火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです   作:じoker

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4時限目 二<なんばーつー>

『しゃらくせぇ!』

 数多の警察官と数人のヒーローが力尽き、炎に覆われている姿が見えた。

 その後ろには、彼らを炎で包んだ下手人がいる。

『この葛西善二郎様を捕まえようって考えてるなら、熱量が足りなすぎるぞ小僧共!!』

 男は、これが過去の光景であると即座に気づく。

 幾度も見た、自分がヒーローとしてデビューしたころの夢。初めて(ヴィラン)に屈した時の夢。

 そして、自らの宿敵、葛西善二郎と初めて相見えた時の夢。

「そこまでだぁ!!」

 夢の中で男は叫んだ。

 男は自らの個性を使い、葛西に炎を放った。しかし、葛西は直線的な軌道を描いて迫ったその炎を僅かに身を逸らすだけで回避した。

『なんだ、大層な個性を持っていながら火の使い方も知らねぇ生ガキじゃねぇか』

 葛西は、自分のことを知っていたようだ。炎を放ったのが自分だと知って、嘲笑うかのように口角を吊り上げた。

『炎ってのは面白れぇし、かつ魅力的だ。そんな単調なただ炎を放つだけなんていう使い方なんて、もったいねぇ』

「その火を、人を傷つけ、自分の欲望のためにだけにしか使わない貴様が何を言うか!!」

()()()……年長者からのアドバイスは素直に聞いておいた方がいいぜ。火ってのは猫みたいに気まぐれなところもあるからな』

「黙れ!!貴様に教えてもらうことなぞない!!何故なら、貴様はここで捕まえられるからだ!!」

 地面を力強く蹴り、燃え盛る瓦礫の山を乗り越えながら葛西に迫る。

 それに対し、葛西は二本のビンを投げつけてきた。

 ビンの口には、火のついた白い布が巻きつけられている。

 火炎瓶だと男は即座に判断した。そして、自分の上空を通過するような弧の軌道を描いていることも理解した。

 自分には絶対にあたらないし、よしんば自分にあたりそうになったとしても、火の個性を持つ自分に対して火炎瓶など効果は無いに等しい。しかし、それでも彼は火炎瓶を自身の炎で焼き尽くすべきだと考えた。

 何故なら、彼の後ろには倒れ伏した警察官やヒーローの姿があったからだ。火炎瓶の描いている軌道は、彼らに向かっていた。自力で逃げるだけの力を持たない彼らには、たかが火炎瓶でも致命的な脅威となる。

「姑息な!!」

 男は迷うことなく炎を火炎瓶に対して放った。出力は最大。ビンごと焼き尽くすだけの熱をもって放たれた炎は、狙い通りに火炎瓶を直撃した。

 その直後、彼の目の前の景色は真っ赤に染まり、身体が何かに浮かされるような感覚を覚えると同時に視界は暗転した。

 

 

 

「オォォォオオ!?」

 男は布団を跳ね除けて身体を起した。

 背中は汗でぐっしょり濡れており、汗で濡れて張り付いたシャツが不快感を増大させる。

「夢か……そんなことは分かっている」

 何故今日に限ってあのころの夢を見たのかも分かっている。

 それは、昨日の昼のこと。珍しく警察にいる塚内から連絡があり、二人っきりで重要な話をしたいということだったので、夕食を共にしたのだ。

 そこで明かされたのは、先日の木椰区ショッピングモールの大火の容疑者が、必ず己の手で捕まえると誓った宿敵だということだった。

 

 あの日のことを思い出す。

 液体の入ったビンに、その口に火のついた白い布。葛西の投げたソレは典型的な火炎瓶の姿だった。

 しかし、その正体は全くの別物。

 色つきのビンと思っていたものは耐圧特殊容器で、その中身の液体は液化石油ガス。

 布はビンの口には入っておらず、あくまで周囲にまきつけてあっただけで、火炎瓶に見えるように擬装しただけだったのだ。

 それを見破ることもできずに放った最大出力の炎は、瞬時に容器ごと中の液体を加熱させた。

 そして、ビンは爆発。想定以上の爆風と熱を喰らった男は重傷を負い。男が守ろうとした警察官らはこの時の衝撃波によって亡くなった。

 

 あの時、自分たちの身に一体何が起こったのかは、搬送先の病院で警察の現場検証の結果を伝えられた時に知った。

 

 通常、液化天然ガスなどの常温常圧で気体になる物質は、高い圧力を加えることによって液化させられた状態で容器に保管されている。このような液化した物質を保管している容器が加熱された時、容器内の液体は沸点(通常の一気圧の状態でのもの)より十分に高い温度まで加熱され、同時に圧力も上昇する。

 容器が内部の液体の圧力に耐え切れなくなって破裂した場合、容器内の圧力は同時に大気圧にまで低下する。

 この時、容器内の圧力は大気圧に戻るために液体は瞬時に突沸、さらに液体が気体になることで爆発現象を起こす。

 俗に言う、BLEVE(沸騰液膨張蒸気爆発)というものだ。

 この現象の恐ろしさは、爆発の際に生じる衝撃波にある。

 すさまじい速度で迫り来る爆風によって呼吸が困難となり、さらにその爆風の中には人体にとって有害なガスが多く含まれている。

 BLEVE(沸騰液膨張蒸気爆発)の影響範囲にいる人間は呼吸ができずに酸欠となり、さらに有害なガスを吸い込むことで中毒を発生することで死に至るのである。

 軍隊などで使用されているサーモバリック爆弾もまたBLEVE(沸騰液膨張蒸気爆発)の原理が応用された兵器であることからも、その危険性が分かるだろう。

 

 結局、あの時自分は完全にあの男の術中に嵌っていたとしか言えない。

 そして、今でもあの時の失敗から己は抜け出すことができないでいる。

 炎系統最強と言われる『ヘルフレイム』という個性を持ちながら、同じような炎系統の個性を持つと思われる(ヴィラン)に敗れたことで、当時若手のホープとして期待されていた自分の株は暴落した。

 さらに、この時負傷した警察官やヒーローの回収よりも(ヴィラン)の確保を優先した判断がそもそもの誤りであり、それが結果として多くの犠牲者を出すことになったとして責められることとなった。

 当時の自分の判断が甘かったことは彼自身も認めている。敵が、炎の魔術師と呼ばれる炎を知り尽くした犯罪者であることを知りながら、たかが火炎瓶だと油断した結果があのザマだ。同期筆頭株であったオールマイトとの差が縮められず、功を焦っていたところも否定できない。

 汚名を返上するため、それからの自分は前にも増して様々なことを学び、ヒーローに求められる判断力等を養うことで次第に信頼を回復していった。

 一方で、葛西善二郎を自分の手で捕らえることで一度に名誉挽回を狙うことも怠ってはいなかった。しかし、不幸なことに自分にはその機会は二度と訪れなかった。

 忘れもしないあの日。警察は当時葛西が起していた連続テロの手口から、次に葛西が起すテロの現場を特定し、罠を張り巡らすことで葛西を追い詰めた。

 ところが、ビルの屋上に追い詰められた葛西は逃げられないことを悟っていたのか、上層階で爆発を起こすことでビルを崩壊させるという行動に出た。葛西はビルの崩落と同時に発生した大火災の中に消えた。

 事件後の検証の結果、死体こそ見つからなかったものの、葛西が生きていることを示す資料は一切出てこなかったので、警察は被疑者死亡という形で事件の幕を引いた。

 結局、自分には、二度と葛西を捕まえるチャンスが巡ってこなかった。

 

 思えば、あの事件での失態と、その容疑者をついに自身の手で捕まえられなかったことが今の自分の地位を決定付けたのかもしれないと男は思う。

 

 永遠のNo.2。

 

 No.1(オールマイト)がそれに相応しい不動の男ということもあるが、この時の失態が、自分の生涯に亘るマイナス評価の一因であることも否定できない。

 

 

「待っていろ、葛西……善二郎ォォオ!!」

 No.2ヒーローエンデヴァー(轟炎司)は宿敵の名を叫び、その瞳に闘志を燃やしていた。




自分は物理はからきしなので、BLEVEの理論とかに間違いがあってもそっとしておいてください。

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