火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです 作:じoker
あの冷めているようでそのくせ実に的確に真実を言い当ててるものの見方がいいですよね、葛西は。
とある廃れたビル。その裏口から、帽子を被った中年の男が、煙草を咥えながら足を踏み入れる。入り口の横、下駄箱に隠された地下への階段を見つけると、男は躊躇することなく階段を降りていった。
階段を降りきると、ドアの開いた部屋の奥から話声が聞こえてきた。
「ヒーロー殺し。掴まるとは思わなかったが、概ね想定通りだ」
「暴れたい奴、共感した奴……様々な人間が衝動を解放する場として
その声を聞き、男は不敵な笑みを浮かべた。
「
男の口から零れた小さな独り言。しかし、男がそこにいることも、聞こえるはずがないほど小さな独り言も、全てお見通しだったのだろうか。地下の部屋から即座にレスポンスがかえってきた。
「君か、久しぶりだね。元気そうでなによりだ」
男がいる場所は部屋からは死角となっているために見えないはずだし、独り言も到底聞き取れないはずの距離がある。しかし、既に察知されているのなら、このまま顔を出さない理由はなかった。
男は、地下室の入り口を潜る。
そこは、窓一つない暗い空間だった。その中央の大きな椅子に大男が腰掛けているのが男には見えた。鼻から上の表面は削ぎ落とされたような傷跡に全面覆われており、目も、鼻も、耳もない。
喉や頬にいくつものチューブが繋がれており、大男は、設備に生かされているような余命幾ばくも無い重体にしか見えない。
しかし、そんな状態でありながらも、男の目から見る限り大男からは衰えというものはほとんど見て取れなかった。
「アンタよりも、コンマ一秒でも長生きすることだけが今の俺の望みなんでね。アンタが先にくたばってくれないと困りますぜ。……それで、今度は何を企んでいるんです?」
そう言うと、男は脇に挟んでいた週刊誌を取り出した。見出しは、『ヒーロー殺しの肖像』
「『ヒーローとは見返りを求めてはならない自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。現代のヒーローは英雄を騙るニセモノ。粛清を繰り返すことで世間にそのことを気づかせる』か……
「くだらない論議か。実に君らしい考えだね。世間はヒーローの定義だの何だのと勝手に盛り上がっているようだが」
「個性を悪用する犯罪者を『
男は、小さな光が灯る煙草の先を大男に向けた。
「貴方のような」
「フフフ。私よりも長生きしたいというささやかで、だいそれた夢想家でありながら、その根本は生粋のリアリスト。私をその能力ではなく悪意とやらで測ってくれる相手はオールマイトか君ぐらいだ……相変わらず、そんな矛盾が面白いね、流石は伝説の犯罪者、
ヒーロー殺し“ステイン”の主張を一蹴した男に対し、大男は口角を僅かに吊り上げた。
――男は考える。
あの方と初めて出会ったのは、およそ10年ほど前のことだった。
当時の男は、居場所を探していた。犯りたいことがあった。我慢できない欲望があった。犯罪者としての花道を探していた。
そして、あの日。あの人に連れられた男は出会ってしまった。
初めてだった。
いっしょにいるだけで吐き気がこみ上げてきて、胸糞悪くて生きているのもイヤになって。
それでいて、一度知ったら離れられない。
プライド、トラウマ。そして、恐怖。人であれば誰しも持っている心の隙間に巧みに入り込む計り知れない『悪』のパワー。
あの方を一言で称するとすれば、正しく『悪』のカリスマとしか言い様がない。
男は魅入られた。
火以上に惹かれた存在に。
犯罪者の王たるその姿に、畏怖に、在り方に。
しかし、その悪を体言する『絶対悪』はもはやこの世にはいない。
今自身の目の前にいる大男も、かつては世紀の大悪党として君臨していた揺ぎ無い悪であり、男の知る限りではあの方に次ぐほどの犯罪者である。しかし、全盛期のこの大男ですら、あの絶対悪には遠く及ばないだろうと男は確信していた。
さらに、今の大男は
犯罪者の王にして、最強最後の犯罪者。
そう思っていたあの方が死んでもなお、自分はこうして生きている。それが男にとっては拍子抜けだった。
かつては、あの方よりもコンマ一秒でも長く生きてみるのも悪くないと男は思っていた。全ての命は、あの方よりも早く死ぬだろうと信じていたからだ。
ところが、地球上で最も長生きするだろうと思っていた男は、この世のものではない怪物の手によって葬り去られたため、男のささやかで、ちっぽけで、それでいて大それた願いは叶うことととなった。
そして、あの方も、あの方を討ったあの怪物もいなくなり、■■■■■も姿を消しておよそ四半世紀。
善と悪のバランスが取れすぎて面白くないこの世界で、ようやく出会えたあの方に次ぐ大犯罪者がこの大男。
ホンモノの悪を知るからこそ、物足りないと感じることもあるが、それでも彼が知る限りにおいては絶対悪の次点に彼はいる。
だからこそ、男はこの大男よりも長生きしてみたいなどという冷めた大望を抱かずにはいられないのである。
「貴方も貴方ですぜ。今のこの世界では誰よりも強く、誰よりも『悪』を往く貴方が、引退を決め込んでいるってのも面白くない。どうして、あのガキなんかに入れ込むのか。アンタの個性なら、まだまだやれることはたくさんあるはずでしょうに」
「ワシも同感だ。出来るのかね、あの“子ども”に」
大男に付き添っていた髭を生やした老人が言った。力はあるが、その使い方も、タイミングも分からない子ども。それが、老人にとっての死柄木弔という少年であり、到底、目の前の男の後を継ぎ得る人間には見えないと老人は考えていた。
「正直、あの子供には期待できん。ワシは先生が前に出たほうが事が進むと思うが」
目がないのに、視線を向けられたことに気づいたように顔を傾ける先生と呼ばれた男。
「ハハ……では早く体を治してくれよドクター。私にできるのであれば、それも悪くないからね」
ドクターと呼ばれた男は溜息をつく。
「無茶を言う。ワシにも出来ることとできないことがあるわい。“超再生”を手に入れるのがあと5年早ければなぁ……!傷が癒えてからでは意味のない期待外れの個性だった」
「また贅沢なことを。個性なんて一つだけでも
心底残念そうな表情を浮かべるドクターと、苦笑する男。しかし、それに対し先生と呼ばれた男は飄々とした口調で答えた。
「いいのさ!彼には苦労してもらう!次の“僕”となる為に」
口と、その周りの筋肉しか動いていないのにも関わらず、付き合いの長い男には分かった。今、この先生と呼ばれた大男は見たものを戦慄させる、邪悪な笑みを浮かべていると。
「あの子はそう成り得る歪みを生まれ持った男だよ」
「アンタを超える『悪』に成り得ると?」
「ああ、断言しよう。しかし、彼は未だ蕾にすぎない……君風に言うのであれば、種火だ。経験という燃料を投下すれば、きっととても大きく綺麗な大火となる」
そして、大男は初めてその顔を――本来であれば目があるだろう部位を葛西の方に向けた。
「どうかな。君さえよければ彼をサポートしてくれないかい?そうすれば、君も僕が彼に期待をする理由が分かると思うよ」
「
「楽しみにするといい。きっと、面白いものが見れるだろうから」
そして大男は椅子を静かに傾け、虚空に向き直る。
「今のうちに謳歌するといいさオールマイト。“
個性に頼らない最悪のヴィランを考えた時、最初に脳裏を過ぎったのが葛西でした。