美鈴はその後も意識を戻す事が無く、結局妖精メイドたちのてによって永遠亭まで搬送される羽目になった。
そして、咲夜とパチュリーとレミリアの三人は、美鈴が運ばれるのを見届けた後、食堂に集まって反省会を開いた。主にレミリアの反省会だったが……
「掃除も駄目、洗濯も駄目、炊事も駄目。想像はしていたけど、まさかここまでとはね……」
パチュリーはため息をつきながら、己の親友のだらしなさを嘆いた。
初めのうちはパチュリーも面白半分で見ていたが、ここまで酷いと一人の親友として本気で心配になってきた。
「な、何よッ! そんなに言う事無いでしょッ!? 私だって一生懸命………」
「一生懸命やっても、結果があれならやらない方が良い」
「ぐぅ……! ぱ、パチェだって実際に働いた事は無いでしょ?きっとパチェだって私と同じように………」
「ああ、それは無いわ。私は魔法で大抵の事が出来るから。掃除だったら『風』と『土』の併合魔法で。洗濯なら『風』と『水』の組み合わせで十分洗えるわ。『日』の魔法を使えば乾燥も思いのまま……」
「ま、魔法なんてずるいわよッ!きちんと自分の手で行いなさいよッ!」
「自分の持っている技術を使う事を卑怯だなんて思わないわ。それに、料理に関しても――そうね、私もあまり得意じゃない方だけど、貴女の『全世界ナイトメア』よりは美味しく作れる自信があるわ。」
「だから『全世界ナイトメア』じゃないって言ってるでしょうッ!」
「あ、ごめんなさい。確か『ヘルカタストロフィ』だったわよね?」
「ううううッッッ!! さ、咲夜~ッ!!」
レミリアは涙目になりながら咲夜にしがみついた。
そしてグシグシと顔を咲夜のお腹に擦りつけながら、今にも泣きそうな感情を抑え込んだ
(ああッ! お嬢様行けませんッ! それ以上はもう……本当にもうッ!!!)
今すぐこの愛らしいご主人様を抱きしめてあげたい。
咲夜はそんな感情に支配されるが、己の狂信的なまでの忠誠心と理性でそれを何とか抑える事に成功した。
「咲夜……私って……一人じゃ何も出来ない⑨だったりするのかな……」
「そ、そのような事は……」
状況はかなり悪い。
本来であったならば、ここら辺が引き際であるはずなのだ。
パチュリーの悪戯を含んだ思惑も、レミリアの気まぐれも……もうこの辺で終っているはずなのだ。
だが、今までがあまりにも凄惨すぎた。
何一つ成功したとは言えず、このままレミリアが仕事を辞めてしまったならば、彼女は結局は一人では何もできない無能者と言う烙印を押されてしまう。そのような事は絶対に在ってはならない。
「そのような事はありませんよ、お嬢様」
「咲夜?」
「お嬢さまは何か勘違いをなさっております。お嬢様は掃除や洗濯、炊事をやる事をメイドの仕事だと思っておいでですが……掃除ならば清掃業者に任せればいい。洗濯ならばクリーニング屋に任せればいい。炊事ならばコックを雇えばいい。結局のところ、それらの仕事が出来る者をメイドとは言わないのです。」
「それじゃ……メイドって何なの?」
メイドとは何か……
そんな事は決まっている。
「メイドとは……『仕える者』でございます。主人の側に立ち、主人の生活全てをサポートし、常に主の要望に応えられる者。掃除等の雑務は副業に過ぎません。メイドとはすなわち、主人の願いを叶える事が出来る者を言うのです」
「――咲夜」
「お嬢様。お嬢さまは先ほど一人では何も出来ない等と仰っていますが、そんな事はありません。お嬢さまは『紅魔館の主』と言う仕事を立派にこなしていたではありませんか。お嬢さまは一人では何も出来ないのでは無く、一人でやる必要が無いのです。お嬢様の手足となって動く者たちがこの紅魔館には大勢いるのですから。そしてそれらを動かす事がお嬢さまの仕事なんです」
「……」
レミリアは俯いて黙ってしまったが、耳まで赤くしている所を見るとどうやら照れているようだった。
結局のところ、何事も適材適所と言う奴だ。
メイドにはメイドの仕事が。そして主には主の仕事があるのだ。そのため主がメイドの仕事を上手くこなせる訳も無い。同じようにメイドも主の仕事をこなす事が出来ない。
それを分かってもらえれば、こんな馬鹿げた遊びを止めてもらえるだろうと咲夜は思っていた。
静寂が咲夜とレミリアの回りを包む。
咲夜はそっとレミリアを抱きしめ、これで、めでたしめでたし
……になる筈だった。
「でも咲夜の言い分だと、レミィに代わる紅魔館の主が現れたら、レミィの存在価値って完全に無くなるわね」
「……」
「……」
空気を読まないパチュリーのツッコミが場の空気を凍りつかせた。
「うわあぁぁぁッッッ!! さ、咲夜~ッッ!!」
「だ、大丈夫ですよお嬢様ッ! パチュリー様、なんて事言うのですか!?」
「いや、でもさ……」
「大体、お嬢様に代わって紅魔館の主を務められるような人物なんている訳………」
その時であった。
全ては最悪のタイミングでその人物は現れた。
「――三人で何を楽しい事やってるの?」
外見は十を数える程度の小さな少女。金髪のサイドテールをなびかせ、血を思わせるような赤い眼と服を纏い、異形の羽をパタつかせながら――レミリア・スカーレットの実妹、フランドール・スカーレットはやってきた。
「ふ、フラン……」
「妹様……」
全ては最悪のタイミングであった。
咲夜は咲夜は失念していた。レミリア・スカーレットに代わる紅魔館の主等いやしない断言したが、実際には一人だけいた。
彼女だ。
「アレ? 何でそんなメイド服なんか着てるの? お姉さま」
「あ、貴女には関係ないでしょッ!?」
「ふ~ん……パチュリー。どういった経緯でこうなったの?」
「過程は長いから飛ばすけど、結果だけ言うなら、今日レミィはメイドになったのよ。」
「ちょッ!? パチェ!?」
「OK。把握」
スタスタとフランはレミリアに近づいていく。
そして物を見定めるかのようにジロジロトおもむろに視線を上下に動かした。
「ふ~ん……」
「な、何よフラン……!」
「いや、『孫にも衣装』って奴ね。似合ってるわよ」
「あ、ありがとう……」
どこか嬉しくない言われようだが、レミリアは礼を返した。
フランは一通りレミリアを観察し終えたあと、堂々と椅子を引いて座り、レミリアの方を向いて言った。
「それじゃ……喉が渇いたからお茶を入れてよ」
「か、かしこまりました妹様。ただちに……」
三人の中で最初に咲夜が反応した。
普段からお茶の準備をしていた彼女は、半分反射のように応えた。
だが、フランはそんな咲夜の言葉を退けながら言った。
「咲夜、貴女じゃないわ」
「は、はい?」
「――私はそこのメイドに命令したのよ?」
「「……え?」」
フランはレミリアを指差しながら言った
咲夜とレミリアの声が一瞬だけダブったが、フランは気にもせず、続けて言う。
「そこのメイド。何をしてるの? さっさとお茶を運んできなさいな。」
「ちょ、ちょっとッフランッ! あんた、何をッ……!」
レミリアがフランに反抗した瞬間、レミリアの喉元に歪んだ時計針のようなものが突き刺さりそうになった。
フランドールの持つ『レーヴァテイン』と呼ばれる武器である。
神話に出てくる名に恥じない威力を持つ神器をレミリアに突き刺しながら、子供らしい笑顔を振りまいた。
「『フラン』じゃなくて、『フランお嬢様』でしょ? もしくは『ご主人様』――本当に言葉使いのなっていないメイドだわ……うふふ」
「な、何を言っているの!?冗談は止めなさいッ、フランッ!」
「冗談なんかじゃないわよ? お前はメイドになったんでしょう? だったらこの紅魔館の主はくり上がってこの私って事になるじゃない」
「こ、この……ッ!」
レミリアは堪忍袋の緒が切れそうになった。
美麗な顔を軽く歪ませながら、プルプルと手が震えており、歯を食いしばっていた。
一触触発の状態だ。
「お嬢様、落ち着いてくださいませ」
「――咲夜?」
だがそんなレミリアに咲夜は耳元で小声でささやいた。
「落ち着けって、これが落ち着いて居られるわけ無いでしょう!? あのクソガキ……調子に乗りやがって……!」
「お怒りは御尤もでございますが、それでも落ち着きください。妹様のいつもの気まぐれでございます。ここは下手に刺激せず、妹様が満足するまで耐えるのが無難です」
「で、でも……」
フランドールの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だ。物理的な物で彼女に破壊できない物は存在しない。そしてこの能力の規模に制限は存在しない。その気になれば、目に見えない小さな物質から彗星クラスの巨大な物質までも破壊出来る。
恐ろしい能力ではある。だがそれよりも恐ろしいのはフランドールの性格だ。
フランドールは精神が非常に不安定であり、癇癪持ちだ。要は短気なのだ。
レミリアも短気で癇癪持ちではあるが、フランドールの場合、精神の不安定さゆえに、 能力が暴発する事が度々起きてしまう。
フランが一度でも能力を使ってしまえば、屋敷に多大なダメージを与えてしまう事は必須だった。
それが分かっているから、咲夜の言い分は正しかった。そしてレミリアにも咲夜の言い分が正しい事であると分かっているのだが………それでも納得できなかった。
「で、でも……咲夜……」
「大丈夫ですお嬢さま。妹様は飽きやすい性格の持ち主です。こんな事、すぐに止めてくれると思いますよ?」
「むぅ……わ、分かったわ。今はフランの言う事を聞くわ……」
「それでこそ、お嬢さまです。ご立派ですよ」
レミリアにとって、不肖の妹の命令を聞くと言うのはとても悔しい事であったが、いた仕方がなかった。
それに咲夜の言う通り、フランは飽きやすい性格だ。すぐに別の事に目を向けるだろう。
(フランに紅魔館の主を務められる訳がないわ……すぐに泣きを見るに決まってる!)
フランに紅魔館の主が務まるわけがない。紅魔館の主は自分こそが相応しいという絶対の自信がレミリアを支えていた。
そのためレミリアはフランの命令を聞く事を決断したのだった。
「ちょっと。何を二人でコソコソと話してるのよ。感じが悪いわ」
「ぐぅ……」
「さ、早くお茶を入れてきなさい。この駄メイド」
「わ、分かったわよ」
「『分かった』じゃなくて『分かりました』でしょ?」
「ッッ!――わ、分かりました、フランお嬢様ッ!」
よしよし、とフランは御満悦であった。
レミリアは厨房に向かい、湯を沸かした。そして7~8分ほど経過し、お茶をトレイに乗せて戻ってきた。
「お、お待たせいたしました。ふ、フランお嬢さま……」
「遅かったわね。本当に無能だわ、このメイドは……」
「くぅッッ!!」
カタカタとティーカップを鳴らしながら、なんとかレミリアはお茶を出す事が出来た。
フランはカップを口に近付け、嗜むように香りを嗅いだ。そして一口、お茶を口に含んだ。
「温い…そしてマズい!」
行儀悪くぺっと吐き出し、吐き捨てるかのように言った。
「お茶も満足に出せないの? このメイドは……」
「ぐぬぬッ!!!」
「お茶でこれじゃ、料理なんてもっと無理そうね」
それは誰も否定できなかった。
「掃除も洗濯もあんたには出来そうもないし……それだったら違う事で興じさせてもらおうかしら?」
「ち、違う事……?」
フランは自分のソックスの脱ぎ、そこらにポイっと投げ捨てた。
そして足を組んで、レミリアの方を向きながらこう言った。
「足を舐めなさい。犬のようにね。」
その場に言いようの出来ない緊張が走った。
レミリアも一瞬茫然としてしまったが、状況を把握すると顔を真っ赤にしながら怒りだした
「ふ、ふざけんじゃないわよッ!なんでそんな事をしなくちゃならないのよッ!?」
「なんでって……あんたが何も出来ないから、犬でも出来る事を命令してあげただけよ?メイドは主人の命令を聞く物でしょ?」
「……ッ!」
「さあ、どうしたの? 早くこっちに来て跪きなさいな」
「このッ……!」
恥辱に耐えようとするレミリアは、フランの嗜虐心を刺激したようだった。
フランの顔は真っ赤に染まっており、実に妖艶な笑みをレミリアに向けていた。
レミリアもまた、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた
そんなフランとレミリアのやり取りを見て、咲夜もパチュリーも何やら変な気分になってきた。二人とも妙に息遣いが荒くなっており、顔もほんのりと紅みを帯びていた。
妙な空気が食堂を覆みこんでいた。
「……ちょ」
「――うん?」
「調子に乗んじゃないわよッッ!!! このクソガキがッッ!!!」
何かがレミリアの中で音を立てて切れた。確定的な何かが。
吸血鬼の特有の膨大な魔力がレミリアの両の手に収束しだした。
膨大な――しかも、両の手より発生する魔力を無理矢理掌に押し込めるように、全神経を掌に集中させる。
しかし、その膨大な魔力を掌のみに収める事はやはり出来ず、魔力は開放を求めて掌から溢れだす。
溢れた魔力は自由を求めるように外へ外へと……
レミリアの掌の中に在った魔力は、一刻も早く窮屈な場所から飛び出さんと、前へ後ろへ飛び出て行く。レミリアの魔力はどんどん具現されて行き、その姿はあらゆる敵を貫く矛へと変わっていった。
「いけませんッ! いけませんお嬢さまッ! 館内でそんな物を出したら……ッ!」
「五月蠅いッ!」
咲夜の制止も聞かず、とうとうレミリアはソレを顕現させてしまった。
全てをなぎ払う『神槍』と呼ばれるソレを……
「消えなさいッ! フランッ!!――『神槍・グングニル』!!」
「――あ」
レミリアは神槍を力強くフランに解き放った。
フランは、マジギレしたレミリアの圧倒的な気に気押され、二言目を言う前にレミリアのグングニルの前に消え去ってしまった。
そして近くにいた咲夜たちは……
「うわあああああぁぁぁッッッ!!!!!」
「咲夜、もっと早く走りなさいッ! と言うよりも、時間を止めて離脱しなさいッ!」
「無理ですッ! 今日はもう能力を使いすぎて燃料切れですッ!」
「使えないメイドねッ! ゲホゲホゴホッ!」
「ああもうッ! 喋らないでくださいッ!」
グングニルの余波から逃げるように、咲夜はパチュリーを抱えて、とにかく外へと離れていく。
ビキビキと嫌な響きが館内を駆け巡っており、とにかくこの館の中にいるのは危険であると誰もが理解した。
そして間一髪、咲夜たちは屋敷から脱出した。
その直後、凄まじい轟音を出しながらドミノ倒しのごとく崩れゆく紅魔館の姿があった。
紅魔館の崩れゆく姿を、咲夜とパチュリーは呆然と眺めていた………。
紅魔館は爆発するもの。
わかるんだねー。