ドラゴンクエスト 天空物語・続 カデシュの帰還   作:山屋

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第7話:天空への塔

 エルヘブンを後にし、アベルたち一行は天空への塔を目指し、中央大陸に向かった。

 エルヘブンに来た時と同じく主に海路を用いて、世界の東側に位置するエルヘブンのある大陸から西へ。中央大陸に向かって最短航路を進む。途中、海を根城とする魔物たちの襲撃も何度かあったが、アベルたち一行を苦戦させる程の強敵はおらず、それらの魔物たちとの戦いは戦いの経験の浅いテンやソラにとっては丁度いい訓練となった。

 そうして、数週間の海路を経て、アベルたち一行は中央大陸に到達した。

 船を降り、上陸する。そこからは陸路で天空への塔を目指す。中央大陸には人の住む街や村、城は存在しておらず、魔物たちの縄張りとなっていた。アベルたちに襲い来るのは海上の魔物たちよりも遥かに強力な魔物たちで歴戦のアベルをしても、苦戦させられたものの、仲間たちと協力することでこれらも打ち破り、ついにアベルたちは天空への塔に辿り着いた。

 世界の中心に位置する塔。この地上世界と天空世界を繋ぐもの。その大仰な肩書きの割には天空への塔は想像とはかけ離れた姿をしていた。

 確かに。天空へと繋がると言われているだけあり、高い。塔は一直線に天へと向かって伸び、その長さはここからでは先端が見えない程だ。

 だが、傍から見ても分かるくらいにその塔は朽ち果てていた。所々の外壁は剥がれ落ち、見るも無残な姿を晒している。建てられてから一体、どれくらいの年月が経っているのだろうと思わせられる。長きに渡って人の手が入らなかったのであろう塔は見るからにボロボロだった。

 

「あれが、天空への塔なの? お父さん?」

 

 テンが空高く伸びる塔を見上げながら、疑問に思ったように呟く。それも無理はない。朽ち果てた塔はともすれば廃墟かと見間違ってしまうものだった。「多分……」とアベルは頷きつつも、自分でも目の前の塔がそんな大仰なものだとは思えないことに気付いていた。

 

「伝説に謳われた塔も、今となってはこの有り様か」

 

 カデシュが辛辣に呟く。腕を組み「見るも無残なものだな」と冷たく言い切ったその言葉は、しかし、事実であった。

 

「ですが、エルヘブンの長老たちの言う通りならば、この塔にマグマの杖があるはずです」

「うん。行こう、お父さん」

 

 サンチョがとりなすように言い、ソラもそれに続いて頷く。アベルは一同の顔を見渡し、最後にもう一度、朽ち果てた塔を見上げると「そうだね、行こう」と声を出した。

 

「塔がボロボロでもなんでも僕たちのやることは変わらない。天空城を浮上させないといけないんだ。そして、そのために必要なマグマの杖はこの塔にある。ならば、それを取りに行かないと」

 

 そのアベルの言葉に異論がある者はいないようであった。アベルを先頭に塔の中に入る。

 中に入っても朽ち果てた塔、という印象は変ることはなかった。否、むしろ逆にその印象が強まった感さえある。塔の中はかつての栄華を伺わせる豪華絢爛な装飾が壁や柱の一本一本に施されていたが、それらも長い年月を経てヒビ割れていたり、かすれていたり、はたまた柱自体が倒れ落ちてしまっているようなものも見受けられた。外壁には元々作られていたのであろう窓とは別に大きな穴が開いていて外からの風が叩き付ける。フロア全体がさびれ、くたびれている印象を受けざるを得なかった。

 果たして、本当にこんな朽ち果てた塔にマグマの杖はあるのだろうか?

 そんなことを疑ってしまう。だが、それでも今の自分たちはこの朽ちた塔を登るしかない。

 一階のフロアを歩き、最初に目についた階段を使い、二階に登る。階層を変えてもやはり、朽ちた塔は朽ちた塔だった。アベルを先頭に歩く。その時だった。ぐらり、と音。塔全体がきしむような感覚。ビキビキ、と塔の壁に亀裂が走り、それは天井にまで伸びる。「危ない!」と誰かが叫んだ。天井に走った亀裂は天井を崩し、三階のフロアを支えていた部分が真っ直ぐ、下に、アベルたちのところに降り注ぐ。アベルは咄嗟に側にいたソラを抱き寄せ、前に走った。ゲレゲレやミニモンといった魔物たちもアベルに続き、前に走る。テンやカデシュもそれに続こうとし、しかし、崩れ落ちてきた瓦礫に道を阻まれた。最初に降ってきたのはそこまで大きくはない瓦礫だった。だが、それに思わず足を止めた隙にさらに大きな瓦礫が束になって空から降り注ぐ。塔全体が倒壊してしまうのではないか。そんな風に思ってしまう程の衝撃がフロアに響き渡り、空から降り注ぐ瓦礫は続く。結果、アベルたちは二分されることになってしまった。アベルとソラ、そして、仲間の魔物たちとテンとカデシュ、サンチョの二組に分断されてしまった。

 

「テン、サンチョ、カデシュ! 大丈夫!?」

 

 アベルが目の前を塞ぐ瓦礫の束に向かって声をかける。なんとかこの瓦礫をどかしたいところだが、とても人間の力ではなんとかなりそうもない。そんなことを思っていると「ぼくたちは大丈夫だよ、お父さん!」とテンの声が返ってきた。「見事に分断されてしまったな……」とカデシュの声が続く。

 

「どうしよう……なんとか合流しないと……」

 

 とは言うものの、崩れ落ちてきた瓦礫で道は完全に塞がれてしまっている。どうしたものか、とアベルが思っていると「先に行ってくれ」というカデシュの声が響いた。

 

「こちらはこちらで上を目指す。上の階で合流しよう」

「上の階で……って」

 

 カデシュの冷静な声にソラが困惑を露わにする。「そうですな……坊っちゃん」とサンチョの声もカデシュの言葉を肯定した。

 

「どの道、ここで坊っちゃんたちと合流するのは不可能です。ならば別々に上を目指し、そこでの合流を目指す方が建設的でしょう」

「大丈夫なの? サンチョ……テン……カデシュ……」

 

 不安そうに瓦礫を見るソラ。「ぼくは大丈夫だよ」とテンの声が聞こえ、「わかった」とアベルは頷いた。

 

「上で合流しよう。くれぐれも気を付けて」

「そちらもな。グランバニア王」

「私たちのことは心配ならさないで下さい。坊っちゃん。何、これくらいのこと、これまで何度も乗り越えてきました」

 

 カデシュとサンチョの頼もしい言葉が続く。「行こう、ソラ」とアベルは未だに不安げな表情をしている娘に声をかけた。ソラは未だに躊躇っている様子だったが、もう一度、瓦礫の方を見て、「分かった」と頷いた。

 

「テン。ホントに気を付けてね?」

「大丈夫! 心配いらないよ、ソラ!」

 

 テンの元気な声に後押しされるようにアベルとソラ、そして、仲間の魔物たちは前に進んだ。しばらく進んだところでソラが思い出したかのように後ろを振り返る。

 

「大丈夫かな……テン……」

 

 不安げな表情だった。アベルは「大丈夫だよ、ソラ」とそんな娘に声をかける。

 

「テンは一人じゃない。サンチョもカデシュもいるんだ。心配はいらないさ」

「うん……そうだよね、お父さん」

「テン王子が一人だけだとちょ~っと心配だけど、サンチョさんやカデシュ様が一緒だものね! ソラちゃま、ご主人様の言う通り、心配なんて一切合切、必要ナッシング、よ!」

 

 ミニモンもソラを励ます言葉をかける。ソラはアベルとミニモンの言葉を聞き、得心したように頷いた。かと思えば少しだけ不思議そうな顔をしてアベルを見上げた。

 

「でも、お父さん。サンチョはともかく、カデシュのこと、随分、信頼してるのね?」

「ん? 何かおかしいかい?」

「おかしいってことはないけれど……まだ会って間もないのになぁ、って思って……」

 

 まぁ、たしかに、とアベルは思った。自分が彼と出会ってからたいして日は経っていない。その割には自分でも全幅の信頼を寄せているとは思う。アベルは笑みを浮かべて、娘を見た。

 

「それは、たしかにそうだね。僕とカデシュの付き合いは短い。でもね、ソラ。こう言っては何だけど、僕も信頼できる人とできない人の見分けくらいはつく方だと思うよ」

「お父さんにとって、カデシュは信頼できる人……?」

「そうだね。カデシュはちょっと口は悪いけど、心の底からソラやテンのことを案じてくれているのが分かる。信頼にあたいする人だよ」

「そっか……そうだよね、カデシュ、たしかに口は悪いけど、優しいもん……」

「カデシュ様はお優しいものね~。その優しさがあの乳デカ女に向けられているってのがちょっと気に食わないけど~」

 

 笑顔を浮かべて頷いたソラの隣でミニモンが声を出す。アベルは笑みを浮かべたまま、そんな娘たちを見ていた。

 その時、ゲレゲレが大きく吼えた。アベルたちの注意を引きつけるためのような鳴き声。アベルはハッとして前方に視線を向けた。娘に向けていた優しげな表情は消え、真剣な眼差しで前を見据える。三匹の火喰い鳥が鳴き声を上げて、こちらに迫ってきているのが見えた。

 

「ぎゃ~! 魔物~!」

 

 自分も魔物なのにそんなことを言ってミニモンは後方に飛んでいく。アベルはパパスの剣を構え、ソラもストロスの杖を両手で握りしめる。

 ゲレゲレがキラーパンサー特有の瞬発力を発揮し、床を蹴り、火喰い鳥に飛び掛かって行く。三匹の火喰い鳥は散開することでゲレゲレの攻撃を躱した。三匹の内、二匹がアベルとソラに向かって来て、残りの一匹がその場に滞空し、ゲレゲレに牙を向く。

 二匹の火喰い鳥は口を開き、そこから火炎の息を吐き出してくる。火喰い鳥の名の通り、この魔物たちは炎を喰らい武器とする魔物だ。真っ赤に燃え盛る炎は真っ直ぐにアベルとソラに迫る。アベルはソラをかばうように一歩、前に出て身に纏う王者のマントを翻した。

 薄紫のマントが赤い火炎を防ぐ。あらゆる魔物のブレスをも受け付けないと言われた王者のマントは、その謳い文句に恥じない防御性能を発揮し、火炎の息を完全にはじき返した。炎が散り、真っ赤な残滓が周辺に残る。

 

「ヒャダルコ!」

 

 ソラの呪文が炸裂する。ストロスの杖の先端に集束した魔力が氷の波動に変わり、火喰い鳥たちに向かって放たれる。炎を纏った火喰い鳥にとってヒャド系呪文は天敵だ。慌てて、火喰い鳥たちはヒャダルコの冷気を回避しようと動く。そこに完全な隙が生まれる。アベルはパパスの剣を手に、ヒャダルコを回避した火喰い鳥の内、一匹に斬り掛かった。冷気の波動を避けるという動作をしていた火喰い鳥はその剣筋に反応できない。銀色に煌めく刀身が真っ直ぐに火喰い鳥の体に吸い込まれていき、その肉体を斬り裂く。火喰い鳥たちが纏っている炎よりもさらに真っ赤な鮮血がしたたり、悲鳴が上がる。一匹の火喰い鳥はそれで絶命し、地面に墜落した。

 もう一匹の火喰い鳥が焦ったように火炎の息を吐く。「お父さん!」とソラの悲鳴。一匹の火喰い鳥を斬り付けたばかりのアベルはその炎を避ける術を持たない。しかし、問題はない。身に纏っている王者のマントが、その程度のブレスなど寄せ付けない。放たれた炎はアベルの身に付けた王者のマントに当たり、四散した。それを確認し、アベルは再びパパスの剣を握りしめ、もう一匹の火喰い鳥に斬り掛かる。火喰い鳥はそれをなんとか回避する。だが、そこにヒャダルコの冷気が直撃した。火喰い鳥の悲鳴が上がる。それで容赦をするアベルではなく、ヒャダルコを喰らったばかりの火喰い鳥の喉元にパパスの剣を突き立てた。刀身は真っ直ぐに喉元を貫き、鮮血が散る。もう一匹の火喰い鳥もそれで絶命した。

 あと一匹は……とアベルが視線の向けると残る一匹の火喰い鳥はゲレゲレが仕留めていた。「ガウ……」と唸りながらゲレゲレがアベルの方へと寄ってくる。火炎の息を受けたのか、その肌は火傷を帯びていた。「ゲレゲレ、大丈夫?」とソラが心配そうに声をかける。

 

「今、治してやるからな、ベホイミ!」

 

 アベルはそんなゲレゲレに手を当て回復呪文を唱える。火傷の痕は見る見る内に治癒していった。「クゥン……」とゲレゲレが甘えた鳴き声を出す。

 

「よし。それじゃあ、上に行こう。ボヤボヤしてるとテンたちに遅れてしまう」

 

 アベルは一同に声をかける。そうして廃墟と化した天空への塔の床を踏みしめ、歩き出した。

 

 

 

 

「こっちだ、テン、サンチョ」

 

 瓦礫で埋まった廊下から引き返し、別の道を探していたカデシュはそれらしき道を見つけて、テンとサンチョに声をかけた。「上に行く道見つかった~?」とテンの能天気な声が返ってくる。「ああ」とカデシュは頷いた。

 

「こっちから上に行けそうだ。行くぞ」

「流石ですな、カデシュさん」

「うん、わかった、カデシュ。今、行く~」

 

 程なくして、テンとサンチョが近くに来る。三人揃ったことを確認すると、カデシュは今しがた見つけた通路を歩き出した。テンとサンチョもそれに続く。やがて階段が見えてくる。こちら側から行ける、と思ったのは間違いではないようだ。

 チラリ、とカデシュは自分に続くテンの横顔を見る。幼い顔たちが目に映る。勇者というには幼すぎるその姿。しかし、勇者の証たる天空の剣、盾、兜はしっかりとその身に装備されており、彼が紛れもなく伝説に語られる天空の勇者であることを教えてくれる。幼いながらもその瞳はしっかりと前を見据えており、気負いも怖じ気もない。自分がテン程の年頃にこれだけしっかりした目ができていただろか、とカデシュは疑問に思う。相変わらず年齢不相応なところもある奴だ、と思った。そして、テンのことを考えていると彼の双子の妹のことも気になる。ソラ。今は側にいないグランバニアの王女。大丈夫だろうか、と心配に思い、そんなことを思った自分に驚いた。その心配の心もすぐに収まる。今のソラにはグランバニア王が、アベルが付いている。彼との付き合いは短いが、彼が信頼に足るだけの人柄と実力を兼ね備えていることは知っている。旅に出てから魔法使いとして数々の修羅場をくぐり抜けてきたカデシュであるが、そんな自分と同等かあるいはそれ以上にあの王様らしくない王は修羅場をくぐり抜けてきたことが分かる。そこら辺の魔物などに遅れを取ることなどあり得ないだろう。そう思うとカデシュは再び階段を歩く足に意識を集中させた。階段を登り切り一つ上のフロアに足を踏み入れる。そこにあるのは下の階と変わらず荒廃した廃墟そのものの姿だ。まだ三階だ。ここが最上階ということはあるまい、とカデシュは再び階段を探そうとしたが、

 

「テン、サンチョ、敵だ」

 

 言葉短くテンとサンチョに注意を促す。カデシュの視線の先、そこには緑色の肌を持ち、鎧と剣、盾で武装した竜人、リザードマンが三匹待ち構えていた。リザードマンの方もカデシュたちに気付いたのだろう。「グルル……」と唸り声を上げて、カデシュたちを見る。

 

「リザードマン、か。気を付けろ、奴らはその剣技も厄介だが、ルカナンの呪文も使ってくる」

「それでは先んじてこちらの防御力を高めておきましょうか」

 

 リザードマンたちはいつ襲い掛かってきてもおかしくない。杖を構えたカデシュ。天空の剣を構えたテンを横目に得意げな顔でサンチョが前に出る。「スクルト!」とサンチョが呪文を唱え、味方全体の防御力を底上げする。その次の瞬間、「グガアアッ!」と叫び声を上げながら、三匹のリザードマンが襲い掛かってきた。

 

「焼き払う……ベギラマ!」

 

 機先を制するようにカデシュがベギラマの呪文を唱え、炎がリザードマンたちに迫る。三匹のリザードマンはそれぞれ盾を前に出し、ベギラマの炎を受け止めた。

 

「行きますぞ! テン王子!」

「うん! サンチョ!」

 

 そこにテンとサンチョが武器を構え、リザードマンたちに斬り込む。サンチョの槍の一撃がリザードマンの内、一匹に放たれ、もう一匹には天空の剣が振り下ろされる。最後の一匹がそこに加勢しようとするも「させるか」とカデシュがメラミの呪文を放ち、その注意を引き付ける。

 キィン! と金属音。テンの天空の剣とリザードマンの剣が真っ向からぶつかり合った。リザードマンは卓越した剣技でテンに刃を向けるも、テンも負けていない。繰り出される剣筋をあるいは天空の盾で受け止め、あるいは天空の剣で相殺し、リザードマン相手に一歩も引かない戦いぶりを見せつける。

 カデシュもまたリザードマンを相手に戦っていた。その距離は近い。魔法使いとしてはもう少し距離を開けて戦いたいところだったが、贅沢を言ってもいられない。振り下ろされた剣を杖で受け止めるとそれをなんとか払い除け、無詠唱で呪文を放つ。メラミの火球が至近距離からリザードマンに向かって飛び出し、リザードマンは動揺しつつもそれをなんとか盾で受ける。

 サンチョとリザードマンの戦いも熾烈を極めるものだった。歴戦の経験を元に繰り出されるサンチョの槍の一撃を、やはり卓越した剣技でリザードマンは受け止め、捌く。負けずとサンチョも槍の一撃を次々に繰り出し、リザードマンに反撃の隙を与えない。

 

「はあッ!」

 

 テンの天空の剣が一閃する。リザードマンの一瞬の隙を突いて放たれた剣筋がリザードマンの鎧を斬り裂き、リザードマンは苦悶の声を上げる。体勢が崩れた。その隙を逃さず、テンはベギラマの呪文を唱える。天空の剣の切っ先から炎が放たれ、リザードマンの肉体を焼く。苦悶の声を上げたリザードマンには構わず天空の剣を袈裟懸けに振り下ろす。振り下ろされた剣筋はリザードマンの肉体を断ち切り、リザードマンは絶叫を上げて、倒れ伏した。

 カデシュもまた相対するリザードマン相手に次々に呪文を放った。無詠唱で放たれるメラミやベギラマといった火炎呪文がリザードマンを圧倒する。リザードマンという名前とは裏腹にこの魔物は炎を特技としてはいない。低級のドラゴン族である。ならばこそ、炎の呪文でも致命傷を与えることができる。「グガア!」と憤怒の怒声が上がるも、それに構うカデシュではない。メラミの呪文を放ち、都合、何度目かの炎の呪文は、ついにリザードマンに致命傷を与えることに成功した。炎に身を焼かれ、リザードマンは苦悶の絶叫を上げながら地面に倒れ伏す。

 サンチョもリザードマンの肉体に深々と槍を突き刺す。リザードマンの剣を槍は弾き飛ばし、その肉体に刃を突き立てる。最後のリザードマンも体に突き刺さった槍に苦悶の声を上げる。そこに相対していたリザードマンを倒したテンとカデシュが助太刀する。哀れ、三対一の戦いを強いられたリザードマンはロクな抵抗もできずに三人のコンビネーションに圧倒された。カデシュの炎の呪文を凌いだかと思えばテンの天空の剣が迫り、それもなんとか弾き返した先にはサンチョの槍が襲い来る。さして時間をかけずに最後のリザードマンも倒れ伏した。

 襲い掛かってきた魔物たちは全て倒れた。テンたちは肩で息をしつつも、深い傷を負うことはなく、少しの休息を挟みつつも、再び天空への塔を登ることを再開した。

 

 

 

 そうして、どれ程までに階段を登っただろうか。数え切れない数の階段を登ったテンたちは「テン!」という声を聞いた。見れば、視線の先、別ルートで天空への塔を登ってきたのであろうソラとアベル、その仲間の魔物たちの姿が見える。ようやく合流できた、という訳か。カデシュはそう思った。「ソラ!」とテンも声を上げて、久方ぶりの妹とも再会を噛み締める。魔物たちとの連戦を経て来たのだろうソラもアベルも所々が戦傷で汚れていた。最もテンやカデシュたちも人の事を言える程、綺麗な姿はしていなかったのだが。

 

「ようやく合流できたか。グランバニア王、無事なようで何よりだ」

「うん。テンやカデシュたちも無事みたいだね。よかった」

 

 アベルは笑顔を浮かべて、テンたちを見る。「坊っちゃん、ご無事で何よりです」と感極まった様子のサンチョが喜びの声を上げる。

 そうして合流した一行は再び歩みを再開する。この塔に入ってから、随分な階層を登った。そろそろ終着点でも良いのでは、と誰もが思った時、再び階段が見えた。一同は仰天する羽目になった。何故なら、その階段の前には人の姿があったからだ。

 いや、人、と言っていいのだろうか?

 その人物は背中から大きな羽根を生やしており、さらにその体は半透明に透けていた。顔には深々と皺が刻まれ、老人であることが分かる。その老人はアベルたちの姿を見ると「お主たちは……!?」と目を丸くした。一同を代表してアベルが前に出る。

 

「僕たちは天空城を目指している者です。貴方は……?」

 

 アベルの言葉に「天空城じゃと!?」と老人は吐き捨てるように言った。

 

「ふん……この塔が地上と天空城を繋いでいたのも今は昔。塔は朽ち果て、天空城も海の底じゃ!」

「貴方は天空人……だな?」

 

 カデシュが訊ねる。背中に羽根を生やした人間。そんなものは伝承に語られる天空城の住民。天空人としか思えなかった。

 

「いかにも、わしは天空人じゃ」

 

 老人は憤慨した様子を隠すこともなく、そう言ってのける。「僕たちは海に沈んだ天空城を再び浮上させようとしている者たちです」とアベルが老人に語りかける。老人は驚いた様子でアベルを見た。

 

「天空城を再び、浮上……じゃと?」

「はい。そして、神、マスタードラゴンを復活させようと思っています。この地上にはこびる邪悪なる意志を退治するために……」

「なんと……お前さんがたが……? いや、しかし……」

 

 そう言ったところでハタと気付いたように老人はテンを見た。その身に付けられた天空の武具を見た老人は「おお……!」と感極まった声を漏らす。

 

「お主は天空の勇者……そうか、お主たちは勇者一行なのだな」

 

 老人に真っ直ぐ見据えられてテンは照れ臭そうにしていた。「それならば、託す物がある」と老人は真摯な瞳でアベルを見る。

 天空人の老人が手をかざした。そこに一本の杖が出現した。素人目にも普通の杖ではないことが分かる。この杖は、まさか。

 

「マグマの杖、じゃ。お主たちに、天空の勇者たちにこれを託す。これを使って天空城を浮上させてくれ」

 

 老人の手からマグマの杖がアベルの手に手渡される。アベルは「分かりました」と老人に声をかける。

 

「天空城は僕たちが必ず浮上させてみせます」

 

 そのアベルの言葉に老人は満足げに頷く。

 

「うむ。これでわしの役目も終わるというものだ。天空の勇者たちにこの杖を託せたのだからな……。頼むぞ、勇者たちよ、天空城を再び空に浮かべてくれ……」

 

 そう言うと半透明に透けていた老人の姿が消えて行く。やがて老人は消え、後にはアベルに託されたマグマの杖だけが残った。

 

「き、消えたっ!?」

「今のお爺さん……幽霊、だったの?」

 

 テンとソラが驚きの声を上げる。アベルは先程まで老人の姿があったところを感慨深そうに眺める。

 マグマの杖は手に入った。ならば、この塔に来た目的は達成された。

 

「今のお爺さんの思いを無駄にしないためにも、天空城を浮上させないとね」

 

 アベルはそう言い、一同を促す。

 一同は天空の塔を後にし、海底に沈んだ天空城へと繋がるという洞窟に向かって旅を続けるのだった。

 

 


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