カデシュの帰還から一夜明け、グランバニア城の一室では王妃を探すために旅立つメンバーが揃っていた。
グランバニア王であるアベル、その息子であり王子であるテン、娘であり王女であるソラ、その召使いのサンチョ、そして、カデシュ。それにグランバニア王の仲間の魔物たち。
これからはこのメンバーでグランバニア王妃――ビアンカを探しに行くことになる。
グランバニア王を探す旅で王子たちに共に同行していたドリスが今回は同行を望まず、しおらしく、あたしはみんなの帰りを待っているよ、などと言ったことはカデシュにとっては意外だったが、ストロス国での戦いを経て、自分の立場とやるべきことがわかった、と言う彼女に対し、そうか、とカデシュも笑みを返した。
部屋に集まった一同はすっかり旅支度を終えている。
アベルは青いターバンに加え、青いマントを羽織り、その下にあまり豪華ではない、簡素で、しかし、丈夫そうな白い服を着ている。腰には一目見ただけで名剣と分かる一本の剣を携えており、父の形見、とのことだった。一国の王の格好とは思えないな、と思いながらそんなアベルをカデシュが見ていると、アベルの黒い瞳がカデシュを見た。
「何、カデシュ?」
「いや……旅立つとは言うが、具体的なアテはあるのか?」
若干、バツが悪い気分になりながらカデシュは訊ねる。アベルは「そうだね」と頷く。
「カデシュもいることだし、改めて方針を確認しておこうか」
そう言って、部屋にいる面々を見渡す。異論があるものなどいるはずもなかった。
「お父さん、エルヘブンに行くんじゃないの?」
テンがのんきそうな表情で口にする。「エルヘブン?」とカデシュは言葉を返した。それに説明してくれたのはソラだ。
「オジロンさんが調べていてくれていたんだけどね。なんでもこの大陸の北にある大陸にエルヘブンっていう不思議な街があるんだって。そこはお婆ちゃん……お父さんのお母さんの故郷で、古来より不思議な力を継承しているらしいの」
「なるほど。そこにいけば……」
「ええ。ビアンカ様の行方がわかる、かはともかく、今の私たちにとって有益な情報が得られるかもしれません」
ソラの説明をサンチョが引き継ぐ。この大陸の北の大陸となると船旅になるな。シューベリーから出港するのだろうか。そんなことを思いながら、カデシュが再びアベルに視線を戻すと、「エルヘブンも大事だけど……」とアベルは口を開いた。
「それよりもまずは天空の武具を集めようと思う」
「天空の武具?」
テンがキョトンとした顔になる。アベルはそんな息子に微笑み、「そう」と頷く。
「今でも信じがたいことだけど……僕の息子、テンは僕や僕の父が長年、探し求めてきた伝説の天空の勇者だ。ならば今こそ、天空の武具をテンの元に揃える必要がある」
「天空の武具って、この城にある天空の剣の他に……」
ソラの言葉をカデシュが引き継ぐ。
「天空の剣、そして、天空の盾に天空の兜、天空の鎧。これら一式が伝説に伝わる天空の勇者の武具だな」
「うん。カデシュの言う通り。この内、残念ながら天空の鎧だけは所在が不明だけど他の三つに関してはわかってる」
アベルの言葉に「わかってるの!?」とテンが驚きの声を発する。
「まず天空の剣はこの城にある。天空の盾はサラボナのルドマンさんの家に伝わっていたんだけど、そこから僕が譲り受けて、今はラインハットで保管してもらっている」
「ラインハット……」
サンチョが少し苦い顔をした。だが、その理由はカデシュには分からなかった。
「そして天空の兜。これはここからは大分離れた大陸にあるけど砂漠の国、テルパドールに代々伝わり、保管されている」
「テルパドール……かつて魔王を倒した勇者の墓があり、その勇者の仲間、導かれし者たちの末裔が治める国だったな」
「うん。流石だね、カデシュ。よく知っている」
「博識だね!」
アベルとソラに褒められ、カデシュは視線をそらし、「これくらい天空の勇者について調べれば誰でもわかる」と謙遜した。
「だが、しかし……なるほど。そんな国ならたしかに伝説の武具が伝わっているのも納得がいく」
カデシュは腕を組んだ。「それじゃあ、お父さん!」とテンが元気な声を出す。
「そのラインハットとテルパドールって国に行って、天空の盾と天空の兜を貰うんだね」
「うん。天空の盾は元々、こっちの持ち物だったし、ラインハットのヘンリー王子やデール国王とも顔見知りだから行けば渡してくれると思う」
顔見知りなのか……。カデシュは内心で驚いていた。この王の詳しい経緯は知らないが、幼い日にグランバニアを離れた後、長年旅をしていたと聞く。その中で知り合ったのだろうか?
「天空の兜は……以前、テルパドールを訪れた時には僕には勇者の資格がないから、ってことで譲ってもらえなかった。でも、今なら話は別だ。ここには伝説の勇者、テンがいる」
その言葉に部屋中の皆の視線がテンに集中する。テンは少し照れ臭そうにしていた。
「ぼくが伝説の勇者なんて……あんまり実感はないんだけどな……あはは」
「テンにならテルパドールの女王アイシスも天空の兜を譲ってくれるはずだよ」
テンは照れ臭そうに笑い、そんなテンをアベルは優しい瞳で見つめる。明るいムードが室内に満ちる。しかし、そんな明るいムードに水を差してしまうかもしれないと思いつつも「しかし、ラインハットとテルパドールか」とカデシュは口を開いた。
「どちらの国もここからは遠く離れている。長旅になるな」
「そうですな……船にたっぷり食料などを積み込まなければ……」
カデシュの言葉にサンチョも同意する。そんな二人に「あ、大丈夫」とアベルは笑顔を向ける。
「僕はルーラの魔法が使える。ラインハットもテルパドールも一度、行ったことがあるからルーラでひとっ飛びだ」
「ほぅ……」
「おお、それはいいですな。流石は坊っちゃん」
カデシュとサンチョは揃って感心の声をもらす。
「とりあえずラインハットから行こうか。日が登った頃に出発しよう」
異論がある者がいるはずもなく、正午の出立に備え、一同は一旦、解散するのだった。
グランバニア城の庭園。そこにカデシュとソラはいた。グランバニアを旅立つまでの僅かな時間ではあるがやっておきたいことがあったのだ。
「ヒャドを教える」
カデシュは口を開いた。ソラは笑顔で頷く。
「習得難易度はメラやギラとたいして変わりはないはずだ。お前なら使えると思う」
「うん!」
父王を助けて、母を探すための新たな旅に出るにあたり、これまで以上の魔法の腕を磨かないといけない。そう思ったがゆえにソラはあの日、ストロス国での戦いでカデシュが残した言葉を実践してもらうことにしたのだ。新しい呪文を教えてもらうという約束を。
それがこれまでソラが使ってきたメラやギラの系譜ではなく新しい系統の呪文なのはソラの希望だ。
「……しかし、ヒャドでいいのか? メラミやベギラマは?」
「実はメラやギラを使っていてなんだかしっくりこないっていうか、違和感があって……他の系統の呪文の方がわたしに向いているのかなぁ、って思うの」
「そうか」
人には向き・不向きがある。カデシュにはメラやギラといった火炎系呪文がしっくりくるのだが、ソラは違うのだろう。ヒャド系呪文やイオ系呪文の方が向いているのかもしれないな、と思う。
「それじゃあ、始めるぞ。詠唱は……」
カデシュはヒャドの詠唱をする。自分が使える、使えないに関わらず、大体の呪文の詠唱はそらんじている。ストロスが滅亡した後。一人きりになり、魔物を滅ぼすことだけを考えていた頃。魔法の特訓をする時間は山ほどあった。
意識せずともあの頃の孤独とそうではない今の自分を比べてしまう。目の前のソラを見る。カデシュの教えを一つ残さず身につけんとばかりに彼女は真面目な表情でカデシュの詠唱を聞いている。
(全く……弱くなったな、カデシュ)
何度目かも分からない自嘲が胸中でもれる。そんなカデシュの心の変化には気付いた様子もなく、ソラはカデシュの唱えた詠唱を復唱していた。
「うん、わかった!」
「よし。それじゃあ、やってみろ」
ソラは早くもヒャドの詠唱を身に付けたようだった。早速、実践を促す。
伝説の天空の勇者であるテンには幼いながらも天賦の戦いの才能があることはこれまで両親探しの旅に同行して知っている。しかし、その妹のソラも天才的な魔法使いとしての才能を持ち合わせている。ヒャド程度の呪文なら楽に使えるようになるだろう。
ソラは「うん」と頷くと、真面目な瞳で中庭の宙空を見据える。両手を広げ、前に出し、詠唱をする。そして、最後に、「ヒャド!」と呪文名を唱えた。
パチパチ、と音が響き、何もなかった宙空に氷の結晶が出現する。人の頭ほどの大きさになった氷の結晶は全体から氷の刃を伸ばすと、その場で爆ぜた。「ふぅ……」とソラが息を吐く。
「で、できた……!」
控えめながらも嬉しげな声にカデシュも「ああ」と頷く。
「これがヒャド。ヒャド系呪文の最下級呪文だ。この呪文を基本とし、上にヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャドがある。上位の呪文もいずれは教えてやるが、焦ることはない。今はヒャドを使うことだけを意識し、詠唱なしでも唱えられるようにしろ。その積み重ねが上位呪文に至るまでの近道だ」
「うん、わかったわ。ありがとう、カデシュ」
「礼を言われる程のことでもない」
満面の笑みで礼を言うソラを前に、照れたようにカデシュはそっぽを向く。全く、とカデシュは自嘲する。本当にこの国の人間と一緒にいるのは悪くない時間だな……。そんな風に思い、自覚せずカデシュは笑みを浮かべる。ソラも微笑み、穏やかな空気が二人の間に流れる。そんな流れを断ち切ったのは「カデシュ様~!」と言う声だった。
カデシュが若干、眉を潜め、振り返ると物凄い速度で一匹のミニデーモン――グランバニア王の仲間の魔物、ミニモンがカデシュの元に迫り来るのが見えた。全速力で空を飛びカデシュに抱きつこうとしたミニモンをカデシュは裏拳で打ち払う。吹っ飛ばされたミニモンはイタた……と言いながらも熱い視線をカデシュに向ける。
「ああ、カデシュ様。素直じゃないんだから……このミニモン、カデシュ様と再び会えた喜びでいっぱいです」
「私はあまり喜ばしくないがな」
冷たい視線をミニモンに向けるもミニモンは答えた様子もない。全く……、とカデシュは呆れた。そこに「お~い」と声。視線を向けるとテンがアベルと共にこちらに歩いてきている所だった。
「ソラとカデシュ、ここにいたんだ」
「ああ……、ソラに新しい呪文を教えていた」
屈託のない笑みを見せるテンにどことなくバツが悪い気分になりながらカデシュは答える。
「へぇ、いいな~、ぼくにも呪文教えてよ、カデシュ」
「フ……お前が私などに教えを請う必要はないだろう、テン。お前は私が今使える呪文よりも遥かに高度な呪文を使える」
カデシュの言葉にえ? とテンは意外そうな顔を見せる。
「ぼく、呪文なんて使えないよ~?」
「何を言う。ライディンの呪文を唱えたではないか」
ライディン? キョトンとした顔になったテンに、その父親のアベルが笑みを浮かべて答える。
「ライディン。勇者だけが使える、雷の呪文だね」
「ぼく、そんなの使えないよ?」
「ストロスでの戦いでエンプルを倒した時に使っただろう」
カデシュの言葉にテンはあー、という顔をする。
「そっか。あの時、使った呪文がライディンなんだ……でもぼく、怒ったあの時のこととかよく覚えてないよ? 今でも多分、使えないと思うし」
「火事場の馬鹿力ってわけね……」
テンにミニモンが辛辣な言葉を投げかける。だが、とカデシュが言う。
「火事場でも、馬鹿力でもなんでも、テンがライディンを唱えたのは事実だ」
「はは……僕の息子は本当に伝説の勇者なんだね」
アベルが嬉しげに笑う。自分の息子が勇者。その実感がいまいちアベルにはないのだろう。それも仕方がない。テンはまだ8歳の子供なのだ。カデシュとて実際に彼が年齢不相応の剣術を振るう姿やライディンの呪文を唱える姿を見ていなければ到底、信じられなかったであろう。
「それに、呪文を習いたいのなら父親に教えを請うたらどうだ? 以前と違い、今はお前たちにはやさしい父がいるだろう。私などに教えを請うよりよっぽど有益だと思うが?」
「そうだね。テンやソラが僕よりもカデシュを頼るのは父親としてちょっとショックかな」
アベルの笑みに、「そ、そんなことはないよ!」とソラが慌てた声を発する。
「カデシュとは前から呪文を教えてもらう約束をしていて……決してお父さんが頼りにならないとかそんなこと思った訳じゃ……」
「そ、そうだよ!」
ソラの声にテンも同意する。そんな子供二人を微笑ましいものを見る目でアベルは見ると「分かってるよ」と笑った。
「それに僕も一応、呪文は使えるけど、本職じゃない。魔法使いのカデシュに教えを請うた方がいいと思うよ」
「ご主人様は剣を使った戦いの方が得意だものね」
ミニモンの言葉にうん、とアベルは頷く。
「僕が使える呪文なんてせいぜい、ホイミやベホイミ、スカラにバキやバキマくらいだからね」
それだけできれば充分だと思うが、という思いは顔には出さずカデシュは「どちらかというと僧侶系の呪文だな」と呟いた。アベルは笑顔で頷く。
「テンは伝説の勇者だ。すぐに色々な呪文を使えるようになるよ」
「そうかな~? そうだといいんだけど……」
父親にこう言われて照れ臭そうにしながらもテンは今ひとつ実感が沸かないようだった。そんな親子の様子をカデシュは笑みを浮かべて眺め、ふと思ったことがありソラに向き直った。ソラ、と名を呼ぶ。
「何、カデシュ?」
「ヒャド系呪文の練習をするのもいいが、できればメラ系呪文の練習も続けた方がいい」
「どうして?」
首を傾げるソラにカデシュは続けた。
「お前は父親の旅の助けになり、母親を助けるために高度な呪文を身に付けたいのだろう?」
「うん。お父さんの足手まといにはなりたくないから……」
「ならばやはりメラ系呪文の鍛錬も欠かさない方がいい」
カデシュは一旦、話を区切った。ソラはおそらく使える呪文が多い方が役に立つ、その程度のことだと思っているだろう。だが、カデシュの言葉にはそれ以上の意味が含まれていた。「これは伝説に近い話だが……」と前置きしてカデシュは語り始めた。
「魔法使いの間にはある伝承が伝わっている」
「伝承?」
「そう……メラ系呪文とヒャド系呪文の二つを極めた者は全てを消滅させる究極の呪文に至る……とな」
究極の呪文。その響きにその場にいた面々は思わず黙り込む。「アタシも聞いたことあるわね」と言ったのはミニモンだ。
「極大消滅呪文とか言うヤツでしょ? アタシの知る限り高位の魔物でも使える奴はいないけど……」
「極大消滅呪文、か」
凄いね、とアベルは笑う。「ソラがその呪文を使えるようになるの?」とテンも脳天気な笑顔を浮かべてソラを見る。ソラは「そ、そんな……」と照れたように反応する。
「わたしなんかがそんな凄い呪文なんて……カデシュも使えないんでしょ? その呪文」
「ああ……私にも無理だ。だが、ソラ。お前ならできる、と私は踏んでいる。ストロスの杖に選ばれた、お前なら」
カデシュはそう言ってソラの瞳を見返す。ソラは恐縮したように困った顔をした。「まぁ」とアベルは口にする。
「ソラ、テンも伝説の勇者だけど、ソラもまた魔法に関して天賦の才を秘めている。そんな凄い呪文もいずれは使えるようになるさ」
「お、お父さんまでそんなこと言って……わたしはそんなたいそれた存在じゃないのに」
顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。「でも、焦る必要はない」とアベルは優しい声で続けた。
「今は自分のできることをやればいい。無理に背伸びをすることはないんだ。大丈夫、ソラが僕たちのために頑張ってることはみんな知ってるから」
優しく微笑む父親にソラはやはり照れ臭そうにうつむく。そんな親子の様子を眺め、いい、父親だな、とカデシュは思った。
全てを包み込んでしまうような慈愛に満ちた瞳。この国の王は勇者ではないが、やはり只者ではない、という思いをさらに強くする。
そんなソラとアベルを見て、テンは「ぶ~、ぶ~」と不満そうに唸る。
「お父さん、ソラにばっかり優しくしてずる~い」
すっかり拗ねてしまった様子のテンに思わずカデシュの表情も綻ぶ。伝説の勇者として年齢不相応な一面も見せることもある彼だがやはりまだまだ子供ということだろう。父親に妹が贔屓にされていると感じたのか子供っぽく不満を訴えるその顔は8歳の子供そのものだった。「あらあらテン王子~」とミニモンもからかうように笑う。
「ソラちゃまに嫉妬してるの~、こっどもね~」
「そんなんじゃないもん」
そっぽを向いてしまう。「テン」とアベルはそんな我が子の名前を呼んだ。「何、お父さ……」とテンが言い掛けたところでその小さな体が持ち上がる。「わっ」とテンの声。アベルがテンを抱っこしたのだ。
「お、お父さん……恥ずかしいよ……」
「あはは、そうか。すまない。でもお父さんもお父さんのお父さんに抱っこしてもらった時は嬉しかったからね。テンも嬉しいかと思って。……嫌だった?」
テンは恥ずかしそうにしながら「嫌じゃ、ないけど……」ともごもごと呟く。カデシュとソラ、ミニモンはそんなテンの様子を微笑ましそうに眺める。
「心配しなくても僕はソラも好きだけど同じくらいテンのことも好きだよ。大切な子供なんだからね」
「そ、そう……?」
「勿論だよ。……そうだ、テン。ラインハットに行くまでの少しの時間だけど、一緒に剣の稽古でもしようか? お父さんはどちらかと言えば呪文よりそっちの方が得意でね。テンも剣術は使うんだろ?」
「い、一応……」
抱きかかえた息子にアベルは優しく提案する。「ドラゴンマッドの翼を斬り払うことができるくらいの腕前だ」とカデシュはそんなテンをフォローする言葉を述べてやった。「へぇ!」とアベルは声を上げた。
「ドラゴンマッド相手に剣で渡り合ったのかい? それは凄いな。お父さんがテンくらいの年の頃にはそんな真似はとてもできなかった」
「そ、そんな大したことないよ……ソラやサンチョ、ドリスにカデシュも一緒に戦っていたし……」
「それでも凄いことだよ」
そう言ってアベルは微笑む。
「これは稽古しがいがありそうだ。一緒に剣の腕を磨こう。お母さんを、助けるためにも」
「う、うん……わかった……」
父親に抱きかかえられているのが恥ずかしいのかテンは終始、顔を赤くしていたが、アベルの提案を素直に受け入れた。そんなテンを眺めていたカデシュは「ねぇ、カデシュ!」と発したソラの声に意識を引き戻された。
「どうした?」
「わたしにも、もっと呪文を教えて!」
「ふ……急になんだ」
ソラはようやく抱っこを終えて地面に足をついたテンを見て、再びカデシュを見上げた。
「テンには負けてられないもの! わたしもお母さんを助けるためにもっといっぱい、たくさんの魔法を覚えないと!」
「そうか」
カデシュは口元を綻ばせた。
「カデシュ様~、ミニモンにも魔法を教えて~! カデシュ様の個人レッスン! ミニモンも受けた~……ふぐおっ!?」
割り込んでこようとしたミニモンをやはり裏拳で迎撃し、カデシュはソラの真摯な色を秘めた瞳を見返す。
「それでは。出発までもう一稽古、といくか」
「うん!」
「お父さん! ぼくたちも早く稽古しようよ!」
「ああ、やるか。テン」
グランバニアの庭園に笑顔が満ちる。ラインハットへの出発まで双子の王子と王女は少しでも強くなるため、それぞれの稽古にせいを出すのであった。