火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです   作:じoker

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お気に入りが気がついたら4倍以上になってる……
こんな拙い文章でこれだけの好評価……流石葛西さん、愛されてますね。


3時限目 知<しる>

『白昼のショッピングモールで発生した火災は、完全に鎮火した様子です。発生から三日に亘って周囲を熱し続けた炎の姿も、空を覆い尽くすほどに広がった黒煙の姿ももうありません。ショッピングモールの半径300m圏内の住民に出されていた避難勧告も解除されており、事件現場近くには我が家の無事を確認するために多くの住民が戻ってきています。今回の火災は非常に大規模なものでしたが、駆けつけたレスキューヒーロー『GOGOV』や『メ組』『バックドラフト』による懸命の救助活動と消火活動によって多くの命が救われました』

 

 

 

 定食のメインである焼き鮭の香ばしい香が立ち込める警察署の署内食堂。

 そこで、激しく燃え上がる炎と、天高く立ち上る竜のような黒煙を映し出すテレビ画面を塚内はじっと見つめていた。

 彼は、警察においてヴィラン関係の犯罪を専門に担当する部署に所属している捜査官だ。

「塚内刑事」

 テレビ画面を見つめていた彼を現実に引き戻したのは、髪には白髪が混じる定年間際の男だった。

「呉内さん?」

 塚内に声をかけた男の名は、呉内煉治郎。放火や失火などの調査を専門にしている刑事である。呉内は僅かにテレビ画面に視線を向けてから、塚内の耳元で囁いた。

「この事件の犯人(ホシ)について話がある」

「心当たりがあるんですね?」

「ああ」

 塚内は周囲を見渡して聞き耳を立てている者がいないことを確認すると、声を潜めながら呉内の耳元で囁いた。

「それは、葛西善二郎のことですか?」

 呉内は自身の考えが見透かされていたことに僅かに驚きの表情を見せた。しかし、なんということはない。呉内の神妙な表情から、塚内は彼が目星を立て、わざわざ自分に伝えるほどの人物を即座に割り出したというだけのことである。

「物証か、証言があったんだな?」

「ええ。今回の火災で、一般人の避難誘導に当たった雄英高校の生徒さんから話が聞けましてね」

 塚内は先日、事件現場に居合わせた雄英高校の生徒たちに行った事情聴取のことを思い出す。

 ヒーロー殺しの事件でも関わった少年、緑谷出久のTシャツは煤によってよごれ、身体のあちこちには軽い火傷が残っていた。事情聴取をする一時間前まで、彼と彼のクラスメイトたちは突然の大火災にうろたえる人々を救助し、安全な場所へと誘導していたのである。

 時には崩れた瓦礫の山を突破し、また時には炎の中に取り残された人々を救うために黒煙の中に飛び込んで走り回ったのだろう。一時間あまりの救助活動によって、未だに成長途中である少年少女の体力が枯渇してしまったのも当然である。

 そして、本職のレスキューヒーローが駆けつけたところで彼らは現場から離脱。ショッピングモールの最寄の警察署に塚内が連れてきたというわけだ。

 (ヴィラン)連合の幹部とショッピングモールで接触した緑谷出久は、そこで二人の人物を目撃したと証言している。

 一人は、先のUSJ襲撃にも顔を見せた死柄木弔。そして、もう一人は弔が葛西と呼ぶ四〇代半ばほどと思われる煙草を吸う男。

「葛西という名前、どこかで聞いた気がすると思ってデータベースを漁っていたら、その男に辿りついたというわけです」

 だが、あくまで目撃証言から推察される容疑者でしかない。彼が聞いた葛西という名前も、死柄木弔がそうであるように、本名である可能性が低い。

「しかし、呉内さんはどうやって葛西に辿りついたんですか?」

 呉内は塚内と違って今回の事件の捜査には参加していない。雄英高校の生徒の証言もなく、一体どうやってこの男にまで辿りついたのか塚内には分からなかった。

「決まってるだろう。あんなことができる犯罪者は葛西善二郎だけだからだ」

 呉内は拳に力を籠めながら語る。

「今回の事件は、結果的に東京ドーム三個分の敷地を焼き尽くすほどの大火災だった。しかも、業界では指折りの精鋭レスキューヒーロー『GOGOV』や『メ組』、『バックドラフト』が鎮火と人命救助に尽力したにも関わらずだ」

「犯人が周到に準備をしていたということですか。しかし、そう考えるとあの場で死柄木弔が出久君と接触した理由が分かりません。敢えて目立つようなことをする必要なんてありませんし、大火の準備をしていることが露見する可能性だってあります」

「いや違う。あれは、計画的な犯行なんかじゃねぇ」

 呉内の口から出た言葉に、塚内は首を捻る。

 しかし、塚内がその言葉の真偽を問う前に、呉内は説明を始めていた。

 呉内は放火等の犯罪を取り扱って三〇年の大ベテランだ。こと放火に関する考察では、右に並ぶものは多くはない。十分に参考になる意見だと塚内は考えていた。

「精々が一部店舗全焼の放火騒ぎで終わるはずだった火災が、実際にはショッピングモールの大半を焼き尽くす大火となった。それは何故だと思う?」

「犯人がしかけた発火装置の威力が大きく、かつ可燃物をいたるところに予め配置していたからでは?」

「違う。確かに、出火元はガスを扱う飲食店を中心に、可燃物を取り扱っている店ばかりだった。しかし、発火の原因となったものはどれも小型の爆弾にすぎない。いくら周囲が可燃物だらけだったとはいえ、普通なら火の手はここまで大きくはならないはずだ」

 塚内は黙って呉内の解説に耳を傾ける。

「火災が激しくなった原因は、酸素の供給にある。いくつかある可燃物を取り扱う店の内、実際に火元となった店はそう多くない。しかし、その火元となった店はどれもショッピングモールの設計上空気が多く流れ込みやすいところにあった。おまけに爆弾はご丁寧に天井部分にしかけられていて、天井部分にも空気を供給する孔があったために建物の火の巡りがはやくなるという現象がおきていたと考えられる」

 さらに、呉内は続けた。

「もしも、発火地点の選定が意図的に――火災をより大規模にするためにされていたとするならば、その選定に関わった人間は、よほど火に精通しているとしか思えない。俺の知る限りで、即興の場当たり的な放火でそんなことができるのは葛西ぐらいだ」

「即興?待って下さい。あの大火が場当たり的な犯罪ですって?呉内さんの言うとおり、これが空気の流れや可燃物の配置までを考慮した犯罪であるならば、かなり周到な下調べをしていたと考えるべきでは?」

 呉内の説明を聞き、今回の犯行が並大抵の犯罪者にできるような所行ではないことは塚内にもなんとなく理解できていた。しかし、これだけの犯罪が場当たり的なものだったという呉内の考えには驚きを隠せない。

「空気の流入を考慮した発火点の選定ができる犯罪者ならば、被害者の退路を絶つために可燃物を増して犠牲者ももっと増やすこともできたはずだし、それこそ徹底的にショッピングモールを焼き尽くすこともできたはずだ。実際、計画的な犯行にしては、使われた機材が少なすぎる。これだけの被害を出す犯罪を平然とする犯罪者が、犯罪で加減をするなんてことは俺には考えられない。手加減したのではなく、準備不足で最低限のことしかできなかったか、あまり大きな火事となれば都合が悪くなる事情があったか。ここからは完全に俺の推測だが、葛西はその死柄木って男の離脱を支援するためだけに今回の大火を計画したんじゃないのか?だから、事前からの準備ではなく即興の工作で今回の大火を引き起こした」

 塚内に戦慄が走る。

 もしも呉内の推理が正しければ、今回の事件の犯人は時間の余裕さえあればもっと大規模な大火を起せるということになる。これほどの被害を出した大火災が、ただの逃亡のための目くらましにしか過ぎないというのはとても恐ろしい想定だった。

「俺が初めて刑事(デカ)として捜査した事件(ヤマ)がこいつの事件だった。ビルを次々と放火してな、一瞬の内にビル全体を業火で包み、それを倒して六の文字を形作る。俺の三〇年の刑事人生の中で、あれほど火のことを知り尽くした凶悪犯は他にいなかった。だから、即興でこんな犯罪をやってのけるやつは葛西以外に思い浮かばなかった。断言してやる、犯人(ホシ)は、葛西善二郎だ」

 力強い口調で呉内は断言した。

「しかし……もしも葛西だとすれば、年齢が合いません。戸籍によれば、ヤツは既に六〇代半ばのはず。出久君が目撃した男の特徴とは一致しませんし、そもそも葛西善二郎は……」

「死んでいると言いたいわけだな?」

「ええ」

 葛西善二郎は、二五年前に警察に逮捕される寸前まで追い詰められている。塚内の権限ではその事件の詳しい経緯を探ることはできなかったが、葛西の最後についての記録は辛うじて閲覧することができた。

「二五年前、葛西は警察の精鋭部隊に追い詰められ、炎上したビルの倒壊に巻き込まれてから消息不明となっています。現場の状況から考えるに生還は絶望的なはずです」

「だが、現場検証では死体も見つかっていない。ならば、生きている可能性だって十分にある。だからな……」

 呉内はそこで言葉を切り、かつて塚内が見たことないほどの険しい表情を浮かべながら忠告した。

 

「塚内、心してかかれよ。葛西は並の犯罪者とは一味も二味も違う。お前が今まで追いかけてきた(ヴィラン)なんぞとは比べ物にならない悪意を抱いた、超一流犯罪者(メジャーリーガー)だ」

 

 呉内の忠告を聞いた塚内は、自身が知る限りで最も凶悪で冷酷非道な犯罪者――オール・フォー・ワンの姿を思い描いた。

 おそらく、呉内の口ぶりや過去の記録から推察するに、葛西善二郎もまた、オール・フォー・ワンに匹敵するであろう巨悪に違いない。

 (ヴィラン)連合に集いつつある脅威の存在に、塚内は焦燥を抱かずにはいられなかった。




呉内さんのモデルは、あの二時間ドラマの帝王が演じる某刑事モノの主人公です。

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