ドラゴンクエスト 天空物語・続 カデシュの帰還   作:山屋

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第3話:封印の洞窟

 

「ここが封印の洞窟か……」

 

 ラインハットを出て、サンタローズの北方を進むこと数時間。地底深くに潜んでいるものが、ぽっかりと地表に口を開いているようにも見える洞窟の入り口を見つけて、カデシュは思わず口を開いた。「うん」とアベルも頷く。

 

「おそらく、間違いはないよ。ここがデズモンさんが言っていた伝説のマントが封印されている洞窟だ」

「ここに王者のマントがあるんだね!?」

 

 テンは嬉しそうに言う。その両腕には伝説の天空の勇者の武具が装備されている。

 右腕にはグランバニアで保管されていた天空の剣が、左腕にはラインハットに預けられていた天空の盾が。それぞれテンの身を守るようにガッチリと装備されている。

 子供の体躯に天空の武具はやや大きすぎるようにも思えたが、テンはそれらを重い、と感じていないようだった。まるで羽根を持つかのような気楽さで天空の武具を装備している。これも伝説の天空の勇者のなせる技だろう。

 

「王者のマントか……どんなマントなんだろう……」

 

 そう言うソラも手にはストロス国の至宝であるというストロスの杖を装備している。テン同様、小柄な少女の身であるソラにストロスの杖はやや大きすぎるきらいがあったが、ソラはその杖を見事に使いこなしていた。テンが天空の武具を使いこなしているのと同様、ここに来るまでの魔物との戦いで彼女が足手まといにはならないのは証明済みだ。

 テンは子供らしからぬ剣技を天空の剣を持って振るい、ソラもやはり子供らしからぬ魔術の腕を振るい、襲い来る魔物たちを見事に撃退してのけた。

 我が子の実力を目の当たりにしたことはなかったアベルにとって、それは少なからず衝撃だったが、これから先、生死を駆ける局面で背中を預けるには充分過ぎる子供たちの力を見て、アベルも安心する気持ちだった。

 そして、カデシュ。

 凄腕の魔法使いと聞いてはいたが、彼もまたアベルの期待を裏切るようなことはなかった。無詠唱でメラミやベギラマといった強力な呪文を唱え、魔物たちを蹴散らすその姿を見ていればまだ付き合いが浅い身とはいえ、彼に背中を預けていいと思えるものだった。

 

「デズモンさんの話によると強力な魔物たちが潜んでいるっていう話だ。気を引き締めていこう」

「そうですな、坊っちゃん」

 

 アベルの言葉にサンチョも頷く。彼と共に戦う機会はこれまでアベルにはなかったのだが、召使いという立場ながら、場馴れした戦いぶりを見せて、信頼に足る実力を持っていることを証明してくれた。槍を振るった戦いぶりは元よりスクルトなどの補助呪文を駆使するその姿は共に戦う仲間として申し分はない。

 

「テン王子もソラ王女も、カデシュさんも、気をつけて」

「うん! わかってるよ、サンチョ!」

「お父さんの足は引っ張ったりしないから、安心して!」

 

 サンチョの言葉にテンもソラも笑顔で頷く。全く持って頼りになる子供たちだ、とアベルは思う。「それじゃあ、行こうか」と旅のリーダーであるアベルが言い、一同は封印の洞窟の中に足を踏み入れた。

 そして、違和感を抱いた。

 封印の洞窟。強力な魔物たちが潜んだ、伝説のマントが封印されているという洞窟。

 その物々しい評判の割に洞窟の中は驚く程に透き通るような空気に包まれていたからだ。

 あれ? と思ったのはアベルだけではないのだろう。テンもソラも、サンチョもカデシュも洞窟内を包む清廉な空気に戸惑った様子を見せた。

 この洞窟を包んでいるのは凶悪な魔物の潜むそれではない。むしろ、かつてアベルが世話になった川原の修道院のような神聖なる雰囲気に包まれている。それに不可解なものを感じつつアベルたちが洞窟内を進むと、一枚の立て看板があった。

 そこには、

 

 この洞窟の魔物たちを全て封印した者、その者にこの洞窟の至宝を与える。

 

 そう書かれていた。

 その側には一枚の石版が置かれていて、何かに蓋をしているようだった。「何だろう、これ」とテンが呟きその石版に手を触れる。テンの子供の力でも石版は動き、石版に蓋をされていた物が姿を見せた。

 そこにはおどろおどろしい絵柄が描かれたレリーフがあった。悪魔や魔物のような凶悪な顔が描かれ、それを露わにした途端、洞窟内の清廉な空気は一気に晴れ、逆に邪悪な空気が辺りを包んだ。「テン!」とアベルは思わず声に出す。「わ、わわわ……」とテンは慌てた声を出し、石版を再び元に戻し、凶悪な絵柄が描かれたレリーフに蓋をする。途端、洞窟を覆っていた邪悪な空気は晴れ、再び清廉な空気が戻ってくる。「成る程」とカデシュは呟く。

 

「この石版で蓋をすることで、この洞窟に潜む邪悪な魔物たちを封印している、ということか」

「ふむ……看板に書かれていた魔物たちを封印する、というのはこの石版で邪悪なレリーフに蓋をすることを指しているのでしょうな」

 

 カデシュの言葉にサンチョも続けて自分の意見を述べる。おそらくはその認識で間違いはないだろう、とアベルも思った。「でもでも!」とテンが声を発する。

 

「魔物を封印するっていうなら、もうできてるんじゃないの? 今は嫌な雰囲気とか感じないよ」

「そうね……」

 

 訝しむ様子を見せながら、テンにソラも同意する。だが、それが間違った結論であるということはそこから少し先に進み、階段を見つけた時に分かった。「降りてみよう」とアベルが言い、一同が階段を下ると上の階にあった清廉な空気は消え、邪悪な空気が場を満たしたからだ。

 

「封印がなされているのは最初のフロアだけ、ということか……」

 

 カデシュが呟く。その通りだろう。おそらくはこの洞窟の全てのフロアの封印を成さなければ伝説のマントは姿を見せない。そして、それには凶悪な魔物たちを掻い潜り、封印を成す必要があるはずだ。そんなアベルの考えを裏付けるように地下二階のフロア、階段を降りたところには一枚の石版が置かれていた。

 おそらくはこのフロアにも地下一階にあったのと同様、おどろおどろしい魔物の絵柄が描かれたレリーフがあるはずだ。そこにこの石版を置くことでこのフロアの魔物の封印が成せるのだろう。

 かといってこの洞窟。決して狭くはない。広々と広がり凶悪な魔物たちの潜む洞窟の中を邪悪な絵柄が描かれたレリーフを求めて石版を運びながら行き来しなければならないのか。成る程。決して楽はさしてくれないということか。

 

「とにかく。この石版を運ぼう。邪悪なレリーフを封印するにはこの石版じゃないとできない」

 

 一同に異論があるはずもなかった。そして、アベルが石版に手をかけようとした時、邪悪な気配が襲来した。「お父さん!」と子供ゆえか魔物の気配に敏感なテンとソラが声を合わせる。アベルは腰に携えた父の形見、パパスの剣を抜き放った。「はあ!」と気合の声を放ち、剣を一閃させる。そこには空を飛びアベルを強襲しようとしていたガーゴイルがいて、アベルに向かって振り下ろされようとしていたガーゴイルの剣をパパスの剣が迎撃した形になった。

 襲い掛かってきたガーゴイルは一匹ではない。他に三匹。後ろにガーゴイルが控えている。アベルはパパスの剣を両手で構え、油断なくガーゴイルたちを見据えた。アベルの他、テンもソラも、サンチョもカデシュも臨戦体制に入る。「出たか。魔物」とカデシュが無表情の中に憎悪を滲ませ言い、杖を構えた。

 敵はガーゴイル四匹。この洞窟の外で戦った魔物たちとは一線を画す、強力な魔物たちだ。「テン! ソラ! 気をつけて!」とアベルは思わず叫ぶ。

 

「わかってる、お父さん!」

「うん……!」

 

 テンもソラもそんな父に頷く。油断なく自分たちの武器を構える。かたや、伝説に謳われた天空の剣。かたや、ストロスの至宝、ストロスの杖。

 アベルの息子たちへの呼びかけ。それを合図にしたようにガーゴイルたちは襲い掛かってきた。

 四匹の内、一匹がアベルに襲いかかる。先程の奇襲を迎撃された一匹だった。今度こそ仕留める。その殺気を漲らせ、ガーゴイルは剣を振るう。アベルの脳天目掛けて振り下ろされた剣をアベルはパパスの剣で受け止める。そして、押し返す。自らの剣を弾かれて仰天した様子のガーゴイルにそのままパパスの剣を叩き込む。しかし、一方的にやられるガーゴイルでもない。一合、二合と剣と剣が打ち合い、金属と金属が、刃と刃が、噛み合う硬質な音が辺りに響き渡る。そこにもう一匹のガーゴイルが襲いかかる。

 

「お父さんをやらせない! ヒャド!」

 

 だが、それはソラが放った呪文に阻まれた。

 ストロスの杖で増幅された魔力が氷の刃と化し、一直線にアベルに斬りかからんとしたガーゴイルに飛ぶ。ガーゴイルは自分に迫った氷の刃を自らの剣で打ち払う。「今だ!」とそんなガーゴイルにテンが飛びかかる。ヒャドを迎撃した隙を突き、天空の剣を振るう。流石は伝説の天空の剣。一匹のガーゴイルの体を斬り裂き、ガーゴイルが悲鳴を上げる。その間にアベルは自身と斬り合っていたガーゴイルを下し、その刃の隙間をねってパパスの剣をその身に叩き込んでいた。

 四匹いたガーゴイルの内、二匹は倒され残りは二匹。残った二匹のガーゴイル目掛けてカデシュが呪文を放つ。「ベギラマ!」と発せられた声と共にその杖から紅蓮の炎が放たれ、二匹のガーゴイルを襲う。ガーゴイルも自分に向けて放たれた呪文をまともに喰らう程、愚鈍ではない。しかし、回避した瞬間に隙は生じる。「ええい!」とサンチョが槍を手にガーゴイルの一匹目掛けて突きを繰り出す。それをガーゴイルは剣で受け止めたが、矢継ぎ早にテンが天空の剣を振るう。サンチョの槍を受け止めていたガーゴイルはこれは迎撃できなかった。まともに天空の剣の一撃を受け、直後、ソラの放ったヒャドの氷の刃を身に受ける。これで三匹が戦闘不能。

 最後の一匹はヤケになったように剣を振るったがそこにカデシュのメラミが飛ぶ。炎弾を受けたガーゴイルにアベルは剣を振り下ろし、トドメを刺す。最後の一匹も苦悶の声を上げながら宙から落ち、大地に這いつくばった。

 戦いは終わった。

 アベルたちは安堵し、一息つく。アベルは一同を見渡し大丈夫だとは思うが一応、声をかけた。

 

「みんな、大丈夫かい? 傷ついている人がいれば回復呪文を使うけど……」

「大丈夫だよ、お父さん!」

「うん。わたしも大丈夫」

 

 テンとソラが笑顔で言う。サンチョもカデシュもダメージを負っている様子はない。

 

「そうか。それじゃあ、行こうか」

 

 そして、アベルたちは再び石版運びを再開する。それからもガーゴイルやソルジャーブルといった魔物たちに襲われたものの、五人で協力することでこれをなんとかくぐり抜け、傷を負った人が出ればアベルの回復呪文で治療し、先に進んだ。その甲斐あって地下二階と地下三階のレリーフには石版を乗せ、魔物たちの封印は完了した。レリーフに石版を乗せれば、それだけで清涼な空気が辺りを満たし、魔物の気配が無くなる。子供たちはそのことが子供心ながらに気になるようで「魔物さん、どこに行っちゃうんだろう?」などとアベルに訊ねてきたが、さしものアベルもそれは分からなかった。そして、さらに下に降りた地下四階。

 これまでと同じように石版を運んでいる最中、一同は魔物たちに襲われた。小柄な体躯の魔物が六匹。一同を囲い込むようにして現れる。これまでに見たことのない魔物だった。その姿を見た瞬間、カデシュがクールな表情を変えて「気をつけろ!」と叫ぶ。

 

「レッドイーターにブルーイーターだ! こいつらはナリは小さいが凶悪な爪と牙を持っている! 人間の喉元など容易に引き裂くぞ!」

 

 その声を聞きながら、アベルは現れた魔物たちを一瞥する。同じ魔物が六匹現れたのだと最初は思ったが、カデシュが言うように二種類の魔物がいる。二種類、三匹ずつ。鋭い視線をこちらに向けてくるその様子からこれまでの魔物たちとは一味違うことが伺える。

 六匹の内、一匹が飛び出してきてアベルに迫る。腕を振りかぶり、鋭い爪を突き立てんとする。狙いは喉元か……! そのスピートに内心、驚愕しつつアベルはパパスの剣を振るった。

 ぶん、と振るわれた剣筋を小柄な体躯が避ける。一旦、その場に静止する。だが、もう一匹の魔物が天高く飛び上がり、襲い来る。落下の速度を乗せた勢いで飛びかかってきたもう一匹の攻撃をかろうじてアベルは躱す。

 

「ヒャド!」

 

 ソラの持つストロスの杖から氷刃が放たれる。それをアベルを襲っているのとは別の四匹の内、一匹はその俊敏性を持って容易に回避する。そして、その速度を維持したままソラに襲いかかる。アベルは自分に襲い掛かってきた二匹を相手にするので精一杯でそのフォローに回れない。鋭い爪がソラの喉元目掛けて放たれ、ソラの碧い瞳に恐怖の感情が浮かぶ。キン、と音。放たれた爪はソラの喉元に命中することはなく間に入った天空の盾に阻まれた。テンがソラを守ったのだ。

 

「あ、ありがとう、テン」

「うん!」

 

 ソラの言葉にテンは頷き、次いで、天空の剣を振るう。攻撃を受け止められた魔物は素早く身を翻し、後方に引く。カデシュはそこに呪文を放とうとした。だが、残り三匹が一斉に襲い掛かってきて、舌打ちしてそちらの対処に手を回す。手のひらから放たれたベギラマの閃光が襲い来るレッドイーターとブルーイーターの足を一旦、止めさせる。

 

「これは危険ですな……! スクルト!」

 

 現れた魔物たちの脅威を認識したサンチョが呪文を唱え、メンバーの防御力を底上げする。そして、ベギラマの閃光を抜けた一匹のイーターには槍の突きを繰り出し、迎撃する。

 

「この!」

 

 アベルはパパスの剣を振り下ろす。しかし、イーターは俊敏でそれもなんなく躱す。一匹を攻撃すれば、その隙にもう一匹が攻撃してくるチームワークも見せつけ、その鋭い爪とパパスの剣は幾度なく打ち合っている。一瞬でも気を抜けない。気を抜いてしまえば、おそらくは相手の爪が自分の喉元を引き裂く。それがわかっているから、アベルも必死だった。

 テンの天空の剣の一撃もイーターは回避する。反撃に繰り出してきた爪は天空の盾の圧倒的な防御力に阻まれ、テンの体を傷付けるには至らないものの、戦局は膠着状態に陥っていた。イーターの隙を見つけてはソラがヒャドを唱えるもそれも簡単に喰らう相手ではない。

 カデシュもまた焦りの感情を覚えていた。残った三匹をサンチョと共に相手しているが、カデシュが強力な攻撃呪文を放つも、イーターたちにはかすりもしない。小柄な体躯と俊敏性を活かして、カデシュが放つ炎を躱す。側で槍を振るうサンチョがいなければとっくに接近を許し、カデシュの喉元を引き裂かれているだろう。

 鉄と爪がぶつかり合う硬質な音。攻撃呪文が炸裂する爆音。それらが洞窟の中に響き続ける。

 何度めか放たれたベギラマの閃光から一匹のイーターが離れる。向かった先は、テンとソラ。カデシュはまずい、と思った。「テン! ソラ!」と警告の声を出す。テンとソラは自分たちと戦う一匹の爪をテンが盾で受け止めているところだった。カデシュの声にテンとソラが自分たちに襲いかかるもう一匹のイーターを見る。援護の呪文を放とうとカデシュが試みるもベギラマを放った直後ですぐには呪文を使えない。ソラはヒャドの呪文を放ち迎撃しようとするがそれも回避され、一気にイーターが距離を詰める。テンはそれ以前から相手をしていたもう一匹の相手に手一杯でその脅威を阻むことはできない。イーターはソラに肉薄し、その鋭い爪を喉元に放った。スクルトでの防御力向上がなければ一撃で殺されていたかもしれない。鋭い爪はソラの喉元を引き裂き、鮮血がしたたる。「ソラ!」とテンの悲壮な声が響く。アベルも険しい視線をソラの方に向ける。テンは天空の剣を振るい、自分と戦っていた一匹のイーターを後退させると、ソラの喉を引き裂いた一匹のイーターに向けて怒りの感情を向けた。

 

「よくもソラを……! 許さない!」

 

 そして天空の剣の切っ先をイーターに向ける。イーターはキヒヒ……と嗤い、テンを挑発するようにその場で跳ねる。天空の剣の切っ先から紅蓮の炎が放たれたのはそのすぐ後だった。

 

(ベギラマの呪文!?)

 

 カデシュは驚愕する。天空の剣から放たれた炎はベギラマに違いない。呪文を使った? 呪文を使えないテンが!?

 カデシュの驚愕もよそに不意をついて放たれたベギラマの炎はイーターの身を焼き、イーターは慌てて、後退する。だがそれを逃がさない、とばかりにテンは大地を蹴り、イーターの小柄な体に肉薄すると剣を振るう。袈裟懸けに振り下ろされた天空の剣の一撃を受け、イーターは絶叫した。仲間の危機を救おうとしたのか、もう一匹のイーターがテンに迫るも、テンは鬼気迫る表情でそのイーターを睨むと天空の剣を振るう。その速度も剣技も、これまでのテンの比ではなかった。イーターを圧倒し、その体に天空の剣を突き刺す。イーターの絶叫が洞窟に響き渡った。

 カデシュは自分が相手をしている二匹にベギラマを放ちながら、その様子を横目で観察していた。使えないはずの呪文を使い、これまで苦戦させられていたイーターをあっという間に二匹も仕留めた? ソラが傷つけられたという怒りでテンの中の天空の勇者の素質が発現したというのか!?

 

「お父さん! ソラに回復呪文を!」

 

 テンはそう叫び、天空の剣を手にアベルの元に駆け寄る。「こいつらの相手はぼくがする!」と叫んだテンにアベルは頷くと、ソラの方へと向かう。それを追撃しようとした二匹のイーターにテンは再びベギラマの呪文を放った。

 

「お前たちは許さない!」

 

 怒りのテンの振るう天空の剣の軌跡は薄闇の洞窟の中に煌めく。その隙にアベルは喉を斬り裂かれ、地面に倒れ伏すソラの側にたどり着いた。「ソラ……!」と娘の名を呼びながら、ベホイミの呪文を唱える。ソラの喉元にあった裂傷が見る見るうちに塞がっていく。そして、閉じられていたソラのまぶたが開き、アベルを見ると、「お父……さん」と声を発する。よかった、生きてる! アベルの胸中は安堵でいっぱいになった。

 テンの奮戦に感化された訳ではない。しかし、仲間のソラを傷つけられたことはカデシュにも怒りの感情を覚えさせるのに充分なものだった。一匹がテンたちの方に行ってしまい、二匹になった自分の前のイーターに向かって、メラミの火球を放つ。それをイーターの一匹が避けた隙に「今だ! サンチョ!」と叫ぶ。サンチョが槍を手にそのイーターのところに向かって駆け、鋭い突きを繰り出す。それはイーターの体に命中する。

 ソラの無事をたしかめたアベルもテンの元に戻り、二人で二匹のイーターの相手をする。パパスの剣と天空の剣が振るわれ、その親子のコンビネーションにイーターたちは押されていた。ついに、二匹の内、一匹をパパスの剣の刃が捉え、傷を負ったイーターにテンが天空の剣で斬りつける。

 一匹のイーターを屠ったカデシュとサンチョはもう一匹のイーターを相手にしていた。しかし、二対一だ。いくらイーターが凶悪な魔物といえどこうなれば最早、敵ではない。カデシュが呪文を放ち、その援護を受けたサンチョが槍でイーターを攻撃する。その連携の前にすぐにもう一匹のイーターも追い詰められる。

 アベルとテンが相手をしているもう一匹のイーターもまた同じだった。親子が振るう剣を受け、先程までの拮抗した戦いが嘘のようにイーターは追い詰められていく。その小柄な体を二人の剣が斬り裂いたのはすぐ後だった。

 そうして、六匹のイーターたちを倒し、辺りにはそれまでの激闘が嘘のような静寂が訪れる。誰もすぐには何も言えなかった。激しい戦いの後に、皆、肩で息をしていた。ハッとしたようにテンが「そうだ、ソラは!」とソラの元に駆け寄る。「大丈夫だよ」とアベルが荒い息のまま、その背中に優しい声をかけた。

 

「サンチョがスクルトを使ってくれていたのが幸いしたみたいだ。回復呪文で傷は治っている。心配ないよ」

「そっか~。よかった~。大丈夫、ソラ?」

 

 テンに続き、アベルもソラの元に駆け寄る。父と兄にソラは「大丈夫」と笑顔を見せた。その様子にサンチョもカデシュも胸を撫で下ろした。

 

「しかし、レッドイーターにブルーイーター……噂通りの強敵だった……」

「そうですな。なんとか退けられたものの……もう一度相手をするのは御免被りたいところです」

 

 攻撃呪文の連続行使で疲弊したのだろう。額の汗をぬぐったカデシュにサンチョも同意する。それにはアベルとしても全く持って同意せざるを得なかった。

 

「もう一度、奴らが出てこない内にさっさと封印を完了させよう。ソラ、歩けるかい?」

「わたしは大丈夫だよ、お父さん。早く封印を済ませて、王者のマントを手に入れよう」

 

 笑顔を向けてくれた娘にアベルもまた笑みを返す。そうして、石版を運び、恐怖のレリーフの上に乗せ、地下四階のフロアも封印を完了した。洞窟を覆っていた不穏な空気は消え去り、静謐な空気が辺りに満ち溢れる。なんとなく、だが、アベルにはこれで洞窟内の封印が完了したとの確信があった。その思いを裏付けるようにアベルたちの視線の先に光が結集し、一つの宝箱の形になる。「見て! お父さん!」とのテンの声に急かされるまでもなく、アベルはその宝箱に視線を向けた。洞窟の封印は完了した。ならば、その後に現れるのは伝説に伝わる王者のマントのはずだ。

 アベルは宝箱の前まで足を進め、その蓋を開く。中にあったのは青色のマントだった。それを手に取り、アベルは「これが、王者のマント……」と呟く。「並々ならぬ魔力を感じるな」と言ったのはカデシュだ。

 

「グランバニア王、身に着けてみてはどうだ? それが所有者を選ぶマントだろうと、王ならばおそらくは身に着けられるだろう」

「そうだよ! お父さんならきっと、伝説のマントだって身に着けられるよ!」

「ははは、どうかな……」

 

 アベルは謙遜して笑う。それまで身に纏っていた何の変哲もないマントを脱ぎ、宝箱から出したばかりの伝説のマントを身に付ける。王者のマントはそれまで使い慣れたマントと同じようにアベルの体に馴染んで身に纏うことができた。「やった!」とテンが笑う。

 

「お父さんは王者のマントを身に着けれた! 王者のマントに選ばれたんだよ!」

「おめでとう! お父さん!」

 

 息子と娘からの祝福の声を受けて、アベルは笑う。

 

「実感はないんだけど……どうやら、僕なんかでも伝説のマントを身に纏う資格はあるって認められたみたいだね」

「謙遜することはない、グランバニア王。貴方は伝説のマントに選ばれた特別な人間だ」

「あはは……ありがとう、カデシュ」

 

 伝説のマントはグランバニアの王を選んだ。これが何かの天啓なのか、それともただの偶然か。アベルには判断がつかなかったが、とりあえずはこの幸運を享受することにしようとアベルは思った。「それじゃあ、帰ろうか」とアベルは言う。

 

「激戦の連続でみんな、疲れただろう。グランバニアに戻って、とりあえずは体を休めることにしよう」

 

 王者のマントを手に入れるという目的を果たした以上、これ以上、ここに居座る理由もない。アベルの言葉にみんなして頷き、一行は封印の洞窟を後にするのだった。

 

 


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