に大きな目を輝かせ、分かりやすい歓喜の色を顔に浮かばせた。

 まるで、幼児園児の様なチルノの笑顔を見て、魔理沙は一瞬呆気にとられながらも自身も表情を綻ばせる。

 そして本の床に腰を落とし、自身の膝を叩いて口を開いた。

 

「よーし、ほれ、ここに座りな」

「わーい!」

 

 胡座をかいた魔理沙の懐に入り込み、チルノがウキウキした様子で腕を上下させる。

 やっぱり可愛いなぁとニコニコしつつ、魔理沙は絵本を開く。

 

 その時、魔理沙の耳元で誰かが囁いた。

 

 

「盗っ人か。それともここは今日から保育所にでもなったのかしら?」

「ーーーッ!!」

 

 

 チルノを脇に抱え、魔理沙は一瞬でその場から距離を取る。

 そして素早く振り返り、先程まで自分たちの居た場所を凝視した。

 

 しかし、そこには積み上げられた絵本の山があるだけで、誰も居ない。

 魔理沙はこめかみからじわりと汗が垂れるのを感じながら、緊張気味に呟く。

 

「……誰も、居ない?」

「居るわ」

「うわぁぁぁ!!」

 

 先程の声と同じ声が、今度は背後から聞こえた。

 叫び声を上げつつ振り返ると、そこには『紫』が居た。

 

 紫の髪。

 紫の服。

 紫の瞳。

 

 完全なる無表情でそこに佇んでいた少女は、自身の胴ほどもある大きな本を抱えていた。

 よく見てみると、その本も黒いようでちょっと紫がかっている。

 

 紫の少女パチュリー・ノーレッジは表情を崩すことなく、しかし口調は意外そうに喋りはじめた。

 

「ふーん? 博麗の巫女が来ると思ったんだけど、貴女は……ただの人間ね」

「……へっ、そうだよ。霊夢が居なくたって、お前らなんざ私一人でどうとでもなる」

「あんなビビッといて良く言うわ」

「うぐっ!」

 

 痛いところを突かれ、魔理沙が表情を歪ませた。

 小脇に抱えられたままのチルノが、パチュリーと魔理沙の顔を交互にみる。

 

「はっはーん! アタイ判っちゃった!! アンタが赤い雲のゲンキョーね!!」

 

 チルノは顔を綻ばせ、嬉しそうな大声を出しながらビシィッとパチュリーを指差した。

 その突然の指摘にパチュリーは「え」と軽い驚きの声を発してから、「違う違う」と右手を左右に振る。

 

「確かに私も片棒担がされてるけど、黒幕は私じゃないわ。あんな雲があっても私に何もメリット無いし」

「くっそー、惜しかったわね」

 

 何処らへんが惜しいのかは分からないが、悔しそうに手を握りしめるチルノに「ないない」としつこく腕を振るパチュリー。

 そんな光景に魔理沙は頭の後ろで手を組みながらニヒルに笑い口を開いた。

 

「ま、黒幕じゃなくたって大して変わりゃしないぜ。敵っぽいヤツは全員ぶっ飛ばせば良いんだからな」

「うーわ野蛮だわー」

 

 担いだ箒を頭の上でグルリと回し、持ち手の先端を正面に構えた魔理沙は悪戯的に口を歪ませる。

 それを見てパチュリーは真顔を保ったまま、声色だけをドン引きさせて呟いた。

 

「まぁ、何処からでも掛かって来なさいな。多分貴女じゃ、私に勝つのなんて到底不可能だと思うけど」

「やってみなきゃ、分かんねぇだろ?」

 

 瞬間、バチリと二人の視線が弾け合う。

 

 相変わらず魔理沙の脇に挟まれてるチルノは、先程と同じ様に二人の顔を交互に見、そしてパチクリと瞬きを二回する。

 

 それが合図だったかのように、魔理沙が動いた。

 

「喰らえ!!」

 

 白の奔流。

 

 魔理沙が何処からか取り出したマホガニー製の杖(タクト)を揮うと魔法で象られた無数の弾丸が出現し、ガトリング砲の要領でパチュリーの元へ殺到する。

 亜音速のそれを正面に出した掌で受け止めつつパチュリーはゆったりとした『詠唱』を始めた。

 それはたった四口。

 

「『水流』」

 

 虚空から出現した水の流れが、まるで生き物の様にパチュリーの周囲を一周し、そして彼女の正面の空間にドロドロと積み重なっていく。

 粘性を持っているようにも見えるそれは、パチュリーの背丈の二倍ほどになると膨張を止めた。

 

「おいおい、イキナリ防御かよ。妖怪が聞いて呆れるぜ」

 

 魔理沙の魔弾がスライムのような水の壁に着弾すると、少しめり込んだだけで弾けて無くなってしまう。

 面白くなさそうに表情を顰める魔理沙に、パチュリーは真顔のまま肩を竦める。

 

「恐いわ〜。いきなり弾丸の雨を降らせるなんて異常よ。普通の人間なら五センチ刻みのミンチになっちゃってるわね」

「人にはやらないから気にすんなって」

「そうじゃないと困るわ」

 

 楽しそうに笑う魔理沙にパチュリーは変わらない真顔で返す。

 ここで、宙へ放られていたチルノがドチャッと顔面から着地した。

 

「まだまだ行くぜ」

「……」

 

 呻くチルノを無視して、魔理沙がタクトを振るう。

 すると空中にストックされていた魔弾は先程と動きを変え、パチュリーの周囲を蠅の如くビュンビュンと飛び回り始めた。

 

 飛び交うソレをパチュリーは何もせずにボーッと眺めている。

 

「ほい」

 

 スナップを効かせて素早くタクトを翻らせると、宙の魔弾が一度停止し、その弾頭を一斉にパチュリーの方へ向けた。

 

「そらっ」

 

 袈裟斬りの要領でタクトを振り下ろすと、全方位、回避不可能である筈の魔弾が次々と射出されていく。

 しかし、弾丸はパチュリーやスライムの元へ到達する前に勢いを無くし、ポトポトと床に落ちてしまった。

 

 それらをぐるりと一瞥すると、パチュリーは魔理沙へ視線を向け彼女を諭す様にゆったりとした口調で言葉を発する。

 

「やっぱり、貴女じゃ無理よ。あまりにも魔法というものを理解できていない」

「まだ判断するには早いだろうがって」

 

 憐れむような目をして見下した態度をとるパチュリーに、魔理沙は青筋を浮かべて声色を尖らせる。

 

 人間でありながら魔法を扱う魔理沙には彼女なりのプライドがある。魔弾やレーザー等の単純な魔術を好み、属性魔法は不粋であると肯定しない。

 「接近戦は苦手」と自称する魔理沙だったが、実を言うと対魔法使いの戦闘履歴も殆ど無く、ましてや媒体を用いなくとも魔法を行使することが出来るパチュリーの様な魔法使いとは、敵対したこともない。

 

 自身の力が寸分も通用していない。

 こんな事は、初めてだった。

 

「ッ!!」

 

 何故だか無性に、腹が立つ。

 脳を直接掻き毟られている様な感覚が魔理沙に襲い掛かった。

 

 ムカつく ムカつく ムカつく

 

 魔理沙の思考が、グチャグチャに掻き乱される。

 もはや彼女は冷静な判断をすることが出来ずにいた。

 

「くそっ!!」

 

 握りしめていたタクトを床に叩きつけ、床が本で構成されている事も最早思考の範疇に入っていない魔理沙は、力任せな地団駄を踏んだ。

 

「あ゛ーーーッ!!!!」

 

 痒い 痒い 痒い

 それを治めようと、グチャグチャに頭を掻き乱す。

 

 まるで、何かに頭が蝕まれている様だ。

 ボーッとする思考と霞む視界に、なんとなくの違和感を覚えた魔理沙は、呼吸を荒くしながらパチュリーを睨みつけた。

 

 

「てめぇ。アタシに何しやがった……ッ!」

「あら、気付けたのね。思ってたよりやるじゃない」

 

 

 驚愕の声を上げたパチュリーは胴に抱いていた本を手放した。

 本は床につく前に宙に浮かび、パチュリーの背後に落ち着くとそのまま動きを止める。

 

「人間は、精神干渉に弱いの。受け付けてしまったらそれでお終い。効かない人間は割りといるけれど、貴女みたいに受け付けて、途中で目覚める人間はそうは居ないわ。スゴいわね」

「うるせえ、調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

 疼きが治まってきた魔理沙は遠めに落ちたタクトを拾うためにジリと横に進み始める。歩を進めながら、頻りに瞬きをさせてボヤけていたピントを元に戻す。

 クリアになってきた視界の先に立つパチュリーは一切の挙動を見せずに、ただ移動する魔理沙をジッと見ている。

 

「……はー」

 

 タクトを拾い上げ、さてと思考を落ち着かせる。

 

 魔法を扱う時は魔力を扱う媒体が必要となる。オーソドックスな所を言えば魔理沙が愛用するタクトが主流だ。

 そういった媒体をプラスアルファとして土や水等を指定した場合、属性魔法と呼ばれる域に到達する。

 

 しかし、コイツが今した事は?

 精神干渉なんて、宗教や性魔術の類でしか見られない、魔法とも呼べない不安定な代物の筈だ。それをあれ程迅速かつカンタンに、完全に自由に、そして相手に気付かれることなく扱うなんて。

 人間は勿論、今まで出会ったどの魔法使いも到底及ばない。

 

 コイツは、正真正銘の化け物だ。

 

 自分の得意とする魔法は目の前のコイツには通用しない事は分かった。今の自分がどうやっても敵わないことも。

 

「魔理沙」

「ああ、チルノ。そう言えば居たな」

「そう言えばってなんだよー!」

 

 立ち尽くす魔理沙の隣に飛んできたチルノが降り立つ。

 すっかり存在を忘れていた魔理沙は、驚いた表情でチルノを見た。そんな魔理沙の言葉にチルノは不機嫌そうに本の床を強く踏む。

 

 しかしチルノは直ぐに表情を真剣なモノに変え、口を開いた。

 

「魔理沙、あたいも戦うよ」

「はぁ?」

 

 確かにこの魔法使いには勝てない。

 だから魔理沙の魂胆としては、大将の霊夢が来るまでどうにか粘り、そんで代わりにやっちゃってもらおうと思っていた。

 しかし目の前の妖精は明らかに雑魚のポジションであるにも関わらず、大ボスと戦おうとしている。

 妖精は基本的に頭ん中フワフワのノーテンキばっかりだ。

 加えて妖精という存在自体が妖怪と概念の中間に位置し、例え命を落としてしまっても時間を置けば何食わぬ顔で『復活』する。

 故の命知らず。

 人とは感覚が違い過ぎる。

 

「……ハンッ、止めとけ止めとけ。どーせ痛い目みるだけだぜ」

 

 魔理沙はそんなチルノを鼻で笑うと、無理無理と手を振った。

 

「そんなこと無い! あたい、サイキョーだもん!!」

「はーん、最強ね」

「うん! あたいと魔理沙が手を組めば、誰にも負けないって!!」

 

 魔理沙はチルノを見た。

 

 目が輝いている。

 彼女は、自分がどれ程の弱者であるのかを理解していないのだ。

 だからこそ、これほどまでに純粋な瞳をしていられる。

 

 人間である以上、どうやっても考えることが出来ない程の無垢が、そこにあった。

 

 魔理沙は苦笑混じりに口を開く。

 

 

「……そうだな。イッパツやってみるか」

 

 

 その言葉を聞くと、チルノは明るい笑顔で頷いた。

 それを見て、魔理沙もニヒルに笑う。

 

 パチュリーが真顔のまま、口を開く。

 

「さっさと、終わりにしましょう。貴女達も帰って寝たい時間帯でしょうし」

「ハッ、生憎私は勉強家でな。アンタ相手に自分が何を出来るか、た~っぷり実験させてもらうぜ!!」

「魔法使いって食べる事も寝る事もしなくていいんだってね? 喜びなさい! このサイキョーたるあたいが、直々にコールドスリープさせてあげるから!! 何年ぶりのオヤスミかしら!?」

 

 魔理沙がスッ飛んできた箒を片手で掴み、そのまま図書館の空中に飛んだ。チルノがそれに続き飛行する。

 

 パチュリーはそれを見て首を傾げつつ、二人を指差し『詠唱』した。

 

「『拘束』」

 

 ジャリッと音を立てて虚空から射出された二本の鎖が二人を追従する様に飛んだ。

 魔理沙とチルノはそれを巧みに躱し、パチュリーの方へ身を翻してそれぞれが仕掛ける。

 

「はぁ!」

「うらーッ!!」

 

 魔理沙がタクトを振ると彼女の周囲から魔弾が出現し、それがパチュリーの元に次々と放たれていく。

 先程の弾丸の様な魔弾とは違い、今度は単純な丸型。テニスボール大の魔力の塊がパチュリーを襲う。

 

 チルノが両手をパチュリーの方へ突き出すと、同時に彼女の周辺に細やかな氷の粒の群れが舞い始める。チルノを発生源とした所謂霰が、まるで意思を持っているかの様にパチュリーの元へ殺到した。

 

 パチュリーは右腕を振り払う事でそれらを吹っ飛ばし無力化すると、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「『加速』『変則』」

 

 パチュリーの言葉に従い、魔理沙とチルノを追っていた鎖がその速度を上げガクンと明後日の方向へ軌道を変え、そして闇に支配された部屋の奥へと飛んでいってしまった。

 

「何やってんだアイツ」

「プークスクスッ! あの魔法使いオツムがちょっとアレみたいね! こりゃラクショーだわ!」

 

 訝しげな表情の魔理沙と、対象的にニヤケ顔のチルノ。

 それぞれがそれぞれの反応をし、それからパチュリーを見下ろした。

 

 二人を見上げるパチュリーは、真顔のままだ。

 それを見て更に眉間に皺を寄せた魔理沙が、遠くから聞こえた空気の裂ける音に気が付いた。

 

「……っ!? 避けろチルノ!!」

「え? ウボァッ」

 

 瞬間、チルノの身体がくの字に曲がって吹っ飛ぶ。

 

 バチンッと破裂音にも近い荒っぽい音を立たせてチルノの身体に巻き付いた鎖が、ギチギチと嫌な音を響かせてチルノの肌に食い込んでいく。

 寸前で回避した魔理沙はその様子に冷や汗を垂らすが、直ぐに行動に移った。

 

「大丈夫かチルノ!」

「無理無理無理無理!! あ゛い゛だだだだだーーーッ!!!!」

 

 なんちゅう加減の無さだ。

 

 チルノの顔が赤くなり、そして青ざめ、現在は土色になっている。

 それ程鎖の束縛がキツいモノであることを察し、魔理沙は酷く焦った様子でチルノに巻き付く鎖を掴む。

 

「くっそ、どうなってんだコレ!! 全然取れねぇ!!」

「……ぁ、まりさ、あたいもうだめ」

「耐えろチルノ! 今私が助けてやるからな!」

 

 思いつく限りの魔法を鎖に打ち込む。

 しかし鎖は全く壊れる様子が無く、遂にチルノの口から泡がブクブクと溢れ始めた。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバい!!」

「諦めなさいな。どうせ妖精の命なんてあって無いようなモノなんだから」

「うるっせぇんだよさっきから!! イチイチ癪に障る言い方しやがって!!」

 

 パチュリーの冷淡な言葉に意識をやったその時。

 

 

 ぴちゅーん

 

 

 と、音が鳴った。

 魔理沙が振り返ると、そこにはもう誰も居ない。

 

「……ぁ」

 

 使命を失い落下する鎖を眺めながら、魔理沙は呆然と目を見開いた。

 

 

 

 


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