比企谷君と虜の魔女   作:LY

35 / 36
第三十五話

高2

 

 

西園寺先輩の指示で、隣の魔女と手をつなぎ、七人で輪を作る。

 

 

目を閉じていると、窓がパラパラと音を立てているのが良く聞こえる。

 

 

いつの間にか雨が降っていたのか。

 

 

そんな事を考えていると、徐々に体は固まり、意識だけがあるような気分になった。

 

 

 

 

そして、ふわっと浮遊感を感じ、

 

 

私は夢の中へ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 

 

そこでまた、[彼]と出会った。

 

 

 

殺風景な場所に一人で立っていて、こちらを向いている。

 

 

 

顔が塗りつぶされて、声が聞こえない男の子。

 

 

 

…私はずっと思い出せずにいる。

 

 

 

……。

 

 

 

でも本当は山田を思い出した時から、

 

 

 

……いや、本当はそれよりもずっと前から[彼]の事を思い出せたのかもしれない。

 

 

 

ただ私が[彼]から目をそらし、耳を傾けていなかっただけで。

 

 

私が、ちゃんと向き合っていなかっただけ。

 

 

 

 

「……ずっと待たせてゴメンね」

 

 

 

そう言った瞬間、

 

 

周りの景色が色づき、少しずつ思い出していた記憶が、一気にあふれ出てくる。

 

 

そして[彼]の顔に塗られたクレヨンのようなものがはがれて行き、ノイズのかかった声が綺麗に聞こえてくる。

 

 

 

「小田切」

 

 

 

久しぶりに呼ばれたわけではないのに、とても懐かしく感じた。

 

 

 

「じゃあ、またな」

 

 

「…ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢から覚め、曖昧な意識で見えたものは、私たちが作った輪の中にいる山田と西園寺先輩。

 

 

彼らは光に包まれ、見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

——————*

 

 

 

 

そして私は完全に目覚める。

 

 

 

長い長い、とても長い夢はもう終わった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

気づけば雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日 

 

 

今日は朱雀高校の創立記念日で学校は休みになっているが、私は学校に向かった。

 

もちろん私だけじゃなく、昨日の儀式に関わった人達や超研部のメンバーも学校に行っていると思う。

 

 

みんな山田に呼ばれたのだ。

 

まぁ山田が呼ばなかったとしても、誰かがみんなを集めることになっていたと思うけど。

 

 

 

「やぁ小田切君、君も呼ばれたようだね」

 

「…何だ玉木か」

 

 

 

学校を目の前にしてどうでもいい奴と遭遇し、はぁ~っとため息が出てしまう。

 

弟がスマホのアプリゲームではずれのモンスターを引いていた時と同じような顔をしていると思う。

 

 

「相変わらず失礼な人だね」

 

「まあいいわ。

それより、……がやって来るの?」

 

「え?何だって?」

 

 

玉木は耳をこちらに傾け、もう一度言えと言ってくる。

 

 

「…きがや」

 

「悪いけどもう少し大きな声で言ってくれないかな?」

 

「だから比企谷は来るのかって聞いてるのよ!」

 

「おおう…、今日は一段と神経質だね」

 

 

いいからさっさと教えなさいよ。

 

 

「彼と僕は一心同体、もしくは運命共同体といっても……」

 

「そう言うのいいからさっさと教えなさい」

 

「……来ます」

 

 

…そりゃまぁ来るわよね。

 

…うん。大丈夫よ。

 

リラックスしていけば問題ないわ。

 

 

「さっきも言ったけど今日は一段と神経質だね」

 

「ちょっと今日は余裕がないのよ。

…強く当たってしまってごめんなさい」

 

「…いや構わないよ。最近色々あったし疲れているんだろうね」

 

 

それから私たちは黙って朱雀高校まで行き、超研部の部室についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超研部 部室にて

 

 

部屋に入ると、もうほとんどの人が揃っていた。

 

超研部のメンバーに魔女全員、それに山崎生徒会長と宮村先輩も。

 

 

「おぉ寧々に玉木、お前たちも来たか」

 

「宮村先輩どうも」

 

 

部室には大きな机が置かれ、その上に飲み物やお菓子が広がっている。

 

よく見ると部室内がリボンや風船で飾り付けられている。

 

小さなパーティーの様だ。

 

 

「後は比企谷だけだな」

 

「彼はいい子だけど時間にルーズなところがあるからね」

 

 

宮村先輩の後ろから山崎が言う。

 

 

「そう言えばお前、私の可愛い後輩を散々こき使っていたらしいな。

何でも魔女に関わる面倒ごとを押し付けていたとか…」

 

「ち、違うんだレオナ君!

だからハサミは出さないでくれ!!」

 

 

そう言いながらも楽しそうに話す二人を見ていたら、ちょっとだけ嫉妬してしまう。

 

でもそれ以上に、とてもうれしくなった。

 

 

「それにしても比企谷君は遅いね、電話をかけてみようか」

 

 

そう言って玉木はカバンからスマホを取り出し、電話をする。

 

 

「……あっ比企谷君?みんなもう集まっているよ」

 

 

数コールしてから玉木が会話を始めた。

 

この時自分が話しているわけじゃないのに、私の心拍数が上がった。

 

 

「ふーん、分かった。じゃあそう言っておくよ」

 

 

それを最後に、玉木はスマホを切って、カバンにしまった。

 

 

「小田切君、比企谷君が来てくれないか、だって」

 

「え!?」

 

 

思わず声が出てしまった。

 

 

「ど、…どこに行けばいいのかしら?」

 

「それが場所は言わずに電話を切ってしまったんだよ。

何だかあえて言わなかったようだけど…」

 

「っ!!

分かったわ!行ってくる!」

 

 

私は急いで部室を出て行った。

 

たぶんみんなに見られたと思うけど今はそんなこと関係ない。

 

 

今はそんな事より比企谷君に会いたい。

 

 

 

とてもとても、彼に会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朱雀高校 中庭にて

 

 

 

俺は静かな中庭で、この一年を思い出していた。

 

 

周りの人から忘れられて始まったこの一年。

 

 

はたして俺は不幸だったのだろうか?

 

 

 

そんな答えのない事を考えて、俺は彼女を待っていた。

 

 

 

「比企谷!」

 

 

 

呼ばれた方を見てみると、校舎から女子生徒が走って来るのが見えた。

 

 

 

彼女と別れ、そして彼女と出会ったこの一年。

 

 

 

俺は不幸だったのか?

 

 

 

 

 

「はぁ…、はぁ…」

 

 

 

小田切は息を切らしながら俺の前まで来た。

 

 

「私、…あなたに言わないといけないことがたくさんある」

 

 

息を整え、彼女は俺に言う。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

「…何でお前が謝るんだよ」

 

 

 

小田切は何時しかのように頭を下げた。

 

 

 

「……生徒会長になれなくてごめんなさい。

あんなに手伝ってくれたのに」

 

「別に謝る事じゃないだろ」

 

 

 

小田切は頭を上げ、何かに耐えるようにスカートの裾をギュッと握りしめる。

 

 

 

「……あなたを忘れてしまってごめんなさい」

 

「…別にいい」

 

 

 

真っすぐに俺を見ていた彼女の目からは涙がこぼれだした。

 

それを必死に袖でふき取り、話を続ける。

 

 

 

「あなたを、一人にしてしまって……、ごめんなさい」

 

 

 

そして小田切はついにボロボロと泣き出してしまった。

 

 

 

「ごめん、……ごめんね。

あなたを忘れて、…あなたを一人にしてしまって。

夏祭りの約束も守れなくてごめんなさい」

 

 

 

彼女は泣いた。

 

泣いて泣いて、これでもかと言うほど大きな涙の粒が流れ続けた。

 

 

 

「…山田を好きって言ってごめんなさい」

 

 

 

彼女はなおも謝り続け、泣き続けた。

 

 

 

 

「私はずっと……、あなたが好きでした」

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

小田切が泣いてくれて、俺は嬉しかった。

 

 

 

泣かないでいようとしていたが、それでも泣いてくれたことが嬉しかった。

 

 

 

彼女が流した涙の分だけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

だから俺は彼女にそっと近づき、気持ちを伝えた。

 

 

 

「ありがとな、俺のために泣いてくれて」

 

 

 

小田切は首を横に振る。

 

 

 

「…俺もお前も、たぶん遠回りし過ぎて疲れたんだよ。

だから今は、泣いてもいいと思う」

 

 

 

気の利かない俺は涙を流す彼女にこんな事しか言ってやれない。

 

 

 

 

 

 

……でもいつもと違って、

 

 

惚れた女の前くらい頑張ってみようと思った。

 

 

 

 

「俺もずっと、お前が好きだった」

 

 

 

 

なぜなら俺の一年間は、これを言うための物だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し冷たい風が吹く中庭から校舎に向かう。

 

もうすぐで秋が終わり、冬が来る。

 

 

「目、めちゃめちゃ赤いぞ」

 

「…仕方ないでしょ。

あなたこそ、目が腐ってるわよ」

 

「ほっとけ」

 

 

隣を歩く小田切に歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。

 

彼女の隣を歩いていると、寒いはずの風が温かく感じられた。

 

 

「……結局、何が悪くて、誰が悪かったのかしらね」

 

 

小田切は校舎に入る数歩手前で立ち止まり、青い空を見ながら呟く。

 

 

「誰も悪い奴なんていないのかもしれないな。

西園寺先輩は山崎先輩に従っただけで、山崎先輩はルールに従っただけ」

 

 

俺も彼女と同様に立ち止まり、彼女の見ている景色を見上げた。

 

 

「…そうよね。

 

じゃあ何で魔女って存在するのかしら?」

 

「さぁな、小田切は魔女になったことを後悔しているか?」

 

 

 

ふと思うのだ。

 

 

たとえば、もし小田切が魔女じゃなかったら、

 

もし俺が魔女殺しではなかったら、

 

人生は変わるだろうか?

 

 

 

「いいえ、この能力は私が心のどこかで望んだものだから…」

 

 

 

俺は自信を持って言える。

 

 

 

人生は変わったはずだ。

 

 

 

「そうか、それじゃあ……、

 

たとえば、もしゲームのようにひとつ前のセーブデータに戻って選択肢を選びなおせるとしたら、人生は変わると思うか?」

 

「うーん、急に難しい話ね」

 

 

 

一方通行の道は、何度通っても同じところにしか行けない。

 

では俺たちが時間を戻って、何かを選択しなおせたとしたら?

 

 

 

「……変わらないんじゃないかしら」

 

「何でそう思うんだ?」

 

 

 

俺は自信を持って言える。

 

 

 

「まぁやり直せるとしたら、何かが変わってしまうかもしれないけど」

 

 

 

答えは否である。

 

 

 

「でも何度やり直しても、私は今みたいにあなたの隣を歩いていたと思う。

だからそういう意味では、結局私の人生は変わらないわ」

 

 

 

なぜなら、いくら選択肢が増え、道が折れ曲がろうとも必ず同じところにたどり着から。

 

 

 

俺は何度やり直しても、小田切寧々を好きになるから。

 

 

 

 

 

 

「なぁ小田切、これから俺達……」

 

「ん?」

 

 

 

言いかけた言葉が止まり、それが気になった小田切は俺の方を向いた。

 

 

 

 

不意にある歌を思い出した。

 

 

 

「何よ、気になるじゃない」

 

「いや、…フフ、何でもねえよ」

 

「何で隠すのよ、教えなさい」

 

「さぁな、そろそろ部室に行かないと先輩達に怒られる。

先に行ってるぞ」

 

「あっ…、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

 

小田切より先に進んだが、彼女はすぐに俺の横に並んだ。

 

 

 

「それで、何を隠しているのよ。

言わないと宮村先輩に言いつけるからね」

 

「それは勘弁してください。

 

…と言うか、隠してるとかそう言うのじゃなくてだな」

 

 

 

それからも間を待たせつつ、何とか超研部の部室前までたどり着いた。

 

 

 

「ほら、入る前に教えてなさいよ」

 

 

小田切はさっきの事がとても気になっているようで、最後の問い詰めをする。

 

 

「…小田切となら大丈夫だと思ってな」

 

「…急にどうしたのよ?」

 

 

 

俺達なら大丈夫だ。

 

 

こんな違う俺達でも、何度も出会う事が出来たのだから。

 

 

 

「それじゃあ入ろうぜ」

 

「…まぁいいわ。みんなを長い間待っているわよね」

 

 

 

ガラッと音を立てて、ドアを開ける。

 

部屋の中には、俺がこれまでに関わって来た人たちがいる。

 

 

「遅いぞ比企谷」

 

「待ってたよ比企谷君」

 

「全く、親友の僕を一人にしておくなんてね」

 

「ヒッキー!」

 

「比企谷先輩!」

 

「比企谷さん」

 

 

 

そう、これからの事は何も言わなくていい。

 

 

 

「やっぱり待たせていたわね」

 

 

 

今はただ、隣にいる奴と一緒にいればそれでいいんだ。

 

 

 

「あなたがゆっくりしているからよ」

 

「俺のせいかよ…」

 

 

 

そしてこれから、

 

 

この場所から、

 

 

 

 

俺と虜の魔女の青春ラブコメを始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比企谷君と虜の魔女  了

 













読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

感想で誤字の報告や励ましの言葉を下さった方には、重ねてお礼します。

この第三十五話まで読んだ感想などもよろしければ書いてください(優しめの言葉を)


この作品の続編の事ですが、本当に書くか迷っていますので、皆様の感想や評価なども見て考えようと思っています。

長々と語ってしまいましたが、これで最後とさせてもらいます。

皆様本当にありがとうございました。また何かの作品で会えたらよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。