ドラゴンクエスト 天空物語・続 カデシュの帰還   作:山屋

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第4話:勇者の兜

 

 封印の洞窟で王者のマントを手に入れたアベルたちはそのまま外に出るとルーラの呪文でグランバニアに戻った。そこで体を休め、一晩明けると、再び出立した。伝説の勇者の天空の武具の内、ラインハットで保存してもらっていた天空の盾は回収した。天空の剣は元々、グランバニアにあり、後は所在のわからない天空の鎧を除けば、テルパドールにある天空の兜を残すのみである。

 テルパドールは砂漠の中にある王国であり、普通に海路と陸路を使って行けばかなりの困難が予想される道のりではあるが、アベルは以前にテルパドールを訪れたことがあり、ルーラの呪文でひとっ飛びすることができた。

 テルパドールの城下町の入り口に立ち、砂の地面を踏みしめながら、アベルは懐かしい思いにかられた。サラボナでビアンカと結婚した後、ルドマンから譲り受けた船で南下し、訪れたのがこの大陸、この王国だ。女王アイシスと出会い、天空の兜の継承者ではないかということで、地下にある庭園に招かれ、天空の兜をかぶった。

 生憎とアベルは伝説の勇者ではなかったため兜には選ばれなかったが、アベルの父、パパスがグランバニアの王であるということと、その国、グランバニアがこの大陸の東の大陸にあるという情報をアベルにもたらしてくれたのもアイシスである。

 彼女がいなければ、アベルがここを訪れなければアベルはグランバニアのことも知らず、今の自分たち――アベルは元よりテンやソラ、サンチョにカデシュ――はいなかったであろう。

 かつての記憶を辿っていたアベルは「暑いね~」というテンの脳天気な声にハッと意識を引き戻された。見れば、テンが言葉通り、額の汗を拭っている。砂漠の中にある国だ。暑いのも当然なのだが、思ったことをそのまま口に出したのであろう息子の姿に思わずアベルの口元が緩んだ。

 テン。彼は伝説に伝わる天空の勇者だ。かつてこの地を訪れた時にはアベルに譲り渡されることはなかった天空の兜も彼になら譲ってくれることだろう。

 

「もう。テンは忍耐弱いんだから……」

「そう言うソラだって暑いんでしょ?」

「そりゃ……わたしも暑いけど……暑い暑いって言葉にするとますます暑くなっちゃうよ?」

 

 テンとソラがそんなやり取りをしているのを、やはり微笑ましいものを見る目でサンチョが「ははは……」と笑う。

 

「テン王子の言うことも無理はありませんな。たしかにこの国は暑い」

「でしょでしょ、サンチョ。ホントに暑いよ~。ね、カデシュ?」

「そこで何故、私に振る?」

 

 周りの熱気など感じさせないグランバニアにいる時と変わらない涼しい顔をしていたカデシュが困惑した様子で呟く。「まぁまぁ」とアベルはそんな会話に割って入った。

 

「早くお城の中に入っちゃおう。この国のお城の地下にはね、砂漠の中だとは思えないような庭園が広がっているんだよ」

「え! ほんと!?」

「庭園?」

 

 テンが嬉しげに声を上げ、ソラも興味を惹かれた様子でアベルを見上げる。

 

「そう。庭園。色んな花が植えられていてね。すっごく綺麗だよ。砂漠の中でそんなことができるのもこの国の女王、アイシスの持つ不思議な力のおかげらしいんだけどね」

「そっか~。楽しみだな~」

「こんな砂漠の中なのに……本当に不思議ね」

 

 そんなやり取りをしながら城下の街を歩く。途中、一件の商店に差し掛かると、テンがそこで足を止めた。

 

「あ! 見て見て、お父さん! 砂漠のバラだって!」

 

 好奇心旺盛に向けられる視線は店の外に置かれた商品の一つ、砂漠のバラに向けられている。たしか、その名の通り、バラのような形に結晶化した石のことだったか。この国の名産品として売られているようだ。「綺麗~」とソラも感嘆の声を上げる。

 

「ね、ねっ、お父さん! これ買ってもいい?」

「わたしも欲しい、かな……お父さん、どうかな?」

 

 二人の子供に期待に満ちた瞳で見上げられては、断れる親などいないというものだった。あまり甘やかすのはいけないんだけど……と思いつつも「いいよ」とアベルは頷いていた。

 

「すみません、この砂漠のバラを三つください」

「三つ……?」

 

 カデシュが不思議そうに呟きをもらす。すぐに三つの砂漠のバラが店主の手からアベルに手渡される。その内、二つを息子と娘に手渡す。

 

「わーい! やった~!」

「ありがとう、お父さん!」

 

 元よりわんぱくなテンは勿論、おとなしい性格のソラも喜びの表情でそれを受け取る。そして、残った一つをアベルはカデシュに手渡した。カデシュは不思議そうに自分に差し出された砂漠のバラを見る。

 

「グランバニア王。何故、私に? 私は別段、こんなものに興味は……」

「ドリスへのお土産だよ」

 

 眉をしかめるカデシュに対し、アベルはそう言って笑った。ハッとしたようにカデシュが瞳を見開く。

 

「ドリス、きっと喜ぶと思うよ。カデシュの手で渡してあげなよ」

「何故、私がそんなことを……」

「え、嫌だった?」

 

 アベルの言葉にカデシュはむ……と返事に詰まると、「嫌という訳では……ないが……」と小声で呟いた。

 

「ふふ、カデシュさんからのプレゼントとなるとドリス様もきっとお喜びになると思いますよ」

 

 後ろからニヤニヤした顔のサンチョがそんなことを言い、カデシュは照れた様子で頬を赤らめる。それをかき消すかのようにむっつり顔に戻ると、差し出された砂漠のバラを受け取った。

 

「……分かった。まぁ、あの女に何かを渡してやるのもいいだろう。以前と違ってあの女は殊勝なことに城でテンたちの帰りを待っているのだからな」

「ドリス、きっと喜ぶよ~!」

「なんたってカデシュからのプレゼントだものね」

 

 テンとソラがそんなカデシュをからかうように口にする。カデシュはそんな二人を一睨みするが、それで応える双子ではない。相変わらず笑みを浮かべてカデシュの手に渡った砂漠のバラを見上げる。カデシュはそれをやや乱暴に服の中にしまい込んだ。

 

「別に私があの女にこれを渡すことに含みはない」

 

 そんなことを言ってそっぽを向いてしまう。カデシュとは付き合いの浅いアベルでもこれが照れ隠しであることはすぐに分かった。そんな風にカデシュをからかってたかと思うとテンは再びお店の中に視線を移し、「お父さん、これ、何?」と商品の一つを指差す。

 

「ああ、これは爆弾石だね。爆弾岩や爆弾ベビーといった魔物が爆発した後に遺した石で敵に向かって投げつけると爆発するんだ」

「へぇ~、なるほど~」

「テン王子。危険な物ですから気軽に触ったりしてはいけませんぞ」

 

 今にもその爆弾石を手に取りかねないテンにサンチョが先んじて注意をする。「あ、は~い。わかってまーす」とテンは頷いたが、サンチョに言われなければつついたり、手に取ったりしていたのは明白だった。テンはまだ店の商品に興味津々といった様子だったが、

 

「いつまでも油を売ってないで、さっさと天空の兜を持つ女王アイシスの元に行くぞ」

 

 と、カデシュが呆れた様子で言うと、「あ、うん」とテンも頷いた。

 

「そういえばそれが目的だったね」

「だったね……ってもしかしてテン、忘れてた?」

「あはは……」

 

 ソラにジト目で見られ、テンは頭を掻く。忘れていたのだろう。ソラだけではなく、カデシュも冷たい視線をテンに向けている。

 

「まぁ、こうして旅先のお店を見て回るのも旅の醍醐味ではありますし……」

 

 サンチョがフォローするようにそう言って笑う。

 

「でも、たしかにカデシュの言う通り、天空の兜を譲り受けることがここに来た目的だからね。ありがとう、カデシュ。本来なら僕が注意することを注意してくれて」

「別にそんなつもりはない。私が煩わしく思ったから言っただけだ」

 

 アベルが礼を言うがカデシュはいつも通り、つっけどんに返す。そんなカデシュにテンやソラ、サンチョは苦笑いを浮かべた。

 そうして、一行は砂の道を歩き、テルパドールの城に辿り着く。城門で見張りをしていた兵士に視線を向けられ、さて、なんと言ったらいいものか、とアベルは悩んだが「貴方はもしや……アベル様ですか?」と兵士の方から声をかけられ、アベルは困惑しつつも言葉を返した。

 

「はい。僕はアベルですが……」

「おお、ようこそテルパドールへ。アベル様。それにお仲間方。お待ちしておりました」

「僕たちを、待っていた……?」

 

 驚愕する。テンとソラは不思議そうな表情を浮かべ、サンチョも「おや?」と呟く。カデシュに至っては不思議そうを通り越して怪訝な視線を兵士に向ける。当たり前だ。今日、テルパドールを自分たちが訪れるのを知っているのは自分たちだけで向こうが知るはずはないのだから。「アイシス様がお待ちです。ご案内します」と兵士は言うと、もう一人の警衛に合図する。テルパドール城の城門が開いたのはすぐ後だった。

 案内するといった兵士の後ろ姿を見ながら、アベルはテンたちを見渡した。皆、困惑している。しかし、ついていかない訳にもいかない。「行こうか」と一同にアベルは言い、兵士の後ろ姿を追った。城内を進む兵士は謁見の間、ではなく地下の庭園に続く道のりを歩いているようだった。以前、訪れたことのあるアベルにはそれが分かる。そうして、アベルの予想通り地下庭園に続く、下り階段を降りる。

 地下庭園に足を踏み入れるとそれまでの身に纏っていた熱気は収まり、冷ややかな空気が辺りを包んだ。「わ、涼しい~」とテンが思わず声を発する。「ここが、地下の庭園……」とソラは興味深そうに辺りを見渡す。

 

「ほお、これは……」

「成る程。たしかに普通ではないな」

 

 サンチョもカデシュも驚いている様子だ。そんな一同には構わず兵士は庭園の先へと案内をする。その背に続き、アベルたちが透き通る空気の中、庭園に植えられた色とりどりの花々に目を癒やされながら進むとその先に女王アイシスは待っていた。「女王様」と兵士がアイシスを呼び、何事かを耳打ちする。すると、アイシスはアベルたちの方を見、全てを察したとばかりに頷き、「ご苦労。下がってよい」と兵士に命じた。兵士は一礼をし、去って行く。

 

「お久しぶりです、アベル。グランバニアの王子」

 

 そう言ってアイシスは微笑み、アベルの方を見た。

 

「ええ、お久しぶりです。女王様。……ですが、どうして?」

 

 どうして自分たちが来ることを分かっていたのか。そうアベルが訊ねるとアイシスはクスリ、と笑う。

 

「お忘れですか、私には予知の能力があります。今日、貴方がたがここに来ることは分かっておりました」

「ああ……そういえば……」

 

 そこで思いだす。そうだ。この国の女王、アイシスの持つ不思議な力。それは予知の能力も持っていたな、と。

 

「ですが一つだけ訂正します。僕は今はグランバニアの王ですよ。女王様」

「あら……これは失礼しました。グランバニア王、アベル」

「いえ、気にしていませんから」

 

 アベルは笑う。後ろでは「この人が女王、アイシス?」「綺麗な人……」とテンとソラが口を開く。そんな二人にもアイシスは笑顔を向けてくれた、と。

 

「あ……」

 

 テンの方を見たまま、アイシスの表情が固まる。「え?」とテンはキョトンとした顔になる。自分が何か悪いことでもしてしまったのだろうか? そんな風な顔をしたテンに構わず「貴方は……」とアイシスがテンの方へと歩み寄る。

 

「え、え、え? な、何……じゃなくて、何ですか?」

「…………」

 

 アイシスはテンの瞳をジッと見つめる。そして、何かを悟ったかのようにアベルの方を見た。

 

「成る程。アベル。今日、貴方がここに来たのは、彼を私に紹介するためですか」

「流石は女王様。察しが早い。彼はテン。僕の息子で……そして、おそらくは伝説の勇者です」

「ど、どうも……テンです……」

 

 アイシスの反応が気になるのかテンは落ち着かない様子だったが、父に紹介されたのを受けて、自らの名を名乗る。

 

「そうですか……テンくん。少し、こちらに来てくれますか?」

 

 アイシスは再びテンの瞳を見、そして、案内するように先へと歩き出す。「えーっと?」と困惑顔になったテンに「女王様について行こう」とアベルは笑いかける。そうして、一同は庭園のさらに奥へと進む。そこには一つの兜が安置されていた。その兜は決して派手ではない、しかし、無骨なこともない不思議な兜だった。兜全体から神聖な雰囲気が伝わり、この空間の中心はその兜にあるような錯覚を抱く。「あれは……!」とカデシュが微かに驚きを含んだ声をもらし、「まさか……」とサンチョがその言葉の続きを引き継ぐ。

 

「あれが……伝説の……天空の兜……?」

 

 テンがそう言うと、アイシスは「はい」と頷く。そしてその兜を両手で抱えるとテンの元まで運ぶ。

 

「テンくん。これをかぶってみてください。貴方が伝説の勇者ならば、この兜もかぶれるはずです」

 

 アイシスはそう言ってテンに兜を渡す。しかし、その兜はテンの頭のサイズと比べると大きすぎるように思えた。同じことを思ったのかテンも「これ、大きくないかな?」などと呟く。

 

「大丈夫です。さあ、テンくん」

「わ、わかった……じゃなくて、わかりました、女王様」

 

 アイシスに言われるままにテンは天空の兜をかぶる。やはり、兜のサイズはテンの頭のサイズより一回り、いや二回りは大きく、ぶかぶかの兜がテンの金髪を包む……と、その時だった。天空の兜のサイズが見る見るうちに縮み、テンの頭のサイズとピッタリ一致したのだ。アベルやソラ、サンチョ、カデシュは驚愕の瞳でその様子を眺め、「わ、わ、わ……!」と張本人のテンも驚きの声を発する。アイシスだけがそれを予定調和の如く穏やかな瞳で見据えていた。

 

「かぶれちゃった……」

 

 まだ驚きが抜けきっていない様子のテンがそう言う。天空の兜は見事、テンの頭の上でその輝きを放っていた。

 

「あんなに大きかった兜が……今ではテンの頭にピッタリに……」

「流石は伝説の兜……といったところか」

「いやはや、なんとも不可思議なものですなぁ……」

 

 ソラ、カデシュ、サンチョも驚きが抜け切らないようだった。「おめでとう、テンくん」とアイシスが笑みを浮かべる。

 

「貴方は天空の兜に選ばれた、伝説の勇者です。これで天空の兜を保管し続けるという私たちの使命も終わります。どうぞ、それは貴方が持っていてください」

「え! いいの!? ……じゃなくて、いいんですか、女王様?」

「勿論。それは勇者たる貴方のものですから」

 

 アイシスはそう言い、テンに笑みを見せて、そして、アベルの方を向いた。

 

「アベル。貴方は勇者ではありませんでしたが……勇者の父親だったのですね」

「どうやらそうみたいですね、女王様」

 

 アベルもまた笑みを浮かべる。

 

「天空の兜はどうか貴方がたが持っていってください。それが世界を救うためになると信じています」

「はい。任せてください」

「うん! 任せて、女王様!」

 

 アベルは頷き、テンも元気よく頷く。

 勇者の父親、か。アベルはアイシスに言われたことを反芻した。なるほど。たしかに今の自分に似合いの称号かもしれない。

 

「……それで、これから先の旅に何か、アテのようなものはありますか?」

 

 アイシスがやや遠慮がちに訊ねる。「そうですね……」とアベルは答えた。

 

「できれば伝説の勇者の武具を揃えたかったのですが……生憎と天空の鎧の行方は未だ知れず、僕たちはこれからグランバニアに戻り、そこから船で僕の母の故郷であるというエルヘブンの街を目指そうと思います」

 

 エルヘブン、と聞いたアイシスは得心したように頷いた。

 

「成る程。エルヘブンですか。私同様、不思議な力を持つ者が多くいるという伝説と神秘を伝える街ですね。そこに行くのはきっとアベルたちのためになると思います」

「はい。僕もそう思います」

 

 笑みを浮かべたアイシスにアベルも頷く。

 

「それでは、これから先の旅路も気を付けてください。伝説の勇者、テン。そして、勇者の父親、アベルとその仲間たち」

 

 アイシスはそう言い、笑顔でアベルたちの今後の旅路の無事を祈ってくれた。

 

 


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