ドラゴンクエスト 天空物語・続 カデシュの帰還   作:山屋

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第8話:カデシュの病

 

「おお、見事、マグマの杖を手に入れましたか。流石です、グランバニアの若き王よ」

 

 エルヘブンの長老たちの間にて、アベルの手に持つマグマの杖を見た長老たちは感心したような顔になり、アベルの労をねぎらった。アベルは笑みを浮かべ、「みんなの力のおかげです」と言った。

 あれから天空への塔を降り、ルーラでエルヘブンまでひとっ飛び、できれば楽だったのだが、中央大陸に停泊させている船を置き去りにして帰る訳にもいかず、陸路で船のところまで戻り、そこから海路で再びこのエルヘブンを訪れた。海中に沈んだ天空城。そこに繋がらうという洞窟。その具体的な場所を訊ねるためだった。

 

「それで、長老様方。天空城に繋がる洞窟というのは、一体、どこに?」

「はい。海底への洞窟。その位置は大まかに言ってしまえばこのエルヘブンの南にあります。具体的な位置を記した地図を持ってこさせましょう」

 

 そう言うと長老は鈴を鳴らす。その音を聞き、階下で控えてた衛兵の一人が駆け寄ってくる。長老は何かを一言二言、言付けると衛兵は再び階下に駆けて行った。その背中を見送りアベルはカデシュに視線を向けた。怪訝そうな顔をするカデシュにマグマの杖を差し出す。「グランバニア王?」とカデシュが呟く。「これはカデシュに持っておいてもらおうかと思って」とアベルは笑った。マグマの杖を譲り受けてから、帰路の間、その杖はアベルが持ち歩いていた。てっきりマグマの杖はそのままアベルが使うとでも思っていたのだろう。カデシュは唖然とした顔になった。

 

「私が、か? しかし、こんな大事な物を……」

「大事な物、だからだよ。この杖はとてつもない力を秘めている。大きな力はそれを使う使い手も選ぶ。カデシュならこの杖を使いこなせると思うんだ」

 

 アベルの言葉にテンとソラも笑顔で同意した。

 

「そうだよ! きっとカデシュならマグマの杖を使いこなせるよ!」

「うん! カデシュ程の魔法使いなら、きっとできるわ!」

 

 褒められることには慣れていないのか、カデシュは困惑したような表情を見せていたが、その瞳がソラの持つストロスの杖の方を向いた。

 

「……しかし、私はストロスの杖にも選ばれなかった男だ。そのストロスの杖と同等、いや、それ以上の力を秘めているであろうマグマの杖を扱うなど……」

「大丈夫。きっとカデシュなら使いこなせる」

 

 そんなカデシュにアベルは笑みを向ける。カデシュは居心地悪そうに視線を彷徨わせた末に、アベルが差し出しているマグマの杖を見た。

 

「カデシュさんなら大丈夫ですよ」

「カデシュ様だものね~」

 

 サンチョとミニモンもそんなカデシュを後押しする言葉を口にする。カデシュは差し出されたマグマの杖を逡巡したようにジッと見据えていたが、ややあって、手を伸ばした。アベルの手からカデシュの手に、マグマの杖が手渡される。カデシュはしっかりとマグマの杖を握りしめた。

 

「……わかった。皆がそう言うのだ。この杖は私が使わせてもらう」

 

 そのカデシュの言葉に一同の間に笑顔が広がる。だが、それもすぐに掻き消えることになった。不意に「ぐ……」とカデシュが呻き声を上げる。かと思えば膝を降り、そのまま地面にへたり込んでしまった。からん、とカデシュの手からマグマの杖が落ち、地面に転がる。「カデシュ……?」とアベルは困惑の表情を向ける。カデシュはその端正な顔たちを苦悶に歪め、「が……は……っ!」と呻いた。

 

「く……最近は大人しくなっていたというのに……また来たか、じゃじゃ馬……」

「カデシュさん! まさか……!」

 

 サンチョが血相を変える。テンとソラも瞳の中に不安の色を映し出し、へたり込んだカデシュの側に行く。「カデシュ!」「大丈夫!?」とテンとソラの声が響く。「カデシュ様~~!」とミニモンも叫び、ただ一人、事情を知らず状況についていけていないアベルがその場で困惑する羽目になった。

 

「医者を呼びましょう!」

 

 長老たちもカデシュを驚愕の表情で見つつも、言葉通り、医者を呼ぶため再び呼び鈴を鳴らす。

 

「カデシュ! 今、お医者さんが来るからね!」

「カデシュ! カデシュ! しっかりして!」

 

 テンとソラの悲痛な声が長老の間に響く。カデシュは荒い息をなんとか噛み殺し、それに応えようとするも、体内に走る激痛がそれを許さないのか、苦悶に顔を歪めるのみだった。

 しばらくして、医者が到着し、カデシュはアベルが肩を貸し、医者の家まで連れて行った。

 

 

 

「こんな重病を抱えているのに旅をしているとは……」

 

 エルヘブンの医者の男性は驚きを通り越して、呆れた様子で呻いた。ベッドで横になっているカデシュ。他の一同は揃って暗い顔をしている。

 

「本来なら絶対安静が求められるレベルの病ですぞ……」

「そんなに悪いんですか、先生?」

 

 アベルが訊ねる。この場にいる面々の中でアベルだけは実際にカデシュの病が悪化した場面に立ち会っていないため今ひとつ実感が薄かった。

 

「悪いも何も……昔に魔物に襲われた傷でしょうが……深刻なレベルで体にダメージを与えている……薬などを使えば痛みを和らげることはできるでしょうが、根本的な治療となると難しい……旅などしている場合では……」

 

 重々しく発せられる医者の言葉を「私の勝手だ」と不意にカデシュの声が遮った。一同がギョッとして見ればベッドの上。カデシュが上半身を起こしている。「カデシュ!」とテンとソラが思わずその名を叫ぶ。

 

「私の体、私の事情だ。旅をしようが、何をしようが、私の勝手だろう」

「……そうおっしゃいますがな。その体では……」

 

 医者は困った様子で口ごもる。カデシュは先程の様子など嘘のように涼しい表情をしている。荒々しい息遣いも平常に戻っているようだった。その横顔を見ていると医者も絶句する程の重病を抱えているとはとても思えない。

 アベルはカデシュの目を真っ直ぐに見据えた。気張りも虚勢もない。ただ冷静に自分の体を見据え、その上で前に進もうとしている真摯な瞳。アベルにはカデシュの瞳はそう映った。「カデシュ」とアベルがその名を呼ぶ。

 

「君がこのまま旅に同行すれば、君は死ぬかもしれない」

「承知の上だ。グランバニア王。元より命など惜しくはない」

「……そこまでして、どうして僕たちと一緒に旅を続けようとするんだい?」

 

 アベルの言葉にカデシュは「ふむ……」と少し考え込む。その瞳がソラの持つストロスの杖を見る。ややあって、カデシュはゆっくりと口を開いた。

 

「最初は復讐のつもりだった。私の国を、ストロスを滅ぼした魔物たち。根絶やしにしてやるつもりだった。この世界から魔物という存在を一匹残らず絶滅させてやるつもりだった。テンたちの旅に同行したのもそれをするため、いや、伝説の天空の勇者であるテンにその力があるのか見極めるためだった」

 

 カデシュはそこで言葉を区切るとテンを、天空の勇者であるテンを見た。視線を向けられているテンは少し照れ臭そうにしていたが、カデシュは再び視線をアベルの方に向けた。

 

「テンたちと旅を続ける内に分かった。テンはたしかに天空の勇者だ。それは今となっては疑うまでもない。だから、テンを真の勇者かどうかを見極めるという旅の目的は既に私にはない。となれば残るは……」

 

 瞳を伏せたカデシュにアベルは静かに「復讐?」と訊ねた。自分の国を滅ぼした魔物たち。その魔物たちを根絶やしにすることこそ復讐。今も、カデシュはそれを目指しているのだろうか? 違う気がした。カデシュが自分たちに同行するのはそんな後ろ暗い動機によるものではない。これまでアベルがカデシュと一緒に過ごした時間はそこまで長いものでもなかったが、その程度のことが分かる程度には共に時間を過ごしてきたつもりだった。今のカデシュは復讐を、魔物の絶滅など考えてはいない……! そんなアベルの考えを裏付けるようにカデシュは「それも今となっては考えていない」と呟く。

 

「テンたちと過ごしていく内に、この胸の中で煮え滾っていた憎悪の念が薄れていくことを感じる。最初はそれを怖い、と思った。私にとって復讐の念とはこの身を支え、この身を動かす、原動力であった。それが失われることが何よりも怖かった」

 

 淡々と言い、カデシュは言葉を切る。急かすことはなくアベルはカデシュの言葉を待った。

 

「だが、いつからだろう。そんな自分に安らぎを覚えるようになったのは。復讐の念など捨てて、生きていく。そうすることを段々と心地よく思えるようになっていた。そんな自分が居た。魔物に殺された父や母、ストロスの国民たちは私がそんなことを思っていると知れば怒るだろうが……」

「怒ったりはしないんじゃないかな?」

 

 自分を責めるようなカデシュの言葉にテンが言葉を挟む。一同の視線がテンに集まる。テンは碧い瞳の中に純心な色を浮かべて言った。

 

「カデシュのお父さんもお母さんも、ストロスのみんなも、きっと、カデシュが復讐なんてことをやめて欲しいって思ってると思うよ。そんな思いにとらわれずに自由に生きていて欲しいって思っていると思う」

「そうだろうか? そうであればいいのだが……」

「うん。きっと、そうだよ」

 

 テンは断言する。それは間違いではない、とアベルも思った。

 

「僕もテンの言う通りだと思うな。カデシュのお父さんもお母さんも、ストロスの人たちもカデシュに復讐なんてことは望んでいないと思う」

 

 そう。アベルの脳裏には今は亡き父、パパスの姿が浮かんだ。アベルとて父親を魔物に殺された身だ。だからといって魔物の存在を否定し、魔物の絶滅を目指すような復讐鬼として生きていけば父は喜ぶだろうか? ……多分、喜ばないと思えた。あの豪快な父は息子がそんな道を歩むことをきっと良しとはしないだろう。だから、きっとカデシュの両親もまた息子にそんなことは望んでいないはずだ。

 

「テンを天空の勇者かどうか見極めることも終わり、私の中の復讐心も消え、本来なら私の役目は終わったはずだった。あのストロスの地の戦いでテンたちの前から姿を消してもよかったはずだった。だが、私の中に芽生えた新たな感情が、新たな目的がそれを良しとはしなかった」

「それは……?」

「……決まっている。世界を魔の手から救うことだ」

 

 カデシュはそう言い切った。逡巡のない、ハッキリとした口調だった。

 

「世界を闇に包もうとする者、大魔王。その打倒こそが今の私の目的だ。大魔王を倒し、私のような目にあう人間をなくす。そのために今の私は生きている。それこそが今の私の使命だと思っている」

 

 淡々と、しかし、たしかな熱意を秘めた言葉をカデシュは紡ぐ。そして、カデシュはアベルを見た。

 

「グランバニア王よ。私はこんな病床の身だ。もしかしたら王たちの足を引っ張ってしまうかもしれない。だが、頼む。どうか私を旅に同行させてくれ。この命の灯火全てを燃やし尽くしてでも、大魔王を打倒して見せる。必ず、だ」

「カデシュ……」

 

 カデシュの意志の強さ。それがハッキリとアベルには伝わってきた。その曇りのない意志を感じ取ったのはアベルだけではないのであろう。テンやソラも思わず絶句する。透徹にしてくろがねの意志。それは揺らぐこともなくたしかにカデシュという人間を支えている。で、あればアベルとしては何も言うべきことはなかった。静かに「分かった」と口にする。

 

「これからもカデシュには僕たちの旅に付いて来てもらう。でも、絶対に無理はしないこと。いいね?」

 

 アベルの言葉に医者はギョッとした顔になる。正気か、とアベルを責めるようですらあった。しかし、アベルとしてはカデシュの意志を尊重したかった。カデシュは「無論だ」とアベルの言葉に深々と頷く。

 

「私はこの旅でこの命を燃やし尽くすつもりだが、無駄死にはしない。私が果てるのは大魔王を打ち倒した後だ」

「そういうことも言わないで。燃やし尽くすとか、果てるとか、そういうのはよくない。ドリスも悲しむよ」

 

 ドリス。アベルの口から出たその名前にカデシュは目を見開く。「何故、こんな時にあの女の名前が出る……?」とカデシュは少し唇を尖らせた。

 

「そうだよ、カデシュ! 大魔王を倒しても絶対に死んじゃダメだ!」

「カデシュが死んだらわたしやテン、ドリスが悲しむんだからね!」

「だから何故、あの女の名前が出るのだ……」

 

 テンとソラの言葉にもカデシュはムッとした顔を崩さない。しかし、テンたちの思いは伝わった、と思う。

 

「子供たちもこう言ってる。悪いけど、君の命はもう君だけのものじゃない。勝手に使い切ったり、燃やし尽くしたりされたら困るんだ」

 

 笑みを浮かべたアベルの言葉に「む……そうか」と照れ臭そうにカデシュは頷く。

 

「わかった。善処する」

 

 カデシュはそう呟いた。それで何かが安心出来るという訳ではない。カデシュが自身の体に負荷をかけることに変わりはないだろうし、突発的な病状の発作に対する有効な手立てがある訳でもない。だが、アベルやテン、ソラの意志がカデシュに伝わったことでひとまずアベルは納得した。「やれやれ、仕方がありませんな」と口にしたのは医者だ。

 

「エルヘブンに伝わる秘伝の薬をお譲りしましょう。さっきも言いましたが根本的な解決にはなりませんが、病の発作を抑えることくらいはできるはずです」

「本当ですか、先生?」

 

 アベルの問いに医者は頷く。カデシュもまた医者の方を見ていた。

 

「すまない。感謝、する」

「大したことではありませんよ。……ですが、出発するのは最低でも明日以降ですぞ? 今は静かに体を休めて下さい」

 

 医者はそう言うと秘伝の薬を取りに部屋を出て行った。

 

「明日の朝、には出られる。天空城への洞窟に向かうとしよう」

「そうだね。それまで僕たちも体を休めることにしよう」

 

 アベルは一同に声をかける。異論がある者がいないのを確認すると、アベルは再びカデシュを見た。荒い息遣いも苦悶の表情も今は消え、端正な顔たちがそこにはある。病を抱えているなど想像もできぬ容貌。彼がこれまで背負ってきたものを想像する。アベル自身、背負ってきたものはそれなりに重いという自覚はある。だが、彼もまた重いものを背負って生きてきたのだろう。故郷を魔物たちに滅ぼされ、父も母も殺され、自身も深い傷を負った。そこから魔物たちへの復讐を目的に生きてきて、今はその目的も捨てて世界を救うために生きようとしている。その人生の重みを考えれば悲痛な思いを禁じ得ない。

 この旅が終わった後、彼にどうか、人並みの幸福が与えられますように。

 アベルはそう願わずにはいられなかった。

 


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