「ヒャダルコ!」
グランバニア城の中庭にソラの声が響き渡った。ソラから放たれた魔力はストロスの杖を介して増幅され、冷気の波動となると宙空を飛び、的として容易されていた木の板に命中すると、それを氷漬けにした。「はぁっ、はぁっ」と息をつくソラを見て、満足げに頷いたカデシュは「よし」と呟く。
「次はイオだ」
「……うん! わかった、カデシュ!」
カデシュの言葉にソラは頷き、再びストロスの杖を構える。「イオ!」とソラの声が響き、次の瞬間には杖の切っ先が向いている方向に小爆発が巻き起こる。その爆発は氷漬けになった木の板をバラバラに粉砕した。「で、できたぁ……!」とソラは疲れの色を滲ませながら、しかし、たしかに喜びの感情を込めて呟く。
「ヒャダルコにイオ。完璧だな」
「うん! ありがとう、カデシュ」
ソラはカデシュの方を向くと笑顔で礼を言う。カデシュは照れを隠すように「礼を言う必要などない」とぶっきらぼうに言い放った。
「どちらの呪文も覚えれたのはお前の才能だ。私は大したことはしていない」
「それでも、ありがとう、カデシュ。カデシュが教えてくれたおかげだもの」
「ふん……」
笑顔のソラに根負けしたようにカデシュはそっぽを向く。それにしてもソラの魔法に関する才能は大したものだ、と感心せずにはいられない。つい先日、ヒャドを教えたばかりだというのにもうその上位の呪文であるヒャダルコを身に着けて、さらにはイオまで習得してしまった。やはり彼女にはメラ系呪文やギラ系呪文よりもこちらの方が向いていたのだろうとは思うが、自分にあった呪文とはいえそれを早期に習得出来るか否かはまた別の問題だ。ストロスの杖に選ばれた才能は伊達ではない、ということだろう。「すごいなー、ソラ」と声が発した。カデシュが視線を向けると先程からやって来て、カデシュの隣でソラの呪文の練習を見学していたテンが心底感心した様子で妹を見ていた。
テンは飛び出すと氷漬けになった上にバラバラにされ、見るも無残な姿になった木の板を見て呟く。
「こんなにすごい呪文を次々と覚えちゃって……ぼくにはとても真似できないや」
「そんなことないよ、テン」
ソラは照れ臭そうに笑った。
「わたしもお父さんやカデシュの足を引っ張らないように少しでも強くならないと、って思っただけだから……それにテンも呪文、使えるようになったんでしょ?」
「ちょっとだけね」
今度はテンが照れ臭そうに笑う番だった。
そう、ソラが魔法使いとしての才能を開花させ、呪文を次々に覚えられているようにテンもまた勇者としての才能が開花し、これまで使えなかった呪文を使えるようになっていた。今のところはキアリクやベホイミといった回復呪文やスクルトなどの補助呪文だが、いずれは攻撃呪文も身に付けることができるだろう、とカデシュは見ていた。テンはストロス国の戦いではライデインの呪文を、封印の洞窟ではベギラマの呪文を行使していたのだ。できない訳がない。
勇者とは万能の者である。冴え渡る剣技は勿論のこと、魔法使い顔負けの強力な攻撃呪文や僧侶の立場をなくす回復呪文、補助呪文に至るまで、全てを覚えることができる。そして、テンは正真正銘、伝説の天空の勇者だ。ならば、彼がそれらの呪文を身に付けることができるのもまた必然である。
「ぼくもお父さんたちの足を引っ張らないように頑張らないとね」
「そうね。一緒に頑張ろう、テン」
そうして双子は仲良く笑いあう。そんな微笑ましい光景を見ているのも悪い気分ではないな、とカデシュは思い、そんなことを思うようになった自分に少し苦笑したい気分になる。この私が穏やかな時間など、似合わないものだ。
「おお、やはりこちらにおりましたか。テン王子、ソラ王女」
「テン、ソラ」
声をかけられたので振り向いてみればサンチョとアベルがやって来ているところだった。後ろにはアベルの仲間の魔物たちも続く。アベルはいつもの見ている者の心まで穏やかにしてしまう程の笑顔を見せて、子供たちに声をかけた。
「呪文の練習かい、ソラ?」
「うん! わたしもお母さんを助けるために少しでも強くならないと……って思って。またカデシュに色々、教えてもらっていたの」
「そうか。それは偉いな、ソラ。……テンも一緒に?」
「んー、ぼくは見てただけ。でも、ぼくもちょっとだけ呪文を使えるようになったんだよ!」
「うん。それも分かっているよ。二人共偉いな、テン、ソラ」
父親に褒められてテンとソラは照れ臭そうにはにかむ。そんな二人の頭をアベルは順に撫でてやった。そして、アベルはカデシュの方を向く。
「カデシュ。いつも子供たちの面倒を見てくれてありがとう」
「別に大したことではない」
この笑顔は苦手だ、とカデシュは思いながらぶっきらぼうに返す。本当に人間はこんなに穏やかな笑みを浮かべることができるのかと驚いてしまう程に、穏やか過ぎる笑顔だ。魔物から邪気を払って仲間にしてしまうのは伊達ではないらしい。
「それでお父さん。何か用? サンチョも一緒に」
「ああ、うん。呪文の練習もいいけど……そろそろエルヘブンに向けて出発しようと思って。テンたちを呼びに来たんだ」
「そっか。ついに行くんだね、エルヘブンに!」
興奮を隠しきれない様子のテンにアベルは頷く。「準備はもうできてるよ、ねぇ、サンチョ?」とアベルがサンチョに水を向けるとサンチョは「勿論ですとも」と頷く。
「シューベリーの方に船の準備はできております。いつでも出発できますぞ」
グランバニアという国が容易する船だ。カデシュも以前、アベルを探す旅でテンたちと共に乗ったことがある。相当な大型船で嵐などが来ても容易に乗り越えられるであろう。文字通り大船に乗った気持ちになっていいようだ。「ねぇ、ご主人様」とミニモンが口を開く。
「今回はアタシたちお留守番してなくていいの?」
「うん。みんなも一緒だよ」
アベルは笑うと仲間の魔物たちを見渡した。
「ゲレゲレ、スラリン、ホイミン、ダニー、ドラきち、コドラン、ミニモン。みんなの力もアテにさせてもらうよ」
「そりゃあ、もう! このミニモン様にお任せください、ご主人様!」
ミニモンが調子に乗った声を出し、ゲレゲレたちも声を上げ、スラリンやダニーは小さな体を飛び跳ねさせて、アベルに応える。
「あ、そうだ。カデシュ。ドリスに砂漠のバラは渡した?」
アベルがふと思い出したことをカデシュに問う。カデシュはいや、と呟いた。
「まだだな」
テルパドールからグランバニアに帰ってきてから会う機会はあったが、タイミングがつかめず、渡しそびれていた。カデシュの言葉にアベルは「それはよくないね」と呟く。
「今度の旅はラインハットやテルパドールに行った時と違って船旅だ。帰ってくるのにも時間がかかる。出立前に渡して来なよ」
「いいのか? グランバニア王」
「うん。それくらいの時間はあるよ」
ニコニコ笑顔で後押しされる。カデシュが視線を下ろすとテンとソラも笑みを浮かべて、カデシュの背中を押しているようだった。
あの女に自分がプレゼントを渡す。ストロス国での戦いの前にペンダントを渡した時のことを思いだす。柄ではない。全くもって、柄ではない、のだが……。
「わかった。……少し行ってくる」
アベルやテン、ソラにサンチョ、さらにはアベルの仲間の魔物たちまで向けてくるように思える笑顔から逃げるようにカデシュはぶっきらぼうに言い放つと城の中に入って行った。
この城の内部に関しては、今更、案内の必要がないくらい知り尽くしている。この城の王族の一人であるドリスの部屋もカデシュには既知のことだ。ドリスの部屋の前まで行き、ノックをしようとして、少し戸惑う。さて、なんと切り出したらいいか。全く、こんなことは私の柄ではないのだ、とカデシュは一人、胸中で呟く。
だが、そんな風に扉の前で立ち尽くすカデシュをよそに扉の方が勝手に開いた。ドリスが部屋の中から外に出てきたのだ。ドリスは最初、自分の部屋の前に立っていたカデシュを見て、目を丸くすると、「カ、カデシュ……」と驚いたように声を出す。
「どうしたの、あんた。あたしの部屋の前になんて立って……。アベルたちと一緒にエルヘブンに向かうんじゃなかったの?」
「いや……大したことではない……のだが……」
言葉に詰まってしまう。結局、カデシュは何も口にすることはできず、ぶっきらぼうに砂漠のバラを取り出すとドリスに見せた。「これは?」とドリスが口にする。
「砂漠のバラ。砂漠の石が見ての通りバラのような形状に結晶した物だ。テルパドールで買ってきた」
「へぇ……それで、これがどうしたの?」
ドリスが首を傾げる。鈍い奴め、と思わずカデシュは口に出さず毒づく。砂漠のバラをカデシュがドリスに差し出すとその時点で初めてドリスはカデシュの意図に気付いたようだった。
「お前に……やる。お前には似合うだろう」
カデシュがぶっきらぼうに言い放った言葉にドリスは顔を赤くして、「あ、うん……」と頷く。
「あ、ありがと……カデシュ……」
「礼を言われる程のことでもない」
らしくなく、しおらしい態度になったドリスにカデシュは内心、動揺しつつも、相変わらずいつも通りの口調を突き通す。
「今度の旅は船旅だ。ルーラの呪文ですぐに帰ってくる、という訳にもいかない。だから、その前に渡しておこうと思ってな」
「そうだね。ラインハットやテルパドールに行った時と違って未知の場所に向かう訳だからね。……カデシュ」
「ん……?」
言葉の途中でドリスが瞳を振るわせてカデシュを見ているのにカデシュは気付いた。「なんだ?」と呟く。
「今度はいなくなったりしないよね?」
この勝ち気な王女らしくない、親を待つ幼子のような瞳でドリスがカデシュを見る。ああ、そうか、と気付いた。彼女は思い出したのだろう。以前、このようにカデシュがドリスに贈り物をした時のことを。
あの時はカデシュはストロス国の異空間の中に消え、帰ってこなかった。今度もまた同じようにカデシュが姿を消してしまうかもしれない。そう考えてしまったのだろう。「心配するな」と呟く。
「私は必ず帰ってくる。私の帰るべき場所はテンやソラ、グランバニア王と同じく、このグランバニアだからな」
ドリスを安心させるためにはいつもの無表情ではいけなかった。多分、うまく笑えた、と思う。笑顔は人に安心を与えてくれるもの。そのことをカデシュはテンたちとの交流を通して知り、アベルと出会ったことで確信した。アベルのように穏やかな笑顔は自分にはできないし、似合わないが、それでも微笑みが人に安心感を与えてくれるのも事実。カデシュの笑みにドリスもまた笑みを浮かべた。「そっか」とドリスが呟く。
「それじゃ、旅の間、テンやソラのことを頼むね、カデシュ。あたしは一緒に行けないからあたしの代わりにあの子たちを守ってやって」
「フ……言われるまでもない。まぁ、グランバニア王やサンチョもいる以上、私など居ても居なくてもたいして変わらないかもしれないがな」
「そんなことないよ。テンやソラにとって、カデシュは大切な人だから」
そんなことを言われると照れ臭くなってしまう。カデシュは「フン」と照れ隠しに呟いた。
「まぁ、私たちが留守の間、お前はグランバニアで大人しくしているのだな。あまりオジロン殿を困らせるような真似はするなよ?」
「ふんっ、可愛げがないんだから。そんなことあんたに言われなくても分かってますよ~だ!」
そう言ってドリスはカデシュの脇を抜け、どこかへ行こうとする。と、その足が止まり、「カデシュ」とドリスはカデシュを呼んだ。
「ホントにホントに……大丈夫、だよね?」
「……ああ、大丈夫だ、ドリス。私は、消えたりなんかしない」
その言葉にドリスは笑った、とカデシュには思えた。それは安堵の感情がもたらす微笑み。彼女の笑顔は嫌いではないな、とカデシュは思う。
「そっか。それじゃあ、気を付けてね、カデシュ。アベルの足を引っ張ったりしないでよ?」
「ああ。行ってくる。ドリス」
「うん……行ってらっしゃい、カデシュ」
ドリスは最後に振り返り、カデシュの顔を見ると、そのままどこかへと歩いて行ってしまう。その背中を見送りながら、帰りを待ってくれる人がいるというのは悪い気分ではないな、とカデシュは思った。
グランバニアから旅立ち、港町シューベリーから出港したグランバニア王国の所有する大型船はエルヘブンのある大陸に辿り着くまで数日の時間を有した。どうやらエルヘブンは周りを山脈に囲まれた大陸の中に存在するらしく普通に行く分には船での上陸はできない。しかし、エルヘブンに繋がる洞窟があることがオジロンたちの調べで判明していた。
グランバニアの先代の王であるパパスはその洞窟を通り、エルヘブンに行き、現在のグランバニア王であるアベルの母親、マーサと出会ったのだと言う。エルヘブンがあるらしい大陸の側まで来たアベルたちはその洞窟を探し、数日の間を彷徨った。勿論、その間も海を根城とする魔物たちの襲撃はあったが、封印の洞窟で遭遇したレッドイーターとブルーイーターなどの凶悪な魔物たちに比べると襲ってくる魔物たちの強さは大したことがなく、アベルやテン、ソラ、そしてサンチョやカデシュ。さらにはアベルの仲間の魔物たちの敵ではなく、容易く退けることができた。
魔物たちを退けながら、数日の間は海の上で過ごしたアベルたちであったが、やがて、エルヘブンに繋がると思われる洞窟を発見することができた。船をその洞窟の中に向かわせる。洞窟の中は魔物たちの気配も勿論あったが、それ以上に奇妙なまでに清涼な雰囲気もあった。
「この洞窟の中にある海の神殿には魔界に繋がるという伝承があるらしいんだ」
そのアベルの言葉はカデシュの関心を惹くのに充分なものだった。
魔界。その奥にいるであろう魔族の王。それを打ち倒すことはカデシュの悲願だ。
この洞窟には魔界に繋がるという海の神殿があり、ここには現世と魔界を繋ぐと言われた天空の勇者がいる。ひょっとしたら魔界に行くための条件は揃っているのではないか。カデシュはそう言い、アベルに海の神殿に立ち寄ることを提案した。アベルもまた魔界に連れ去られた母を求める身である。妻が石像にされ行方不明になっているため、その行方を知ることを当面の目的としているものの、母の元に辿り着くことは今は亡き父パパスから託されたアベルの使命である。ならば、当然、アベルに異論はなく、海の神殿に立ち寄ることになった。
海の神殿は洞窟の中の一角にあった。外海から流れる水路や壁や天井を覆う岩肌といった明らかに自然物と思える空間の中に人の手が加わっているとわかるエリアが紛れ込んでいる。ここが海の神殿に違いない、と誰もが思った。海の神殿に繋がる道は水路は途切れ、大地が広がっていた。アベルたちは船から一旦、降り、自らの足で神殿内を進んだ。その最奥に三体の女神像が置かれていた。いかにも意味ありげに配置された三体の女神像。ここは特別な場所だという確信をアベルたちは抱いたものの、そこに天空の勇者たるテンが来ても何かが起こることはなかった。
「やっぱり魔界に行くためには何か条件がいるのかもしれない。このこともエルヘブンで訊ねてみよう」
そう言いアベルは来た道を引き返そうとする。今、この場にいても魔界には行けない。そのことはカデシュも理解し、名残惜しい思いを残しながらもアベルの後ろに続いた。
と、その時だった。アベルが腰にかけたパパスの剣を抜き放つ。アベルたち一行に魔物たちが襲い掛かってきたのだ。テンも天空の剣を抜き、ソラはストロスの杖を構える。サンチョも鉄の槍を構え、カデシュもまた杖を手に襲い掛かってきた魔物たちを睨む。アベルの仲間の魔物たちではゲレゲレが一際、大きく吠え、襲い掛かってきた魔物たちを牽制した。
襲い掛かってきた魔物はブリザードマンの集団だった。宙空を飛ぶ人形の魔物たちが群れをなしてアベルたちに襲いかかる。先手を打つようにソラがヒャダルコの呪文を唱えた。ストロスの杖に先端から冷気が放たれ、ブリザードマンたちに命中する。ヒャダルコは敵の集団を丸々攻撃することができる範囲攻撃である。しかし、ブリザードマンたちにダメージは少ないようだった。お返しとばかりにブリザードマンの集団が次々にヒャダルコの呪文を唱える。「きゃ~! 助けて~!」とミニモンが空中を飛び回りながら冷気が逃れようとする。カデシュはベギラマの炎を放ち、迎え撃つ。
「ソラ! こいつらは冷気を武器に戦う魔物たちだ。ヒャド系呪文は効果が薄い。イオだ。イオを使え!」
自分たちに放たれたヒャダルコの冷気を迎撃しつつも、カデシュはそう言ってソラに指示を飛ばす。ソラは頷き、「イオ!」と呪文を唱える。ブリザードマンたちの集団の中に小爆発が連続して巻き起こり、ブリザードマンたちが放っていたヒャダルコの冷気をかき乱した。だが、ブリザードマンたちは今度は呪文ではなく、口を大きく開き、そこから凍える吹雪を吐き出した。一斉に放たれた冷気がアベルたちに迫り、これをまともに喰らえばただではすまない、という予感にアベルとカデシュが鋭い目を向ける。そこで前に出たのはテンだった。
「そうはさせない……! フバーハ!」
テンが天空の剣を掲げ、そう叫ぶと光の幕のようなものがアベルたちを覆い尽くし、放たれた吹雪を受け止めた。フバーハはその冷気の威力をほとんど軽減してくれた。ブリザードマンたちの間に動揺が広がる。「今ですぞ!」とのサンチョの声を聞くまでもなく、アベルたちは攻勢に移った。アベル、テン、サンチョ、ゲレゲレが地を蹴り、剣や槍、爪といった武器を使いブリザードマンたちに斬りかかり、ソラとカデシュは後方からイオとベギラマを放ち援護する。ブリザードマンは次々と断末魔の絶叫を上げ、息絶え、全滅した。
襲い掛かってきた魔物たちを撃退し、一同の間に平穏な雰囲気が流れる。
「ふぅ、敵が一斉に吹雪を吐いてきた時はどうなるかと思ったけど……テンのおかげでなんとかなったね」
アベルはパパスの剣を鞘に収めながらそう言って、笑う。テンは照れ臭そうに笑った。
「無我夢中だったけどね……なんだか今なら呪文が使えそうな気がして……」
「流石はテン王子ですな」
「うん! テン、すご~い!」
サンチョとソラもテンを褒め称える。ゲレゲレたちもテンの周りにむらがり、彼を称えるように吠える。
「フバーハか。あれもまた勇者の呪文の一つだな」
カデシュもまたそんなテンを見た。「そんな、大したことじゃないんだけどな……」とテンは照れ臭そうにしている。
「さ、みんな。さっさと船に戻ってエルヘブンに向かおう。また魔物たちが襲ってくるかもしれないからね」
そのアベルの言葉に一同は頷き、海の神殿の道を引き返し、船まで戻った。そこから船で水路をさらに移動していくと洞窟の薄闇が晴れた。洞窟を抜けたのだ。太陽の光の下、山脈に囲まれた大陸のおそらくは内側に乗り付け、アベルたちは船から降りて徒歩での移動を開始した。この陸路の先、遠くない場所にエルヘブンはあるはずだった。