一気にストーリーは飛びますが、お楽しみいただければ幸いです。
「そっちに行ったよ、カデシュ!」
テンの声が響く。カデシュは自身の方に向かって来た魔物を睨み据える。
四本の脚を動かし、硬質透徹なタイルの床を蹴り砕き駆けるはゴールデンゴーレム。最上級の魔物(モンスター)だ。
両手で抱えた戦斧を構え、カデシュに斬りかからんと襲い掛かる。
「ベギラマ!」
カデシュは左手を前に広げて、閃熱呪文を放つ。カデシュの開かれた手より放たれた熱線がゴールデンゴーレムの巨躯に直撃する。しかし、巨体はそれだけでは倒れない。
「カデシュさん!」
サンチョがカデシュを庇うように前に飛び出す。ゴールデンゴーレムの大戦斧が振り下ろされ、サンチョの体に直撃した。
普通なら大ダメージは避けられないはずだが、サンチョは全身を煌めく金属の鎧で纏っていた。それもただの鋼鉄の鎧などではない。メタルキングの鎧である。
ここに来るまでの戦いでメタルドラゴンと戦った時に運良く入手した逸品だ。パーティーメンバーで一番大柄なサンチョが装備し、鉄壁の盾となり、パーティーの戦力として貢献してくれている。
「助かる、サンチョ」
カデシュは短く告げると右手に握るマグマを杖を振りかぶる。杖から火炎呪文(メラゾーマ)の業炎が放たれ、ゴールデンゴーレムの肉体をなぞり焼いた。
アベル、テン、ソラはそちらを助ける余裕がない。もう一匹のゴールデンゴーレムと戦っているからだ。
ボブルの塔の最下層。現れる魔物は強力さを増す一方。一瞬たりとて気を緩められない激戦が続いていた。
「はああっ!」
テンが小さな足で床を蹴り、ゴールデンゴーレムに飛び掛かる。天空の勇者としての戦いの腕前はさらに鋭さを増し、最短の無駄のない動作でゴールデンゴーレムに天空の剣を振り下ろす。
勢いの鋭さにゴールデンゴーレムの対処が遅れた。天空の剣がゴールデンゴーレムの防御を搔い潜り、その黄金の肉体を深々と斬り裂く。
ゴールデンゴーレムの青い鮮血がしたたる。このあたりテンの剣を振る武威は父親を超えつつあった。
やはりそこは伝説の勇者の才能なのだろう。アベルがとある事情でこの戦いに集中出来ていないこともある。
(く……!)
アベルは流石に刃こぼれも目立ち戦いに着いて行くのが厳しくなってきた父の形見の剣――パパスの剣の塚を握り、苛立ちの声を噛み殺す。
つい先程あった戦いのことが尾を引いている。
長きに渡り追い求めた父の仇の一人、ゴンズ。
その仇敵との戦いを終えたばかりなのだ、集中出来なくて当然であろう。
あちらはアベルのことなど覚えていないようであったが、アベルにしてみれば忘れたくても忘れられない相手だ。
こんなに弱いのか、と戸惑う程の弱さだった。もちろん、今戦っているゴールデンゴーレムより強くはあった。それでも拍子抜けする力量だったことに違いはない。父の仇のもう片割れ、ジャミが強敵であった印象が強いことも手伝って、アベルは敵討ちの達成感を味わうことなくあっさりとゴンズを倒してしまった。
さすがに温和なアベルも鬼面の表情を浮かべてしまい、テンとソラに恐がられてしまった。カデシュは何も聞かなかった。サンチョは何かを察したようだった。ゲレゲレも怒り狂った爪と牙をゴンズにぶつけていた。
そのゲレゲレはサンチョとカデシュの危機を悟り、素早くそちらに駆けて行っている。ボブルの塔の年月を重ねたタイル床を蹴り、ゴールデンゴーレムに爪と牙で襲い掛かる。装備品は氷の刃である。
「……メラゾーマ!」
カデシュは左手をかざし、火炎呪文を唱える。メラゾーマの火球がゴールデンゴーレムの躰に直撃し、その黄金の金属製皮膚を溶かした。これがあるからゴールデンゴーレムには炎の攻撃が効果的なのだ。
金色の肌が解けたところにすかさず、ゲレゲレが爪を振るいゴールデンゴーレムを斬り裂く。髭の下の口から絶叫を漏らし、ゴールデンゴーレムは息絶えた。
もう一匹のゴールデンゴーレムはテンが天空の剣で圧倒し、ソラが援護にマヒャドを唱える。アベルもテンの援護でパパスの剣で斬りかかるが流石に戦いに着いてこれる剣ではない。パパスの剣は出来栄えの良い鋼鉄の剣である。もうこの最終局面に近い戦いの場にあっていい剣ではなかった。
サンチョは魔神の金槌を装備している。普通の鋼鉄の斧とは違う。激しくなる戦いに向けた装備変更である。
ゴールデンゴーレムはマヒャドの冷気で凍り付いたところをテンが天空の剣で斬り、息の根を止めた。戦いの後の休息を取る一行だが、アベルは自分がパーティーの足を引っ張っていることを感じていた。
やはり、ダメなのか。
そんな思いに捕らわれる。アベルは勇者ではない。勇者の父親だ。
特別ではないことはないのだが、戦いに向けた才能に特化しているワケではないのだ。アベルの真の力は慈愛の力。魔物から邪悪な気を払い、善良にする力である。
その力が物足りないと感じたことはないが、戦う上では役に立たないことも事実。父への愛着で父の形見の剣を装備し続けているが、それも限界をとっくに超えている。形見の剣で戦える局面はとうに過ぎているのだ。
アベル自身の力量の不足と激戦には物足りない装備品。
その二つの組み合わせがアベルに自身がパーティーのリーダーでありながら、足を引っ張っているかもしれないという強い思いを抱かせていた。
アベルはいつまでもパパスの剣を装備から外せなかった。亡き父が見守ってくれている気がするのだ。自分に力を貸してくれる、自分を正しい方向へと導いてくれる気がするのだ。
それがあったからここまで戦えた気がするのは否定できない。ゲレゲレと再会した時に一緒に手に入れた父の形見の一品。
しかし、もう役目を果たしたかもしれない。
ゴンズの剣と打ち合った際にピシリ、と入った亀裂を見る。
もう限界だろう。剣の寿命がとっくに尽きている。
これ以上の戦いは剣にとっても辛いだけだ。思い入れだけで威力の低い剣を使い続けられる時期は終わった。
このボブルの塔はまだ先がある。
さらに激しくなると予想される戦いにこれ以上父の形見を突き合わせるワケにはいかない。
アベルは静かに頷くと、パパスの剣をふくろに仕舞い、一振りの剣を取り出す。
奇跡の剣だ。
メダル王の城で手に入れた逸品である。
この剣ならこれからの激しい戦いにも適応出来るはずである。
奇跡の剣を装備する。
軽い剣だ。パパスの剣より軽い。それでいて威力は段違いに高い。
特殊な力も秘めている。敵に与えた分だけ自分の傷を回復するのだ。
これからの戦いに適した優れた装備品である。
「父さん、ありがとう」
そうアベルはゆっくりと呟く。親しみと感謝。これ以上ない父への想いを込めて。
父がどこかでフッと笑った気がした。
「おや、坊ちゃん、装備変更ですか」
サンチョが話しかけて来る。隣のカデシュも気付いたようだ。
「グランバニア王はあの剣に思い入れがあったのではないのか」
不思議そうに眼を細めるカデシュ。涼やかな美男子の顔が疑問を覚えている。
アベルは温和に笑って、どう説明しようかと考えた。
薬草や力の盾、回復呪文を使っての戦闘の後の時間をたっぷり使ってアベルはパパスの剣を装備から外した理由をなんとか伝えようとした。
しかし、上手く伝わらない。
ずっと使い続けた中古品を手放したこの感情。
それは複雑怪奇なもので一言二言で伝わるものではない。
自分専用の代わりのない武器を持つ息子のことを羨ましく思うアベルであった。