火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです 作:じoker
閉店した酒場を再利用したこの場所は、数年ぶりにかつての賑わいを取り戻していた。
普段この場所に入り浸っているヘビースモーカーの中年と、駄々をこねる子供と紳士ぶった保護者以外に、一〇名ほどはいるだろうか
――そこそこの人数は集められたようだな。
男は、紫煙を吐きつつこの場に集まった者を見回した。
そこそこに名を知られた犯罪者もいれば、名を知らないものもいる。ただ一つだけ共通しているのは、只者ではない身のこなしが何気ない仕草からも感じられることである。
彼らは全て、弔が集めた
木椰区ショッピングモールであの少年と話して以来、弔は変わったと男は思う。無論良い方向へだ。
きっと、目的のために準備を整え、目的のために苦行に耐える。それができるようになったからだろう。
まぁ、これらは学業でろうが趣味であろうが仕事であろうが必ず必要となるもので、それを身につけ実践することなど一般的な人間であればごく当たり前のことだ。そのため、変わったからといって今更褒めるようなことでもないとも男は考えているのだが。
「よく集まってくれた。同志たち」
弔がメンバーたちの前に立った。
「俺たち
弔はメンバーの前で語る。
「俺たちは社会に問いかける。ヒーローとは何か、正義とは何か」
けして大きな声ではない。人類史上最悪の世界大戦を引き起こしたかのチョビ髭の総統閣下のような、聴衆を熱狂させるような手腕があるわけでもない。
聞かされている男から見れば退屈極まりない演説だった。
かといって、男もここで野次を飛ばすほど人間ができてないというわけでもない。男は内心で早く終わって欲しいと思いつつ、煙草の煙を愉しむことで気を逸らすことにした。
「社会は、市民はどうあるべきなのかを社会全体に考えさせる。俺たちの行動は全てそのための布石となる。そのために――」
「ゴチャゴチャしたのはいらねぇよ、リーダーさん」
しかし、退屈を感じていたのはどうやら男だけではなかったらしい。弔の演説に茶々を入れたのは、粗暴な態度を隠そうともしない筋肉隆々の巨漢だった。
「俺はヒーロー殺しの掲げたものや、あんたらの大義なんてどうでもいい。俺がここに来たのは、俺が満足できる環境があるっつーからだ」
「同感だね。僕は僕の目標のためにここにいるんだ。君の目標と僕の目標は違う。利害が一致してるから協力するだけさ」
巨漢の言葉に、ガスマスクをつけた小柄な男も同調する。
――まさかここでキレたりしないよな、お坊ちゃんよ。
一応あの出会いをきっかけに成長してはいるが、以前の態度から察するに弔がここで癇癪を起す可能性は低くなかった。心配になった男は、さりげなく弔の表情をうかがう。
しかし、男の予想に反して弔の表情は全く変わっていなかった。
「それは知っている」
弔は荼毘と、蜥蜴顔をした男、さらにサングラスをかけた大柄の男へと視線をやる。
「
続いて、弔は視線を茶々を入れてきた巨漢と、ガスマスクをかぶった小柄な男、全身黒尽くめの男に向けた。
「私怨、欲望……理由はそれぞれだが、個性を使って暴れたいやつが、復讐をしようとするやつがいる」
最後に、弔は男とトガに視線を向ける。
「動機も思想もさっぱり理解できないが、この組織に協力する意思を示してくれるやつがいる。……が、俺はお前達全員がこの組織で可能な限り自分たちの成すべきこと、成したいことを達成できるようにするつもりだ」
そう前置きすると、弔は傍らに立つ黒霧へと視線を向けた。
弔が何を求めているのか黒霧は即座に理解し、自身の個性を用いて取り出したホワイトボードをカウンターに置いた。そこには、地図らしきものと猿轡と手錠をつけられた目つきの悪い少年の写真が貼られている。
「次の俺たちの目標は、雄英高校ヒーロー科――ヒーローの卵たちの合宿だ。そこを襲撃し、混乱に乗じてこの少年――爆豪勝己を誘拐する」
「ヒーローの卵とはいえ、ガキ一人誘拐することに何の目的がある?」
発言したのは、これまで沈黙を保ってきた蜥蜴のような顔をした男だった。
「ステインは偽者のヒーローを粛清することで己の理想を実現しようとした。そのガキは確か、体育祭で見たヒーローの何たるかを理解していない見どころのないヒーロー気取りだろう。そいつを粛清するならまだ分かるが、誘拐というのはどういうことだ?矯正するのだとしても、大義に比してやることのスケールが小さすぎないか?」
「別に、ヒーローの卵に手をだすことそのものが目的と言うわけじゃない。最初に言ったように、
「本当の狙いは世間へのアピール――雄英高校の管理体制に不備があり、そこに勤めるヒーローたちにも不適切な点があったと思わせることで、世間におけるヒーローの印象を悪化させる。それにより、昨今のオールマイト一人に頼りきりの社会におけるヒーローについての論議をマスメディアに発信させ、既存のヒーローたちにも己が所行を振り返らせる――そんなところか?」
弔の発言に口を挟んだのは、荼毘だった。
口を挟まれたことに多少思うところがあったのか、先ほどよりもわずかに弔の口調がぶっきらぼうなものとなる。
「ああ、そうだ。俺たちの大義はあくまで問いかけることにある」
「それで、具体的な襲撃のプランはどうなってる?」
「計画の実働部隊――開闢行動隊には、俺と黒霧、葛西を除く全員に参加してもらう。最初にマスタードのガスでフィールド全体を覆い、各人はその混乱に乗じて生徒とプッシーキャッツ相手に暴れてもらう。ただし、こちらはあくまで陽動と時間稼ぎが主目的だ。目的を果たしたら即撤退できるだけの余裕をもって動いてもらえれば、細かい注文は出さない。トゥワイスはイレイザーヘッドとブラドキングの相手をしてもらう。お前の個性なら、実力差のある相手を足止めすることも難しい話じゃないだろう。誘拐の実行犯はMr.コンプレスに任せる」
「指揮系統はどうする?お前が出てこないというならば誰が指揮を執るんだ?」
「荼毘、お前を開闢行動隊の指揮官とする。撤退までの指揮は全て任せる。目標さえ達成できるのなら、やりたいようにやってくれてもかまわない」
「襲撃時は、私の個性で皆様を転送します。目標を確保したら、あらかじめ指定した座標まで来てください。そこでゲートを広げて皆様を回収する手筈となっています」
――戦略的目標は悪くはねぇか。
男は、今回の作戦に一定の評価を与えていた。
これは新規参加メンバーの個性を把握した上での、適切な人員配置であろう。
初手のガスマスクのガス散布はフィールドをこちらの優位なものに変えることができる。相手がヒーローの卵とはいえ、敵の数も質も侮れない以上、相手を可能な限り弱体化することは戦術的にも重要だ。
そして、誘拐の実行役には拘束という一面でみればこれ以上ないほどに適した個性を持つMr.コンプレス。まともに相手をすれば不利になることは免れない実力者であるプロヒーロー、イレイザーヘッドとブラドキングの押さえ役には消耗しても惜しくない戦力であるトゥワイスの複製人間。
戦術的には十分合格と言えるだろう。
戦略的な目標も、これまでのオールマイトを殺すというシンプルでそれ以外のことは何も考えていないような目標から、マスコミや社会などに目標達成によって与える影響を意識したより高度なものとなっている。
しかし、戦略的な目標を考えるにはいささか遅かったとも男は思っている。
先の雄英高校の実習施設USJの襲撃もあり、雄英高校の危機管理体制は向上している。あの一件が雄英の評判に陰りをつけたという点を考慮しても、標的の危機感を煽ることや標的に場数を踏ませたこと、そして捨て駒とはいえこちら側の戦力を多数失った点を鑑みるに、戦略上悪手でしかなかった。
襲撃が成功しようがしまいが『襲撃された』という事実だけで雄英高校はダメージを受け、
弔からすれば今
陽動だけならUSJの時のチンピラのような雑魚でもできるのだから、先手を取るガスマスクと誘拐実行役のMr.コンプレス、担任教師の足止め役のトゥワイスと指揮官の荼毘以外の人材は温存するのが正しい選択だろう。
警察とて無能ではない。現場に投入されたメンバーの身元と個性が特定されれば、対策を打ってから逆襲に出るだろう。相手に自分の手札を容易に曝け出すことなぞ、悪手でしかないと男は考える。
――まぁ、どうせお坊ちゃんからの信用もない俺はお留守番だ。ちょっと成長したお坊ちゃんのリーダーっぷりを安全圏から観戦させてもらうとしますか。
しかし、既に自分は今回の作戦には不参加で高みの見物だと高を括っていた男に不意に弔の視線が向けられる。
自分が頼まれる仕事なんぞ何もないと、目の前の会議を他人事のように考えている男に、弔は顔を覆う手に隠された口角を吊り上げながら言った。
「葛西、お前は開闢行動隊とは別行動で陽動をしてもらう。何、昔やった派手な遊びをもう一回やってもらうだけだ。お前なら他愛のないことだろう?」
「はい?」
「木椰区ショッピングモールでお前の顔と能力は割れているんだ。それならば陽動として派手に動いてもらってプロヒーローの注目を集めてくれた方が都合がいい。伝説の犯罪者の手腕、期待している」
――面倒くせぇなおい
男は弔からの