レミリアお嬢様の一日メイド長【完結】   作:ファンネル

2 / 5
第一話 「メイドなんて楽勝だし」

 レミリアに呼び出された咲夜に言い渡された言葉は一方的な解雇通知であった。

 まるで意味が分からない。

 何か、主人の勘に触るような事をしてしまったのだろうか?

 しかしそれにしてもレミリアは妙に上機嫌と言うかなんと言うか………とにかくいつも見せてくれるような笑顔で言ったのだった。

 咲夜は、己の心の中で自問自答を繰り返した。だが彼女が自ら納得するような回答を得られるわけも無く、ただただなんとも言えない静寂がレミリアと咲夜の間に走った。

 

 

「そ、そ、それは……どういう……」

 

 

 咲夜はレミリアに尋ねた。多分、この時の自分の顔はきっと言葉では表現できないような顔をしていたのだろうと咲夜は思っていた。

 レミリアは、そんな言葉に出来ないような苦悩の顔をしていた咲夜を見て、何か思ったようだった。

 

 

「ああ……違う違う。別にメイドをクビにすると言うわけじゃないわ。そんなんじゃないの。ただ今やっている仕事を辞めろと言っているのよ」

「はい?」

 

 

 ますます状況が分からなくなってきた。

 そんなまるで意味が分からないという顔をしている咲夜に対し、レミリアは少々ムキになったように付け足した。

 

 

「とにかく、しばらくの間はメイドの仕事は禁止ッ!」 

「しかしお嬢様……それでは誰がメイドの仕事をこなすのですか? はっきり言って妖精メイドたちは役には立ちませんよ?」

 

 

 咲夜の言い分は尤もであった。

 実際問題、紅魔館の経営や調理、清掃や風紀を一手に纏めているのは十六夜咲夜本人だ。その咲夜が仕事を辞めてしまえば、それら全体の作業が一挙に停滞する。はっきり言って紅魔館全体の機能が停止すると言っても過言ではない。

 そんな咲夜の心配をよそに、レミリアはしたり顔で言った。

 

 

「心配いらないわ咲夜! 貴女の後任はきちんといるからッ!」

「後任? 私のですか? 一体誰が……」

 

 

 咲夜は少しばかり不愉快になった。当然だ。紅魔館のメイド長として、レミリア・スカーレットの従者として、誇りを持って務めてきた。そんな栄誉ある役職を自分を差し置いて誰とも知らぬ者に任せよう等と……

 それと同時に咲夜は顔には出さないが、場所が場所であったならばガチ泣きするくらい悲しくなった。

 自分はもうお払い箱なのであろうか?

 そのような自己嫌悪に苛まれていた。

 そんな咲夜の心情をよそに、レミリアのしたり顔は続く。レミリアは自信満々に、その後任とやらの者の名前を告げた。

 

 

「ふふふ。貴女の後任は……この私よッ!!」

 

「……え?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 事の始まりはレミリアが図書館にいる魔法使い、パチュリー・ノーレッジとお茶を楽しんでいる時の事だった。

 全てはパチュリーのこの呟きから始まった。

 

 

「レミィ。貴女、少し咲夜を働かせすぎじゃない?」

「……え?」

 

 

 お茶の時間の軽いトークタイム。

 お茶にトークは欠かせない物ではある。今回の話題は咲夜の労働時間についてのようだった。

 

 

「ここ数日ほど、咲夜の仕事の内容が随分と増えたように思えるわ。起床時間も貴女に合わせて日の出前に起きてるみたいだし、そのくせ屋敷の誰よりも遅くまで仕事してるし。彼女の健康に気を使っている?」

「え、その……いきなりどうしたの? パチェ」 

「いえ、ふと思っただけよ。彼女は人間だし、人間は働き過ぎると死んでしまうような脆弱な生き物だし。だからこそ、人間は労働に対して厳しい管理体制を強いるわ。部下に対して気を使ったりね。でも貴女は咲夜に対してそう言う事してないみたいだから」

 

 

 レミリアもパチュリーのこの言葉には少しばかりムカッと来た。

 まるで、それでは自分に部下の体調を管理する能力が無いと言われているようなものだ。

 レミリアはプクッと頬を膨らませながらパチュリーに反抗した。

 

 

「はんッ! 咲夜は大丈夫よ。あの子は他の人間たちと違って強いし……何より咲夜は私に仕える事に自身の存在価値を見出しているのよ。そんな咲夜が紅魔館での仕事を重荷に感じる筈がない」

 

 

 そもそも咲夜は完全で瀟洒なメイドだ。自身の体調管理くらい自分で管理する。自分の体調管理も出来ないような二流のメイドなんかでは無いのだ。咲夜に対してそんな心配は無用。レミリアはそう思っていた。

 レミリアはそんな咲夜が自慢だ。そんな咲夜が誇らしかった。

だが、パチュリーはそんな自信満々のレミリアを気にせずに言葉を続ける。

 

 

「それは分かってるわ。きっと咲夜は今の仕事を『仕事』とも思っていないのでしょうね。そしてそれを『義務』とも思ってもいない。日常の一部か行動の一部か……その程度にしか思っていない節があるわ。でもねレミィ」

「何よ……」

「咲夜はそれでも人間よ」

 

 

 心なしか、普段の無表情のパチュリーから無言の圧力のようなものをレミリアは感じ取った。 

 いやにパチュリーの言葉が重く聞こえてくる。

 

 

「彼女がどんなに強くたって、人間である事には変わりないわ。人間の肉体と精神と言う物はね、妖怪や化物と違って単純な物じゃないわ。決して釣り合う事の無い非常に不安定な物。彼女が頭では大丈夫だと思っていても、体はそうで無いのかもしれない。そして咲夜の性格からして彼女自身それに気付こうともしないでしょうね。いや、そもそも認めないのかもしれない」

「むむ……」

 

 

 確かに咲夜の性格からして、自身の肉体に何かしらの不備が起きたとしても、きっと咲夜はそれを認めない。

 そして咲夜はきっと普段と変わらず、完全に瀟洒に過ごすのだろう。

 他人に弱みを見せる事無く……

 

 

「だからこそ、彼女の体に気を遣い、そして諌める事の出来る人物が必要不可欠なの。それが出来るのは、彼女の主である貴女だけなのよ。レミィ」

「むぅ……」

 

 

 楽しい筈のティータイムはいつの間にかレミリアの反省会になっていた。

 レミリアもどこか思う所があったのだろう。

 どうすればいいか……レミリアとパチュリーの咲夜に対する議題はしばらく続いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――つまり全ての原因はパチュリー様。貴女の仕業と言う事ですね?」

「まぁそうなるかしら?」

 

 咲夜は現在、レミリアの私室の前にパチュリーと共にいた。レミリアに何やら準備があると言われ、私室の前で待機するよう言い渡されていたのだ。

 咲夜はパチュリーに問い詰め、全ての経緯を聞きだした。

 主人であるレミリアの気まぐれは度々あるが、その殆どの発生源はこの魔女に在る。

 咲夜は深いため息をつきながら、パチュリーに言った。

 

 

「私の体の事について検討してくださった事は非常にありがたいのですが……そのような心配は無用です。確かに私は誰よりも早く起きますし、誰よりも遅くまで寝ませんが――私は停止時間の中で十分な休憩を取っています。他の者たちからすれば感じ取ることのできない物なのでしょうが、体感時間的には誰よりも多く休んでいると思いますよ?」

 

 

 停止した世界の中で休息を取る。今までそうして来たのだ。他の者たちは感じ取ることも認識する事も出来ないが、十六夜咲夜はそんな世界で唯一行動が出来る存在なのだ。

 そしてその事は紅魔館の者だけでは無く、幻想郷の殆どの者たちが知っている事だ。

 だから、紅魔館の頭脳と言うべきパチュリーがそんな事に気付かないわけがない。

 絶対に、何かしらの目論見があるに決まっている。

 そして今までの経験から言って、その目論見と言う物があんまり宜しくないモノだと言うのが何となく分かってしまう。

 それを思うと、咲夜はため息を付かざるを得なかった。

 

 

「それで……どうして私の労働改善の話から、お嬢様がメイドをやると言う流れになってしまうのでしょうか?」

 

 

 元々の話は、咲夜を働かせすぎなのではないか? と言う話であったはずだ。

 だと言うのに、どうしてレミリアがメイドをやる事につながるのか? まるで関係性が無い。

 

 

「ああ。それはね、私がこんなふうに助言したからよ。『レミィも実際にメイドになってみたら? 咲夜と同じ立場になれば、何か良い改善方法が見つかるかも』って。」

「……」

「レミィも最初は『なんで紅魔館の主である私がメイドなんかやらなくちゃならないのよッ!』って渋っていたんだけど――私が『咲夜無しだと貴女は何もできないわよね?』って挑発したら簡単に乗ってくれたわ。メイドなんか楽勝だって……クス」

「……」

 

 

 パチュリーは何処となく笑いを堪えているような顔で言った。

 咲夜は確信した。

 この人は……この魔女は自分の健康に気を使って提案したのではなく――ただ単に御自身の親友をからかいたがっているだけなのだと。

 

 

「パチュリー様……貴女と言う方は……!」

「まあまあ、そんなに怒らないで。それに咲夜、貴女にとっても悪い話では無いわよ?」

「どこがですか!? はっきり言わせて頂きます。メイドの仕事は口で言うほどそんな簡単な物ではありませんッ! 技術も根気もいる……今まで労働と言う労働をしてこなかったお嬢様に出来るようなものではありませんッ!」

「貴女も結構きつい事言うわね。まあ、貴女の言う事も何となく分かるけど、まずは待ちなさい。私が言った言葉の意味がもうすぐ分かるから。」 

 

 

 パチュリーは意味深な事を言いながら、咲夜の口を人差し指で軽く押さえた。

 『貴女にとっても悪い話では無い』

 パチュリーは確かにこう言ったが、咲夜にとってはあんまり信用の出来るような言葉では無かった。

 第一、主人であるレミリアがメイドをやると言いだす時点ですでに悪い話だ。

 誇り高い吸血鬼、レミリア・スカーレットともあろう大人物が使用人に成り下がるなどと、悪夢としか言いようがない。もしもこんな事があの烏天狗のブン屋にばれて報道なんかされた日には、今まで培われてきた紅魔館の威信と尊厳は地に落ちてしまう。

 

 そんな事を咲夜が考えている途中、ガチャリとドアが開く音が聞こえ、咲夜は我に返った。

 そこで咲夜はとんでもないモノを見た。

 

 

「――咲夜、どうかなコレ? メイドの仕事をやるにあたって、メイド服を着てみたんだけど……おかしくない?」

 

 

 そこにはメイド服を着込んだ自身の主、レミリア・スカーレットの姿があった。

 

 

(――ッッ!!! こ、これは……ッッ!!!)

 

 

 その姿はなんとも言葉にしがたい、形容しがたいものであった。

 黒い生地に白いエプロンといった、極単純なメイド服ではあるものの、裾、襟、袖口、胸元のボタン至る細部にまでふんだんにフリルを施されており、無地色でありながら決して色あせない完璧な作り。コウモリ羽が邪魔にならぬよう、背中の生地は剥がされており、ビスチェのような色気を醸し出している。普段かぶっている大きな帽子はカチューシャに変えられており、ショートの髪が程良くなびく。そして極めつけはスカートの絶対領域だ。計算されつくされたスカートの長さは決して局部を見せる事無く、確実にスカートとしても役割を果たしている。そしてその絶対領域をさらに絶対としているモノがある。ニーソックスの存在だ。スカートとニーソックス。この二つが重なり合って、色気と慎ましさが黄金比のごとき交わりを見せる。

 

 咲夜は言葉を失っていた。

 目の前に在る完璧な『萌え』と言う物を見てしまった彼女は、目の前にいる主人から目を離せずにいた。

 

 そしてそんなレミリアから遅れてもう一人、レミリアの部屋から出てきた。パチュリーの直属の部下であり、魔法図書館の司書も兼任している小悪魔だ。

 

 

「いかがでございますか? パチュリー様、咲夜様。不肖ながらこの小悪魔が新調いたしました」

 

 

 礼儀正しくお辞儀をする小悪魔に続いて、レミリアも口を開く。

 

 

「小悪魔に着付けてもらったのよ。どんなふうに着ればいいのか分からなかったから……」

 

 

 レミリアは咲夜の言葉を催促しているが、なかなか咲夜は口を開かない。

 変わってパチュリーが言った。

 

 

「とても似合っているわよレミィ」

「ほ、本当?」

「ええ。どこからどう見ても、立派なメイドよ。とても可愛いわ」

「えへへ……」

 

 

 友人から賛辞を言って貰えたせいか、レミリアは少しはにかみながらクルクルと回りメイド服披露していた。

 パチュリーは呆然としている咲夜の腹を肘でツンツンと押しながら言った。

 

 

「どうよ咲夜――アレ」

 

 

 咲夜はハッと我に返り、パチュリーの質問に答える。

 

 

「か、完璧です……」

「我が親友ながら実に恐ろしわ。あれさ……『スカーレット・デビル』なんだぜ? 良くやったわ小悪魔。パーフェクトよ」

「お気に召しまして、光栄の至り……」

 

 

 小悪魔は礼儀正しく一礼した。そして自身の仕事も終えた後、小悪魔は魔法図書館に戻って行った。

 

 

「ね? 言ったでしょ咲夜。『貴女にとっても悪い話じゃない』ってさ」

 

 なんとも邪悪な笑みを咲夜に向けながらパチュリーは言った。

 

(く、悔しいッ……でもッ……)

 

 

 紅魔館の主であるレミリア・スカーレットを使用人のごとき扱う等と言う愚行。一方で、あのような可愛らしい主の働きを是非に見てみたいと言う欲求。

 相容れぬ二つの感情が咲夜を苦しめていた。

 全てはパチュリー・ノーレッジのシナリオ通りに動いていた。

 

 

(くッ! だ、駄目ッ! 駄目よッ咲夜ッ! お嬢様を使用人の如きにしよう等と……そんな事ッ――ああ、で、でも……ッッ!!!)

 

 

 そんな葛藤している咲夜の前に、レミリアがトコトコと近づき、見上げるように言った。

 

 

「見てなさい咲夜。私だってメイドくらい出来るんだから。だから今日は休んでいなさい。」

 

 

 胸元で両拳を握りしめた軽いガッツポーズ。咲夜の視線から見れば、それは上目遣いで何かをねだる様な幼女の姿であった。

 そんな愛らしいレミリアの姿を見た咲夜は何かが切れた。咲夜自身気付いていないが、確実に咲夜の中で何かが切れたのだった。

 

 

「はいッッ! お嬢様ッッ!!」

 

 

この時の咲夜の返事は実に清々しく、実に良い返事であった事は言うまでも無い。

 

 




 お嬢様のメイド姿。
 はかどりますな。妄想が。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。