レミリアお嬢様の一日メイド長【完結】   作:ファンネル

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第二話「ビーフ・ストロガノフを作ろう」

 咲夜とパチュリーは図書館に移動していた。レミリアに『今日は私がメイドの仕事をするんだから咲夜は休んでいなさい。』等と言われてしまい、側にいる事を禁じられたからだ。

 レミリアにしてみれば、今回の事は咲夜に休暇を取らせるため。そして友人であるパチュリーに自分が咲夜無しでも十分に仕事をこなせる事を認めさせるために行った事だ。そのために咲夜が側にいれば何の意味も無いため、彼女を側に置く事を禁じなければならなかった。

 咲夜は側に置いてもらえない事に深い悲しみを感じたが、命令ならば仕方の無い事だ。しぶしぶ命令に従のだった。

 しかし咲夜はあまりにも未練タラタラであった。そんな彼女を見ていてこっちまで鬱になりそうなくらいに.

 

 そんな咲夜を見かねてか、パチュリーは助け船を出した。

 

『図書館からレミィの様子を見ましょう』

 

 そう提案されたのだった。 

 

 パチュリーは水晶玉を出して、何かしらの詠唱を始めた。

 途端にその水晶玉は淡い光を発し、徐々に中から映像のようなものが照らし出され始めた。そこにはメイド服を着たレミリア・スカーレットの姿が現れたのだった。

 

 

「遠視の魔法よ。これでレミィの様子を見ましょう」

「確かにこれならハッキリと観察できますが………私としては直に手ほどきをして差し上げたかったです」

「贅沢言わないの。それに貴女がいたら何の意味も無いでしょう? レミィはきっと貴女を頼るだろうし、貴女もきっと手助けの範疇を超えてしまうと思うわ。それじゃ何も変わらない。意味がないわ。」

「……む」

 

 咲夜はパチュリーの言葉を否定できずに黙った。

 

「それにこんな機会は滅多にないわ。あの子の右往左往する姿をきちんと録画しておかなくちゃ」

 

 

 非常に魔女らしい邪悪な笑みをこぼしながらパチュリーは呟いた。

 そんなパチュリーを何も思わず、咲夜はこの水晶に録画機能が付いているのだろうか? 等と思っていた。

 そして、それだったら後で焼き増しさせてもらおうと心から誓った咲夜であった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一方のレミリアは、まさか身内に監視されている等と考えもせず、咲夜とパチュリーがいなくなったのを確認して早速準備に取り掛かろうとしていた。

 

 

「さてと。咲夜たちも居なくなった事だし、早速始めましょうか」

 

 

 まずは掃除だ

 はたきと箒、チリ取りを妖精たちに持って来させ、パタパタと壁のホコリを落とし始めた。そして落としたホコリを箒とチリ取りで取って行く。

 単純な作業だ。妖精メイドでも出来るような仕事であるため、レミリアは大したミスも犯さず無難に作業を進めていく。

 

 

「う~ん……つまらないわね。淡々としてて……」

 

 

 水晶越しにレミリアを観察していたパチュリーはそう呟いた。

 

 

「掃除なんてものはそう言うものですよ。技術よりも根気、継続する力が何よりも重要なのです。――あぁ、それにしてもお嬢様……可愛らしすぎますッ! 見てくださいパチュリー様ッ! あのお嬢様のお姿をッ! はたきの届かない所を背伸びして、無理やり届かせようと一生懸命なあのお姿をッ……!」

「飛べばいいのに。そんな事も気付かないのかしら?」

「そんな簡単な事に気付かないお嬢様も素敵ですッ!」

 

 

 そんな二人の会話をよそに、レミリアは淡々と作業を続ける。

 ホコリを落として、箒で取る。

 確かに簡単だ。

 簡単なのだが……

 

 

「――ふぅふぅ……な、何よこれッ! ちっともホコリが落ちないじゃないッ!」

 

 

 いくらはたきで壁を叩いても、まるでホコリやゴミが舞うような事は無かった。

 いや、確かにホコリは多少は落ちるのだが、まるで気にならないと言うか、本当に少量しか残ってはいなかったのだった。

 まるでやる気が起きなくなった。

 ごっそりとゴミやホコリが取れるのならばやりがいがあるのだが、こんなやってもやらなくても同じような事を淡々とこなせるわけがない。

 案の定レミリアの集中力は無くなり、やる気が一気に地に落ちたのだった。

 

 

「咲夜、貴女は普段どれだけ屋敷を掃除してるの?」

 

 

 水晶でレミリアの様子を見ていたパチュリーが尋ねた。

 

 

「常に塵一つ落とさぬよう、気をつけて掃除しております」

「やはり貴女は人間としてどこか間違ってるけど、メイドとしては完璧だわ」

「御褒めの言葉として受け取っておきますわ、パチュリー様」

 

 

 そんなやり取りをしている最中、水晶では新たな動きがあった。

 何かレミリアが思い立ったようだった。

 

 

「そ、そうだわッ! 洗濯……洗濯があったじゃないッ! さすがの咲夜もこんなに早くに洗濯物を乾しはしないはず」

 

 

 レミリアはトテトテと洗濯場に向かった。

 水晶もそんなレミリアの言葉をきちんと二人に伝えている。

 

 

「あんなこと言っているけど、どうなの咲夜。レミィは洗濯をしに行ったみたいだけど……さっきみたいに既に終えていました、なんて事には――」

「はい。確かにまだ洗濯物に手をつけてはおりません。日もまだ上がらぬ時間に呼び出されたものですから」

「そう。それなら今度こそ、レミィの働きが見れるわけね。ふふふ」

「パチュリー様。先ほどから随分と上機嫌のようですが、何が可笑しいのでしょうか? たかが掃除や洗濯如きに。お嬢様が働く姿を見るのがそんなに珍しいのですか?」

「珍しいも何も――少なくとも私は、あの子と出会ってから今に至るまでの数百年間、レミィが働く姿を見た事が無いわ」

「ッ!?……それは本当の事なのですか?」

「ええ、本当よ。――そんな超の付くような箱入り娘が今この時、働こうとしている。そこにはどんなドラマが待ち構えているのか――考えるだけでも楽しみだわ。どんなボケをかましてくれるのかしら。うふふ」

 

 

 咲夜は何やら不穏な空気を感じ始めていた。

 今の今まで労働らしい労働をレミリアがしてこなかった事は分かっていた。しかし、それが己が仕える数百年も前から続いていた等と考えもしなかった。

 嫌な予感が咲夜を襲う。

 だがそんな咲夜の心情をよそに、水晶の中のレミリアは行動を開始する。

 

 洗濯場に到着したレミリアは、そこにまだ選択されていない衣類の入ったをカゴを見つけた。

 ショーツやパンツ、ネグリジェと言った衣類だった。洗濯された形跡は存在しない。恐らくは咲夜が纏めて洗濯しようと一纏めにしたのだろう。

 

 

「これを洗えばいいわけね。えっと……確か、咲夜は板のようなモノに擦りつけて洗ってたわね……あった!これだわ!」

 

 

 レミリアは洗濯板を見つけた。

 そして咲夜が行っていた洗濯のやり方を思い出しながら模倣していく。

 

 

「確か、洗濯には洗剤が必要だわ……あった。良し、これで準備万端だわ。でも洗剤ってどれ位入れれば良いのかしら……まあ多い方が良いわよね。」

 

 

 レミリアは己が順調に事を進ませていると思っていた。

 だがそんなレミリアとは裏腹に、レミリアの行動を水晶越しで見ていた咲夜は発狂しそうになっていた。

 

 

「らめえぇぇッッ!! お嬢様ぁぁッッ!! 下着類を洗濯板で洗っちゃ駄目ぇぇッ! 伸びるッ破れるッ色あせるゥゥッ!!」

「落ち着きなさい咲夜」

「これが落ち着いていられますかッ!? ――ああッ! 下着類だけでは無くネグリジェまでッ!? 駄目ッ!駄目ですお嬢様ッ! それらの生地は洗濯板では無くて、水になじませてから手で軽く握るように……」

「あ、誰かの下着が破れたみたい」

「アアァッッッ!! 私の下着がッ!」

 

 

 力加減が分からないでいるのか、レミリアは次から次へと衣類を破っていく。

 さすがに見かねてか、咲夜は図書館から出ていき、レミリアの元へと駆け寄りに行った。

 パチュリーはそんな咲夜とレミリアを見て、お腹を苦しそうに抱えていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――ご、ごめん咲夜」

「い、いいえ。お気になさらず……」

 

 

 咲夜がレミリアの元へ駆け寄った時には、その場は混沌とした空間になっていた。

 辺り中には破けた下着類が散乱しており、床には洗剤が溶けてベトベトとした水が漏れだしていた。 

 どうやったら普通の洗濯からこう言う状況を作り出す事が出来るのか………。

 咲夜は、時間を止めて洗濯部屋の清掃に取り掛かった。レミリアからすれば一瞬で元通りになったように映るが、咲夜にしてみればニ度手間三度手間の大掃除であった。

 

 咲夜がどれだけ大変であったのかは、時間を止められたレミリアには感じ取る事が出来なかったが、間違いなく手間を取らせた事は分かっていた。そのため、レミリアはかなり落ち込んでしまった。咲夜の手を患わせずに雑用をこなすはずだったのに、結局何も出来なかった事を悔いているのだった。

 場に微妙空気が満ち始めてきた。 

 咲夜はすぐさまその場の空気を換気するように、話題を振った。

 

 

「えと……その……そうだ! お嬢様。そろそろ昼食の時間でございます。食堂へ向かいませんか?」

「――昼食?」

「はい。それで何かリクエストがございましたら………」

 

 

 咲夜の話題の切り替えは絶妙なタイミングであった。

 時間帯は丁度お昼。昼食の時間だ。

 そこで、レミリアの好物でも作って、機嫌を直してもらって、メイドの仕事をするという話を有耶無耶にしてしまおうと思っていた。

 正直な話、レミリアのメイド姿をもう少し愛でていたかったのだが、これ以上余計な事をされる前に止めてもらいたかったのが咲夜の本音であったのだ。

 

 だがなんとも間の悪いタイミングで事が起きてしまった。

 昼食のリクエストを聞こうとした時だ。

 咲夜の言葉に間を開けず、レミリアがこんな事を言ったのだ。

 

 

「それだったら私が昼食を作ってあげるわッ!」

「……え?」

 

 

 いきなりであった。

 いきなりのレミリアの提案に、咲夜は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまった。

 

 

「よく良く考えてみれば、料理を作ることもメイドの仕事よね? 今は私がメイド長なんだから私が作るッ!」

「あの……お嬢様?」

「大丈夫よッ。私だって簡単な料理くらい作れるし……掃除と洗濯の汚名を返上して見せるわ! お願い咲夜! 今度こそ失敗しないから……」

 

 

 咲夜に抱きつくようにレミリアは懇願した。

 咲夜の視線からすればそれは涙目の上目使いをするように見える。

 

 

(ああぁッ!! 駄目ッ!駄目ですッ! お嬢様ぁぁッッ!!! そ、そのような目で、この私を見ないでくださいませッ! そ、そんな事をされたら……私はッッ!!?)

 

「咲夜?」

 

「わ、分かりました。そこまで言うのでしたら……昼食の準備はお嬢様にお任せします」

 

「本当ッ!? だったら、待ってて! 凄く美味しい食事を作って見せるからッ!」

 

 

 とても嬉しそうな顔をしながらレミリアは咲夜を離し、厨房へと駈け出した。

 咲夜は先ほどレミリアにしがみ付かれた時の未だ動けずにいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 場所は変わって大食堂。

 ここは紅魔館の主要人物たちが一堂に会する場所でもあり、共に食事を取る場所でもある。

 そんな食堂のテーブルに咲夜とパチュリーは座っていた。

 

 

「そんな事でオーケーしちゃったわけ?」

「仕方がなかったんやぁッッ! だってあのお姿で抱きつかれ、上目使いされたのですよッ!? 無理です無理ですッ! あんなにやる気になっているお嬢様を止める事はこの私には出来ませんッ!!」

「まあ……気持ちは分からないでもないけどね」

 

 

 あんな可愛らしい姿でおねだりされれば、咲夜に限らず殆どの者がきっと許してしまうだろう。

 パチュリー自身、同じような事をされればきっと咲夜と同じ事をしていたに違いない。

 カリスマと言うのは人を惹きつける力を言うのだが、あれも一種のカリスマなのだろうとパチュリーは考えていた。

 

 

 そんな他愛も無い会話をしていると、食堂のドアが開く音が聞こえてきた。

 

 

「あれ? 咲夜さんにパチュリー様。お二人とも食事ですか?」

 

 

紅魔館の門番、紅美鈴。

 彼女もまたこの食堂を使う事を許されている紅魔館の主要人物の一人である。

 

 

「美鈴……」

「こんにちは咲夜さん。――やだな、そんなに恐い顔をしないでください。きちんと仕事はこなしていますよ。今は部下に任せていますけどね。」

「なら良いけど……」

「本当ですよ?」

 

 

 そんな会話を交わしていると、美鈴は妙な違和感を感じた。

 何かがおかしい。美鈴は咲夜に問いただした。

 

 

「あれ? どうして咲夜さんがここにいるんです? 普段なら咲夜さんは厨房か、お嬢様の側にいるのに……あ、そう言えばお嬢様の姿も見えませんね」

 

 

 美鈴の感じ取った違和感はこれだった。

 昼食の時間帯に料理長も兼任している咲夜が厨房では無く食堂にいるのはおかしい。それに主であるレミリアの姿もそこにも無い。

 

 

「ああ、それは……」

 

 

咲夜が事情を説明しようとした時だった。

 食堂のドアがもう一回開いたのだ。

 

 

「待たせたわね。食事の用意が出来たわ!」

 

 

 それはカラカラと食事と思わせる食器をトレイに乗せて運んでくるレミリアだった。

 何の説明も事情も知らぬ美鈴がその場で凍りついたのは言うまでも無い。

 

 

「あら美鈴。貴女も食事をしに来たの?」

「え、あ、はい。そうですけど……お嬢様?その姿は?」

「ふふふ。今日は私がメイド長をやる事になったのよッ! どう似合う?」

 

 

(きっと咲夜さんかパチュリー様が何かしら言ったんだろうな……)

 

 

 美鈴は大方の事情を察した。

 レミリアの気まぐれか、座っている二人の思惑か……いずれかは知らぬが、多分後者だろう。仮定はどうだか分からないが、とにかく今現在のメイド長はレミリアなのだと言う事だけは把握した。

 

 

「はい。とてもお似合いですよ。お嬢様」

「ふふ、ありがと美鈴。――さ、食事にしましょう。腕によりをかけて作った自信作よ!」

 

 

 レミリアは三人に食器を運んで行く。

 手慣れない様子で運んで行くが、なんとか三人に行きわたったようだ。

 

 

「さぁ、三人とも! 感想を聞かせてくれないかしら?」

「……」

「……」

「……」

 

 

 レミリアが自信作だと称する目の前の物体は料理と呼んで良いのか分からないような物質であった。

 色は黒いのか青いのか…とにかく形容しがたい色合いであった。香りと呼ぶにはあまりにも強烈な異臭。そのそもなんの料理であるのか、原型自体とどめてはいなかった。

 

 三人は目を合わせた。どうしようかと……

 するとその三人の視線の中で何かのバランスが崩れた。

 咲夜とパチュリーが同時に美鈴の方を向いたのだった。そして二人の目は明らかに切迫している目をしており、言葉を交わさずとも何を言っているのかが理解できるようなものであった。

 

 

(貴女から食べなさい。美鈴)

(そ、そんな……パチュリー様!)

(良いから食べろッ! 門番ッ!)

(さ、咲夜さんまで……)

 

 

 二人からの無言の圧力にとうとう美鈴は屈した。

 美鈴は観念したようにスプーンを手に取り、恐る恐る口に入れはじめた。

 その瞬間だけ時間が止まったような気がする。レミリアを含む三人の視線が美鈴に集中したのだった。

 そしてとうとう、美鈴はレミリアの手料理を食した。

 

 

「ね、ねえ、どう? 美鈴……美味しい?」

 

 

 レミリアが美鈴に尋ねた。

 自分で自信作と言っておきながらどこか不安があるよう顔だった。

 美鈴はレミリアの料理を飲みこみ、口を開いた。

 

 

「は、はい……大変、美味しゅう……ガフゥッッッッ!!!!」

 

 

 胃から肺から、そして全ての赤血球から酸素を吐き出すかのように美鈴は咳きこみ、倒れ込んだ。

 

 

「そ、そんなッ! め、美鈴ッ! どうしたのよッ!」

 

 

 レミリアは急いで美鈴に駆け寄った。息はあるようだけど意識は無かった。

 どうしてこんな事になってしまったのか……

 

 

「ねぇ、レミィ。」

「な、なに?パチェ」

「一応聞くけど、これは何なの?『全世界ナイトメア』?」

「ち、違うわよッ!『ビーフ・ストロガノフ』よッ!『ビーフ・ストロガノフ』ッ!」

「普通の『ビーフ・ストロガノフ』はこうはならない」

「うう……」

 

 

 パチュリーの的確なツッコミに反論を交わす事の出来ないレミリアはその場で黙り込むしか出来なかった。

 そして、咲夜もそんなレミリアに助け舟を出してやる事もできず、その場で茫然と座り込む事しか出来なかった。

 

 


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