レミリアお嬢様の一日メイド長【完結】   作:ファンネル

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プロローグ 「咲夜。お前、メイドの仕事を辞めろ」

 赤より紅い吸血鬼、レミリア・スカーレットに仕える紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。

 人間で在りながら悪魔に仕える、一般的には普通とは言い難い彼女の最初の仕事は朝食の用意から始まる。

 吸血鬼と言うものは本来、深夜に行動が活発化し、朝になると大人しく棺桶で睡眠を取ると言うのが普通なのだが、レミリアクラスの吸血鬼となるとそうでもないらしい。 彼女は吸血鬼とは思えないくらい朝が早い。日の出と共に起床する事も度々ある。

 

 なぜそのような、人間にとっては健康的な。そして吸血鬼にとっては不健康? なのかどうかは分からないが、似合わない生活スタイルをしていると言うと、間違いなくあの巫女の影響だろう。

 あの紅霧異変以来、レミリアはちょくちょく博麗神社に赴いている。

 博麗の巫女は人間であり、普段のレミリアの生活―――すなわち吸血鬼の生活スタイルでは人間である霊夢とかち合うはずもない。そのためにレミリアの生活スタイルは人間のように朝型になってしまったのだった。

 

 そして、そんな朝型のレミリアの食事を用意するわけなのだから、咲夜の朝は必然的に誰よりも早くなる。日の出前に起きるのが、最近の彼女の生活スタイルだ。紅魔館で雇っている妖精メイドたちも、門番の美鈴も起きないような時間に目を覚ます。初めの内は多少なり、体に負担がかかったが、慣れてしまった今となっては大して辛いとは思わなくなっていた。

 

 今日の献立は、人間の血液入りの紅茶に、ハムエッグ、トースト、サラダと言った軽食だ。基本的にレミリアは少食のためにこれでもちょくちょく残す方である。

 食事の用意が済んだら、今度は主であるレミリアを起こしに行く。この時間帯に起こせという命令だ。

 寝起き用の熱い紅茶を乗せたトレイを持ちながら、紅魔館の長い廊下を歩き、レミリアの寝室をノックする。

 

 

「お嬢様、失礼いたします」

 

 

 寝室の扉を開ければ、そこには安らかに寝息を立てている己の主が横になっている。

 こうして見ると本当に500年の年月を生きた吸血鬼なのか疑わしい事この上ない。それくらい幼い顔で安らかに寝ているのだ。

 咲夜自身、理由は良く分かっていないが、咲夜はこのレミリアの寝顔が好きだ。レミリアを見てしまうとこの上なく安心してしまうのだ。母性本能のような物なのだろうか? 子供のいるような年ではないが、きっと自分に子供が出来ればこんなふうな安らぎに似た感じになるのだろうか?

 そんな風にほんの僅かながら思った。

 しかし主に対してこれは無い。子供の様な等と……不敬極まりない。

 自分の主に対してあまりに不敬な考えを払拭するために、咲夜は頭を左右に振って、考えを無かった事にした。

 

 

「お嬢様、起きてください。もう朝ですよ」

「………うッ……う~……」

 

 

 レミリアの体を揺さぶりながら言う。

 一回で起きないのはいつもの事だ。何回も繰り返すことで、レミリアはやっと目を開けると事が出来る。

 しばらく繰り返して、ようやくレミリアは眼を開けた。尤もまだ夢現の中にいるようだが……。

 

 

「……あ……咲夜……」

「おはようございます。レミリアお嬢様。今日も太陽が燦々と照らす素晴らしい天気でございます」

 

 

 紅茶を入れ、レミリアに手渡す。

 レミリアは、香ばしい香りと嫌味にならない程度の苦みを含んだ紅茶を口に含み、完全に目を覚ました。 

 

 

「おはよう、咲夜…………いつも思うのだけど、吸血鬼に対して快晴の事を『素晴らしい天気』って言うのは何かの皮肉なの?」

「いいえ、そう言うわけではございません。しかしながら世間一般では快晴は良い天気とされております。そのため、快晴の日は『良い天気である』と言うのが妥当ではないかと……」

 

 

 まあ実際のところ、太陽の光は吸血鬼にとっては命の危険性のある実に不愉快な存在なのだろうが、生憎と咲夜は人間だ。太陽が嫌いになれるはずも無く、むしろ迷惑よりも恩恵の方が大きい。

 その最たる例が洗濯物だろう。

 太陽の光で干した洗濯物は早く乾く、消臭効果もある、殺菌効果もあると、実に至れり尽くせりだ。

 

 

「――まぁ……いっか」

 

 

 特に気にした様子も無く、レミリアは紅茶を飲みほし、ベットから起き上がった。

 体をノビノビと伸ばし、ポキポキと心地よい音を出す。人間であれ、獣であれ、妖怪であれ、神であれ起きた後に体を伸ばすのは生物特有の癖なのかもしれない。

 

 

「お嬢様、本日のお召し物は……」

 

 

 咲夜はテキパキと仕事をこなしていく。

 咲夜は毎日がとても充実していると感じていた。

 ちょっと我儘なご主人様に、ちょっと寡黙で図書館に引きこもりがちなご主人様の御友人。そして時々、物を破壊しては妖精メイドたちをうろたえさせるちょっと困った妹様。気を使う程度の能力を持ちながらまるで気が利かない、ちょっとだけ使えない部下。

 

 咲夜はこの紅魔館にいる者たちが大好きだった。

 『幸せ』と言う言葉の定義は人それぞれであるが、多分、自分は幸せなんだろう、と―そう毎日、実感できた。

 

 

 (うんッ! 今日も一日頑張りますかッ!!)

 

 

 主人であるレミリアが博麗神社に行く背中を見届けた後、咲夜は自分の頬を軽く叩き、気合いを入れた。

 これから屋敷の掃除に洗濯。食事の材料や日用品の買い出し、財産の書記やレポート等の作成。夕食の仕込みもある。庭の手入れの手伝いとか、部下たちの教育、育成とか、図書館の整理整頓の手伝いとか、etc、etc……… 

 やる事が山のようにある。やりたい事が山のようにある。

 咲夜はこんな幸福な日常がいつまでも続いて欲しいと―――そう柄にも無く思ってしまっていた。

 

 

 

 だが数日後、思いもよらぬ出来事が起きた。

 

 

 

 それは朝の早い時間。日の出からそう経ってもいない時間の事だった。

 レミリアに呼び出された咲夜は、彼女の私室を訪れた。そこでこんな事を言われてしまったのだ。

 

 

「咲夜、お前、メイドの仕事を辞めろ♡」

 

「――は?」

 

 




 ブワァ。さ、咲夜さん……

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