博麗になれなかった少女   作:超鯣烏賊(すーぱーするめいか)

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主人公の名前が少し奇抜だと思われるかもしれません。
でも彼女は私の娘同然の大切な子です。
どうか優しい気持ちで受け入れてくださると幸いでございます。


序章
第一話 博麗になれなかった少女


 

 幻想郷の均衡を保つ『博麗の巫女』。

 

 代々人を守り、妖怪を退治してきた彼女達の間には血縁関係が無い。

 

 何故ならば博麗の巫女には元来より、処女でなければならないという決まりがあるからだ。

 男性と交わる事を許されていない彼女たちは、世襲的後継ぎは産めない。

 

 その為、博麗の巫女が役割を終える時、自身の子ではない一人の少女に博麗の名を託す。

 

 

 ……と言っても、博麗の巫女に選ばれる女性は総じて恋愛運が無いし、この決まり事の意味はあんまり無いんだけどね。

 

 

「ああ、そうか。私が博麗に選ばれなかったのは、それが原因か」

 

 

 玄関先を箒で掃いていた私は、誰に言うわけでもなく呟いた。

 

 博麗の巫女というのは即ち『モテない』の代名詞でもある。

 歴代の巫女も先代様も、どういうわけか男運・恋愛運には見放されており。引退した博麗の巫女が結婚したという話も聞いた事が無いので、ある意味彼女達は生涯に渡って生粋の巫女だったのかもしれない。

 

 うん、なるほど、当代の博麗の巫女(・・・・・・・・)もめちゃくちゃ不愛想だもの。

 あんなのに彼氏が出来るなんて、天地がひっくり返ってもありえない。

 

 その点。

 この私『八十禍津水蛭子(ヤソマガツ ヒルコ)』ちゃんは男子にモテモテだし?

 夫が出来る事なんて確定事項だし?

 そりゃあ博麗の巫女に選ばれるわけないわよねぇ!

 

 多分八雲紫も、その辺を考慮した上で、霊夢を博麗の巫女に選んだに違いない。

 

 ふふ、哀れな博麗霊夢ちゃん。

 その不名誉な名前を背負って一生魑魅魍魎達と乳繰り合ってなさい!

 

 あーはっはっはっはっ!!!!

 ……はは。はぁ。

 

「そう考えると、気が楽になって来たわね」

 

 脳内でひとしきり高笑いし終えると、心いっぱいに充実した気分で満たされる。

 虚しさもちょっぴりあるが気にしない。

 

 あーあ! 今まで霊夢の顔を見るたびにイライラしてた私が馬鹿みたい!

 

 ……あ、そうだわ!

 今日は天気も気分も良いし、久しぶりに霊夢に会いに行ってみよう。

 この大親友の顔を久々に見たらあの子、喜ぶぞぉ〜。

 

 

 

 

 ニコニコとした笑顔を浮かべながら竹箒での掃除を終わらせると、水蛭子は自室で姿見を眺めていた。

 その顔からは依然として笑顔が絶えていない。

 

「今日も私は可愛いわね〜……」

 

 己の顔を眺めて、ニヤニヤ。

 明らかに正気の沙汰ではない。

 しかし彼女にとってこれは毎日の恒例行事だ。

 

 世間一般の感覚からすれば、八十禍津水蛭子と言う少女は文句無しに美少女ではある。

 しかし生憎と言うべきか、この幻想郷という土地は女性の顔面偏差値が非常に高い。

 

 つまり生半可な美人は一般女性レベルなのだ。

 そんな土地で生まれ育ったからか、水蛭子は自分の容姿に少し自信がなかった。

 

 だから彼女はこうして継続した暗示を自身にかけ続け、かれこれ数年間女性としての自信を必死に保ち続けているのだ。

 

「……さて、そろそろ行こうかな」

 

 姿見から離れ、机に置いていたウェストポーチを肩から掛け、自室から出る。

 トタトタと廊下を歩き居間に差し掛かったところで、編み物をしている母に声をかけた。

 

「お母さん! ちょっと霊夢ん家行ってくる!」

「はいはい、気をつけていってらっしゃい」

 

 編み物を中断させた母が柔らかな口調で言うと、水蛭子はご機嫌に可愛らしい笑みを浮かべた。

 それから先程よりも大きな足音を立てながら家を飛び出した娘に、「幾つになっても騒がしい子ね」と苦笑した母は編み物に意識を戻した。

 

 しかし、先ほどの娘の言葉を思い出し、再び顔を上げる。

 

 

「……今あの子、霊夢って言ったかしら?」

 

 

 娘の口から幼馴染の名前が出てくるなんて、何年ぶりだろうか。

 

 

 里を出て空を飛び、霊夢が住んでいる博麗神社へと向かう。

 道すがら水蛭子は、今から会いに行く幼馴染の事を思い出していた。

 水蛭子が霊夢を最後に見たのは、およそ半年前くらいの事。

 言葉を交わしたのはもっとずっと前である。

 

 少しの間、空の散歩をゆるりと楽しんでいると、眼下に懐かしい神社の姿が見えた。

 相変わらずのボロ神社に苦笑して、水蛭子は神社の脇にある社務所の前に降り立つ。

 そして、一瞬だけ躊躇してから、木とガラスで作られた引き戸を控えめにノックした。

 奥から小さく声が聞こえたので、どうやら在宅らしい。

 

 家の中からトタトタと早めの足音が聞こえてくる。

 

「はーい、どちら様ですか……」

 

 ガラリと戸が開くと、中からは脇丸見えのヤバめな巫女服を着た少女が姿を現した。

 この少女が水蛭子の幼馴染であり、博麗の巫女である『博麗霊夢』だ。

 

 彼女は想定外の訪問者の顔を見てポカンと口を開き、惚けた声を溢す。

 

「……は、え?」

「おはよう霊夢! 久しぶりだね」

 

 水蛭子は数年振りに対面した幼馴染に向けて満面の笑顔を浮かべた。

 ……が、しかし。控えめに振られたその右手からは若干の気まずさの様なものが見てとれる。

 

 対して霊夢は、開いていた口を一度閉じて、瞼を瞬かせた。

 

「……えっと」

 

 霊夢は少しだけ水蛭子の顔を眺めてから、戸惑った表情で頬を掻き、そして一言。

 

「ごめんなさい。どちら様ですか?」

「は?」

 

 その言葉は水蛭子にとってあまりにも想定外のものだった。

 思考が追い付かなかった水蛭子の表情が、一瞬の間を置いて驚愕に染まる。

 あらんかぎりに開かれた口から、飛び出したのは特大の当惑。

 

「……はぁ!?」

 

 見開かれた橙色の瞳はわなわなと震え、水蛭子の受けたショックが相当なものなのだということが容易に分かった。

 

 その双眸にはじわりと涙が込み上げ。唇も震え始める。

 

(わた、私って……そんなに薄い存在だったの……!?)

 

 さて、号泣寸前のこの水蛭子という少女。

 彼女のメンタルはどちらかというと結構強い方に入る。どんなに嫌味な態度をとられても、どんなに理不尽な目にあったとしてもへこたれない。

 寧ろなにくそと逆に燃え上がるタイプだ。

 

 では何故そんな彼女が元々仲違いをしていた相手に忘れられていた程度の事でフツーに泣きそうになっているのかというと。

 

 

 水蛭子は霊夢のことが大好きだからである。

 

 

 根本的な話をすると、水蛭子は元博霊の巫女候補であり、先代博霊の巫女の元で修行していた身だ。

 博麗の巫女の座に霊夢が着いたことで彼女は博霊になれず、そのことから霊夢に対して妬み嫉みを抱いていた。

 それが二人が仲違いをすることになった原因だ。

 

 しかしその前、博麗候補時代の二人はとても仲の良い友人で。

 互いにとって、一番の親友と言っても差し支えない程の仲だった。

 

 加えてそもそもの話を言ってしまえば、水蛭子は霊夢に悪感情を抱いているが、霊夢の方はそういう感情は全く無く、水蛭子の事も全然嫌っていない。むしろ霊夢の方も水蛭子のことは大好きだ。

 つまり霊夢が水蛭子を忘れてしまう可能性なんてゼロ。

 

 そう。

 大切な幼馴染を、彼女が忘れる筈が無いのだ。

 

 

「ふ、ふふふ……」

「ぅ……? ちょっと霊夢、どうしたの……?」

 

 

 水蛭子がショックで固まっていると、霊夢は俯いて肩を震わせ始める。

 自分のことを忘れたことといい、彼女はどうにかしてしまったのではと心配になった水蛭子が声を掛けようとした、その瞬間。

 

 霊夢はバッと顔を上げ、水蛭子の顔を指差して大きな声で笑い始めた。

 

 

「あっはは! なんて間抜け面なのよ、冗談に決まってるでしょ! 冗談に!!」

「は、……なぁ!?」

 

 

 おちょくられた。

 

 それを確信した瞬間、水蛭子の頭の中に「屈」と「辱」の二文字が飛び回る。

 

(騙した? この私を……? コ……イツ……ッッ!!)

 

 ビキリと額に青筋を浮かばせ、今度は怒りから体を震わせ始めた水蛭子だったが、次の瞬間には全身を脱力させた。

 すーはーと深呼吸を数回繰り返し、目を閉じる。

 

(ま、まぁ? 会うの久しぶりだし、霊夢ったら舞い上がっちゃったのね。仕方ない仕方ない。私の方が一つお姉さんだし、妹分のこういう悪戯も寛大な心で許してあげなくちゃ……!)

 

 

「も、もう。酷いわよ霊夢ったら」

「あははは……いや、ごめんごめん。立ち話も何だから入って」

 

 

 霊夢は目端に浮かべた涙を拭いながら、水蛭子を社務所の中へといざなった。

 

「ふぅん……中は昔見た時とあんまり変わってないのね」

 

 水蛭子は久々に入る宅内をキョロキョロと眺めながら、履いてきた革のブーツを脱ぐ。

 霊夢を見てみると、脱いだつっかけサンダルを揃えながらまた肩を震わせていた。

 

 コノヤローまだ笑ってやがると、水蛭子は再び額に青筋を浮かばせたが、やはり数秒後には脱力させる。

 

 ちゃぶ台だけが置いてある寂しい居間に案内され、腰を下ろした薄っぺらな座布団に思わず苦笑してしまう水蛭子。

 それから、お茶を持ってくるわと言って部屋から出て行った霊夢の後ろ姿を見送ってから、ぼんやりと考え始める。

 

(……なんかあの子、明るくなったわね)

 

 霊夢の様子を思い浮かべながら、水蛭子は考えた。

 

 半年前に霊夢を見た時はあくまでチラリと視界に入れただけなので、言葉は交わさなかった水蛭子。

 だけれど、最後に言葉を交わした時は、少なくともあそこまで明るい性格では無かった筈だ。

 

 仲の良かった二人だが主に話していたのは水蛭子の方で、霊夢は頷くだけか、「へぇ」や「そう」とか、最低限の相づちしか打たない、割と素っ気ない性格の女の子だった。

 少なくとも、出合い頭にあんな心臓に悪い冗談をかましてくる子ではなかった筈だ。

 

 一体何が、誰が彼女をあそこまで社交的な性格に変えたのか、水蛭子はひどく気になっていた。

 

 そんな感じで水蛭子が唸っていると、霊夢が急須と湯飲みと煎餅の入った皿を乗せた盆を持って戻ってきた。

 

「はい、粗茶だけど」

「ありがとう」

 

 水蛭子は霊夢から湯飲みを受け取ると、さっそくこくりと茶を飲む。

 

「あ、美味しい」

「ふふ、良かった」

 

 なかなか美味しいお茶だ。

 

 水蛭子の向かい側の座布団に腰を下ろした霊夢も、湯飲みを手に取った。

 お茶を飲んであらほんとに美味しい、と呟いた霊夢は、さてと水蛭子に問いかける。

 

「それで、何の用なの? あれだけ私を毛嫌いしてた癖に」

 

 とても穏やかな表情で霊夢は問いかける。

 それに対して、水蛭子はむんずと腕を組みながら。

 

「私、アンタを許すことにしたのよ」

「許すって……別に私は悪い事してないじゃない」

 

 水蛭子の言葉に霊夢が苦笑しながら言うと、フッと睫毛を下に向けた水蛭子が頷く。

 

「そう。……私はただ、悔しかったのよ。アンタが博麗の巫女に選ばれたのが」

「……」

「博麗の巫女って、人里の人間からすれば英雄みたいな存在じゃない? 私も先代様に憧れていたから、どうしても博麗の巫女になりたかったの」

 

 そう言って水蛭子は、ギュっと自身のスカートの裾を強く握る。

 

「博麗の巫女の候補として選ばれて先代様に師事し始めてから、里の皆も応援してくれて、お母さんも誇らしげにしてて。私はそんな皆の気持ちに答えたくて、必死だった」

「水蛭子は、昔から里の人達の人気者だったもんね」

「光栄な事にね。でも、八雲紫は私じゃなくて、ずっと私の隣にいたアンタを選んだ」

「……ごめん」

 

 霊夢が俯いて、小さな声で謝った。

 そんな彼女を見て、今度は水蛭子が苦笑した。

 

「謝らないでよ。むしろ私の方が謝りたいの」

「え?」

「霊夢の言う通りだよ。霊夢は何も悪くない。悪いのは勝手にいじけて、アンタから離れていった私」

「水蛭子……」

 

 震える声で話す水蛭子に、霊夢の胸がズキリと痛んだ。

 ちゃぶ台に手をついて、とてもか弱く見える幼馴染の頬に手を伸ばす。

 

 頬に添えられた白く細い手を触りながら、水蛭子は顔を上げた。

 

「ごめんね、霊夢。今まで無視して。今まで逃げてて」

「い、良いのよ。もう気にしてないもの」

 

 焦ったように手を振る霊夢を見て、水蛭子は涙目のまま笑った。

 

「昔私、霊夢のこと大嫌いって言ったじゃない?」

「……うん」

「ホントは霊夢のこと大好きだったし、ずっと仲直りしたいって思ってたの」

「うん。私も」

 

「でも自分から離れていった手前、仲直りしようだなんて都合の良いこと、言えなかった」

「そんなこと……」

「良いのよ。ホントに、私が全部悪かったんだから」

 

 悲愴な面持ちで話す水蛭子を見て、霊夢も辛そうに顔を歪める。

 そんな霊夢はすくと立ち上がって水蛭子の隣に移動すると、彼女を横から優しく抱きしめた。

 突然の事に水蛭子は戸惑いの声を上げる。

 

「霊夢……?」

「ねぇ水蛭子。……私、明るくなったと思わない?」

「う、うん」

 

 明るい口調で言った霊夢に、水蛭子が頷く。

 寂しそうな笑みを浮かべながら、霊夢が言う。

 

「水蛭子が離れていった後ね。私すごく寂しかったんだ」

「……うん」

「私って、あんまりお喋りが得意じゃなかったじゃない? でも、水蛭子はそんなのお構いなしに話しかけてくれた。私の不愛想な態度を気にせずに接してくれるアンタと一緒にいると、なんだか穏やかな気分になれたの」

「そう、なんだ」

 

 霊夢の心の内を知った水蛭子が、嬉しそうに笑った。

 

「水蛭子がいなくなってからは、人と触れ合う機会がめっきり減ったわ。でも最初の頃はあまり気にしてなかったのよ? たまに参拝者とか知り合いも来るし、紫も定期的に様子を見に来てくれるし。……それでも、ホントに最近、「あ、水蛭子が居ないと寂しいな」って、気付いた」

 

 霊夢はゆっくり体を水蛭子から離して、自嘲の笑みを浮かべた。

 

「それで、仲直りしたいって思ったんだけど、ずっと仲違いしてる水蛭子と今更顔を合わせに行くのも、なんだか気恥ずかしかったの」

「……うん」

「だから、変わろうって思った」

「え?」

 

 にこりと笑ってから、霊夢は煎餅を一枚摘み、縁側へと出た。

 

「水蛭子に会いに行く勇気が出ない自分が情けなかったから、もっと強くなろうって」

「アンタは、十分強い子じゃない」

「そんなことない。私一人じゃ、全然強くなんか」

 

 一拍置いて、霊夢は煎餅を一口齧った。

 

「さっき言った知り合いの中に、元気の塊みたいな子が居てさ、ソイツに相談してみたんだ。どうやったら仲違いした友達に会いに行く勇気を出せるかなって」

「そんなの、いきなり言われたら相手も困るでしょうに」

「それがソイツったら、私の話しを聞いたとたん大笑いしてさ。そんなの難しく考えなくて良いんだよ!って言って、私を強引に里まで引っ張っていったの」

「ええ~……?」

 

 霊夢にできた思った以上にアクティブな知り合いに、水蛭子は軽い困惑の表情を浮かべた。

 

「一回だけ、水蛭子ん家の前まで行ったのよ?」

「え、そうなの!?」

 

 笑いながら言う霊夢の言葉に、思わず驚愕する。

 彼女が自分の家まで来ていただなんて、全く気が付かなかったのだ。

 

「でも寸前になって、やっぱり恥ずかしくなって逃げちゃった。その知り合いには呆れられたけど」

「ごめん。その時、私が気付ければ良かったんだけど……」

「無理よ、一分もしない間に逃げたんだから」

「あら……ふふっ」

 

 少しおどけたような口調で言った霊夢に、思わず笑ってしまう。

 

「でも、嬉しい。会いに来ようとしてくれてたんだ」

「うん。でも結局、水蛭子の方から来ちゃったけどね」

 

 振り返った霊夢と顔を見合わせると、水蛭子は笑った。

 霊夢も釣られて笑いをこぼす。

 

(なんだ、霊夢も私のこと想っててくれたんだ……)

 

 そう考えてから、水蛭子は今まで自分が霊夢を避けてきたことに猛烈な申し訳なさを感じ始めた。

 霊夢は悪くないのに、彼女に寂しい思いをさせてしまっていたのだ。

 

 水蛭子は霊夢のいる縁側まで行き、先程彼女にしてもらった様に横から彼女を抱きしめた。

 

「ひ、水蛭子?」

 

 感覚の短いまばたきをして慌てた口調で言った霊夢だったが、やがて落ち着きを取り戻すと穏やかに微笑み、水蛭子を抱きしめ返した。

 

「ごめん霊夢。ごめんね」

「それ、さっきも言ってたじゃないの」

「何回言っても足りないわよ。私、霊夢の気持ちを全然考えれてなかった」

 

 そう言ってから、水蛭子の瞳にじわりと熱いものが込み上げて来る。

 

(私は、なんて自分勝手だったんだろう)

 

 一時的な嫉妬で、親友だった彼女から離れて。

 大嫌いだなんて、心にもないことを言って。

 

 あの時の霊夢の顔が、今でも水蛭子脳裏には焼き付いている。

 

 「大嫌い」という水蛭子の言葉に、少し呆然としてから、いつもの無表情に戻った顔。

 それでも、その黒曜石の様な瞳から感じた確かな悲しみから目を逸らし、水蛭子はその場から逃げた。

 

 それが、二人が共に過ごした最後の瞬間だった。

 

「今更、仲直りなんて虫が良すぎるよね」

 

 自分より霊夢の方が、よっぽど辛かったに違いない。

 水蛭子は俯いて、自嘲気味に笑う。

 

 今更霊夢と友達に戻るなんて、図々しいにも程があると、水蛭子は諦めていた。

 

 

「────そんなことないっ!!」

「えっ?」

 

 

 霊夢は大きな声で水蛭子の言葉を否定する。

 

 彼女は水蛭子の両肩を掴み、続けて語りかけた。

 

 

「私だって水蛭子と仲良くしたかったって言ったじゃない! 私と貴方が同じ思いをしてるんだから、虫が良いとかどうとか、そんなの関係ないじゃない!!」

「で、でも……」

「でもじゃない! もう一度、友達になろう水蛭子!! 昔みたいに一緒に遊んだり勉強したりしてさ! 私に寂しい思いをさせたって感じてるんなら、もう私が寂しいと感じないくらい、これから沢山、たくさん! 楽しいことを一緒にしようよ!!」

「……れい、む……」

 

 水蛭子の視界が霞み、ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝っていく。

 

 この子は、許してくれるのか?

 こんな自分勝手な自分を。

 

 水蛭子は服の袖でぐしぐしと目元を拭うが、溢れ始めた涙は止めどなく流れ続ける。

 鼻をすする音が聞こえた。どうやら目の前に居る彼女も泣いているらしい。

 

(なんで、こんな真昼間っから、良い年した女が二人して号泣しなくちゃならないのよ……)

 

 そんなことを思う水蛭子の思考とは裏腹に、涙は依然と止まる気配をみせなかった。

 

 

「ごめんね! ごめんね霊夢……大好きだよ……!!」

「私も……水蛭子のこと、大好き……っ!!」

 

 

 二人は、どちらからともなく再び抱き合った。

 

 強く、強く。

 

 長年共に過ごせなかった時を、必死で埋めるようとしているように。

 

 




 
博麗の巫女には何人かの候補がいて、「最終的に八雲紫が選出→博麗爆誕」みたいなシステムってありそうじゃないですか?

仮にそのシステムがあったとして、選ばれなかった少女は選ばれた少女に何を思うんだろうか。
適当に考えたその設定に、なんか悶々としてたので、書いてみました。

水蛭子という少女がどんな未来を歩むのか、まだ私にもわかりません。
出来ることなら、清く正しく、友達思いの良い子のままでいてほしいですね。

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